二人です。
翌朝、目を覚ましてから時計を見ると十時を回ったところだった。
こんなにゆっくりとした朝は久しぶりだ。
仕事があってもなくても、いつもは朝の五時には目が覚めていたから、寝すぎた感じがして背中が若干強張っている。
うんと背筋を伸ばしながら立ち上がって窓を開けると、少し暑い空気が部屋の中に入り込む。
そういえば夏だったんだ……。宿の中が経験したことがないほど魔道具が多く、快適な空間だから忘れていた。
こうしていると、ぐぅ~……と情けない音が腹から鳴った。
「朝ごはん……どっちかっていうと昼が近いけど……」
昨晩、就寝する前に考えたことを思い出す。パスタによく似たパルトという料理を楽しんだあの店に行く予定だ。
「それにしても、誰も起こしに来ないとは」
別に期待していたわけでもないし、恨み言のように言ったわけでもない。
実際、暇なのは俺だけ。他の皆は仕事で忙しいはずだし、呑気に寝すぎていたことが逆に申し訳なく思ってしまう。
――――さて、無意味に時間が過ぎるのは趣味じゃない。
顔を洗い髪を整え、着替えをした俺は窓を閉めてから部屋の外へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「――――あ」
「――――え」
目的のレストランの前に到着して、まず最初に俺が気が付いた。
店先に置かれた立て看板のメニューを見ていた彼女は俺の声を聞き、振り向いて俺を見たところで驚きの声を上げたのだ。
「う、嘘ですわ……どうして同じタイミングで……っ!?」
そりゃ、可能性はあったさ。
でもないだろうって思ってた。
まさか、って。
「ふむ」
しかし再会してしまった。
昨晩、殺し合いをしたばかりのオヴェリア・ロータスと。
だが今の彼女はしおらしいというか、俺と話し辛そうにしている。
なんでだろうと思っていたら、俺を殺そうとしたからか! とすぐに気が付いた。
この場合、最初の暗殺に失敗したことへの羞恥心による反応なのか、俺を殺そうとしたことへの申し訳なさなどによる辛さなのか、微妙なところである。
俺個人としては後者であってほしいところだ。
「単刀直入に聞きたいことがある」
「な……なんですの……?」
オヴェリア・ロータスが豊かな胸の上で両手を重ね、少し怖じ気ながらも凛とした表情を浮かべて答えた。
彼女からは昨日の不安定さがまったく感じられない。
「今って暗殺失敗の羞恥心と、殺しかけた相手への申し訳なさ、どっちの方?」
分からないことがあれば聞きなさい。
どこの国でも先生が口にするであろう言葉だ。
そう、分からないのなら直接聞けばいいのだ。
「…………ふぇ?」
すっごい情けない声で返事をされた。
そんな声も出せるのかって思った。
「ああああ、貴方! どうして急に滅茶苦茶を仰るんですの!? わ、私を馬鹿にしているんでしたら――――っ」
「いや、本気だけど。この答え如何でこの後の話が変わってくるし」
「――――本気の方がよっぽど滅茶苦茶ですわ……」
俺もどうかと思ったけど、せっかく再会したんだ。
試すだけタダなんだし、昨日の夜の葛藤に答えが欲しい。……というのは、俺が協力者を欲していた件についてである。
「…………勿論、謝罪するつもりでしたわ。あんなに貴方に手加減されていたとしても、私の振る舞いの意味は変わりませんから」
「手加減、ね」
「していたのでしょう? 分からないとお思いでしたか?」
俺は何も言わず肩をすくめる。
さて、こうなると、後者の申し訳なさの方だと分かる。
良かった……前者だったら暗殺ジャンキーかと思って、話が通じないこと必定と断定していたところだ。
「でも、あんなことをして、言葉で許してもらえるとは思っていませんでした。だから私に出来ることならなんでもするつもりでしたの」
なんでも……ってどこまでだろう? なんでもいいんだろうか?
たとえば機密を教えてとか……いやさすがに無理か……。
それにしても、我ながらよく分からない状況になってきた。
急に殺しにかかってきた女性と再会し、その女性を謝らせている自分のことがもうよく分からない。
「ちなみに、昨晩の話は誰かに話した?」
「い、いえ……お兄様には話すつもりでしたが、お兄様は今日の夜まで仕事でおりませんので……」
「よかった。俺も同じだからちょうどいいや」
「っ……貴方、私にされたことを誰にも話していなかったのですかっ!?」
俺はすぐに頷いて返す。
「話してたら、今頃俺たちはこんなゆっくりしてないよ」
「ですけど……どうしてですの……黙っているメリットが貴方にはないのに……」
「まぁ、色々あってね」
色々の内容を話すかどうかも、この後次第だ。
目の前の彼女は嘘をついているようには見えないし、ラドラムレベルの腹芸をするタイプにも見えない。
であれば、何とかなりそうな気がしてくる。
「俺のこと、もう殺そうとしない?」
「し、しませんわ! 昨日のことはその……自分でも本当に良く分かっていないんですの……っ!」
やはりそうか。
今の彼女はこのような会話ながら基本的に落ち着いているし、ラドラムが言った精神力の強さも嘘ではないらしい。
昨日の振る舞いは、言うなれば不幸の連鎖といったところだろうか。
きっと、普段の彼女は限りなく自分を殺して振舞える女性なのだ。
昨夜の姿は本当に生まれてはじめて、それも、他者には完全に理解することが叶わぬほどの動揺だったのかもしれない。
そもそも考えてみれば、彼女は俺のことは強く警戒して当然だったと思う。
だって、何かの目的がってハミルトン領近くの山で魔物と戦っていて、その際に現れた俺を隠密かなにかと思うほど、あのときは切迫していた。
そんな相手と偶然にもレストランで再会したし、それまで世間話をしてもいないのに、色々な趣味があいすぎた。まるで事前に調べられていたかのように。
更に更に夜会でも再会して、その相手が自分が嫌うガルディア人の性質を秘めていた。
……めっちゃ怖いじゃん。コレ。
俺がされたって物凄い衝撃を覚えてしまう。
それに加えて、特に汚れ仕事をしていた者であれば、台本のような流れで近づいた異性が自分を狙う刺客と思ってしまうこともあろう。
ここに他の精神的な理由があったのなら、いきなり刃を抜いても理解できる。
手慣れた者こそ、無意識にそうした行動をすることだってあるのだから。
やられる前にやるというのは隠密の自衛手段の一つだし、精神的な不安定さとは言えない。
(――――だとすれば)
彼女とは話してみる価値がある。
昨夜のような暴走は事故で、もうないだろうと言いきれた。
となればこの機会を逃すわけにはいかない。
「じゃあ行こっか」
罪悪感を覚えてくれているうちに、試しておかないと。
「行くって………も、もし! どこへ行かれますのっ!」
「どこへって聞かれても、レストランの前なんだし決まってるじゃん」
そんなの、腹を満たすために店内へ行くに決まってる。ついでに別の話もするけど。
俺はオヴェリア・ロータスに先んじて店内に足を踏み入れると、近づいてきたサービス係へと。
「あ、二人です」
と、迷うことなく告げた。
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