まどろみの午後
「へー、マンティコイアみたいね、その子。あっ、でも名前からいってシルベーシャかな?」
「お姉ちゃん、何か知ってるの!?」
美桜が大きな声を出す。
ここはファミレス。プールの後に立ち寄っているところ。陽光の中、さんざん遊び倒した私たちは、日焼け止めを塗っていたにも関わらず顔も肩もひりひりで、プールバッグどころか洋服の衣ずれさえも痛くなってしまった。で、ちょこっと休憩してから帰ろう、と誰ともなく言い出したんだよね。
「やあねー、私を誰だと思ってるんですかーー?」
美咲ねーちゃんが、ふふんと笑う。その笑顔はいつものちょっと自信過剰気味の、……こう言っちゃなんだけど偉そうな笑顔だ。
その表情で、おじさんに反対された、都会でのコミケ・三泊四日の旅への悩みが吹っ飛んだことが伺える。
美咲ねーちゃんが元気になって良かったと思った。
「お姉ちゃん、マンティコイアとシルベーシャって何のこと?」
妹の美桜の質問に、美咲ねーちゃんは軽く咳払いをして説明し始めた。
「マンティコイアは体はライオンに近く、顔は人間、尻尾はサソリで赤い体をしてると言われてるわ。シルベーシャはインド神話やヒンドゥー教に出てくるシヴァ神の化身で、獅子の体に羽が生えてると言われてるのよ。まあ、どちらもインドとその周辺国の伝説ってとこみたい。それにしても、どっちも水かきが付いてる、とは書いてなかったと思うから、やっぱり別物なんでしょうね」
「やっぱり美咲ねーちゃんだなぁ。そういうことがスラスラでてくるのって」
「たまたま最近読んだ本に載ってただけなんだけどね」
私の称賛に美咲ねーちゃんは軽く肩をすくませると、グラスを持ち上げコーラを一口飲んだ。
窓側の席はロールカーテンが下げられていても、店外からの陽光がうっすらと眩しい。コーラの入ったグラスの外側の水滴が、テーブルの上にコップを縁どるように溜まっていく。
気だるい夕方。水に浸かった疲れもあって、冷房が程よい温度で、何だか睡魔に襲われる……。ちょっとだけ、目を瞑っても、いいかな……。
「ユリーナさん、寝ちゃったみたいだけど」
うん? シオーがなんか言ってるような……。
「水流のあるところで、あれだけシルベイシアに振り回されたんだもの、疲れたんでしょう。そのままにしておきましょ」
……ああ、ルナは分かってくれてるよ。
『とにかく、荷物を積んじゃいましょう。シルベイシア、ユリーナが使い物にならなくなっちゃったのは、あなたのせいなんだからね! だから、あなたも手伝うのよ』
セレナの鈴を転がすような声が、頭に響いてくる。……また来ちゃったのかなあ。でも、目蓋が重たくて、目が開かないから確認できない。
「あの、私も運ぶのを手伝います。ユリーナさんがこんなことになったのは、私のせいでもあるんだし……」
ああ、サート、そんなこと思わなくていいのに。大人しくてイイコなんだよなぁ。私とセレナが水をかけ合って遊んでたときも困ってたし。サート、大丈夫だよ。ちょっと眠いだけだから……。
「……リナ、……ユリナってば、もう」
はいはい。ルナかな? セレナかな? 今眠くて返事出来ないよ。
「友里奈、本格的にだるくなる前に帰ろうよ」
……あれ? あ、夢?
「あ、おはよう、美桜」
私が寝ぼけて言ったから、美桜がオレンジジュースを飲もうとして咳き込んだ。
「ああっ! ごめん!!」
それを見た美咲ねーちゃんは大笑いしながら、夢の中のルナと同じようなことを言った。
「まあー、疲れるよね、水に浸かるのは。分かる分かる!」
美桜はハンドタオルで口元を拭きながら、「お姉ちゃん、笑いすぎ」と言い、私には「とにかく、そろそろ帰ろう」と言った。
「うん、帰ろうか……」
それで私たちはまだまだ日射しが強い中、帰路についた。
家に帰ってから早々にお風呂掃除をし、思いっきりぬるめに沸かして、そのまま入ってしまうことにした。体を洗っていると日焼けした部分が痛くて、悲鳴が出そうになる。なるべくそーっと、そーっと洗った。それからゆっくり湯舟に浸かった。
うん、ぬるーーいお風呂にして正解! 温かいお風呂だったら、絶対にヒリヒリしてたよ、これ。
……それにしても夕方ファミレスでのうたた寝中に聞こえてきたルナ達がしてた会話が、実際に向こうで起こっていることだとしたら、あの水の壁の側から移動するってことかな……?
うん? ひょっとして今度は空の上かな……?
……シオーとサートにシルベイシアと、随分人数が増えたけど、あの篭に全員乗れるのかなあ。誰と誰が一緒に乗ることになるんだろう。
……シルベイシアとだけは、一緒に乗りたくなんかないぞ!!
……こんなことを考えるのって、所謂『フラグが立つ』ってやつ? ……違うよね? 違うよねっ!? うぎゃあーーーーっ!!!!




