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第2話

じくんじくんと鼓動を刻む、身体のあちこちから響く違和感に意識が引き寄せ

られる。


「ちくしょ、いてぇ…」


 ポツリと吐き出した泣き言で目覚めると、そこは硬いトイレのタイルではな

く少し柔らかい台の上。


 不思議に思いつつ辺りを見渡すと、そこは薄暗い間接照明が照らし出す見慣

れたバーの店内で…!


「!…いっつぅ〜」


 飛び起きようと上げた頭がズキンと痛んで、恐る恐る横になる。

 が、急に動かした衝撃は波紋のように頭の中を響き渡った。


 両手で頭を抱え込み、押しつけるようにして痛みを堪えると、晒した首根っ

こに冷たいものがベチと触れた。


「ひっ!」


「お、意識あったか。良かったな、大事には至らなそうだ」


 頭上から掛けられた、ダミではないが遠慮ない大声に、また頭痛の波紋が落

とされる。


「〜、ちょっと、黙れ…」


 怖々声を出すと、頭上の男は「ん?」と聞き返してから豪快に笑い出した。


「んな口利ければ上等だ。おら、濡れタオル。痛むとこ中心に冷やしとけ」


 大声の主は、首筋に温められたタオルを取り上げて一振りすると頭を抱える

手の上に載せてきた。


 それを掴んでおでこに押しつけると、少しだけ痛みが弱まった気がする。

 あと痛みが激しいのは、肋骨辺りと脇腹と…。


「背中と太股は目立つ痣ができるだろうな。腹と脇腹はそうでもないだろ。あ

とは肩に異常がねぇかだ。起きれるようになったら回しとけ」


 自分の状態を意識だけで確認していると、男はちょうど良く手短に説明をく

れた。


 自己判断には自信がないから、そう判断を下されて安心の息を吐く。


 …いやいやダメだ。これだって素人判断には違いない。鵜呑みにしては後が

まずいかもしれないし。

 思い直して、身体の痛む部分に意識を集中させる。


「おい、ボウズ。起きてるか?」


 投げやりなその声にカチンときた。


「ボウズじゃない。曽谷雅巳って名前の個人だ」


 そう言い切ると、ブッと噴出す音に続いて遠慮なしのバカ笑いが降って来た

「ぶははははは!個人か!そうだなこんなトコ出入りしてんだからオトナだよ

な!はははは個人て主張されたな初めてだ!」


「ち…声でけぇよ…いてぇ」


 頭に響く笑い声に、食いしばった歯の間から文句を言うと、男は引きつった

ような声に笑いを変えた。


「わりいわりい。聞いてた話と随分違ったんでな。んで、どうだ?起きられる

か?」


 笑いながらののんきな言い方にまたカチンと来た。


 心配してんのかからかってんのか、どっちにしても腹が立つ。


「〜アンタがさっきから頭痛悪化させてんだけど?」


 イライラを目一杯込めてそう言い捨てた。…顔を見る勇気はなくて俯いたま

まだったけど。


「俺はアンタじゃなくて、巽だ。堂園巽って一個人だよ」


にやりと声を笑わせながらの自己紹介に、またイライラっと腹がざわめく。


「真似すんな」


「お前に合わせたんだよ。そうピリピリすんな。…おい、三条!ガキァ起きた

ぜ。かなりピンピンしてら」


 奥に呼び掛ける声に、まだ人が居ることと、その相手に思い至って、今度こ

そ飛び起きた。


 カウンター脇の従業員扉から顔を出したのは、この店のオーナー兼バーテン

ダーの…。


「三条、こいつ案外荒事慣れしてるみてぇだぞ。打ち身と痣だけ。…頭も、大

したことな」

「すみません!店に迷惑かけて…」


 堂園の話を遮る形で頭を下げて謝罪すると、頭上で苦笑が行き来した。


「…ほらな」


「そうみたいだな。まあ傷害事件に発展しなくて良かった。…相手は刃物を持

ってなかったのか?」


「出してこなかったとこ見ると不所持だったんだろ。ま、ガキ同士のケンカで

刃物出してくるようなら、見逃さねぇよ」


 そんな言葉と共にあざ笑う堂園と冷静に受け答えるマスターのやり取りに、

改めて2人を見上げた。


 目の前には、見慣れたマスターのスラリとした細身の長身と、並より上の筋

肉がスーツの上からも見て取れる大柄の男が並んでいた。


 さっきトイレで見たのとおんなじの、ツンツンの短い髪の毛とがっしりと筋

肉の付いた大きな身体に、キツい目付きが普通の表情でも睨んでいるような印

象になるその剣呑さがその存在の異質さを物語っているような男。


 ぶっちゃけヤ○ザみたいな風貌の男なわけだけど。


 マスターのこと、三条…って呼んでたけど、知り合いなんだろうか。


 ヤ○ザとバーテンダーっていうと、知り合いでもおかしくはない気がするけ

ど、ここのマスターには似合わない気がする。


 じっと2人を眺めていると、マスターが腰をかがめてのぞき込んで来た。


「曽谷、身体は大丈夫か?」


 細面の美形に近くから尋ねられて、不意に鼓動が強く鳴った。


「あ、だだ、大丈夫ですよ。あいつら大したことなくて」


 マスターの顔が黄金率ってくらい整ってるのは知ってたけど、間近で見た時

のダメージには気付かなかった…。


 『こんな薄暗い店内でなかったら、この店は女性客で毎晩行列ができてるん

じゃなかろうか』


 そんな事を思いながら無意識に後ずさっていたらしく、いきなり手がスカッ

と空を掻き、後ろに倒れた。


「うあ!」


 落ちそうになってばたつかせた手が誰かにしっかりと握られ、思わず握り返

す。


「大丈夫か?」


 引かれて戻されたのはイスを並べた簡易寝台で、ずれた足下のイスをマスタ

ーが戻してくれているのが見えた。


「あ…すみません返すがえす…」


「いや、悪かった。いきなり顔が近くて嫌だったろう?」

「いえ!そういうわけじゃ…」


 不快だったわけではなくて…となんとか釈明しようとした耳に、押し殺した

低い笑いが響いた。


「おい三条、あんまりからかってやるなよ。ボウズ本気にしてるじゃねぇか」


 と言われたマスターは少し振り返った横顔で口許だけを引き上げた皮肉げな

笑顔を浮かべた。


「人聞きが悪いな。そんなつもりは毛頭ないんだが。彼は気の弱い所があるか

ら、気を害したのではないかと本心から詫びただけだけれど?」


「そんなに弱い質にゃ見えねぇが。…ま、てめぇにかかりゃ気弱の好青年だわ

な。この腹黒」


「本当に人に聞かせたくない口をきく男だな、お前は。報酬から悪口分差し引

くぞ」


「わ、待った!それは勘弁。お前、自分が言った事には筋通せよな!」


「俺は、筋通しているぜ。お前が自分の首を絞めているだけだろ」


 フンと鼻での冷笑を加えたマスターに、堂島が頭をガシガシと掻き回してか

らその頭を乱暴に下げた。


「ちくしょ。わーったよ!俺が悪かったから差し引きは勘弁な、弘海ちゃん」


 …それでも憎まれ口は叩くんだな。と感心してしまうくらい、多分マスター

が嫌がるんだろう呼び掛けをして、マスターは額に青筋を浮かべんばかりに嫌

そうな顔で堂島を睨みつける。


「…本当に腹立たしい男だな。では代わりにもう一働きして貰おうか。彼をう

ちに送ってくれ」


 …俺?


 マスターを見ると、表情を和らげてこちらを見ていた目とバッチリあってし

まい、また俯いた。


「うち…って、てめえンとこか?」


 耳に届いた堂島の声には、明らかにその先をマスターの家かと尋ねていて!


「ばっ、まっ」

「そうだ」


 バカまさか!と言いたかったセリフにかぶって来たのは、まさかのマスター

本人の肯定で…。


「はああぁぁぁ??」


 とアホめいた大声を上げた俺を、2人は少し目を丸くして見下ろしていた。

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