第9話 ゴールディ再び
第二章開始。
「ところでヒロさん、ヒロさんとアリシアさんはご結婚なさっているのですか?」
セーラのことをアリシアと子供たちに説明――クロスギア云々は除く――を終え、彼女を新しい家族に迎えることに成功したヒロはアリシア、セーラとともにリビングで冒険の疲れを癒していたのだが、セーラのその何気ない一言で場が凍り付いた。
「な、なに言ってるんだよ、セーラ!」
「そ、そうだよ! 私たちはまだ……」
石のように硬直していた二人だったが、硬直が解けるとともにセーラに向かって慌てて否定した。
セーラはその反応を見て首を傾げる。
「おや、そうなのですか。
しかし、二人の男女が一つ屋根の下しかもこれほどの美少女ともなれば、何も起こらなというのはかえって不自然ではないでしょうか」
セーラはふむ……と考え、ある結論に至った。
「さてはヒロさん、好きな子を他の男に抱き抱きさせると興奮する……そんなねっとりねとねとした性癖がおありで?」
「……ヒロ、それほんと?」
その言葉を聞いて、アリシアまで反応する。
「ちがうから、オレそんなマニアックな性癖ないから」
全力で否定するヒロ。
だがセーラは自分の推理を信じているのか話をつづける。
「いやいや、ヒロさんには才能があります、誰だって最初は否定するんです。
ですが――あいたっ!」
セーラの頭にチョップをいれて見た目に反したマシンガントークを止めるヒロ。
ヒロがそんなマニアックな性癖が無いことに安心したのかホッとした顔をするアリシア。
ヒロはそんなアリシアの顔を見ながら、考える。
(でも、アリシアと結婚か……)
――――――――
『あなた、起きて……朝だよ』
『ねえ、あなた。今日のご飯は何にする?』
『きて…… あなた……♡』
――――――――
(いつもと呼び方が違うだけでなんか……こう……くるなぁ……
っていうか、最後のはダメだろ!)
呼び方が「ヒロ」から「あなた」に変わっただけで二人の距離がぐっと縮まるような、そんな言葉の神秘に触れながらヒロはうっかり妄想の相手にしてしまったアリシアに心の中で謝った。
だが――
(結婚か……)
『結婚』という言葉に何か妙な引っ掛かりを覚えるヒロ。
そう、何か大事な約束をしたようなそんな……
ヒロが何かを思い出しそうになっているとき、外で遊んでいた子供たちが騒ぎ出した。
そして玄関から慌てた様子でアインが入ってきた。
「ヒロ兄、たいへんだ、きのうのやつらがまたきたんだ!」
三人が玄関を出て外に行くと、そこには昨日と同じく悪趣味な馬車が止まっていた。
その中から姿を現したのは豪華に着飾った恰幅のいい男――ゴールデン・ゴールディだった。
「ふん……相変わらずしけた建物だな、ここは。利用できるのは土地だけか……」
ゴールディは黒ずくめの男たちを引き連れ、こっちに向かってくる。
アリシアは不安がるシャーリーを腕で庇うように抱きしめ、他の子たちも全員後ろに控えさせた。
ゴールディは三人と対峙するようにして立ち止まる。
「昨日ぶりだな、小僧。
それで、返済のあてでもできたのかね?」
白々しくゴーディはヒロに聞いてくるが、そんな大金など簡単に用意できるはずがない。
ヒロは悔しがりつつもヤツに答える。
「いえ……まだ……」
「ハハハ、まあ貴様のような能無しでは無理な話だったな。すまんすまん」
「クッ……」
ヒロは気持ちを押し殺すために拳を握る。
アリシアはヒロのそんな姿を見ると、キッと引き締めた表情でゴーディに顔を向けた。
そして、シャーリーから手を離すとゴールディの前に一歩踏み込む。
「ヒロを悪く言うのはやめてください!」
「アリシア……」
ゴールディを相手に強く出たアリシアにヒロは驚いた。
ゴールディはそのことに不機嫌そうに眼を向ける。
「ヒロは能無しなんかじゃありません。ヒロを傷つけるようならたとえあなたといえども決して許しませんから!」
自分のことを信じている。自分のためにあのゴールディに怒ってくれる。
そんなアリシアのことに嬉しくなるヒロ。そうだ、アリシアという少女は普段は大人しいが、むかしからいつだって家族のために立ち上がる芯の強さを持っていた。
その彼女のやさしさにヒロは――自分はどれだけ今まで助けられてきただろうか?
アリシアのその言葉を受け、ゴールディはつまらなそうに彼女を見つめる。
「ふん……だが、返金のあてがないではないか。それとも、ん? 貴様がこの薄汚い孤児院の代わりに私に身売りでもするか?」
下卑た目をアリシアに向けられ、ヒロは我慢できずにアリシアをかばうように前に出る。
「借金はオレが全部払う……だけど、もし、お前がオレの家族に手を出したら……オレはお前を絶対に許さない‼」
決意を込めたヒロの言葉。
ゴールディは震えている。
いや違う。これは――
「クッ……ククク、ハッハハハ。
聞いたかお前たち、この少年よもや私に『許さない』と言ったぞ!」
笑いながら黒服たちに話しかけるゴールディ。
笑いが収まった後、ゴールディは外道の瞳でヒロを見る。
「聖女の金魚の糞かと思ったらまさか道化の類だったとは……。
気に入ったぞ、小僧。こんな孤児院、私にとってただの余興であったが、これからは本気で相手をしてやろう」
そういうとゴールディは指を三本てる。
「三ヶ月だ、三か月後に私が用意する相手と決闘し、勝てたら借金を全額免除してやろうじゃないか。無論、負ければそれ相応のペナルティを科すがな。
どうする、やるのか、やらないのか?」
ヒロは考える、これは破格の条件だ。
だが、ゴーディのあの目……ヤツには勝つ自信がある。『戦う相手』とゴーディは言ったが、ゴーディ商会の財力であれば冒険者だろうと剣闘士だろうと呼び放題だ、必ず強力な相手をぶつけてくるだろう。
そんな相手に果たして勝てる勝算などあるのだろうかとヒロは思い留まる。
それに相応のペナルティなどとヤツは言うが、昨日のあのアリシアを見る目から考えればおそらくアリシアの身に危険が及ぶ可能性すらありうる。
(オレは一体、どうすれば……)
「ヒロさん、受けましょう」
「セーラ……?」
迷うヒロの背中を押したのはこれまで傍観していたセーラだった。
「なんだ、小娘……ふん、新しい孤児でも引き取ったか?
ずいぶん羽振りがいいじゃないか。
ああ、ひょっとして私に献上するために用意したのか?」
小ばかにするようなゴーディのその言葉には、明らかにヒロを挑発するために言った言葉だと言えた。
ここは挑発に乗るべきではないだろう。しかし、ヒロは黙って見て見ぬふりをすることは出来なかった。
自分が馬鹿にされるだけなら耐えればいい、だが、大切な家族を馬鹿にされて黙っていることだけは、ヒロには出来なかった。
「分かりました、その挑戦受けます!」
――こうして、ヒロとゴールディの男と男の尊厳を賭けた戦いが始まったのだった。