メルヴの大冒険DX
とある日の午後、世界樹の周囲を散歩していたメルヴが、蹲っている老人の姿を発見した。
全身を覆うボロの外套を身に纏っており、顔は見えない。しかし、枯れ木のような手首や、皺だらけの手が、老人であることを示している。
苦しげな声をあげていたので、メルヴは慌てて駆け寄った。
『ワア、オジイサン、大丈夫?』
老人が苦しげな様子で、落とし物をしてきてしまったと言う。そのせいで、苦しんでいると。メルヴの葉っぱを飲んでも、苦しみは治まらないらしい。
『落トシ物ッテ?』
十一個の宝石を失ってしまったことが判明した。
さまざまな国を旅する中で、一つ一つ滴る涙のように落としてきてしまったようだ。
『メルヴガ、探シニ行ッテ、アゲタイケレド……』
メルヴは現在、世界樹を守る役割を担っている。大元となる世界樹から離れるわけにはいかない。
しかし老人は、ある水晶を手渡す。これがあれば、世界樹から離れても問題ないと。
さらに、宝石を落とした場所まで導いてくれるという。
『ダッタラ、メルヴガ探シテクルネ!』
メルヴは受け取った水晶を掲げる。すると、魔法陣が浮かび上がった。
それは、転移魔法であった。
『ワア~~!!』
メルヴの体は光に包まれ、消えていった。
◇◇◇
『ヘブンッ!!』
メルヴが真っ逆さまになって着地したのは、一面真っ白な雪原。
『ウ~ン、ウ~ン』
雪に深く刺さってしまったため、起き上がれない。
ジタバタと足を動かしていると、誰かに足を掴まれ、一気に引き抜かれた。
『プハ~~!』
逆さまになったままのメルヴは、灰色の目をした赤毛の女性と視線が合う。
「お前は……?」
低い声で問われる。メルヴはピッと手を挙げて答えた。
『メルヴダヨ!』
「私は……ジークリンデ・サロネン・レヴォントレットだ」
『ジークサン、ヨロシクネ~』
メルヴを助けてくれたのは、ジークリンデという長身の女性だった。朝の散歩中に、メルヴを発見してくれたらしい。
「お前は、この地に住む精霊なのか?」
『メルヴハネ~、メルヴダヨ』
「……なるほど」
ジークリンデとメルヴは、歩きながら話す。
『アノネ、ココヘハ、宝石ヲ、探シニキタノ!』
「宝石?」
『オジイサンガ、落トシチャッタンダッテ』
「落とし物の宝石か……。しかし、この雪の中では――」
ここは辺り一面雪だった。その中で、一粒の宝石を探すのはとても難しいと言う。
「夫がこの地の領主なのだが、宝石の落とし物が届いていないか、聞いてみよう」
『アリガトウ!』
メルヴはジークリンデと共に、彼女の自宅へと向かった。
「――わあ、何この葉っぱ!」
メルヴを見たジークリンデの夫、リツハルドは驚きの表情を見せていた。
「リツの村には、こういった存在がいると思っていた」
「俺も初めて見たよ。いや、ビックリ」
精霊を信仰している村だったが、こうして、実際に姿を見るのは初めてだと言う。
「なんか、夢か幻を見ているのかな?」
「いや、大丈夫だ。私にも見えている」
夫婦は驚きながらも、突然やって来たメルヴを歓迎してくれた。
体が温まるように、蜂蜜湯を作ってくれる。
メルヴは事情を説明した。
「そっか、大変な状態なんだね」
「気の毒な話だ」
宝石の落とし物は届いていないとのこと。
「ごめんね」
「大丈夫。メルヴガ、探スカラ!」
リツハルドはジークリンデに目配せする。二人は同時に立ち上がった。
「メルヴ、俺達も手伝うよ」
「明るくなったら、太陽の光に反射して見つかるかもしれない」
『ワア、アリガト!』
メルヴが礼を言った瞬間、夫婦の間から魔法陣が浮かび上がり、淡く光る。
その中心から、青く澄んだ宝石がでてきた。
『宝石、アッタ! アッタヨ!』
「え、どこから宝石が?」
「さあ?」
メルヴは宝石に手を伸ばす。青く美しい宝石は、『愛のサファイア』だった。
『アリガトウ!』
「あ、うん、よかったね、見つかって」
「ああ、よかった」
そんな言葉を交わした刹那、メルヴの体は魔法陣に囲まれる。
そして再度、体がふわりと浮かび上がった。
「ワア! ア、蜂蜜湯、オイシカッタヨ~。ジャアネ」
夫婦はポカンとした顔で、消えゆくメルヴを見上げていた。
◇◇◇
続いて、メルヴが降り立ったのは、薄暗い部屋であった。昼間なのに、カーテンで閉ざされ、机にある燭台の蝋燭が三本点されているばかりであった。
メルヴは首を傾げながら呟く。
『アレ? ココ、ドコダロ?』
その声に反応を示すのは、若い男女であった。
「え!?」
「あ、あれは?」
『ン?』
声をした方向を見ると、そこにいたのは――黒い馬の被り物を被った背の高い男性と、茶色い馬の被り物を被った女性である。
『オ馬サンだ~!』
メルヴの反応に対し、馬の被り物の男女も驚愕する。
「葉っぱがしゃべりました!」
「あれは――いったい!?」
逆に、メルヴは馬が喋ったと驚いていた。
「あ、いや、私達は馬ではありません。れっきとした人間です」
『ソウナンダ! メルヴハネ、メルヴダヨ!』
「さ、さようで」
先ほどから、女性のほうしか話をしていない。男性のほうは、ピンと体を伸ばした状態のまま動かなくなった。
『黒イオ馬サン、大丈夫?』
「あ、この人は、大丈夫です。人見知りをするだけで。あ、人ではなく、葉っぱ見知りですね」
『ソッカ』
この屋敷は厳重な警備がされているようで、どうやって入ってきたのかと問われる。
『魔法ダヨ』
「なるほど。そうだったのですね。あなたは、もしかして精霊様ですか?」
『ウ~ン? メルヴハ、メルヴナンダケド』
「そ、そうですか」
落とした宝石を探しているという旨を説明した。
「宝石といったら――フロースちゃん、ウッ!!」
「局長、大丈夫ですか!?」
黒いほうの馬男が、その場に蹲る。フロースというのは、宝石好きの妹のことらしい。
どうやら妹のことが苦手らしく、ゼエハアと息も絶え絶えになり辛そうにしていた。
『大丈夫? メルヴノ葉ッパ、食ベタラ元気ニナルヨ!』
声をかけると、黒いほうの馬男はすさまじい速さで後退していった。
そして、小さな声で大丈夫ですと呟く。
「あの、い、妹に、話を、聞きに行ってきます」
黒いほうの馬男は、震える声で言う。
そこに駆け寄ったのは、茶色いほうの馬女だった。
「局長、無理しないでください。体に障りますよ」
「い、いや、フロースちゃんに、話を聞くくらい、なんてこと……ウッ!」
ここで、二人の間に魔法陣が浮かび上がり、輝きが生じる。
中心より生まれたのは、緑色に輝く一粒の宝石だった。
メルヴが手を伸ばすと、吸い寄せられるかのように飛んでくる。
それは、『勇気のエメラルド』だった。
『メルヴノ探シテイタ宝石、コレダヨ!』
「え?」
「それは?」
『アリガトウ、馬サン達!!』
礼を言うと、メルヴの体はふわりと浮いて、消えていく。
次なる地へと、転移したのだ。
◇◇◇
「え!?」
『ン?』
メルヴがポテンと降り立ったのは、ベロア生地の長椅子の上だった。
目の前に縦ロールの美少女がいて、目を丸くしている。
次の瞬間には、悲鳴をあげていた。
「きゃああ!!」
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
美少女を庇うように、礼服を身にまとった執事が前に出てくる。
髪の長さは肩までで色気のある目元に、整った目鼻立ち、ぽってりとした唇の下には色っぽいホクロがある。
唯一、他の執事と違う点は――凹凸のある誰もが羨むようなスタイルを持っているというところか。執事は男性ではなく、女性だった。しかも、美女である。
「アルベルタ、なんなの、あれ?」
「イザドラお嬢様のお友達では?」
「そんなわけないでしょ、馬鹿っ!」
イザドラと呼ばれた美少女は、軽口を叩く執事の肩をポカポカと叩いた。
「は、はやく、追い出して」
「えっと……はい」
アルベルタと呼ばれた執事は、メルヴの前に片膝を突く。
「あの、お客様はどちらから」
「は、話しかけないでよ」
「ですが、邪悪なものには見えませんし」
『メルヴハ、メルヴダヨ!』
メルヴはぴっと手を挙げて、挨拶をした。
アルベルタは驚いた表情を浮かべ、イザドラはさっと立ち上がって執事の背を盾のようにして身を隠す。
「メルヴ様ですか。ようこそおいでくださいました」
「ちょっと!」
イザドラは何を歓迎しているのかと、アルベルタを叱咤する。
「しかし、このまま追い出すわけには」
「あなたって、本当に呑気ね」
「ありがとうございます」
「褒めていないわ!」
アルベルタは話を続けた。
「メルヴ様、何か、お飲み物は飲まれますか?」
『イイノ?』
「ええ」
『ダッタラ、蜂蜜湯ヲ、飲ミタイナ』
「かしこまりました」
アルベルタは立ち上がる。執事という名の盾を失ったイザドラは、慌ててアルベルタのあとを追った。
アルベルタは慣れた手つきでカップに湯を注ぎ、蜂蜜をたっぷり垂らす。
スプーンでよく混ぜたものを、メルヴへと差し出した。
「お待たせいたしました。どうぞ」
『ワ~イ、アリガト』
メルヴは喉を潤したあと、事情を語った。
「なるほど。失くした宝石を探しているのですか」
「ありそうな場所といったら、お母様の部屋かしら」
「そうですね」
母親の名を口にした瞬間、イザドラはシュンとなる。
現在、母親とは不仲の状態となっている。
「イザドラお嬢様、わたくしめが探してきます」
「いいえ、私も行くわ。この子、困っているようだし」
イザドラがそう言った瞬間に、執事との間に魔法陣が浮かび上がる。
中心から出てきたのは――『優しさの真珠』。
メルヴはしっかりと受け取った。
『ワ、アッタヨ!』
真珠を手にするメルヴを見たアルベルタとイザドラは驚いていた。
『アリガト、執事サン、縦ロールサン!』
「誰が縦ロールさんよ!!」
イザドラのツッコミが綺麗に決まったところで、メルヴの体は光に包まれる。
三つめの宝石も、無事に手にすることができた。
◇◇◇
「よいっしょ……あら?」
メルヴは土の中から収穫された。
目を丸くしてメルヴを見つめるのは、金髪碧眼の美女である。
「あらら?」
『アラ~?』
互いに、目を丸くして見つめ合う。
メルヴが降り立ったのは広い庭にある家庭庭園で、二階建ての家がある。周囲は森という、長閑な場所であった。
メルヴは今までのパターンを思い出し、不審がられる前に名乗った。
『メ、メルヴダヨ』
「わ、わたくしは、アニエスと申します」
『ヨロシクネ』
アニエスと名乗った女性は、そっとメルヴを土の上に置き、深々と頭を下げる。
「はい、よろしくおねがいいたします」
にっこりと微笑んだ。
二人の間に、ほのぼのとした空気が流れる。ここでメルヴは、事情を説明した。
『アノネ、メルヴ、宝石ヲ、探シテイルノ』
「まあ、そうですの」
アニエスは一緒に探してくれると言う。
庭を這いつくばり、探していたが――背が高く年若い男性がやって来る。顔つきは地味であるが、騎士の服に身を包んだ姿は立派だった。
「おい、お前、何やってんだ?」
メルヴに気付くと、アニエスの手を引いて背後に回す。
そして、腰に佩いていた剣を抜いた。
「あの、ベルナール様、メルヴさんは悪い方ではありません」
「はあ、メルヴさんだと? 魔物じゃないのか?」
「違うと、思います」
ベルナールと呼ばれた男は目を潤ませるアニエスとメルヴを交互に見たあと、剣を収めた。
「ありがとうございます」
『アリガト~』
礼の言葉には、盛大な溜息を返す。
「で、お前ら、何してたんだ?」
「あの、宝石を、探していまして」
「宝石?」
ベルナールはメルヴにどんな宝石かと問いかける。
『ワカラナイノ』
「わかんない石を探しているのか?」
ベルナールは本日二回目のため息を吐いたが、次の瞬間には彼もしゃがみ込んで宝石を探そうとしていた。アニエスも、それに続く。
その瞬間に、二人の間に魔法陣が浮かび上がり―― 『縁のダイヤモンド』が出現した。
メルヴはそれを手にして喜ぶ。
『ワア、見ツカッタヨ!』
「え?」
「はあ?」
メルヴは小躍りしながら、礼を言う。
『アリガトネ!』
礼を言うと、メルヴの体は消えてなくなった。
◇◇◇
新たな世界に降り立ったメルヴは、坂を転がっていた。
『ア~~レ~~!』
ポテンと壁に当たって止まった。
「あれ、なんだろう?」
メルヴを覗き込むのは、肩までの黒い髪に、くりっとした目が可愛らしい女性だった。
メルヴはその女性に話しかける。
『メルヴダヨ』
「わっ! 喋った!」
『アノ~』
「え、すごい。ロボット?」
メルヴは「ヨイショット」と言って起き上がり、驚く女性に近づく。
『メルヴ、宝石ヲ、探シテイテ』
「あ、落とし物? ちょっとオーナーに聞いて来ようかな」
しゃがみ込んだ女性は、メルヴに問いかける。
「メルヴのオーナーは?」
『オーナー?』
「そう」
『ウ~~ン?』
オーナーと言う言葉にピンとこず、首を傾げる。
「わかんないか! いっか。じゃあ、一緒に行こう!」
女性の差し出す手を、メルヴは握った。
店内に入り、乙女と名乗った女性はオーナーと呼ばれる男性に事情を話す。
「オーナー、この子が宝石を失くして、困っているそうです」
「もとあった場所に戻してこい」
「ええっ、なんでですか?」
「怪しいからだ」
オーナーはメルヴを訝しげな視線で見つめている。乙女が近付こうとしたら、腕を掴んで制した。
「この子、悪い子じゃないですよ」
「なぜ、五分前に会ってそれがわかる。これだけ高度なAIが搭載されたロボットが、その辺を歩いていると思うか?」
「お掃除のロボットとかも、勝手に家を出て迷子になるって話を聞きますし」
乙女の言い分を聞いて、オーナーは深い溜息を吐く。
「わかりました。警察に連絡しますよ」
「おい待て。これが、ロボットに見えるか?」
「え?」
「見てみろ。植物の質感とか、機械に見えない」
「あ、本当ですね」
オーナーは本日二回目のため息を吐いたあと、首を傾げるメルヴに話しかけた。
「お前は何者だ?」
『メルヴダヨ』
「メルヴ、この人は、向井さんだよ」
「俺の紹介はしなくていい!」
オーナーは乙女のボケに、すかさずツッコミを入れる。
「宝石を探していると聞いたが、どういった形状をしている?」
『ウ~ン』
乙女も一緒になってしゃがみ込んだ瞬間、二人の間に魔法陣が浮かび上がり、宝石が出てくる。
――『初恋のオパール』。
『ア、見ツケタ!』
「は?」
「わあ、よかった!」
喜ぶ乙女の笑顔を見た瞬間、メルヴの体は別の場所へと飛ばされた。
◇◇◇
またしてもメルヴは、屋敷の廊下に降り立つ。
そこは真っ赤な絨毯が敷かれていて、豪奢な雰囲気の場所であった。
「あら?」
きょろきょろと周囲を見渡すメルヴに反応を示す者が現われた。
声に反応し、メルヴは振り返る。そこにいたのは――黒髪の美女であった。
「何かしら、これ?」
躊躇うことなくズンズンと闊歩し、メルヴに近づく。
『メルヴダヨ!』
「喋った!」
即座に、メルヴの体は持ち上げられる。
「あなた、なんなの?」
『メルヴダヨ?』
「名前以外の情報はないの?」
『エット、宝石ヲ、探シテイルノ』
「宝石ですって? うちには腐るほどあるわ」
『本当?』
「ええ。その前に、あなたを夫に紹介しないと」
黒髪の美女はヘルミーナと名乗る。握手をして、親睦を深めあった。
「――それで、その、メルヴさんとやらを連れてきたと」
「ええ、そうよ」
「なるほど。この不思議生物は、私にだけ見えているのではないのですね」
「妖精か何かでしょう?」
「そうやって、即座に割り切れるヘルミーナ様は素晴らしいですね」
ヘルミーナの世界には、精霊の類などいないようで、夫として紹介されたエーリヒはメルヴの存在に戸惑っているようだった。
「悪さをするようには見えなかったから」
「それは……そうですね」
エーリヒはメルヴのつぶらな目を見ながら頷く。
「メルヴさんは宝石を、探しているのですね?」
『ウン!』
「では、ご用意を」
「わたくしが取りに行くわ」
「ヘルミーナ様、それは使用人の仕事ですよ」
「やりたいからやるのよ――きゃっ!」
立ち上がったヘルミーナ様は、机に足を引っかけ、転倒しそうになる。それを抱き止めたのは、エーリヒであった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう」
ここで、二人の間に魔法陣が浮かぶ。中心より生まれたのは、『情熱のルビー』。
『ワッ、宝石、アッタヨ』
「はあ?」
「おや?」
夫婦の驚き顔を見ながら、メルヴの体は消えていく。
『アリガトネ~!』
礼を言いつつ、次なる世界へと飛んで行った。
◇◇◇
ぽてんと、メルヴが降り立ったのは見事な薬草園であった。
そこで出会ったのは――おっとりとした雰囲気の美人である。
「あ、あなたは?」
『メルヴダヨ!』
本日何度目かもわからない、自己紹介をした。
「私は、ユウナと申します」
『ユウナ、これ、精霊だよ』
ユウナと名乗った女性の肩に、一羽の白い鳥が止まる。
鑑定能力のある鳥型妖精アオローラは、鑑定の能力があるのだ。即座にメルヴが精霊であることを見抜いた。
「精霊……そうなんだ」
『ここに何をしに来たんだろうね』
「聞いてみるね」
ユウナは姿勢を低くして、メルヴに問いかける。
「メルヴ様、こちらへはどのような用事でいらっしゃったのですか?」
『メルヴハネ、宝石ヲ、探シテイルノ』
「宝石、ですか」
『ヴィリバルトが何か知っているかもしれないね』
「連れて行きましょう」
メルヴはユウナが抱き、そのまま領主の館へと運ばれた。
「これは――!」
若き領主、ヴィリバルトにメルヴを紹介すると、驚いていた。
「精霊様、よくぞわが領土へいらっしゃいました」
『ウン!』
「お探ししている宝石についてですが――」
ここで、第三者が現われた。
「ヴィリー、精霊様がいらっしゃったのですって?」
やって来たのは、ヴィリバルトの母親だった。好奇心旺盛な目を輝かせている。
「母上、今はちょっと」
「まあ、なんて可愛いの!」
ヴィリバルトの母親はメルヴをぎゅっと抱きしめる。
「ユウナ、母の暴走を止めて」
「そ、それは……」
「みんなでお茶会をしましょう!」
ヴィリバルトとユウナは困った表情を浮かべつつも、メルヴのもとへと近づく。
「ユウナさん、一緒にお菓子作りましょう!」
「母さん、ダメだよ! ユウナは忙しいんだから!」
「いえ、大丈夫です。一緒に作りましょう」
「やった~! うふふ、嬉しい」
「母さんったら。ユウナありがとうね」
「いいえ、私も楽しみです」
「そっか。だったらよかった」
すると、ここでも魔法陣が浮かび上がった。
「あら、何かしら?」
「これは?」
「魔法、ですか?」
中心より浮かんできたのは――『温かなるガーネット』。
『コレ、メルヴノ探シテイタ宝石!』
メルヴは探していた宝石を胸に抱く。
『アリガトネ~!』
ユウナやヴィリバルトらに手を振って別れる。
メルヴの体はすうっと消えていった。
◇◇◇
続いて、メルヴが降り立ったのは――。
「メルちゃん、あ、あのね、私、メルちゃんのことが――」
『ウワット!』
「ぎゃあ!」
やって来たのは、エルフの少女と金髪碧眼の女性――と思いきや女装した男性だった。そんな二人がいる部屋だった。
それとなく気まずい雰囲気の中、メルヴは起き上がる。
「ええっ、ザラさん、これ、なんですか?」
「メルちゃんの知り合いかと思っていたわ」
「残念ながら、存じません」
ここで、エルフの少女の名がメル、女装の男性がザラという名であることが発覚した。
メルヴは自己紹介する。
『アノネ、メルヴハ、メルヴダヨ』
「メルヴ……ですか」
『ソウ!』
ピシっと敬礼しながら答えた。そのままの恰好で、メルヴは事情を説明した。
「なるほど。宝石を探していると」
「私の宝石箱、見てみる?」
『イイノ?』
「ええ、もちろんよ」
ザラが立ち上がろうとすると、「痛っ!」と言って顔を顰める。
彼の長い髪が、メルの服のボタンに絡まっていたのだ。
「わっ! ザラさん、動かないでください」
「え、大丈夫よ。このナイフで髪を切るから」
「ダメです! もったいないです」
メルはザラに接近し、ボタンから髪の毛を外そうとする。
「ザラさん、離れないでください」
「だ、だって、メルちゃん、ち、近い……」
「近づかないと、取れないでしょう」
「で、でも、メルちゃんの……が……あ、当たって……!」
「何がですか?」
「む……」
「む?」
ここで、二人の間に魔法陣が浮かび出る。中から出てきたのは――『恋のアメシスト』。
『ア、宝石!』
「え?」
「んん?」
メルヴはアメシストをしっかりと抱きとめる。すると、体がすうっと消えた。
『アリガトウ!』
叫んだけれど、メルとザラに届いたかはわからなかった。
◇◇◇
次に、メルヴが降り立ったのは、どこかの執務室だった。
「きゃあ!」
突然天井からコロリと転がってきたメルヴに、ピンクブロンドの美しい少女が慄く。
「リズ、どうかしたんだい?」
執務室には少女だけでなく、プラチナブロンドの顔立ちが整った青年もいた。
驚く少女の肩を支える。
『ウ~~ン、ン?』
「これは……?」
「いったい……?」
見目麗しい男女は、メルヴを前に絶句していた。
無理もない。この世界には、魔法や精霊の類が存在していないからだ。
メルヴはむくりと起き上がり、自己紹介する。
『メルヴハ、メルヴダヨ』
「それはどうも、ご丁寧に」
青年のほうが返事をした瞬間、少女にキッと睨まれていた。
「な、なんで真面目に返事をしますの?」
「いやだって、害はなさそうだし」
少女は眉間の皺を揉んでいる。
「メルヴといったね? 私は、シルヴェスター・オブライエン。彼女は私のエリザベスだよ」
シルヴェスターと名乗った青年は、バシッと腕を叩かれていた。
「誰が、あなたのエリザベスですか」
「だったら、予約ということで」
「受け付けておりません」
ここで、二人の間から宝石が生まれる。出てきたのは――『気高さのローズクォーツ』。
『ア、ミツケタ!』
メルヴは宝石を受け取り、エリザベスとシルヴェスターに礼を言って消えた。
「なんだよう、あれは」
「あなた、疲れているのではなくって?」
「エリザベス、君もね。今度の休みは、気晴らしに出かけよう」
「気が向きましたら」
「相変わらず、つれないな」
「それにしても、あの葉っぱみたいなのはいったい?」
「さあ?」
最後まで、メルヴは謎の存在だったようだ。
◇◇◇
次に、メルヴが降り立ったのは――廊下だった。
「シンユウいってらっしゃ、うぎゃっ!!」
突然出てきたメルヴを見た金髪碧眼の少女は、やや大袈裟に驚いている。
一方、向かいにいる黒髪黒目の男性は、感情を読み取れない目をメルヴに向けていた。
「シンユウ、これ何!?」
『メルヴダヨ!』
「シンユウ、メルヴだって!」
「……」
メルヴが金髪碧眼の少女に手を差し伸べる。
「あ、ご丁寧に、どうも」
メルヴと少女は握手を交わした。
「私、リェンファ。こっちの黒髪のお兄さんは、シンユウ。私の旦那様」
『ヨロシクネ』
「よろしく……で、メルヴは何をしに、ここへ?」
リェン・ファはあっさりとメルヴを受け入れつつ、事情を聞いてくれた。
『メルヴハネ、宝石ヲ、探シテイルノ』
「宝石……」
「宝石は母上がたくさんもっている」
「あ、そうだね。メルヴ、宝石は、シンユウのおかーさんがいっぱい持っているよ」
『ソウナンダ!』
「おかーさんに、聞いてあげるね」
リェン・ファがメルヴの手を引こうとした瞬間、魔法陣が浮かび上がる。
そこから生まれた宝石は――『健気なラピスラズリ』。
『ア! コレ、探シテイタ宝石!』
「わ、そうなんだ!」
『アリガト!』
「いえいえ」
メルヴの体はすうっと消えていく。その様子を、夫婦は揃って見上げていた。
◇◇◇
続いて、メルヴがテンテンと尻もちをつきながら降り立ったのは、深い森の中だった。
「うわっ、なんだ、こいつ!?」
大きなリアクションをするのは、黒髪に緑色の目を持つ美少年である。
「大根か?」
冷静に分析しようとしていたのは、金髪に青い目の美女だった。
「目と口がある。それに、なんか動いているぞ」
「これは、いったい……」
『メルヴダヨ』
「メルヴ……」
「メルヴ……」
『ソウダヨ!』
二人は顔を見合わせる。
受け入れるのに、しばし時間がかかりそうだった。
「な、なあ、オーリ、メルヴって、タイガの森の精霊なのか?」
「聞いたことはないし、私も初めて見た」
とりあえず、敬意を閉めそうと思ったのか、オーリと呼ばれた女性はメルヴの前に片膝を突く。少年のほうも、あとに続いて膝を突く。
「精霊様、何が御用があって、私どもの前に現れたのでしょうか?」
『ウン。宝石ヲ、探シテイルノ』
「宝石、ですか」
家に帰ったらあると言う。
「ご案内します」
『アリガト――ア!』
オーリの差し出した手のひらに、魔方陣が浮かび上がる。
出てきたのは――『敬虔のターコイズ』。
『ア、コレ』
「これは……」
「なんだ、それ……」
二人がポカンとしている間に、メルヴの体はすうっと消えていった。
◇◇◇
続いて降り立ったのは、モフモフの上。
『ン?』
「くうん?」
メルヴは、茶色くてフカフカとした、丸い耳に丸い尻尾の獣の上に降り立った。
『アレ?』
「くうん?」
とりあえず、モフモフの上から下りてみる。
『アノ、ココハ?』
『くうん』
モフモフは小首を傾げている。
『アノネ、メルヴハ、メルヴダヨ』
『くうん』
メルヴが手を差し出すと、モフモフはお手をする。
言葉は通じないが、挨拶を交わすことに成功した。
『メルヴ、宝石ヲ探シテイルノ』
『くうん』
誰か知っている人のもとへ連れて行ってくれるのか、モフモフは伏せをした。
メルヴは一言断ってから、跨る。
『くうん』
『オ願イシマス』
メルヴを乗せたモフモフは、たったと廊下を走って行った。
そして――。
『くうん』
「お前、どこをほっつき歩いて――」
モフモフを迎えたのは、キリリと目付きの鋭い男性であった。
「なっ、なんだそれは!?」
『メルヴダヨ』
「はあ!?」
驚きの声を上げていると、奥からもう一人、金髪碧眼の男性がでてくる。
「こーう、どうしたのですか?」
「どうしたも、こうしたも」
「おや、たぬき、何を乗せているのです?」
『メルヴダヨ』
「メルヴ……?」
金髪碧眼の男性は、こーうと呼んでいた男性を振り返り質問する。
「あの、メルヴを始めて見たのですが、これは、いったい?」
「私も知りたい!」
『メルヴハ、メルヴダヨ』
「え~っと、メルヴは、華烈独自の生き物ではないのですね」
「そうだ」
「な、なるほど」
「頭が痛くなってきた」
たぬきと呼ばれていたモフモフが二人の男性に、メルヴの事情を訴える。
「くうん、くうん、くうん!」
「たぬきが何か言っていますね」
「まったくわからんがな」
たぬきと二人の男性が寄り添う姿は、仲のよい家族のように見えた。
メルヴはホッコリする。
と、ここで、たぬきの頭上から魔法陣が生まれた。
出てきたのは――『正義のコーラル』
『ア、コレ!』
メルヴの探していた宝石が見つかった旨を伝える。
『アリガトウ!』
礼を言うと、メルヴの体はすうっと消えていった。
◇◇◇
『情熱のルビー』、『初恋のオパール』、『縁のダイヤモンド』、『優しさの真珠』『勇気のエメラルド』、『愛のサファイア』、『温かなるガーネット』、『恋のアメシスト』、『気高さのローズクォーツ』、『敬虔のターコイズ』、『正義のコーラル』。
宝石は――すべて集まった。
「メルヴ……ありがとう」
先ほどの、老人の声が聞こえる。
「宝石は、すべて集まった」
『本当?』
「ああ。ごほうびを、あげよう」
メルヴの体は光に包まれる。
◇◇◇
『――え?』
メルヴが降り立ったのは、懐かしい場所だった。
そこは、メルヴの初めての主人――ウィオレケが暮らす、薬屋さん。
「メルヴ、そんなところで何をやっているんだ?」
振り返ると、そこにいたのは若かりしウィオレケの姿だった。
メルヴは混乱状態になる。
最後に会ったのは、寝台の上でシワシワの顔に痩せた姿だったからだ。
もう、会えないと言っていた。これから、永遠の眠りに就くとも。
別れの言葉も交わした。けれど、ウィオレケは出会ったころの少年の姿でいる。
『坊チャン……坊チャン!』
メルヴはウィオレケのもとに駆け寄って、抱きついた。
『坊チャン、会イタカッタ! メルヴ、ズット、言ワレタ通リ、イイ子ニ、シテイタヨ』
今、メルヴの傍には同じ精霊の家族がいる。心優しき炎の大精霊と、氷の大精霊だ。
その者達の、可愛い子ども達にも囲まれていた。
「どうしたんだよ、急に」
『ナンデモナイ。タダ、坊チャン二、アリガトウッテ、言イタカッタダケ』
メルヴのつぶらな瞳の眦から、ポロリ、ポロリと涙が零れる。
「メルヴ、お前、なんで泣いているんだよ」
『嬉シイカラ!』
「なんだよ、それ」
ウィオレケはメルヴの頭を撫でる。
「今から姉上の仕事を手伝うんだ。メルヴはこの辺で遊んでいて」
『ウン、ワカッタ!』
手を振って、ウィオレケと別れる。すると、ゆらりと空間が歪んだ。
メルヴはもといた場所に戻ってきた。
「あ、メルヴいた!」
メルヴを覗き込んだのは、炎の精霊である。
「どこか行っていたの?」
『ウン』
「そっか。おかえりなさい」
メルヴは涙を拭って、元気よく言葉を返した。
『タダイマ!』
◇◇◇
老人は宝石を胸に抱き、元の部屋へと戻って来る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
老人を迎えたのは、紫色の髪をおさげにした六歳くらいの幼い美少女である。
「時空転移なんて、無茶なことをして」
「これも、メルヴのためだ」
老人はボロの帽子と外套を脱ぎ、寝台に横たわった。
ゴホン、ゴホンと咳き込んだら、少女が背中をさすってくれた。
「ねえ、どうしてメルヴを封じるの?」
メルヴ――それは、老人が契約した精霊の名である。
「あれは……メルヴは、力が大きくなりすぎてしまった。この時代では、持て余してしまうだろう」
メルヴは家族同然で暮らしていた。
しかし、力の大きな精霊となってしまったので、ずっとこの家に置いておくわけにはいかなくったのだ。
「メルヴのことは、私が面倒をみるのに。寂しいわ」
「お前には、竜がいるだろう?」
「そうだけど」
老人はゴホン、ゴホンと、咳き込む。
「メルヴを、呼んできてくれ」
「わかったわ」
少女はメルヴを連れてくる。
優しく抱きあげ、老人の枕元に連れて行った。
『ドウシタノ?』
「メルヴ、よく聞くんだ」
『ウン』
「僕は、もう、眠りに就かなければ、ならない」
『ウン』
「長い、長い、眠りだ」
『ウン』
「一人では寂しいから、メルヴ、僕と一緒に眠って、くれるか?」
『イイヨ!』
「ありがとう、メルヴ……いい子だ」
老人はメルヴを抱きよせ、集めた宝石を並べる。
そして、少女に言った。
「おやすみ、アリス」
「おやすみなさい、ウィオレケお祖父さま。メルヴも」
「オヤスミナサイ」
こうして、老人とメルヴは眠りに就く。
◇◇◇
そして――メルヴは長い時を経て、目覚めた。
かつての主人と血縁関係にある金髪碧眼の青年に、呼ばれたのだ。
『オハヨ~~!』
メルヴが新しい家族と出会った日の話であったが、それはまた別の話である。
<おわり>