巨大な鳥の巣
夢の中である。こうやって夢の中で意識がはっきりあるのって明晰夢って言うんだってさ。……どうでもいいけど。
どうやら私はあの巨大な鳥に、巣に連れて来られた様である。夢の中で目が覚めたら(?)ここにいた。
この巣のある場所は断崖絶壁の途中の出っ張りである。いやー、見晴らしがいいなあ! (泣) 吹き荒ぶ風の勢いが強いなあ! (泣)
で、私の前に私を運んだ巨大な鳥さんかなー? つがいの相手かなー? がいて、私の顔サイズの虫を嘴でくわえて「たーんと召し上がれ。」って、首をゆらゆら振りながら突き出している。
……無理だし! 虫まだ生きてるし! ひーーっ。ってか、食うわけねぇだろっ!! (まだ[モゾゾゾ系]じゃないのが救いだけど)
私の貧相なローブがですね、この目の前の鳥さんと色が被ってる訳でして。きっとお子さんと間違えていらっしゃるんでしょうな。……お子さんに何が合ったのか悲惨なことを想像したくないので、そこは考えない様にしてるんだけど。
すると突然背後から風圧を感じた。体があおられ虫くんにダイビングしそうになり、なんとか蹲って耐えた。真後ろに何かが降り立った様な気配がする。まさか、つがいの相手!?
「あんた、何?」
へっ!
その凛とした声にガバッと起き上がり、振り返ると、そこにいたのは私の人生史上で初めて見るナイスバディーなお姉さんだった。
振り返った瞬間から目が放せなくなる。大きくて少しつり上がった碧色の目と白い肌と、テンプレだけど赤い唇。スリットの入った服から伸びた細過ぎない健康そうな足。陽光にきらめく銀髪を高い位地でポニーテールにし、両耳に瞳と同じ碧色のピアスをしてる。
ざっくりと被るタイプの服のウエスト部分は幅広の布で縛られ、そこにウィップの持ち手が差し込まれているのが見えた。
私は口をポカンと開けたまま、結構な時間彼女を吟味していた様だ。最初私を胡散臭そうに見ていた彼女の顔が、だんだん困った様な顔になり、頬がうっすらと紅くなってソワソワし出した。
「ちょ、ちょっと! あなたは何なのよ!」
私はそっちの方面には興味無いけれど、美女ってのは困り顔も怒り顔も綺麗だというのは本当なんだな、と黙ったまま更に眺め続けてしまった。彼女が深ーいため息をついたので、やっと私は今の状態に気付いた。
「ああ、すみません。見とれてましたあ」
我に返った私は正直にぶっちゃけて頭を下げた。……えっと、アレを言わなきゃいかんのか。
「新人冒険者のユリーナでっす。よろしくお願いしまーす!」
もう1回ペコリと頭を下げる。
「それは見れば分かる。何故ここにいるの? 何処からやって来たの?」
眉を寄せ首をかしげて問われる。すると銀色の髪の毛がさらりと揺れた。おおっ、なんて綺麗な髪の毛なんだっ、女同士でも触ってみたい!! という欲望を隠し持ちつつ鳥に捕まった話をした。
「……そっか、それはウチの鳥達が悪かったわ」
彼女は鳥の方を向いて口をすぼめて何か高い音を出し、鳥は虫をくわえたまま返事をした。
「! ……あなた、王子の剣を持ってるの? 王子に会ったの!?」
「えっ! 鳥と話せるんですか!?」
暫し顔を見合わせて固まる。
そのとき頭の中に兄達の言葉が過った。
兄2号「信頼出来る仲間を探すのだ!」……そんなこと言ってないか。
自分の夢「世界が全て自分の味方とは限らない」まあ、確かに。
兄1号「状況確認、情報収集、お金稼いで武器充実。」……標語かいな。
とはいえ今はこのナイスバディーな美女に頼るしかないし、王子の剣のこともバレてるみたいだし、取り合えずカリフォのギルドのことを教えてくれないかなぁ?
私は王子さまから直接短剣を貰ったことは嘘をつき、剣をカリフォのギルドにいるクロ爺(このとき突然、ノートに『黒いジジイ』と書いてしまったことに気付き、身悶えした。「新しいノートッ、キレイに使いたいのに書き直しぃ〰っ」と叫んでお姉さんをびびらせてしまった)に届けなくてはならないと告げた。
「知らないお婆ちゃんに頼まれたんですよ。で『東に真っ直ぐ』に行けって。もう太陽が高い位置にあるからどっちが東か分からないし、それにここからどうやって降りたら良いのかも分からないのですが」
まあ結果的に3分の2ぐらい嘘ついちゃったかな、でも仕方ないよなぁ。と思いつつ、ここで秘技『ジャパニーズ ファジイ スマイル』を浮かべた。日本人が外国人の方に話しかけられた際にしてしまうという、「英語分からなくてゴメンナサイ、許してね」的なあの笑顔だ。(いや、そんなネーミングがあるのか知らないけどさ)
「……そういうことなら、ウチの鳥達が迷惑かけたんだから送ってあげても良いけど、今は無理ね。もう一羽が出かけてるの。どちらにせよ、もうお昼過ぎだし、それに……」
じろじろと全身値踏みされるかの様に眺められる。うっ、仕返しですか? 見たところでお目を汚すだけですよ……。
「今日は装備を整えた方がいいわ。あなた、どう見ても旅をする格好じゃないでしょ」
「装備……って言っても、お金もそれぼど持って無いんですけど」
王子さまから渡されたお金……、ギルドの登録料にギリギリだって言ってたな。兄1号が装備の話をしていたけど、あのお金を使っちゃうわけにはいかないし。
「そんなの見れば分かるわよ。お古を集めてあげる。お古って言ったって、今よりマシになるはずよ」
「無料なんですか!? いいんですか? ……美女!」
思わず叫んだ。……ら、美女は白い肌を瞬時にピンク色に染め上げ、両腕で自身を抱き締め震えだした。
「美女! どうしたんですか? 大丈夫?」
えっと、ナイスバディーが両手で自分の体を抱き締めるとですね、女同士とはいえ目のやり場に困る事態が起きるんですね。はい、ぶっちゃけウラヤマシーですね、胸の谷間。
「ちょっと、その『美女』ってやめてよ~」
「えっ、ああ。じゃナイスバディーで良いですか?」
私が名乗ったとき、名前聞いてないしね。
美女は更に体をくねらした。ウホッ、色っぽい! と言っても私はそっちの趣味は無いんだな。
「……名乗らなくてごめん、ユリーナ。私はルナ・シルバーよ。ルナと呼び捨てで構わないから変なことを言わない様に」
立ち直ったルナが言う。年上の女性を呼び捨てか……。
「とにかく付いてきて」
ルナはそう言うと鳥の巣の崖側に歩いて行く。そしてある地点でしゃがみこむと巣の小枝や藁をかき分け、そこにあった板を横にスライドさせた。脇から覗くと階段が見える。
えっ! これ付いてって大丈夫か? いきなりダンジョンとかじゃ無いよね!?
「さ、行くわよ。」
ルナが笑顔で言うけど、まだ彼女を信頼していいのか迷っている自分がいる。
けど、巣から自力で何処かに行く方法も無さそうだし、……行ってみるか。
私はそっと王子の短剣の柄を握り締めた。




