美桜と美咲ねーちゃん
朝目が覚めると階段をかけ下り、固定電話の受話器を持ち上げ(田舎だからか携帯を持たせて貰えない、くーっ)、親友の美桜に電話する。
「もしもし望月さん……あ、美桜? そう、友里奈。今日って部活ある? ……やった! うちの吹奏楽部も休みなんだ。でさ、一緒に宿題やろ?」
横目でチラリとテーブルを見ると、母と兄二人が朝ごはんを食べている。母はパートだし、兄1号は塾、兄2号はバイトの筈だ。
「……えっ、美桜ん家良いの? 家でも良いけど、……美咲ねーちゃんいるんだ? ポスターまだ描いて無いんだよね。美術部員様込みで相談に乗ってくれるとありがたいですぅ。……分かった、10時頃ね。……じゃ、後でね」
受話器を置くと説明する迄もなく母に言われる。
「買い置きのカップ麺、持ってていいよ」
「了解!」
敬礼のポーズをしつつテーブルに着く。母はニヤリとしながら兄達をからかった。
「兄達が数学と英語の相談に乗ってあげられれば良いのにねー?」
兄二人は慌てて「ご馳走さま」の言葉を残し、それぞれの場所へ向かう為にキッチンを逃げ出した。
「その二つも終わらせて来るんでしょ?」
「一応終わってるけど、チェックして貰うつもり」
母が満足そうに頷くのを横目で見ながら、冷たい麦茶をがぶ飲みする。おおっ、寝汗が引いてくぜ! 夏の朝はコレに限る。
「母さん、洗濯干しちゃうから洗い物頼める? 出かけるときは火の元・戸締まりお願いね」
「はぁい。……いただきまーす」
そう答えながら、ハムエッグに醤油をかけた。
でも頭の中では『昨夜の夢を忘れない様にしなくちゃ』、と考えていた。
ときどき美桜と前夜見た夢を話し合うのだが、そこに美咲ねーちゃんも加わることがある。
美咲ねーちゃんは美桜と私の2コ上で、ファンタジー物が大好きで、小説・マンガ・DVDを集めている。それも往年の名作から同人レベルまで幅広い。
自分でもそれらのイラストを描くのが好きで、美咲ねーちゃんの部屋の壁には、ねーちゃん自作の巨大ポスターが飾られている。私は絵の事は良く分からないけど、背景の空模様や森やお城とか、中央のキャラ達の髪の毛や服のシワとかの質感がとても綺麗!! で、ポスターのサイズと相まって、存在感がハンパ無い。
異世界好きな私と気の合うねーちゃんだが、美桜に言わせると、夜中に突然小説とかのセリフを情感たっぷりに叫んだりするらしい。たまに美桜が愚痴るには「心臓に悪いんだよ、ホントに心臓に悪いんだよ……」との事だ。
まあ、ウチの兄貴たちもお風呂へチャック付きのビニール袋にスマホを入れて持っていき、音楽をガンガン鳴らしてデカイ声で歌い出したりするから、兄や姉に対する苦労は容易に想像がつく。
とにかく昨夜の夢を忘れない内に美桜の家に行かなくちゃ! と茶碗を洗いながら思った。
「お邪魔しまーす!!」
ドアを開けてくれた美桜に、蝉の声に負けない様な大声で一応挨拶する。
「はい、いらっしゃーい」
「カップ麺持って来たよー」
バッグを持った手とは反対の手で持っていた、ビニール袋を挙げて見せる。ふふん、美桜と美咲ねーちゃんの好きな醤油味を持って来たのだ。私のはチーズカレー味である。
「ありがと! お姉ちゃんが、もやしと竹輪でヘルシーお好み焼き作るって」
「おおっ、ありがたい。オカズに良いかも!」
話しながらリビングに向かう。美桜の家は二人姉妹なので、何だか家の空気が違う。カーテンの柄だとかテレビ台の飾り物だとか、……各家庭で違うのは当たり前なんだけど、何と言うか、いつも一瞬落ち着かないと思ってしまうのだ。それはきっと、私が兄達に何か洗脳されているのに違いない。うん。そういうことにしておこう。
「ポスターから始めた方が良いよね? 時間かかるだろうし。」
美桜はそう言いながらソファーセットを端に寄せようとする。私は手荷物を部屋の隅に適当に置いて、ソファーの反対側を持った。広い床面が出来ると美桜が大きなレジャーシートを広げ始めたので、それも手伝う。
「いらっしゃーい」
すると、2階から降りて来た美咲ねーちゃんが声をかけてくれた。
「お邪魔してまーす!」
「お姉ちゃん、醤油ラーメン貰ったよ」
「ありがとう。気を遣わなくても良いのに。……ポスターやるの?じゃあ、その間にチェックして欲しい物とか見とこうか?」
「うん。」
姉妹の会話がポンポン進んでしまうので、慌てて待ったを掛ける。
「ちょっと待って、昨日の夢の話を聞いて!!」
お二人さん、友里奈劇場開幕ですよ!! ってか、お願いだから聞いてくれい!