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異世界貴族の暗躍無双~生まれ変わった史上最強の暗殺者、スローライフを諦める~  作者: 俺2号/結城 涼
一章―帝都の騒動―

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大臣の助力。

レビューをいただきました!

本当にありがとうございます!

 見たこともない大浴場で湯を浴びた後、俺は来た時と同じ服に着替えた。

 だが不思議なことに、クリーニングされたように綺麗になっていて、少しも水気を感じないほど乾かされていた。

 魔法か? 俺は答えを得られないまま給仕に案内され、ラドラムが待つ部屋へと足を進めた。



「旦那様。お客様をお連れ致しました」


「うん、入っていいよー!」



 陽気な返事を聞き、給仕が扉を開けて俺を通す。



「ラドラム様、お世話になりました」


「別に気にしないでいいよ。グレン君と話せるだけで僕にとっては有意義だからね!」



 はっはっは! とラドラムは笑って言った。

 相変わらずつかみどころのない男だ――俺はこう思ってから、部屋の中を見渡してみる。

 通されたのは忍び込んだのとは別の、客人対応をするための部屋だ。

 ラドラムはソファに腰を下ろし、彼の後ろには爺やと呼ばれた老紳士が控えている。



 床には分厚い真っ赤な絨毯が敷き詰められていて、ラドラムが座るソファは部屋の中央で対面に配置されていた。金糸を用いた高価な調度品だ。

 天井には巨大なシャンデリアが一つ。

 部屋の片隅にある暖炉から、暖かな空気が部屋中に流れていく。



「さぁさぁ、まずは僕の前に座ってよ」


「……では失礼します」



 俺はソファに腰を下ろす。

 全身をゆだねたくなるような座り心地だ。



「身体は暖まったかい?」


「ええ、おかげさまで。ところで、俺の服が乾いていたのは――」


「あーあれね。魔道具って言う便利な物があるからさ、それで給仕が乾かしたんだと思うよ」


「魔道具、ですか?」


「限られた力を持つ人にしか作れないんだけど、魔力を流すと、便利な魔法を発動できる優れものなんだ」



 家電のようなものか。

 しかし、そんな便利な物なんて俺は見たことがない。

 恐らく高価で、数も少ないのだろう。



「爺や。グレン君に飲み物と何か食べ物を」


「かしこまりました」


「いえラドラム様! そこまでお世話にはッ」


「どうせ長い話になるんだから、遠慮するもんじゃないって」



 爺やと呼ばれた老紳士が部屋を後にすると、ラドラムはそれを見て俺に尋ねる。



「単刀直入に聞くけど、用事はアルバート殿の疑惑のことかな?」


「……はい」


「うんうん。それでグレン君は僕を頼ってここまで来た。見回りの騎士に追い払われたから、水道橋を伝ってここまで来たんだね」



 そこまでお見通しだったか。

 俺は少し、驚いたような表情を浮かべて頷いた。



「おおよそ貴族令息がするようなことじゃないね。身体能力も随分とよさそうだ」


「過分なお言葉です」


「謙遜することは無い。――さて、話を戻そうか」



 ふと、ラドラムの目つきが鋭く変貌した。



「僕の助力が欲しいんだろう? アルバート殿を助けてほしい、ってことかな」


「はい、仰る通りです」


「分かりやすくていいね。でもそれなら、先に一つだけ尋ねてもいい?」



 俺は頷いた。



「僕がアルバート殿を嵌めたとは思わなかったのかい? アルバート殿は僕を苦手としてるし、昨夜は僕も僕で、彼で遊ぶように話しかけたわけだし。言っとくけど、僕たちって仲良くないよ?」


「昨夜のような粗末な攻め方を、ラドラム様が選ぶとは思えません」



 少なくとも、この男は父上を嵌めていないはずだ。

 俺がこうして助力を求めることは分かっていたようだが、それでも、彼が嵌めたんじゃないってことは確信がある。



「んー……グレン君は僕を買いかぶりすぎじゃないかな? まだ知り合って間もないんだけど」


「何を仰いますか。私とラドラム様の仲なのでしょう」



 ラドラムは数秒に渡って呆気にとられた。

 彼はその後、片手で目を覆って天井を仰ぎ見て笑い出す。



「あーっはっはっはっはッ! うん、やっぱりグレン君はいいね。最高に僕好みだよ」



 昨夜から思っていたことだが、ラドラムは俺に対しての執着が強い。

 理由は分からない、でも、彼は俺に対して何か隠していることがあるはずだ。

 話していると節々にそれが分かる。



 いずれ、どうして俺に執着しているのか尋ねたいものだ。



「……お気に召したようで何よりです」


「最高にお気に召したよ! さて、それじゃついでに教えてあげようか」


「はい?」


「確かに僕がアルバート殿を嵌めるなら、別の方法を選んでたよ。グレン君も手元に置けるように仕組んでね」



 端折りすぎだが、強権の限りをつくすであろうことは察しが付く。

 しかし本当に執着心が強い。

 どうしてラドラムは俺を欲しがっているんだろう。



「仮定の話はよしましょう」


「んーつれないね。なら今度こそ本題だ」



 ラドラムが咳払いをして居住まいを正す。



「僕が動いてあげても構わない。けどね、グレン君は僕に何をしてくれるのかな?」


「逆にお尋ねします。ラドラム様は私が何を代償にすれば、父上にご助力いただけますか」


「うんうん、話が早くて助かるよ」



 なんとも嬉しそうにラドラムが口角を上げる。



「グレン君そのものって言ったら――」


「俺と父上に出来る事でお願いしたいです」


「えぇー……これぐらい出来ると思うんだけど。ならそうだね、一つ仕事を頼まれてくれないかな?」


「仕事を、ですか?」



 俺は困惑していた。

 何故ならラドラムが代案を思いつく速度が、最初から用意していたように思えたからだ。

 彼は俺が来ることも分かっていたし、やはり食えない男だ。



「そう、少し面倒な仕事を抱えていてね」


「では先にその詳細を」


「いーや、詳細はまた後にしよう! この話に関係するし、先にアリスを紹介しておかないとね!」



 パン、パンッ! 

 ラドラムが手を叩くと、少しの間を置いて彼女がやってくる。

 昨日のパーティで姿を見た、美しい銀髪を持つ令嬢だ。

 彼女は部屋の中に足を踏み入れると、俺の方にカーテシーをして頭を下げる。



 着ている服装は真っ赤なワンピースだ。

 手元も紅い手袋で覆っていて、俺に上品な印象を抱かせた。



「お兄様、お呼びですか?」



 容姿に恥じぬ、鈴を転がしたような声だ。



「お呼びだよ! 近頃の例の騒動について、ここに居るグレン君に手伝ってもらうことにしたんだ!」


「……お兄様が仰っていることは分かりました。ですが私は、そちらの殿方とお会いしたことがありませんが」



 彼女は暗に、俺のことを紹介しろとラドラムに言う。



「この子はグレン君だよ! 分かった?」


「お兄様、もう少し教えていただけますと幸いです」


「えーっとね、アルバート殿のご子息のグレン君だよ! これで分かったよね?」


「ええ、分かりました。お兄様に聞くよりご本人に聞くべきだと」



 彼女は呆れた様子で小首をかしげていた。

 そんな仕草一つとっても可憐で、例えるならば聖画にでも描かれていそう。

 俺と彼女の目が合うと、彼女はゆっくりと俺の隣に歩いてくる。



「アリスティーゼ・ローゼンタールでございます。兄に比べ非才な身ではありますが、日頃は、兄の仕事を手伝う機会を頂戴しております。名前は長いのでアリスとお呼びください。以後、お見知りおきを」


「でもねグレン君! 非才って言ったけどアリスはすごいんだ!」



 ここでラドラムが騒々しく口をはさむ。



「僕が同じ年齢だった頃よりすごく頭が良いし、物覚えも良くて努力家……うーん、我が妹ながら素晴らしいね。いやほんと、十四歳になったばっかりとは思えな――あれ、グレン君は何歳だっけ?」


「十三歳です」


「なら二人は一歳違いだね!」



 口を挟まれたからか、アリスの表情は若干不満げだ。

 頬を引きつらせ、仕方なそうに笑っている。

 大丈夫だ、俺にも気持ちは分かる。

 こんな兄を持って大変だろう? 俺も昨日から振り回されてるから良く分かる。



 だが俺としては、そんな様子を完全に隠しきれていないことが気になった。

 もしかすると純粋培養の令嬢ではないのか?

 俺は少し考えてから、咳払いをしてアリスに言う。



「俺はグレン・ハミルトンと申します。いつもは辺境都市で、父上と訓練をしたり仕事を手伝っていました」



 別にお見合いをしようってわけじゃないし、このぐらいのあいさつで十分なはずだ。

 アリスも納得したらしく、小さく頷いてからラドラムの隣に腰を下ろす。



「ところでラドラム様。例の騒動とは?」


「あとで話すよ。ほらほら、爺やがお茶とお菓子を持って来たんだしさ」



 その言葉とほぼ同時に扉が開かれた。

 戻ってきた爺やはワゴンを押して来た。

 ワゴンには湯気が漂わせるティーポットと、菓子を所狭しと並べた皿を数枚乗せている。



「い、いえ……できれば先に仕事のことを……」


「これも仕事のうちだよ。って言ったら我慢してくれたりするかな?」


「――ええ、それなら」


「グレン君が素直で助かるよ。さ、アリスも一緒に」



 置いてけぼりを食らっている俺に対し、アリスは慰めるように優しく言う。



「申し訳ありません、グレン様。お兄様はグレン様と話すのが楽しいみたいで……」



 ……やはり綺麗な子だ。すぐ傍で彼女を見られるのは悪くない。

 ラドラムと話すことは疲れるが、俺は癒されていることを自覚した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 結局、俺がローゼンタール公爵邸を出たのは数十分後のこと。

 帰りは馬車に乗せられ、ラドラムと共に宿へ向かった。

 ちなみに、ここに至るまでも、彼は例の騒動について語らなかった。



 正直なところじれったい。

 だがラドラムの気を悪くしたくもないし、彼が語るまで待つしかない。



「ここかな?」


「はい、俺たちが泊まっているのはこの宿です」



 宿についたところで馬車が停まると、辺りを歩く者たちは騒然としていた。

 公爵家の馬車にはそれほどの迫力がある。

 周りの様子なんて意に介さず、ラドラムはさっさと歩いて行ってしまう。

 宿に入ると、中に居た者たちも一斉に驚いた。



「グレン君の部屋まで案内してもらえるかな」



 俺が応じて前を歩く。

 階段を十階ほど登ったところで、俺と父上が泊まっていた部屋が見えて来た。

 宿を出る前は居なかった見張りが部屋の前に立っている。



「――そこの君、中に入ってもいいよね?」



 気軽に声を掛けられたせいか、騎士は若干苛立ったようだ。



「ここは何人たりとも通すことは出来ない。貴様も捕まりたくなかった……ら……」


「ん、何? 僕を捕まえるの?」


「ッ……い、いえ! そのようなことは――ッ!」



 騎士は気が付いてしまった。

 やってきた相手は法務大臣ラドラムだと。



「君たち騎士は僕より偉かったのかな。今の言葉はよく覚えておくよ」


「とんでもございませんッ! 閣下だとは露も知らず……」


「僕は目の前で君に話しかけたんだけどね。まぁいいよ、君のことは後回しだ。グレン君、中に行こうか」


「え、えぇ……承知いたしました」



 やはりこの男は強い。

 手にしている強権は計り知れず、雲の上の存在と言っていいだろう。

 ラドラムは生気が消えた騎士に二度と話しかけなかった。

 それから俺が部屋の扉を開けると、



「まだ尋問中みたいだね。規定を超えた尋問は法で禁じてるはずなんだけど……やれやれ」



 昨夜ほどじゃないが、父上へのあたりは強いらしい。

 父上は十人ほどの騎士に囲まれていた。

 果たして尋問と言うべきなのか? 自白を強要するような行いは気に入らない。



「グレン君、ここは僕に任せてもらうよ」


「ええ、よろしくお願いします」



 すると、ラドラムが歩いて騎士たちに近寄る。



「尋問は終了だ。アルバート殿の件は僕が預かった」



 その声は部屋中に響き渡った。

 何事だ、騎士が慌てて振り返ると、そこに居たのは法務大臣の姿。

 囲まれていた父上も、俺とラドラムの姿を交互に見て驚く。



「ほ、法務大臣閣下……!?」



 騎士の中から一人、隊長格と思われる人物が口を開く。



「法務大臣閣下がどうしてこちらに!?」


「事情があってね。ほら、僕は尋問は終了って言ったよ」


「ですが――ッ」



 素直に応じない騎士に対し、ラドラムは大きなため息を漏らす。

 心底面倒くさそうに、それでいて、呆れたように騎士へと近寄った。

 彼の態度には、肌がぞわっとするような威圧感がある。



「外に居た見張りにも言ったんだけどさ」



 ラドラムが騎士の肩に手を置いた。



「君たちは僕より偉かったのかな?」



 どうかな? と、顎をくいっと動かし騎士を追い詰める。

 強権を持つ者への恐怖ゆえか、騎士の額に大粒の汗が浮かんでいき、足元は生まれたての小鹿のように揺れている。



「し……失礼、いたしました。我々は閣下のご命令に従い、尋問を終了いたします」


「良かった。僕は素直な人が大好きなんだ」



 騎士は他の者たちを連れ、急いで退室していった。

 部屋の中に残されたのは俺と父上、そしてラドラムの三人だけだった。




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