宿への来訪者。
少し短いです。
◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻り数時間。
俺が食事や風呂を終えて、後は寝るだけとなったときに彼はやってきた。
「――グレン、客人だぞ」
「はい? 俺に?」
「ああ。ラドラム殿が、グレンと話がしたいってわざわざな」
夕方頃に会って話をしたばかりじゃないか。
とは言え、わざわざ足を運んだ彼と会わない理由もない。
「じゃあリビングの方に行きますから」
ベッドの上から降りて足を進める。
すると、父上が言っていたように彼は居た。
手に一通の封筒を持ち、笑みを浮かべてソファに腰を下ろしていた。
「やぁ、グレン君!」
もう二時間もすれば日が変わると言うのに、ラドラムは相変わらず元気だった。
「急にどうされたんですか?」
「いやね、早いうちに聞いておきたいだろうなーって思ってさ」
「……もしかして、お手元の封筒か何かを?」
「察しが良いね。その通りさ」
俺はその言葉を聞いてラドラムに近寄り、彼が持つ封筒を受け取る。
「拝見しても?」
「勿論! あーでも、もしかしたらアルバート殿は気分が悪くなるかもしれないね」
「私の気分がだと? 良く分からんが、グレン、先に私に見せてくれ」
「ええ、どうぞ」
父上に封筒を手渡すと、憂い気な目つきでそれを眺めた。
「さて……私の気分が悪くなるか……」
父上は封筒を開き、中に納められていた何枚もの資料を取り出す。
一目見て眉を顰めたと思いきや、目を滑らせるごとに顔色もまた変貌していく。
何かに絶望したような、信じられないといった様子だ。
一分も経たぬうちに父上は、その資料を乱暴にテーブルに叩きつける。
「ふざけるなぁあああああああ――ッ!」
空間ごと揺れる覇気のある叫び声。
ふと、ラドラムはピクっと身体を揺らす。
「さ、さすがアルバート殿だ……覇気は未だ衰えていないね」
「そんなことは話しておらんッ! ラドラム殿ッ! これはいったいどういうことなのだァッ!?」
「ご覧の通り、今回の騒動の黒幕です。確たる証拠と言えるだけのものはありませんけど、僕の予想も含め、ほぼ確実に彼がアルバート殿を嵌めたんですよ」
「訳の分からぬことを申すなッ!」
「申し訳ありませんけど、私が虚偽の報告をする意味がありませんし」
父上はハッとした様子で虚空を見つめる。
ラドラムの言葉に対し、何も反論できる情報が無かったのだろう。
「すまんが、今日のところは休ませてほしい」
「予想してましたのでお気になさらず。僕はグレン君と少し話したら帰りますから」
「……ああ」
弱々しい声で答え、父上が寝室へ足を進めた。
「いや悪いね、グレン君。夜中に騒がせてしまってさ」
「――いえ、大丈夫です」
俺も資料に手を伸ばし、紙を持って目を通す。
ついでに、俺もソファに腰を下ろす。
「最近よく聞く単語が書いてあるようで」
「聞いたよ。僕の屋敷を出てから、騎士から彼について話されたんだっけ?」
「はい。まだ父上には言ってませんでしたけど」
資料に書かれていた黒幕の正体。
ラドラムの予想も込みの話だが、例の将軍が浮上したと。
近頃の行動やパーティのあとの動きなど、また先日、俺の罠で証拠品を失ったとされ罷免された騎士の周りも調べ、いくつかの情報を統合したところに、ラドラムの知識を交えてたどり着いた答えだった。
「それにしても、父上はどうして激昂していたんでしょう」
「今の将軍閣下とアルバート殿はね、前は同僚で仲が良かったんだ。そんな彼が自分を嵌めたと言われて、気が動転してしまったんだよ」
「なるほど、考えるだけでも気分が悪くなりますね」
「と、いうわけで――僕はそろそろお暇するよ。何が起こるか分からないから、二人も警戒を怠らないようにね。将軍閣下への調査については、このまま僕が進めておくから」
「ありがとうございます。それと……ご忠告、感謝します」
じゃーねー、軽い口調でラドラムが部屋を去っていく。
残された俺は父上の寝室の扉を見つめ、その心境を慮る。
◇ ◇ ◇ ◇
宿を出たラドラムを迎えたのは爺やだった。
馬車に乗りこむと、ラドラムは不敵にほくそ笑む。
「旦那様、随分と楽しまれてきたようで」
「ああ、楽しいよ! ほんとグレン君は、僕が担ぎ上げるのに最高の存在だ!」
「ですがよろしいのですか? あの将軍ですと、強引にアルバート殿の身柄を抑えに来るのでは? そろそろ、彼の我慢も限界に達することではないかと。お二方を当家で保護したほうが楽に思えますが」
「いいのいいの! アルバート殿が殺される前に助ければいいし! グレン君がどう動くかが見たいからね」
夜道を進む馬車の中、ラドラムの陽気な声が爺やにだけ届いていた。
「ご随意に。ですが私は少し気になります。グレン様の器と気概は理解しましたが」
「なに? 身体に飼ってる闇でも大きすぎるって?」
「――ええ。果たして担ぎ上げてよいものかと」
「はッ! そんなの気にしてられるかい? むしろ僕としてはそのぐらいのほうが都合がいいね! 面倒な近隣諸国を抱えてるってのに、お人よしの口だけを担いでどうするんだ?」
ラドラムは馬車の窓を空けて、貴族街のさらに奥にそびえ立つ城を見上げた。
今日も威風堂々と、帝都中を見下ろしている。
何処か悔しそうに目じりを下げて、しかし哀愁に浸り、ふっと息を吐く。
「グレン君、さすが彼女が遺した子だよ」
されど最後には陽気さを取り戻し、笑顔で夜空を見上げた。




