暗殺者の力。【前】
背後で怪盗が驚いているのが分かる。
痛みに耐えながら、俺の発言に慌てているようだ。
「君はこの前の暗殺者――――って、私が女性だって!? 急に何を言ってるんだッ!?」
「いいから黙ってろ、傷が深いのは見てるだけでわかる」
「そ、それは確かにそうだが……でもッ」
「分かったって。話ならあとでいくらでも聞くから、先にコイツの相手をさせてくれ」
俺は彼女に対して邪見に返した。
しかしすごいな、声なんか全然違うじゃないか。
体格も違うし、どうやってるんだろう。
いや、その理由を調べるのは後だ。
……今はこの男の相手をしたい。
「今日は随分と客人が多い日だ。パーティを開いたつもりはないのだがね」
「俺も招待されたつもりはないんだけど、居ても立っても居られなかったからさ」
「――それで、貴様とその怪盗の関係は? 将軍の前に来て、堂々と盗みでも働けると思ったのか?」
「別に、俺は怪盗と協力関係にあるってわけじゃない。ここで出くわしたのは偶然で、本当の目的はお前だ。バルバトス」
「私に用が? はっ! 何を言うのかと思えば……」
すっとぼけた顔を見るのもいら立ちが募る。
ところで、もうバルバトスの不正の証拠を盗み出すことは叶わない。そもそも残してるのかも疑問だし、すでに暗殺するしか道はないように思えた。
「いくらか尋ねたいことがある」
「賊に語り聞かせることは無いな。貴様も怪盗のように、私の剣で断罪――――」
バルバトスが剣を振りかぶる。
「――されるからなッ!」
奴は俺を両断しようと踏み込んできた。
疾く、鋭い踏み込みだ。
軽業が見事だった怪盗が敗北しかけていたのも、この男の強さを見て合点がいった。
だが。
「話を聞くまで切られるつもりは無い。もっとも、その後はお前が切られることになる」
「ッ!? 貴様、いつの間に剣を抜いて……ッ!」
俺が複製魔法で作り出した剣が、バルバトスの強烈な一撃を防いだ。
ギリ、ギリ……金属がこすれ合う音と、バルバトスの驚いた声が緊迫感を高める。
「俺の質問に答えろ、バルバトスッ!」
力で剣を押し返し、バルバトスの身体を跳ね除ける。
「教えろッ! お前はどうしてアルバート・ハミルトンを嵌めたッ! 憧れの存在だったと、確かにそう言ってたよなッ!?」
「何故それを知ってッ…………まぁいい。ああそうだ! アルバート様は私の憧れだったさッ!」
剣閃が部屋中を舞い、衝撃音が辺りに響く。
「私はあの方に憧れ、剣のように鋭い生き方に惚れたッ! だが今は違う!」
「はぁ!? 急に何を言ってるんだ……!?」
「笑いたければ笑うがいいッ! だがあの方は変わってしまったッ! 十数年前、何処からともなく子を連れてきた日からなぁッ!」
「子供を……? ぐぁ……ッ!?」
さすが将軍と言うべきか、バルバトスの剣劇は苛烈だ。
俺は身体強化のおかげで力は劣っていないが、剣を扱うことの技術が圧倒的に劣っている。
一振り一振りの重さが段違いだッ。
「暗殺者殿ッ!?」
「大丈夫だから隠れてろッ! バルバトス! だからなんだ! 子供を連れて来たからどうしたんだよ!?」
「変わってしまったんだよ、あの方はッ! シエスタの為なら命も投げ捨てる、シエスタの為ならどんな存在であろうと切り捨てるッ! そんな男だったアルバート様は、あの日を境に慈悲を抱いたッ!」
分からない、だからってどうして父上を嵌めた!?
俺はバルバトスの剣劇の前に防戦を強いられつづけ、それでも耳を傾けた。
「剣鬼と恐れられていた男がだ! ただの一人の赤子により腑抜けてしまった……なんて嘆かわしいことだろう!」
「相変わらず意味が分からないな。だからって、どうして彼を陥れたッ!?」
「決まってる! あれ以上の俗物に成り下がる前に、私の手で介錯を務めたまで!」
「……利己的にもほどがあるな」
「好きに言えばいい! 昔のあの方には、私がこうするだけの魅力があった!」
ここで剣戟が更に一段階勢いを増した。
バルバトスの葛藤が、想いが乗った強烈な剣だ。
俺の頬にも、いつの間にか切り傷がある。
「思ってたよりもくだらなかった。無価値な恋慕だな」
「――ッ!?」
「お前は勝手に理想を抱いて、勝手にアルバートを見限っただけだ」
ふと、バルバトスの目から光が消えた。
「私が無価値……だと?」
「ああ、子供の癇癪の方がよっぽどましだよ」
すると隙をついた俺の一撃が、ようやくバルバトスに直撃した。
彼の肩口を切り、鮮血が空に散った。剣の勢いに押され、俺との距離が離れる。
「貴様も……貴様も私を愚弄するのか。数多の騎士たちのように私を貶すだけでなく、数多の騎士のように、私をアルバート様と比較するのかァアアアアアッ!」
咆哮。
空気が揺れ、俺の頬にもビリビリッと緊張感が伝わる。
そしてついにバルバトスの本心が吐露される。
「私の何が悪いッ!? アルバートのように実直に将軍を務めたというのに! 何が足りないと言うのだ!?」
「……お前、もしかして」
もしかして父上と比較され、それに嫌気がさしていたのか?
「これほど辛いことがあるかッ! 敬愛する方と比較して貶される――これ以上の侮辱は無い!」
分かった、バルバトスの敬愛は裏返っていたんだ。
憧れていた父上と比較され、それが喜ぶべきことならばいざ知らず。
将軍としての器じゃないと言わつづけてきたのだろう。
結果、父上に恨みにも似た感情を抱いてしまったんだ。
察すると俺の心までチクッと痛むが。
「だからって、陥れていい理由にはならないんだよ」
これにつきる。
綺麗ごとは言いたくないが、俺にとって大切なのは父上の方だ。
バルバトスの境遇は同情するが、しかし、将軍ならば誰かと比較されてもおかしくない立場のはず。だからと言って安易に批判してもいい理由にはならないが、父上に八つ当たりするのはお門違いだ。
「もういい、貴様の言葉に興味はない。大切なのはこの私の価値を認めさせること…………あの男がいなければ自然とそうなるはずだ」
唐突に訪れた静寂、バルバトスが不自然なほどに落ち着きを取り戻した。
俺は無意識に警戒を高め双眸を細める。
「問答はもう結構だ。所詮はたかが賊、私の力を目の当たりに出来る事に感謝しなさい。私がどうして将軍の地位に居るのか、その身をもって味わうといい」
「ッ――いけない! 離れてッ!」
背後から届いた怪盗の声に驚いて、俺が構えようとしたのも束の間。
穏やかな口上のあとすぐに、俺の周囲に熱が漂った。
最初は暖かいように感じていた。
しかし、一秒も経たぬうちに皮膚がジリッとした痛みを感じた。
「小汚い賊よ、三属性使いと戦った経験はあるかね?」
刹那、強烈な熱風が俺に襲い掛かった。




