公爵令嬢の本性
タイトルを変更しました。
ご面倒をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
昨日ぶりのローゼンタール公爵邸はやはり大きい。
中に通された俺は例によって、ラドラムにウザい絡みをされた。
アリスの執務室に通されたのはその後のこと。
彼女の執務室は我が家の書庫ほども広い。
学校にあるプールぐらいなら、余裕で収まりそうな広さをしている。
部屋に置かれているのはふかふかなソファがいくつかで、後は大きな机や壁一面の本棚だ。
アリスはソファに座って俺を待っていた。
座るだけで絵になるのはずるいと思う。
今日の彼女が着ているのはフリルの付いたボルドー色のブラウスで、手元は昨日と同じく手袋で覆われていた。
仕事をしていたようで、手前のテーブルには紙の束が積み重ねられている。
「では、私は失礼いたします」
爺やさんは俺を案内すると、あっさりとどこかへ消えてしまう。
……まさか年頃の男女だけにされるとは思わなかった。
「――――グレン様?」
「あ、あぁ。すみません、怪盗について考えていました」
扉の前でぼーっとしていても怪しく見える。
俺はアリスの招きに応じてソファに腰を下ろした。
持って帰りたいぐらい座り心地が良い。
「もうお考えいただけてたなんて……本当にありがとうございます」
アリスの微笑みはどんな宝石も霞みそうだ。
これを見られるだけでも、仕事を引き受けた甲斐があるというもの。
「それと、お兄様が無理を仰ってしまい申し訳ありません」
「い、いえいえいえ! 俺が先に助けを求めたので!」
「私もお兄様には苦労してるんです。その、ご存知の通り自由な性格をしてまして……ウザ……賑やかすぎるところが玉に瑕で」
今、ウザいって言おうとした?
「あの、今のって」
「そうでした! グレン様はどうしてお兄様とお知り合いに?」
はぐらかされた? それなら尋ねることはやめておこう。
「……ラドラム様が父上にご挨拶にいらしたとき、ですね」
「そうだったのですね。アルバート様は、今は亡きお父様と懇意でしたから。だからお兄様もご挨拶に行ったんじゃないかと」
その割に、相性は最悪に近かったように思える。
親は親、子供は子供と言ったところか。
「後はもう一度だけ。父上が知り合いの方と話に行った際に、ラドラム様がまた話しかけてくださいました」
「ふふっ。道理でパーティのときに、お兄様が見つからなかったわけです。ところでグレン様、アルバート様のお知り合いの方とは?」
「あ、言われてみれば名前を聞くのを忘れてました」
特に気にしていなかったからだ。
だが確か。
「確か短めの金髪で、目元に縦の傷跡が残ってた方です。ご存知でしょうか?」
この言葉を聞いてアリスは「あぁ!」と表情を明るくした。
「存じ上げております。アルバート様の愛弟子だったお方ですよ。今ではとても昇進なさっていますし、アルバート様も鼻が高いのではないでしょうか」
なるほど。道理で父上が楽しそうだったわけだ。
愛弟子の昇進を喜ばない師がいるわけがない。
「少し話がそれてしまいましたね。では早速――」
アリスが立ち上がろうとした刹那、彼女の腕が、テーブルに詰み重ねられていた紙の束に触れる。
すると不運なことに、バランスを崩して紙が崩れてしまう。
「も、申し訳ありませんッ。私ったらこんな粗相を……」
「ああ、いえいえ。別にこのぐらいどうってことは」
と言ったところで俺は気が付いてしまう。
落ちた紙を拾い上げようとしたとき、無意識に書かれていた文字を読んでしまった。
「これってもしかして、婚姻を求めている方々からの手紙では?」
紙にはそうした文言が並んでいた。
よく見れば紙質は上等だし、文字も達筆だ。
ただ気になることが二つほどある。
一つはその枚数だ。
明らかに十を超す申し出が届いている。
彼女の容姿ならば当然だが、随分とモテているらしい。
そしてもう一つは、その紙がメモ用紙に使われているということ。
紙の端には「明日の朝。爺やの案内で彼が来る」と簡潔に書かれている。
達筆であるがゆえに、このギャップに思わず戸惑ってしまう。
俺とラドラムの決め事を、まさかそんな紙にメモしてるなんて。
一方で、失敗した、こんな態度でアリスが頭を抱えている。
彼女は少し間を置いてから顔を上げた。
「ええ。私のような身にそれほどの申し出。大変光栄に思っておりますの」
……え? メモ用紙にしてるのに?
光栄だと思ってるの? 本当に?
残念だが、少しも信憑性がなかった。
悪いが、何が「光栄に思っておりますの」って感じだし、今更の取り繕いは遅すぎる。
そこで俺は、無意識に呟いてしまう。
「何か覚書をしてる……?」
ついだ。つい呟いてしまったんだ。
だって見てしまったんだから仕方ないだろ? と誰に言うわけでもなく言い訳してみると、俺は恐る恐るアリスの様子を窺った。
すると彼女は。
「最近の怪盗騒動に疲れていたみたいで、つい間違えてしまったんだと思います」
顔を赤らめ、こんな言い訳を口走った。
困ったように首を傾げる仕草が可憐だ。
恐らくほぼすべての男に対し、それで許されるだけの破壊力がある。
だが今回に限っては、俺の精神力の方が強い。
間違いなくその言い訳は嘘だ。
絶対に間違えてなんていなかった、俺はそう確信している。
「本当にお恥ずかしいところをお見せしてしまって……どうか忘れてくださいませ」
「……そういう時もありますよね。はい」
アリスは顔を赤らめたまま、胸元に手を当て俺に言った。
……このまま全てを忘れるべきなんだろうが、アリスが隠している一面に対し、俺は強く興味を抱いてしまった。
だがやりすぎては不評を買う。
もう一度ぐらいならつっついてみても大丈夫、そう踏んで話題を変える。
「ところでアリス様。ラドラム様はいつも陽気なお方なんですか?」
話題を変えつつ探りを入れる。
自らの失態を嘆いていた彼女にとって、悪くない気づかいに思えるはずだ。
「そうですよ。私ってば、振り回されてばっかりなんです」
「そうだったんですね。だからアリス様は先程、ラドラム様をウザいと――」
「いえ、そのようなことは申し上げておりません」
「え、確かにそのように……」
「申し上げておりません」
なるほど、強情だ。
涼しい顔をして否定するあたり、本人も自覚して否定しているに違いない。
探りを入れるのはこの辺りにするか。
俺はアリスに向けて深々と頭を下げる。
「差し出がましいことを申しました」
アリスが俺の謝罪を受けれて話は終わり。
だと思っていたのだが。
「グレン様は少しお兄様に似ていますね。色々と、気が付きやすいところとか」
と不意に褒められる。
残念なことに、そう言われても嬉しくない。
ところで、今のアリスの表情はさっきと違う。
微笑みは微笑みで間違いないが、なんとも無邪気で、悪戯っ子のような雰囲気がある。
しかし若干だ。
俺が気が付けたのは、暗殺者として人の機微に聡かったからだろう。
「光栄です。アリス様は本当にラドラム様がお好きなんですね」
「わ、私がですか?」
「ええ。だってラドラム様を語った今の微笑みは、先ほどより素敵でしたから」
これは嘘偽りのない本心で、彼女によく似合う微笑に感じた。
しかし、彼女は俯いてしまう。
どうしたんだろう? 不思議そうに見ていると、ぽつりと言葉を漏らす。
「……はぁ。そんな皮肉まで言うんですね」
「えっと、皮肉とは?」
「惚けなくていいですよ。ウザいと言った兄を好きなんですねと言われて、それを皮肉と分からないはずがないじゃないですか」
そう答えて、彼女は面倒くさそうにため息をついた。
反論するならばすべて誤解だ。少しも皮肉交じりに言ったつもりは無い。
とは言え彼女はソファから立ち上がって俺の方へ近寄ってくる。
何をするのかと思いきや――トンッ。
彼女は俺の膝を挟むように跨って、ソファの背もたれに片腕を押し当てた。
「ねぇ――――おいたは駄目だって、小さい頃に教わりませんでしたか?」
アリスは俺を見下ろし、くすくすと笑って言ってくる。
笑い方が年齢以上に艶めいていて、気が付くと魅了されてしまいそう。
依然として丁寧な口調に変化は少ないが、声は弾んで挑戦的だ。
「あと、しつこい殿方は嫌われちゃうんですよ?」
「……よく、肝に銘じておきます」
アリスの絹糸のような髪の毛が俺の頬を軽く撫でてこそばゆい。
というか距離が近過ぎるし、態度の変わり方には驚かさせる。
「もー……せっかく養殖もののお嬢様を演じてたのに、馬鹿みたいじゃないですか。グレン君ったら、細かいことまで気にし過ぎですよ」
「性分なもので」
「ふぅん、そうなんだ?」
これこそが昨日、俺が察していたアリスの本性なんだろう。
しかし、それにしても近いな。彼女の長い睫毛が一本一本まで良く見えるし、人間離れした美貌は匂い立ちそう。
香るアリスの甘い匂いのせいで、脳までどうにかなりそうだ。
「ちなみにそのお姿、爺やさんたちに隠してるんですか?」
俺が尋ねると、タイミングよく廊下で足音が鳴りだした。
「とーぜんです! 教えられる訳ないじゃないですか!」
なるほど、つまり隠している一面と言うわけだ。
つまりラドラムも知らない、家族にも教えていない一面だ。
であるならば仕方ない。本性を露にしたのは俺が発端だし、手助けをしよう。
「なら取りあえず、俺の傍から離れた方がいいかと」
「あっ! 距離が近いからって緊張してるんです? もー可愛いところあるじゃないですかぁー! いい子いい子してあげましょうか?」
「別に緊張してるわけじゃないですし、このままでいるとアリス様が後悔しますよ。あと頭を撫でるのは結構です」
「照れ屋さんだなー……でも本当にいい子いい子しなくて大丈夫です? 今ならおまけしちゃいますよ?」
「心の底から結構です」
彼女の素はラドラムに似て若干ウザい。いつの間にか俺のことを君付けで呼んでるし。
でも、おまけってなんだろう。内容だけ教えてほしい。
「そろそろ爺やさんがこの部屋に来ますけど、離れたほうがいいんじゃないですか?」
「ふふん。そんなことで騙されたりなんかは――――」
トントン、扉が間もなくノックされた。
「嘘ッ……本当に――ッ」
慌てたアリスは身体のバランスを崩してしまう。
背もたれの後ろへ手がするっと抜け、俺に覆いかぶさるように倒れこんできた。
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