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兄1号 夏樹


 お風呂上がりに兄1号が買ってきてくれたアイスをかじる。わざわざ買ってくれたのかと思ったらこのアイス、とあるアニメとのコラボをしていて、3つ買うとミニポスターのおまけが貰えるらしい。


 そのアニメは夕方やっている奴で私は見てないが、異世界物のコメディーであるらしい。CMだけは見たことがある。


 いつだかスイッチが入った兄1号が語ったところによると、『魔物の村が2つあって、ある日その間にダンジョンが出来て、どっちの魔物達がそのダンジョンに住むか? と小競り合いをしている話』とのことだった。小競り合いといってもコメディーなので、ほのぼのとした口喧嘩だったり、雪合戦だったり、池での泳ぎ比べだったり……。毎回勇者がケンカを(いさ)めて、オチを付けて終わるんだそうだ。


 たまたま第1話を見た兄1号は妙にツボに入ったらしい。


「……って、ことは!?」


 本日3度めの異世界のお勉強会だ!


 ……って、無理ー!! もう既に頭パンクしそう。


 ……でもなー、魔物やゾンビは兄1号が詳しいんだよなー。


 暫く聞くか聞くまいかウダウダ悩んだが、今夜は諦めることにした。以前百円均一ショップで買って使ってなかったノートに、これまでの経緯をメモっておくことにしたのだ。


『東に真っ直ぐ、カリフォのギルドで、黒いジジイ……、朝露あつめた、花?』


 なんか違うような気もするけど大体合ってるだろう。これだけをふと思い出し、慌てて先にメモ用紙に書いた。ノートには夢で見た内容を書き込んだ。


 見出しシールを持ってたことを思い出して、1つに『ドリーム』と書いてノートの最初のページの上部に貼った。『仲間(?)』・『敵(?)』も作り、ノートを適当なページ数に分けて貼り付ける。


 おお! 我ながらいいアイディアじゃん! 夢の内容と、今日美咲ねーちゃんと蒼太兄ちゃん(兄2号)に教わったことをここに書き込んでおこう(カリフォのギルドもね!)。で、兄1号には明日魔物のことを聞くことにした。





「……夢の続きが見られるかと思ったのに」


 翌朝起きると、ボーッとした気分のまま呟いた。どうも昨日の兄との会話が心に残っていた様だ。懐かしいことを夢で見てしまった。



 小さな子供だった頃は、世界中が自分の味方の様な気がしていた。家族、お祖父ちゃんとお祖母ちゃん達、おじさんとおばさん達、先生や友達……。


 全ての人が自分の味方というわけではない、ということに気付くのは、一般的に大体何歳(いくつ)くらいで、それはどんなタイミングだろう?



 小学生のとき、……何かの授業で親の職業を調べる、という宿題があった。


 当時ウチの父はとても忙しくて、ほとんど顔を合わさなかったし、日曜はぐったりと寝ている事が多かった。なので母に宿題の相談をした。


 この地方はとある企業関連の工場が幾つかあって、母の話によると、父はその工場の事務所の中で、CADという仕事をしているらしかった。CADというのはPCで図面を作成して、工場の方でそれを作って貰う様な感じだと教えて貰った。当時、新規の注文が大量に入って、事務所と現場を行き来して駆けずり回って調整していた為に、休みの日は疲れきっていたらしい。


 私は大変そうだな、と思いながらも普段の父とは違った1面を知ることが出来てうれしかった。


 次の日、宿題を提出するためにノートを広げていると、隣の席の男の子が話しかけてきた。


「お前んちのお父さん、そういう仕事なんだ」


「うん。お母さんが教えてくれた」


「ふうん」


 そしてその子は、宿題を見せるための列に並びに行った。私も後に続いた。


 私の番になった。先生は私の宿題を見た後、私の顔をじっと見つめて言った。


「河井さん、宿題をやってこなかったのなら、先生は正直に話して欲しかったな」


 意味が分からなかった。


「武居くんの、写しちゃ駄目でしょう? そういうの、ずるって言うのよ」


 先生の口調は優しかったが、目は呆れている様な、怒っている様な感じがした。


 先生の言葉に、クラス中の皆が私を見ている様な気がした。私は体がかあっと熱くなるのを感じた。


「……でも、ほんとなんです」


 やっと、それだけを体の中から絞り出して先生に言った。いつも優しい先生に、楽しいクラスメイト達に、分かって貰いたかった。


「お母さんに聞いて、書いたんです」


 昨日の嬉しい気持ちが、さっき宿題を眺めていたときの父への思いが、どこかへ溶けて消えてしまいそうだった。


「嘘はだめよ、今日もう1回やり直して来なさい。はい、席に戻って」


 ノートを受け取った私は、途方にくれてしまったのだった。




 昨夜はそのことを夢で見た。


 あのとき、やり直しを命じられた宿題を前に困ってしまった。母にも言えずに悶々(もんもん)としていた。せっかく分かりやすく説明してくれた母の気持ちを考えると、先生に叱られたことは言えなかった。


 遊びから帰って来た兄1号が、そんな私の様子に気付いて話を聞いてくれた。そして翌日学校で、自分の担任にその話をしてくれたらしい。


 私の担任の先生は謝ってくれたけど、あのときの先生の目を忘れることは出来なかった。


 私の宿題を写した男の子は、父親が単身赴任中で、母親は急病(確か盲腸だったと思う)で入院していたらしい。それで年の離れたお姉さんと一時的に二人きりで、ときどきおばさんが様子を見に行っていたらしいが、宿題までは手が回らなかったのだという。


 全てが仕方の無かったことなんだと今でも思う。でも、この一件で私は、世界が全て自分の味方とは限らないんだ、ということを学んだのだった。


 蒼太兄の昨日の話でこんな夢をみたんだろうなあ。…でも、夏樹兄のおかげで濡れ衣が晴れたことも思い出せた。


 …そういや、あのときのお礼言ってない。……今さらいいか。ポスターで喜んでたし。


 私は朝ごはんを食べようと、ベッドから起き上がった。




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