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魔女ラクトアのお取り寄せシリーズ

もし宅配デリバリーが異世界の人(王様)に届いたら。

作者: 紅葉

「儲け話が降って湧いてこないかねぇ」


 コガネは手のひらに乗せた袋を弄びながら言った。じゃらじゃらという手触りが楽しい。


 特に人間が嫌いというわけではないにしても、普段は人間と関わることを億劫がり、好んで僻地に住むと言われている四大魔女のうち、人間とともに街に住み生活する魔女がいた。

 その名はコガネ=ムーシ。

 ただし彼女が人間の住む街に居を構えるのは、ことさら人間が好きというわけではない。

 コガネの好きなものは、宝石、金。そしてこれは四大魔女共通だが美食と美酒。

 街のよく当たる占い師として店を出して対価を得ては、酒場で飲み食いしている。

 基本的には自分さえ良ければいいという考え方だが、人間と会話をするのは嫌いではない。


 コガネは先ほどの客から受け取った報酬の財布から貨幣を出して、占いに使う小さな丸テーブルの上でそれを数えた。

 金貨がたったの三枚。

 これでも先ほどの男の身なりから言えば、ひと月分の労働の対価ぐらいか。

 コガネのモットーはこうだ。『金のないところからはそれなりに、金のあるところからは絞りとる』


 本来なら前の客のような一般庶民には占い一回につき金貨一枚にしているところだが、占って欲しい内容があまりにもゲスかったので、試しに金貨三枚と吹っ掛けてみれば、よほど困っていたと見えて、渋りながらも金貨三枚を払っていった。


 コガネはまん丸い団子っ鼻の王の横顔が刻まれた金貨を、にんまりとしながら見つめた。


「コガネ様の笑顔、悪巧みが成功した悪代官みたいですよ」


 癖のある柔らかいプラチナブロンドの髪がくるりと頬に頬にかかった美少年が、ちょっと呆れたように蒼い瞳を細めてコガネの側にゆっくりと近寄ってきた。白い毛皮のコートの下はドレープのたっぷりしたドレスシャツと黒い半ズボン。ひざ小僧のすぐ下には黒いブーツ。足音を一切させず、湯気をたてる紅茶カップを運び、丸テーブルの上に置いた。

 

「なんだいそりぁ、そんな言葉どこで覚えたんだい、シャム」


「コガネ様がラクトア様たちと女子会をなさったときに、僕もルーくんとお給事しながらお話してたんです」


「女子会じゃなくて魔女集会だよ」


「ラクトア様は異世界の電波を拾う不思議な箱をお持ちだそうで」


「ああ、てれびとかいうやつだろう?」


「ええ。見せてもらったんですけどね。かめやまもでるだとか、はいびじょんだとか、よんけーだとか、ルーくんが教えてくれたのですが、なんのことだか僕はさっぱり」


 シャムは少女のような愛らしい笑顔を浮かべた。


「どうせシャムのことだ、聞いてるふりだけで実は聞いていなかったんだろう」


「分かりますか」


「分からないでか。シャムの育ての親だよアタシは」


「聞いていないふりをして聞いているときもあるんですよぅ。それで、頭にイモリの黒焼きを乗せたような髪型の男と、覆面の男が話していたんです。『コガネ色の菓子でございます。どうぞお納めください』『おぬしもワルよのう』『お代官様こそ、クククッ』って。コガネ様のお好きな金色のお菓子ってどんなのでしょうね。美味しいのかなぁ、食べてみたいなぁ」


「食いしん坊だねぇ」


「はい。美味しいものは大好きです。ルーくんとは使い魔仲間だし、お魚好き同士でもあるんですが、彼、鳥なんですよねぇ」


 シャムはぺろりと舌なめずりした。


「面倒くさいことになるから他の魔女の使い魔に手をお出しじゃないよ」


「分かってますよぅ。でもああ、鳥が食べたくなっちゃった。ちょっとお外の鳩や雀を狩ってきていいですか。もちろんコガネ様のお夕食の鳩も狩ってきますからね」




◇ ◇ ◇


「ゾクゾクッ!」


「どうしたんだいルー」


「昨日からなんだか寒気がするんですよね。風邪を引いたのかなぁ」


「昨夜は遅くまで使い魔たちと何をしてたんだい?」


「お姉さま方を客室にご案内してからシャムさんたちとテレビを観ていたんですよ。ちょうど今期の『必殺!闇仕事請負人』の第一話だったもので」


「ふん、それで?」


「シャムさんがお隣のクッションに座りに来られまして、ジーッとボクを見ながら、こうチョイチョイっと」


「ルーを前肢で撫でながら舌なめずりするような目で見つめられた、と」


「ええ、シャムさん、ボクのことが好きなのかしら。困るなぁ」


「そりゃ、困ったね。シャムは猫だからルーのことが好きなんだろうね、食材的な意味で」


「食材的な意味で!!!!ちょっとラクトア様、何笑ってらっしゃるんですか?ボクがシャムさんに食材的な意味で食べられちゃったら誰がラクトア様のお世話をするんですか!これまでのボクの献身を考えたらもっと親身になってくれても罰は当たらないと思うんですけどね!」


「はいはい、アタシが悪かったよ。ルーはアタシの大事な使い魔なんだから、焼き鳥好きなコガネに食材的な意味でやったりしないから安心おし」


「ううう~、本当ですね?そうか、それで寒気がしたのかな。ああ、熱が出てきた気がします」


「今日はもういいから、ゆっくりお休み」


「ラクトア様のお食事の準備がまだ……」


「いいから。アタシを誰だと思ってるんだい」


「創世記からご活躍の四大魔女のひとりにして北の氷の魔女ラクトア=イス様。たぐいまれなる美貌とナイスなプロポーションで世の男性を惹き付けては氷漬けにしてコレクションをなさるのがご趣味で……」


「そうそう、あと一人でコンプリートするんだが、どこかにいい男がいないかねぇ」


「氷魔法と転移魔法がお得意で、」


「そうそう、だから食べる物ならお取り寄せしてしまうから安心おし」


「……分かりました。ではお言葉に甘えておやすみなさい」



◇ ◇ ◇





「王! ラクトアから書簡が届きました!!」


「なんじゃこれは」


「植物の繊維で作った薄い板に精巧な……絵が描かれていますな。まるで本物のようです。こんな料理は見たことがありませんが、あのラクトアのこと、異世界の料理が描かれているのでしょう」


「ふむ、以前の果物の絵といい、こたびの料理の絵といい、異世界の文化は恐ろしく進んでいるようだな。まるで現世を写し取ったかのようだ。こんな文明をもった輩が攻め込んできたら、この世界はひとたまりもないであろうな」


「仕切りのついた皿に様々な料理が詰め込まれているようじゃ。野菜、これは家畜の肉か? この大部分を占める白いものはなんじゃと思う?」


「わたくしめには全く見当もつきませんが」


「陛下、これをご覧ください。海の魔物シュリンパ―の尾ではないでしょうか。これがこの通りこんがりと揚げられて……」


「うむ。美味そうじゃ」


「説明が添えられているようですが、我々では解読できませんな」


「古代文明の調査をしている調査班に暗号解読を依頼しましょう。5年、いや10年ほどお待ちいただければ解読できるでしょう」


「伯爵お待ちください。この絵画を解読することも意味がありましょうが、まずは、なぜこれをラクトアが送ってきたかを考える方が先決ではないでしょうか」


「おお、大臣。おぬし冴えておるではないか」


「陛下、これを」


 王は侍従の一人が差し出したカードを手に取った。


「この絵画に添えられておりました」


「ふむ。この中よりひとつ選べ。さすれば望みは叶うだろう……どういうことじゃ?」


「私が思いまするに、ラクトアの魔法により選択された絵が飛び出し実体化するのではないでしょうか」


「魔法師団長のいうことも一理ありますな。やはり専門家の言葉は説得力がある」


「いやいや、お恥ずかしい。あのラクトアなら可能かと思ったまで。結界を張り、何が飛び出してきても玉体おからだはお守りいたしますので、ラクトアの言う通り選んでみられてはいかがでしょうか」


「うむ、それでは試してみようではないか。どれを選ぼうかのう」


「まことに不可思議な料理ばかりですな。陛下、この薄いパンのようなものにソースを塗ってある料理はいかがでしょう」


「こちらはなにを揚げた料理でしょうなぁ」


「こんな丸い肉は見たことがありません。どんな動物の肉なのでしょうか」


「シュリンパ―のようなこれが気になりますな」


「ワシは山に見立てた頂上に旗の立っているこの一品が良いかと。ひとつひとつの料理にはなじみはありませんが、一皿でフルコースを味わえるようになっているようですじゃ。この旗は、この料理を考案した国の旗に違いないかと」


「よし、これに決めたぞ!!」


 王は絵画の一点を指し、高々と宣言した。魔法師団長は強固な結界を展開した。侍従たち、大臣たち、宰相は一歩後ずさり身構えた。

 しかし、絵画から選択した料理が実体化して飛び出すことはなく、また攻撃魔法が飛び出すこともなかった。


「なんじゃあ、ラクトアの悪戯か?」


「我々はラクトアに謀られたのでしょうか」


 期待を裏切られた気持ちになった一同が、何事もなかったかのように御前会議を再開させていくばくかの時が流れた。

 突然、壁に赤い魔法陣が現れた。それは人ひとりを飲み込みそうな大きな魔法陣。魔法師団長はとっさに結界を張ろうとした。他のものは、硬直したまま、ぐるぐると回る魔法陣を固唾をのんで見守ることしかできなかった。その間、わずか二秒。

 ブロロロと聞いたこともないような音が魔法陣の中心から聞こえる。

 歪んだ空間からまず飛び出したのは、黒い目玉のような輪。それに続いて、全体が現れる。

 馬に牽かれずとも輪を転がして動く小型の馬車のようなそれは、尻から臭くて黒い煙を出し、全体をぶるぶると小刻みに震わせながら、先ほどから聞こえている唸り声をあげている。

 魔獣のようなそれの背にまたがっていたのは、兜を被った若い男。

 奇妙な赤い上着を羽織った男は、いまだ唸り声をあげているそれから颯爽と降り、後ろの荷台を探っていた。

 部屋を警護していた騎士が魔獣から王を守ろうと槍を突き出す。


 若い男は、平たい包みを手に、キョロキョロと室内を窺っているようだった。その表情はわずかに引き攣っている。

 手にした小さな白い紙片と見比べながら、視線が合った侍従長に、


「あの、おうさんですか。デリバリーサービスのガストンです。ご注文の品をお届けに参りました。お代金はもうラクトア様から頂戴してますので、お受け取りのサインだけ頂いていいっすか。あ……すんません。ありがとうございます。ってか、これなんて書いてあんの? 外国語かな。あ、いえ、大丈夫です。それにしてもすごいっすね。ここでもコスプレのイベントっすか。本格的っすね。あ、すんません。ありがとうございました!またごひいきに」


 若い男は侍従長に包みを渡すと、サインを受け取った紙片を胸ポケットにねじ込み、唸り声をあげている魔獣のようなものに再び跨って、ターンをすると魔法陣の中へと消えていった。尾のような黒い煙までが魔法陣のなかに収まると、魔法陣も掻き消えた。


「なんじゃ、あれは」


「ラクトアの使い、ですかな」


「恐ろしい魔獣を飼い慣らしておったように見えましたが」


 侍従長の抱えてる包みは温かく、甘く香ばしい香りが漂っていた。




◇ ◇ ◇



「ふむ、この世界のものは焼き鳥が好きなのかねぇ」


 水晶玉から目を離したラクトアは、串に刺さった肉を一口噛み取った。この世界では、あまりお行儀がよいとは言えない食べ方ではあるが、これが焼き鳥の美味しい食べ方だと思う。手で串を持って食べるなんて考えつきもしないであろう王たちが焼き鳥をどうやって食べるのか、もう少し見届けたい気持ちはあるが、次の瞬間に興味は削がれた。あの宅配ボーイは無事に帰れたはず。ラクトアとコガネを見てもコスプレだと信じて疑わず、自分が異世界までデリバリーしたとは思っていない。なかなか順応性の高い、面白い少年だった。


「この甘辛いタレが最高だね。ほら、シャム、もう一本食べるかい?」


「いただきます!」


「コガネ、葡萄酒もいいけどこのニホンシュってやつが焼き鳥に合うんだよ。試してごらんよ」


「ああ、もらうよ。まあ、焼き鳥はなくても似た料理はあるからね。想像がつきやすいんだろう。それにしてもいけないご主人様だねぇ。使い魔が鳥だっていうのに焼き鳥を美味そうに食って」


 串を振りながら、キシシとコガネが嗤った。


「優しいご主人様の間違いだろう? 本人の前では食わないようにしてるんだからさ。ほら、シャムたくさんお食べ。その代わりに涎を垂らしてルーフェスを見るんじゃないよ」


 シャムはそれには答えず、頬にかかった髪を茶色くタレで汚しながらご機嫌で焼き鳥を頬張った。


「いつもお腹いっぱいにしてやりゃ大丈夫さ。それよりデリバリーはいいね。金の匂いがするよ」


「コガネは働き者だねぇ」


 








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― 新着の感想 ―
[良い点] この世界における現実世界のものの描写がコミカルで面白かったです。
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