初めての異世界転生
いま、巷では「異世界に転生する」という内容の小説が流行っていると聞く。なぜ異世界転生モノが流行るのか、自分のお世辞にも良いとは言えない頭で考えてみた。
そして一つの結論に至った。
読者は現実から逃げたい、なんて願いを心のどこかに抱いているからではないか、と。
そして、自分もそういう願いを抱える読者の一人である。
学校では目立たず、人気者でもない、そして部活では万年補欠。こんな自分にはそりゃ嫌気がさすし、つらい現実から目をそむけたくもなる。そんな自分のようなくすぶってる人々に、異世界転生モノはぐさっと刺さるのだろう。
こうしたつまらないことを考えている時、後ろの方で自分を呼ぶ声が聞こえた。
その声の主は日陰者の自分とは、対照的な人間の田中日向だった。
「おう、誠一、一人なら俺と一緒に帰ろうぜ。」
日向からのお誘いに、二つ返事でOKして帰路を共にすることになった。
日向はサッカー部のエースで女子からの人気が高く、そして気さくな奴なので友達も多い。俺がそんな人気者の日向となぜ仲がいいかというと、昔からの幼馴染であるからだ。ちなみに、日向の家は俺の家の目の前にある。
日向が話題を切り出す。
「誠一、おまえまだ万年補欠のままなのか?」
「ああ、そうだよ。他の奴らより多少、技術があっても、体格差がありすぎて、試合に勝てないんだよ。」
「柔道で、体格差は技術でどうこうならないの?」
「う~ん、足技を使うとか、対策はあるものの、今の自分では太刀打ちできないなあ」
今の会話からわかるように、俺は柔道部に所属している。万年補欠で大会に出たことがない。柔道は小学生のころから、無理やり習わされていた。父には強い男になってほしいという思いがあったためである。
それから、テストの話など、学生らしい会話をしているうちに駅に着いた。定期で改札を通り、他愛のない会話をしながらホームで電車を待っていると、俺たちの目の前で杖をついた老人がホームから転落した。
急なことで、状況の整理もできないままで、とりあえず老人を助けないとという気持ちが先行したため、考えもなしに俺たちは線路に降りた。
「誠一、おまえは足の方を持て!俺は頭の方を持つ!」
「お、おう!いくぞ、せえのっ!」
二人で力を合わせ、老人を持ち上げる。運動部の俺たちにとって、老人の一人くらい持ち上げるのは造作ない。
そして老人をホームに上げ終えたその時、電車がホームに入ってこようとしていた。
駅員が急いで、電車の運転手へ止まるように連絡したが、電車はスピードを緩めることなく、接近してくる。運転手は居眠りしているため、連絡に気づかない。ホームへ上がろうとするも時すでに遅く、俺たち二人は電車にひかれた……
と思ったが目が覚めると俺たち二人はけろっとしているし、体に痛むところもない。
ふとあたりを見回してみると、見知らない景色が広がっていた。
「なんだぁここは?天国か?」
と日向がつぶやく。
俺はこの展開にはものすごい既視感があった。
それは、そう異世界転生モノの小説のテンプレ展開。あの、何度も見た展開。あれほどあこがれた展開。
なぜか不意に笑みがこぼれた。
「まじかよ。俺、異世界に転生してしまったぞ……。」
笑う俺の横で、日向はしばし怪訝な顔をしていた。