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第四話 違うったら違う

「た……ただいま……あれ?」


 恐る恐る、窓の隙間からミリアの部屋の中へと顔を覗かせたゼルは、奇妙なことに気が付いた。


「いねえじゃん」


 部屋の中は、まったくのもぬけの殻だったのだ。もともと殺風景な部屋は暗く、さらに寂しさを増している。


(おいおい……まさか誘拐とかじゃねえよな!?)


 ゼルは慌てて布団の中やワードローブを覗き込むが、どこにも姿は見当たらない。「まさかこんなとこには」と、本棚のカーテンをめくってから、「いるわけねえか」とあきれ気味に一人ごちた。

 とはいえ、マスターであるミリアが遠くまで行けばゼルもそれに引きずられるはずだ。彼がこの場に存在していることが、ミリアが遠くへ連れ去られた訳ではないことの十分な証明だった。

 それよりも、ゼルの興味は本棚に並べられた書籍たちの方に移っていた。


『ってか、あんたが知らなすぎなんじゃない?』


 ラニから言われたその言葉のとおりなのが悔しいが、ゼルはミリアの本棚についてもまともに中身を見たことがなかった。

 果たして彼女はどんな本を読んでいるのか、決闘での戦術指南とかだったら嬉しいが、と思いながら本棚を視線で舐めると、


≪トカゲでもわかる! 決闘で負けないための100の方法≫

≪ウィザードとともに戦うということ≫

≪ウィザード補助魔法をマスターせよ! ~最強のマスターになるための裏技大全~≫

 

「なんだよ、これ……」


 ゼルの口からは思わず戸惑いの声が漏れていた。

 正直、ラニからの言葉はゼルもかなり重くのしかかっていた。不安だった。ミリアが自分の行動をまったく望んでいなかったら? 本当に、ただのありがた迷惑だったら? 確かめるのが、本当は怖かった。

 だが、そんなものはただの杞憂だったようだ。

 この本たちがそれを証明している。


「あ、ははは……ざまあみろ、ラニのやつ」


 ゼルはうわごとのように笑いながら、勢いに任せて窓から部屋を飛び出した。妖精形態にもならず、文字どおり飛び降り、中庭も飛び出して、女子寮に隣接している森の中へと走る。

 自分は間違っていなかった。はき違えてなどいなかったのだ。


「は、はは、ははははははは!!」


 ただそれだけの喜びが、ゼルを一心不乱に走らせていた。

 一体、どれだけ走ったろうか。

 しばらく続いた彼の疾走を止めたのは、轟音とともに起こった、凄まじい地面の揺れだった。


「うおおっ!?」


 ゼルは揺れに耐えかね、その場に頭から倒れる。そしてすぐさま起き上がり、音がした方を向いた。

 よく見ると、真っ暗な森の中に、ぼんやりと黄色の灯りが点っているように見える。人がいるのだ。

 こんな夜更けに森の中で何をしているのか――ひとつまみの興味本位だけで、彼は木陰からその様子を覗き込んだ。


(あっ……!?)


 ゼルは思わず声を出しそうになるのを、両の手のひらで必死に抑えつけた。

 果たしてそこにいたのは、先ほどから姿の見えなかったゼルのマスター、ミリアだったからだ。


「――――。――」


 右手に杖を持ち、左手に本を開いたミリアが何事かを唱えると、杖が山吹色の光を帯び始めた。


「……えいっ!」


 かけ声とともにミリアが杖を振るうと、穂先から、打ち出されるように光が飛び出す。そしてそれが木にあたると、凄まじい音を立てて辺りが揺れに満たされた。


「……はあ、なんとか、二回目」


 ため息をついてミリアはへたり込む。どうやら先ほどの魔法でかなりの体力を使ってしまったらしい。

 だから、気づけなかった。


「――えっ?」


 木本のきしむ嫌な音を立てて、大樹がまっすぐミリアの方へと倒れていくことに。


「ミリアちゃん、あぶねえ!」


 その瞬間、隠れていたはずのゼルの体は動いていた。

 鉛弾のように飛び出し、大木とミリアの間に割って入る。そうして割って入ってから、


(あ、やばい)


 とゼルは気が付いた。


(この木、結構でかいえぞ!?)


 だが、気づいてしまった以上、なおさらここから逃げ出すわけにはいかない。それは「マスターが死ねば、ウィザードも死ぬ」などという原理に基づいた安っぽい自己犠牲ではない。マスターの身の危険を前にウィザードが何もしないわけにはいかないというむしろ本能に近い理由で、ゼルは両の腕を交差させ、さながら盾のように構えた。

 地面にめり込む、鈍い音。

 ゼルの体に大木の幹がまっすぐにのしかかった。


「――あろ?」


 一瞬の間があって、頑なに目をつぶっていたゼルは、恐る恐る目を開いた。思いのほか、自分の体に異常がなかったのだ。

 もちろん重いものは重い。それでも自分の頼りない腕にのしかかったにしては柔らかい反応だった。

 果たして目をあけたゼルが見たもの――


「……なんだこれ、盾?」


 ――それは、緑色の装甲と化した自らの両腕だった。


 間一髪、ミリアを助け出したゼルは、彼女を、倒れた巨木に座らせて、自らもその横に腰かけた。

 しばらくの無言ののち、ゼルが初めて聞いたのは、


「……ごめん」


 意外にもしおらしい言葉だった。


「えっ?」


「助けられてしまった」


 ぼそりとつぶやいて、ミリアは再びうつむく。

 

(……こういう空気苦手なんだよなー本当)


 ゼルは頭をかきむしりながら、困り果てていた。

 実際、ミリアにここで会えたのは本意だった。今ではほとんど確信を持っている、意見の齟齬がないことを確かめたり、これからの二人について語り合ったり、それから今なにをしていたのかを聞いたり。彼女に聞きたいことはたくさんあった。

 でも、無表情の彼女を前にすると、言葉の頭が喉でつかえて出てきてくれない。そのうち奥へと引っ込んでしまって、何を話そうとしていたのかも忘れてしまうのだ。

 確かに自分はミリアのことをよく知らない。だがそれは、話してくれないミリア側にも問題がある、などとゼルはぶつけどころのわからない怒りばかりを頭の中で貯めていた。


(えーっと、なんか話題……なんか話題……ん?)


 そのときゼルが見つけたのは、地面に投げ出されたままの書籍だった。


「なんだこれ?」


 二歩ほど歩いたところに置き去りになっていたそれを拾い上げると、


「あっ……それはダメっ!」


 と、珍しくあわてた様子でミリアはそれを取り上げてしまった。


「《ドラゴン型ウィザードの補助魔法》? ……ミ、ミリアちゃん!」


「ひゃっ!?」


 考えるよりも先に、ゼルはミリアに向かって抱きついていた。他の女子生徒よりもやや平坦だが、ふんわりとしたその体に顔をこすりつけ、


「俺、嬉しいよミリアちゃん! やっぱり俺は正しかったんだ! ミリアちゃんも俺と同じ気持ちだったんだ! 大丈夫、今日は負けちゃったけど、次は必ず勝つから! そんで、いつしか最強のコンビになって、あんなエテ公なんて……へぶっ!?」


 鼻っ柱に一撃。


「な、なんで!?」


「うるさい」


 渾身のグーを叩き込んだミリアの表情は、いつもの無表情の中でも、少しだけ眉が中心に寄っているように見えた。


「見たんだミリアちゃんの本棚! 決闘についての本ばっかりだった! 今だって、その本使ってこっそり練習しててくれたんだろ!? やっぱりミリアちゃんも、最高のマスターになることが夢なんだよな!?」


 ゼルは鼻血を拭いながら、まくし立てるように問い詰めた。殴られたので、間合いには入らないようにしながらだが、それでも必死だった。

 嫌な予感がしたのだ。状況証拠はたくさんある。だが、なぜか確信が持てずにいた。自分の考えと、ミリアの考えは、完全にイコールではない。直感的な不安が、ゼルを焦らせていた。

 案の定、彼の悪い予感は当たった。


「違う」


 小さな声で、しかしはっきりと、ミリアは拒絶した。


「ち、ちがう?」


 震える声で聞き返すことしかできないゼルに、ミリアはもう一度、


「ちがう」


 とだけ言った。

 そして、もう用は済んだと言わんばかりに立ち上がって、


「もう遅いから……帰るよ」


「ええー!? いや、ちょっと待ってよ? なに? なんなの!? 新手のツンデレなの!? それとも恥ずかしがり屋さんなの!? っていうかさっきの魔法みたいなのはなに!? あれ、決闘で使う補助魔法じゃないの!?」


 ゼルがまくし立てても、


「帰るよ」


 と言われれば、


「はい」


 と従わずにはいられなかった。

 だって、それがウィザードの性なのだから。

 相変わらず音も立てずに暗闇の森の中へ消えようとするミリアを慌てて追いかけながら、ゼルの頭の中は不可解な思いでいっぱいだった。

 ミリアはここで、決闘におけるなにかしらの練習をしていたはずである。どこからどう見ても。

 そしてそれは、ゼルの思い――ミリアを最強のマスターにする、というものと合致しているはずだった。

 なのに、なぜ?


「ゼル」


 考え事をしながらミリアに追従していたゼルは、不意に彼女から名前を呼ばれて顔を上げた。

 ミリアが杖の先をゼルの方に向けると、その先に光が灯る。

 なんだ、今日はもう終わりか。


「おやすみ」


 視界が暗転する直前に聞こえたミリアの声は、思いのほか優し気なものだった。

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