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異世界貴族の暗躍無双~生まれ変わった史上最強の暗殺者、スローライフを諦める~  作者: 俺2号/結城 涼
一章―帝都の騒動―

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公爵令嬢の本性

タイトルを変更しました。

ご面倒をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

 昨日ぶりのローゼンタール公爵邸はやはり大きい。

 中に通された俺は例によって、ラドラムにウザい絡みをされた。

 アリスの執務室に通されたのはその後のこと。



 彼女の執務室は我が家の書庫ほども広い。

 学校にあるプールぐらいなら、余裕で収まりそうな広さをしている。

 部屋に置かれているのはふかふかなソファがいくつかで、後は大きな机や壁一面の本棚だ。



 アリスはソファに座って俺を待っていた。

 座るだけで絵になるのはずるいと思う。

 今日の彼女が着ているのはフリルの付いたボルドー色のブラウスで、手元は昨日と同じく手袋で覆われていた。



 仕事をしていたようで、手前のテーブルには紙の束が積み重ねられている。



「では、私は失礼いたします」



 爺やさんは俺を案内すると、あっさりとどこかへ消えてしまう。

 ……まさか年頃の男女だけにされるとは思わなかった。



「――――グレン様?」


「あ、あぁ。すみません、怪盗について考えていました」



 扉の前でぼーっとしていても怪しく見える。

 俺はアリスの招きに応じてソファに腰を下ろした。

 持って帰りたいぐらい座り心地が良い。



「もうお考えいただけてたなんて……本当にありがとうございます」



 アリスの微笑みはどんな宝石も霞みそうだ。

 これを見られるだけでも、仕事を引き受けた甲斐があるというもの。



「それと、お兄様が無理を仰ってしまい申し訳ありません」


「い、いえいえいえ! 俺が先に助けを求めたので!」


「私もお兄様には苦労してるんです。その、ご存知の通り自由な性格をしてまして……ウザ……賑やかすぎるところが玉に瑕で」



 今、ウザいって言おうとした?



「あの、今のって」


「そうでした! グレン様はどうしてお兄様とお知り合いに?」



 はぐらかされた? それなら尋ねることはやめておこう。



「……ラドラム様が父上にご挨拶にいらしたとき、ですね」


「そうだったのですね。アルバート様は、今は亡きお父様と懇意でしたから。だからお兄様もご挨拶に行ったんじゃないかと」



 その割に、相性は最悪に近かったように思える。

 親は親、子供は子供と言ったところか。



「後はもう一度だけ。父上が知り合いの方と話に行った際に、ラドラム様がまた話しかけてくださいました」


「ふふっ。道理でパーティのときに、お兄様が見つからなかったわけです。ところでグレン様、アルバート様のお知り合いの方とは?」


「あ、言われてみれば名前を聞くのを忘れてました」



 特に気にしていなかったからだ。

 だが確か。



「確か短めの金髪で、目元に縦の傷跡が残ってた方です。ご存知でしょうか?」



 この言葉を聞いてアリスは「あぁ!」と表情を明るくした。



「存じ上げております。アルバート様の愛弟子だったお方ですよ。今ではとても昇進なさっていますし、アルバート様も鼻が高いのではないでしょうか」



 なるほど。道理で父上が楽しそうだったわけだ。

 愛弟子の昇進を喜ばない師がいるわけがない。



「少し話がそれてしまいましたね。では早速――」



 アリスが立ち上がろうとした刹那、彼女の腕が、テーブルに詰み重ねられていた紙の束に触れる。

 すると不運なことに、バランスを崩して紙が崩れてしまう。



「も、申し訳ありませんッ。私ったらこんな粗相を……」


「ああ、いえいえ。別にこのぐらいどうってことは」



 と言ったところで俺は気が付いてしまう。

 落ちた紙を拾い上げようとしたとき、無意識に書かれていた文字を読んでしまった。



「これってもしかして、婚姻を求めている方々からの手紙では?」



 紙にはそうした文言が並んでいた。

 よく見れば紙質は上等だし、文字も達筆だ。

 ただ気になることが二つほどある。



 一つはその枚数だ。

 明らかに十を超す申し出が届いている。

 彼女の容姿ならば当然だが、随分とモテているらしい。



 そしてもう一つは、その紙がメモ用紙(、、、、)に使われているということ。

 紙の端には「明日の朝。爺やの案内で彼が来る」と簡潔に書かれている。

 達筆であるがゆえに、このギャップに思わず戸惑ってしまう。



 俺とラドラムの決め事を、まさかそんな紙にメモしてるなんて。



 一方で、失敗した、こんな態度でアリスが頭を抱えている。

 彼女は少し間を置いてから顔を上げた。



「ええ。私のような身にそれほどの申し出。大変光栄に思っておりますの」



 ……え? メモ用紙にしてるのに?

 光栄だと思ってるの? 本当に?

 残念だが、少しも信憑性がなかった。

 悪いが、何が「光栄に思っておりますの」って感じだし、今更の取り繕いは遅すぎる。

 そこで俺は、無意識に呟いてしまう。



「何か覚書(メモ)をしてる……?」



 ついだ。つい呟いてしまったんだ。

 だって見てしまったんだから仕方ないだろ? と誰に言うわけでもなく言い訳してみると、俺は恐る恐るアリスの様子を窺った。

 すると彼女は。



「最近の怪盗騒動に疲れていたみたいで、つい間違えてしまったんだと思います」



 顔を赤らめ、こんな言い訳を口走った。

 困ったように首を傾げる仕草が可憐だ。

 恐らくほぼすべての男に対し、それで許されるだけの破壊力がある。

 だが今回に限っては、俺の精神力の方が強い。



 間違いなくその言い訳は嘘だ。

 絶対に間違えてなんていなかった、俺はそう確信している。



「本当にお恥ずかしいところをお見せしてしまって……どうか忘れてくださいませ」


「……そういう時もありますよね。はい」



 アリスは顔を赤らめたまま、胸元に手を当て俺に言った。

 ……このまま全てを忘れるべきなんだろうが、アリスが隠している一面に対し、俺は強く興味を抱いてしまった。

 だがやりすぎては不評を買う。 

 もう一度ぐらいならつっついてみても大丈夫、そう踏んで話題を変える。



「ところでアリス様。ラドラム様はいつも陽気なお方なんですか?」



 話題を変えつつ探りを入れる。

 自らの失態を嘆いていた彼女にとって、悪くない気づかいに思えるはずだ。



「そうですよ。私ってば、振り回されてばっかりなんです」


「そうだったんですね。だからアリス様は先程、ラドラム様をウザいと――」


「いえ、そのようなことは申し上げておりません」


「え、確かにそのように……」


「申し上げておりません」



 なるほど、強情だ。

 涼しい顔をして否定するあたり、本人も自覚して否定しているに違いない。

 探りを入れるのはこの辺りにするか。

 俺はアリスに向けて深々と頭を下げる。



「差し出がましいことを申しました」



 アリスが俺の謝罪を受けれて話は終わり。

 だと思っていたのだが。



「グレン様は少しお兄様に似ていますね。色々と、気が付きやすいところとか」



 と不意に褒められる。

 残念なことに、そう言われても嬉しくない。



 ところで、今のアリスの表情はさっきと違う。

 微笑みは微笑みで間違いないが、なんとも無邪気で、悪戯っ子のような雰囲気がある。

 しかし若干だ。

 俺が気が付けたのは、暗殺者として人の機微に聡かったからだろう。



「光栄です。アリス様は本当にラドラム様がお好きなんですね」


「わ、私がですか?」


「ええ。だってラドラム様を語った今の微笑みは、先ほどより素敵でしたから」



 これは嘘偽りのない本心で、彼女によく似合う微笑に感じた。

 しかし、彼女は俯いてしまう。

 どうしたんだろう? 不思議そうに見ていると、ぽつりと言葉を漏らす。



「……はぁ。そんな皮肉まで言うんですね」


「えっと、皮肉とは?」


「惚けなくていいですよ。ウザいと言った兄を好きなんですねと言われて、それを皮肉と分からないはずがないじゃないですか」



 そう答えて、彼女は面倒くさそうにため息をついた。

 反論するならばすべて誤解だ。少しも皮肉交じりに言ったつもりは無い。



 とは言え彼女はソファから立ち上がって俺の方へ近寄ってくる。

 何をするのかと思いきや――トンッ。

 彼女は俺の膝を挟むように跨って、ソファの背もたれに片腕を押し当てた。






「ねぇ――――おいた(、、、)は駄目だって、小さい頃に教わりませんでしたか?」






 アリスは俺を見下ろし、くすくすと笑って言ってくる。

 笑い方が年齢以上に艶めいていて、気が付くと魅了されてしまいそう。

 依然として丁寧な口調に変化は少ないが、声は弾んで挑戦的だ。



「あと、しつこい殿方は嫌われちゃうんですよ?」


「……よく、肝に銘じておきます」



 アリスの絹糸のような髪の毛が俺の頬を軽く撫でてこそばゆい。

 というか距離が近過ぎるし、態度の変わり方には驚かさせる。



「もー……せっかく養殖もののお嬢様を演じてたのに、馬鹿みたいじゃないですか。グレン君(、、、、)ったら、細かいことまで気にし過ぎですよ」


「性分なもので」


「ふぅん、そうなんだ?」



 これこそが昨日、俺が察していたアリスの本性なんだろう。

 しかし、それにしても近いな。彼女の長い睫毛が一本一本まで良く見えるし、人間離れした美貌は匂い立ちそう。

 香るアリスの甘い匂いのせいで、脳までどうにかなりそうだ。



「ちなみにそのお姿、爺やさんたちに隠してるんですか?」



 俺が尋ねると、タイミングよく廊下で足音が鳴りだした。



「とーぜんです! 教えられる訳ないじゃないですか!」



 なるほど、つまり隠している一面と言うわけだ。

 つまりラドラムも知らない、家族にも教えていない一面だ。

 であるならば仕方ない。本性を露にしたのは俺が発端だし、手助けをしよう。



「なら取りあえず、俺の傍から離れた方がいいかと」


「あっ! 距離が近いからって緊張してるんです? もー可愛いところあるじゃないですかぁー! いい子いい子してあげましょうか?」


「別に緊張してるわけじゃないですし、このままでいるとアリス様が後悔しますよ。あと頭を撫でるのは結構です」


「照れ屋さんだなー……でも本当にいい子いい子しなくて大丈夫です? 今ならおまけしちゃいますよ?」


「心の底から結構です」



 彼女の素はラドラムに似て若干ウザい。いつの間にか俺のことを君付けで呼んでるし。

 でも、おまけってなんだろう。内容だけ教えてほしい。



「そろそろ爺やさんがこの部屋に来ますけど、離れたほうがいいんじゃないですか?」


「ふふん。そんなことで騙されたりなんかは――――」



 トントン、扉が間もなくノックされた。



「嘘ッ……本当に――ッ」



 慌てたアリスは身体のバランスを崩してしまう。

 背もたれの後ろへ手がするっと抜け、俺に覆いかぶさるように倒れこんできた。


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