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第3話

「ホント声でけえなお前。さっきまでボコられてたにしちゃ元気じゃねーか。

ふぅん。見た目に反して案外丈夫な体してんな」


「大丈夫か、曽谷。…おい堂園、変な目で曽谷を見るな。穢れる」


 人の悪い笑みを浮かべながら不躾な視線で俺を眺める堂園に、マスターの鋭

い視線が飛ぶ。


 …マスターがこんなに表情豊かな人だなんて知らなかった。

 いつでも柔和な笑みを浮かべている所しか見ていなかったから。


 その事実に、胸の内がささくれのように微かに痛んだ。


 軽口の応酬を収めたマスターが、さて、と話をし切りなおすので俺も耳をそ

ばだてる。


「俺はここの片付けがあるから、先に曽谷を送って行ってくれ」


「おい報酬は?」


「後払いだ。飲酒運転を勧めるわけにはいかないだろう?しかも現役の警察官

に」


「へ?」


「ばーか。俺は刑事だ。警察官なんて呼び方すんじゃねえよ」


「ええええ?!」


「どっちも変わりないだろ。少しは法を守ってくれ」


「守ってるだろ。どう見ても法と国民を守る正義のお巡りさんだろが」


「本気で言ってるのか?見た目だけならその筋にしか見られないくせに。曽谷

もそう思ったろ?」


「へ?…やっえっその…!」


 あまりの衝撃の事実にぼぅっと聞いていたところに急に話を振られ、思わず

救いを求めて辺りを見渡してしまう。


 当然閉店した店内に他の客がいるわけもなく、俺は一人で不審な動きをして

いたことに気付き慌ててうつむいた。


「っぷ」


 小さな笑い声に思わず顔を上げると、目の前でマスターが顔を笑み崩していた。


 初めて見る、マスターの楽しそうな笑顔。


「曽谷ってもっとクールなタイプかと思ってたけど、なかなかかわいい一面もあるんじゃないか」


 魂が抜けるほど見惚れてしまった。


 元から自分の平凡以下の容姿を自覚している俺は、美しいものが大好きだ。


 このバーに通っていた理由も、半分は店の雰囲気、半分はマスターのご尊顔を拝むためだ。


 俺とは正反対の、美しいとしか言えない理想のパーツ。


 まっすぐでやわらかそうな色素の薄い髪       ごわごわで剛毛なくせ毛

 すっと通った小さくて高い鼻            ちょこんとしただんごっ鼻

 髪と同じく色素の薄い茶色の二重の瞳        黒くて小さな三白眼

 適度に筋肉の付いたバランスの良い体躯       細くて頼りない薄い体

 清潔感のある服装                 寄せ集めで統一感のない服装



 …ほら、こんなに違う。

 そんな俺に、こんな風に笑いかけてくれる。

 こんなに楽しそうに笑いかけてくれた。


 …今日頑張ったご褒美かな。

 いやいや。耐えただけだし。落ち着け自分。


 すでに普段のにこやかな表情に戻っているマスターに、ほんの少し冷静になりつつも、もう少し見ていたかったと残念がる自分がいた。


「おい坊主、そろそろ行くぞ。…あいつの顔面に騙されるなよ。見た目は優男だが、あいつはなぁ」

「堂園。無駄に時間かけるとさらに報酬はカットさせてもらうからな」


「きたねぇぞ!」


「余計な口を叩かず、ちゃんとおつかいできたら、の報酬だからな。…早く彼を送ってくれ」


「…しかたねえな…。おら鍵よこせ」


 しぶしぶ手を出した堂園に、マスターは内ポケットからキーケースを取り出すと投げ渡し、マスターは俺に手を差し出した。


「…え?」


「起き上れるか?ほら、手を貸すからゆっくり立ち上がって」


 その手を見ていただけの俺に、マスターは手をさらに差し出す。


 思わずその手を取ると、やわらかいと思ていたその手は、世間知らずの俺の手よりも厚く、固く、そして大きかった。

 まるで紙のおもちゃでも持ち上げるようにひょいと立ち上がらされ、優しく背中を押される。


「悪いが、今日は用心して自宅ではなく俺の家に泊まってくれ。その間、あのガキどもは堂園に調べさせるから」


「俺かよ」


「そんな、マスターにそこまで迷惑かけられません。今日だって…ケンカのせいで閉店早くなったんでしょう?」


 いつもより時計の指す時間はかなり早い。まだ天辺を超えてもいないこの時間に閉店するなんて、本来ならあり得ないってことくらい、俺にもわかっている。

 だてに名前覚えられるくらい常連してない。


「それは曽谷にケンカ売ったあいつらが悪い。出入り禁止にしとくから、懲りずに常連でいてくれよ」

「もちろん!」


 間髪入れずにそう答えて、また俺はマスターを笑わせた。


 人を笑わせるのは案外得意な俺だけど。笑われてこんなにドキドキするのは初めてだ。



「よーし早くいくぞ。坊主、早くしろ」


 お前は少し空気読め堂園。

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