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第五話 待って

 次の日は朝から戦闘訓練で始まった。と言っても、先述のように、ウィザード同士の戦いは一年次の生徒では行わないし、ダンジョンなども実際のものは危険すぎて適さない。

 ではどうするのかというと、教師が作った疑似的なダンジョンに潜入するのだそうだ。


「このダンジョンはFランク――つまり、もっとも簡単なものだ。ダンジョンというのは名ばかりでワンフロアしかないし、罠の類もない。まあ、多少のモンスターはいるが、ウィザードがいれば問題ないだろう」


 一年次の戦闘訓練の担当教師であるゴウライはこのように語って、自分が呼び出した禍々しい扉のような構造物を撫でさすった。ゼルの胴回りと同じくらいのたくましい腕が蛍光灯につやめく。


「まあ、いまだに信頼関係を気づけていない奴らがいたら、ちょっとは苦労するかもしれんがな! はっはっはっは!」


 畜生、嫌なことを言いやがる。

 ゼルは、隣に座るミリアを横目で見た。相変わらず彼女は輪を掛けた無表情で、時が止まったように身動き一つとらない。

 結局昨日から二人は、何一つ分かり合うことができずにいた。

 今朝、ゼルのことを召喚してからミリアはずっとこの様子であるし、ゼル自身も何と言って話しかけたらいいのかわからないまま、気まずい時間だけが流れていた。


「ゼル、あんたちゃんとミリアと話したの?」


 不意に後ろから小突かれて振り向くと、そこにはラニがいた。ラニはいらだった様子ながらもひそひそとした声で、


「後ろからずっと見てたけど、あんたたち全然会話がないじゃない。なに、結局何も聞かなかったの?」


「いやそれがさ……俺もよくわかんないんだよ」


「よくわからない?」


 ラニは「なぜそんな感想が出るのかわからない」という表情で聞き返す。


「だってミリアちゃん、決闘のさ、いろんな本読んだり、夜中にこっそり特訓したりしてるんだぜ? てっきり最強のマスターになりたいんだろうと思ったらさ、『違う』っていうんだ」


「『違う』?」


「ああ。違うって。意味わかんなくねえ? 違うんだったら、なんだって特訓なんかしてるんだよ。何が違うのとかは全然教えてくれないしさ」


「はあー。この子ったら……」


 ラニはあきれ顔で、相変わらずの様子のミリアに目をやる。どうもこいつは何かしっているようだ。

 ラニはその後すぐに彼女のマスターであるカヤに呼ばれて、席を立ってしまった。


「とにかく、言ってくれないみたいならあんたがなんとか察してあげなさい」


「はあ? なんだよそれ、なんでそんなめんどくさいこと……」


「いいから。なんでもかんでも説明しないとわからない男は、女の子には相手にされないわよ」


 ラニは、カヤと二人で扉の向こうに飛び込む直前、思い出したように、


「ウィザードとマスターなら、お互いのことくらい言わなくてもわかるでしょ?」


 当然のようにそう入れだけ言い残して、ラニは消え失せてしまった。

 そして、教室の中に残っているのは、ミリアとゼルだけになってしまっていた。


「どうした、早く入れ」


 ゴウライがなるべくいらだちを抑えて、しかし隠しきれていない様子で二人をにらむ。とはいえ、主が動き出さないものをウィザードが勝手な行動を取るわけにもいかない。


「……あの、ミリアちゃん?」


 ゼルが背筋を伸ばしたまま声を掛けると、


「ん。……よし」


 ぱたむ、と手にしていたハードカバー本を閉じて、ゆっくりと立ち上がった。


「行こうか」


「う、うん」


 一言ゼルに声を掛けただけで、ミリアはもう扉の目の前まで歩を進めていた。本当にマイペースな子だ。

 ゼルが慌てて扉の前まで駆け寄ると、ゴウライが野太い声で、


「ミッションの内容は転送された先に書いてあるからな。あと、ミッションを達成しないとこっちに戻って来れない造りになっている」


「問題ありません。私たちなら、すぐ」


「なんだ、珍しいな。ゼルのやつが答えるとばかり思っていたが」


「……ウス」


 ミリアが何故か今回ははきはきと答えてしまうから、ゼルは自分の出る幕がなくなってしまたのだ。

 心の中でそう悪態をついていたゼルは、


「さあゼル、行くよ!」 


「あ、わあ!?」


 ミリアに不意に腕を引かれ、扉の向こうのダンジョンに飛び込むことになった。


◇ ◇ ◇


 そこは、薄暗い洞窟だった。

 水が小さく地面を穿つひたひたという音がにわかに響き、天井の高い場所であることを知らせている。

 ただ、だだっ広い空間の中には、ほかの場所へつながる通路もなければ、モンスターも何もいないようにゼルには見えた。


「なんだこれ、暗くて全然わからねえな……ミリアちゃん、ミッションの内容はなんだって?」


「……≪世にも珍しい色違い! 碧色の宝玉を持つ、柘榴狐カーバンクルを捕まえろ!≫。だって」


「かーばんくる? ……って?」


「『柘榴狐は、低級モンスター。リスのような小動物系で、額に赤いルビーのような宝石を身に着けているのが特徴。愛くるしい見た目から若い女性に人気がある』」


 まるで図鑑の説明文をそのまま読んだようなミリアの説明に、思わずゼルは「へえー」と舌を巻いた。


「なんだ、そんなもんならいくらでも捕まえてやるよ。……でも、全然姿が見当たらないけど。本当にこんなところにいるのか?」


 と、ゼルが一歩踏み出した瞬間、ミリアがぽつりと、


「言い忘れてた」


「えっ?」


「『カーバンクルは夜行性。暗い洞窟を好み、集団で狩りをする』……『どう猛な性格』」


 ゼルの視界の地面に、一斉に赤い光がともった。

 無数に存在するそれらは小さくうごめきながら、まるで獲物の動きを伺うかのように息をひそめている。

 ――それが、ミリアの言うカーバンクルだとわかったのは、赤い光が一斉にゼルたちの方に向かってきてからだった。


「「「きゅきゅきゅきゅー!!!!」」」


「のわー!?」


 さすがのゼルも、そのあまりの数の多さと、まるで血に飢えた獣のような様子に悲鳴のような声を上げざるを得なかった。


「逃げるぞミリアちゃん!」


 ゼルは慌ててミリアの体を抱きかかえると、そのまま地面を蹴る。さながら忍者のように壁を伝うと、大きなくぼみの中まで運んだ。


「何が『ウィザードがいれば問題ない』だ、あのジジイ、適当なことぬかしやがって。猛獣の巣じゃねえか!」


 と、吐き捨てるように悪態をついたあと、ゼルはすぐに洞窟の下の方へと目をやった。


「待っててねミリアちゃん。すぐ碧色のカーバンクルってやつを探してくるから!」


 上手くいけば、ミリアの信頼を取り戻せるかもしれない。

 最初から失ってもいない信頼のことばかりを考えながら、ゼルは何とかしてここで自分の株を上げようと、必死にカーバンクルのひしめく下の方へと飛び戻っていった。

 だから、気づかなかった。


「待って、ゼル」


 自分と会話しようとしていた、少女の小さな声に。

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