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夕日

「だいじょぶー? ドルト君」

「は……はい……」

「今回は凄いねえ……。もう少しで湖に落ちるとこだったよ」

 エピクロスは寝ころんだままのドルトの傍で立ったまま、湖面にその姿を映している夕日を見つめた。強い風が少女のスカートをはためかせる。

「この湖は……一体どこでしょうか」

「あはは。大丈夫まだ学園の敷地内だよ。……ドルト君、今回は何を聞かれたの?」

 少女がくるりと体を回転させ、青年を見下ろした。

「僕が……何者なのか、です」

「おー。それは一歩前進じゃない? ソッキー、ドルト君に興味持ち始めてるんだよ」

「……」

「相手のことを知りたいと思うのは、好きの第一歩。良かったねぇ、ドルト君」

 ドルトはありがとうございますと言ったが、困ったような顔をしていた。

「しかし……僕はまたしても答えられなかったのです」

「いいんだよー」

 エピクロスは明るく言ってドルトのそばに座る。

「それは難しい質問だよ。答えは焦って見つけなくてもいいの。大事なのは、君が幸せかどうかでしょ?」

「そう……なんでしょうか」

「そう思うよー」

「でも……僕は彼女に問われましたから。やっぱり答えなくてはならないと思うのです」

「……そっかー」

 エピクロスは立ち上がり、パンパンとおしりを叩いた。

「だったら考えてみるのもいいと思うよー。あたし、応援しとくー」

「では、また……」

「うん、わかってる。明日でいいの? また一晩考える? それとも二晩?」

「……。そうですね、ええ一晩で大丈夫です。きっとわかると思います」

「うん。それじゃ伝えとくー」

「ありがとう。……あの」

「うん?」

 背で手を組み、おじぎをするように顔をドルトに近づけた少女に、彼は尋ねた。

「どうしてあなたは、そんなに僕のことを気にかけてくれるのですか?」

「やだなー。好きだからだよー。ドルト君のこと」

「……は?」

「好きって言ったのー。じゃ、また明日。がんばってねー」

 ぶんぶんと手を振りながら去っていく少女を、ドルトは何も言えずに見続けていた。

 湖面で二つに分かたれた夕日が、やがて一つになろうとしている。


 *


「ソクラテス……あなた、噂になっていますよ?」

 翌日の教室。登校してきたアリスは、まずソクラテスにそう言った。

「……どんな?」

「来る途中で何人もに言われました。あのソクラテスがついに男とつきあい始めたらしいじゃない、と」

 ソクラテスはガタッと机を揺らした。

「え、なんで? まさか誰かに言った?」

「ドルトさんとのことなら、私は誰にも。プラトンやエピクロスも言いふらすようなことはしないでしょう。ソクラテスに心当たりはないのですか?」

 言ってから、アリスはそういえば、と思い出す。噂の出所はバタイユかもしれないと思い当たった。だがそれを話せば自分も見ていたことがばれる、と思い言い出せず、焦りを隠すように本を開くアリス。

「うーん……」

 ソクラテスは考え込んでいた。

「心当たり……特にないな」

「まったく?」

「ま、強いて言えばだけど……最近よく森に行くの見るけど何やってんのって東洋の一休に聞かれたから、男に告白されて毎日会ってるって答えたことくらいかな」

「それです」

 アリスは本を閉じた。

「何考えてるんですか。隠すつもり全然無いじゃないですか」

 ソクラテスは慌てて首をふった。

「え、いやそんなまさか……。聞かれたことにはきちんと答えちゃうのは私の癖なんだよ。でも一休が言い触らしちゃおうかなって冗談っぽく言ってきたから、ちゃんと口止めしといたし」

「何て言ったんですか?」

「言ったら殴るよ? って」

「……なら言い触らしたりしないでしょうね」

 アリスは腕を組んだ。

「あ、でも、その後話の流れで殴っちゃってるわ私」

「……なら言い触らしてるでしょうねばっちりと」

 舌を出すソクラテスを、アリスは呆れ顔で見つめた。

 その時、ドタドタと騒々しい音が廊下から聞こえてきた。と思うと、扉が開くバンという大きな音が教室に響いた。

「ちょっ……ちょっと! ソクラテス……ちゃん!」

 息を切らしながら入ってきたのはプラトンだった。扉を閉めるメリッソス。

 額に手をやるアリストテレス。

「ソクラテスちゃん、か、か、彼氏ができたって本当!?」

「嘘よ」

「なんだ嘘か良かった……って、どうしてそんな嘘が学園中に広まってるの?」

「それはソクラテスの同意の上でそういう情報が公開されたからですよ」

 にこやかに説明するアリストテレス。

「ど、どうして? う、嘘なのに?」

 ソクラテスのほうへ、ぎゅんと音がするほど素早く首を向けて訊くプラトン。

「噂は正確には私が毎日男性と会っているというものでしょ? それは事実だから」

「で、でもでも、大体どうして? ソクラテスちゃん、ああいうのがタイプだったの?」

「ああいうの? 何だ結局プラトンものぞいてたんですか」

「も? どういうことよアリス」

「う」

 そのとき、バンと大きな音がして教室の扉が再び開かれた。

「ソクラテス!」

 なんだか高飛車な少女が現れた。

「敵ながらお祝いを言わせていただきますわ!」

 目をパチパチとソクラテス。

「……な、何の?」

「今度ご結婚されるそうね! つきあって三日でプロポーズ即OKとは類を見ないスピード婚、さすがですわ。友人代表のスピーチを引き受けてもよくってよ」

 現れた少女はそう言いながら近寄ってきた。高くつくけどね、と言おうとしてソクラテスにはり倒される。騒動を横目に、とりあえず扉を閉めるメリッソス。

「ソ、ソ、……嘘! 結婚て何?」

 取り乱すプラトン。

「プラトン、落ち着いて下さい」

 たしなめるアリストテレス。

「結婚とは社会的な、あるいは法律上の契約で男女が……」

 回答を始めるソクラテス。

「ソクラテス、そういう質問じゃないですから」

 制止するアリストテレス。

 そして再び、バンと大きな音がして教室の扉が開いた。

「ソクラテス?」

 ゆっくり入ってきたのは、中華系の服を着た女生徒だった。鎖を持っている。

「……お子さんが無事生まれたそうですね。まずは母子ともに健康であることを喜びたいと思います。……ですが学生にして母となる結婚というのは如何なものか……」

 皆が呆気に取られている中、そっと扉を閉めるメリッソス。

 バンと音がして教室の扉が再び開いた。

「ソクラテス! 生まれたの三つ子だったって!? 大丈夫、ちょうど三つ名前を考えてきたの!」

 ソシュールだった。とりあえず扉を閉めるメリッソス。

 バン。

「ソクラテス! 末のお子さんが私立の幼稚園に受かったんですって! よかったじゃない」

 扉を閉めるメリッソス。

 バン。

「ソクラテス! 息子さんがバイクで交通事故にあったって! 早く会いに行ってあげて!」

 扉を閉めるメリッ

 バン。

「ソクラテス! 初孫ができたんですって!」

 扉を

 バン。

「ソクラテス!」

「あの、メリス? いちいち閉めなくてもいいです」

 さすがにかわいそうになってきたアリストテレスがメリッソスを止めた。

「……あ、でも一応、もう打ち止めみたいだから」

 そう言いながら念のため廊下を確認し、扉を閉めるメリッソス。

 バン。

 閉めたばかりの扉は残念ながらまたしても勢いよく開かれた。崩れ落ちるメリッソス。

「ソクラテスはいる!?」

 入ってきた女性は教室の真ん中にソクラテスの姿を見つけると手招きをした。

「アナクサゴラス先生」

 古代クラス担任、アナクサゴラス先生である。教師としての定評はあまりないが、ウェスタンハットがよく似合うことにかけては定評がある。

「何ですか? 先生」

 立ち上がり、師のもとに歩み寄るソクラテス。

「ソクラテス、落ち着いて聞いて」

 いつになく真剣な恩師の顔に、彼女は何かを悟っていた。

「出たんですね?」

 師はうなずいた。


「あなたの出番よ」

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