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中に入ると影がいくらか見え、奥の椅子に恰幅のいい神父が眠っていた。教会は街とまるで違っていて、なんとも言えない雰囲気に包まれている。
僕はろうそくを頼りに腰掛けた。静かな祈りに耳をすませ、ホッと天を見上げると聖像があった。白く、子供に囲まれた聖像。子供は手に真っ赤な花を持っていた。懐かしい。そんな気持ちに襲われた。しばらくすると妙な感覚を感じた。聖像の手が僕を撫でた、そんな感覚。聖像は柔らかな、真っ白な手を伸ばして、ふっくらと抱きしめた。
気づけば、聖像が歪んだ。何かが浮び、沈んだ。温かい妙な感覚が身体中を朱に染めた。視界がどんどんボヤけ、炎がゆっくり消えていった。
ハッと目を開けると袖はぐっしょり濡れていた。
「どうしたのかね?」
目を拭うと赤く揺れるヒゲが現れた。
「いえ、何でもありません。」
「そうか。それなら良かったわいら、ところで、お主の名はアルトかのう?」
体が震えた。湯冷めして、顔がぎこちなく硬直した。
「は、はい。そうです。」
神父はシワを広げ、ホホと笑った。
「そうか!大きくなったものじゃ…いや。すまないのう。お主を待つ者が訪れてのう。探していたところじゃったのじゃ。」
神父はこっちじゃ!とズンズン歩き出した。僕は後を追うと、奥の一部屋に着いた。
「さ、ここじゃ。では、わしは戻るかのう。また会う時までさらばじゃ。神の幸あれ。」
僕が謝礼を告げると神父はコツコツ椅子へ向かっていった。
ギギギ…。
扉を叩き、ゆっくりと開いた。
部屋に入ると20代の男性と17、18位の女性が紅茶を飲んで座っていた。
「君がアルト君だね。やあ、久しぶり。覚えているかな?僕はマトリート家の当主、サラミス・マトリートだよ。ああ、砕けていいよ。楽にして。」
金髪、瑠璃の目。色白の体は細くも引き締まり、細腕はよく盛り上がっている。僕は一層こわばって、ガタガタ震えた。
「ぼ、僕は…アルトと申します。へ、平民ゆえ、無知でご、ございますが、なにとぞご、ご容赦を…」
「ふふふ。可愛い子ね。小さい執事さん。私はエレナ・マトリート。これからよろしくね。」
たなびく銀髪。ろうそくに照らし出されて赤々と揺れている。翡翠の少し垂れ目な目は潤み、幼さを感じさせるようでいて、真っ白な肩はよく盛り上がり、膨らんだ雲玉は天女の温もりのごとく、妖艶な美しさをはらんでいる。
「さて、僕たちの自己紹介が終わったところでアルト君の仕事の説明をするよ。君の仕事は、僕たちの娘、レナ専用の執事の仕事だよ。」
「承知いたしました、旦那様。」
サラミスはにこやかに手を差し出した。僕はグッと強く握った。
「あら?あなただけずるいわ。私とも握手しましょう。」
エレナはサラミスを押しのけ、僕に飛びついた。僕の顔が埋まった。僕は息苦しさの中に嬉しさがこみ上げた。
「パァ!」
「こらこら。アルトが苦しがっているじゃないか。」
エレナは僕の顔を滑らすように撫で回し、
「これは…ふふ。今後が楽しみだわ。」
と名残惜しそうに離れた。
「さて。馬車が来たようだ。神父、ありがとう。さ、屋敷に向かうよ。」
僕は馬車に乗り込んだ。馬は逞しく足を上げ、雪を力強く踏みしめた。どこかからさえずりが聞こえた。