水流にもまれながら
派手な水しぶきをあげながら、ライオンもどきは川の中へ戻った。その手には、しっかりと私の服を掴んだまま。
そうして、川の中で一瞬私から手を放すと、背中の部分の服を鋭い顎でくわえ直したようだ。
ってか、こんなワケわかんない川の中で、どうやって水面に顔を出して息をすればいいの!? やばい! 窒息しちゃう!!
思わずため息をついて、そのまま普通に息を吸い込んだ。
アレ? 息、できるじゃん。
これが異世界補整ってやつか? 呼吸に関しては無問題だったのか……。一瞬だけど、必死になっちゃった自分が、なんだかこっぱずかしい。
呼吸が出来たことで冷静になれたので、ルナ達を目で追いかける。ここで、はぐれる訳にはいかない。って、移動してるのはこっちだけどさ。
目を細めてルナ達の方を見ていると、何のことはない。このライオンもどき、ルナ達をからかうように、水のトンネルの周りを行ったり来たりしている。
落ち着け! 子供か、君は!?
「皆、集まって。シオー、この石は一人で一つじゃないと、この空間を維持出来ないの?」
「そんなことないけど……」
「じゃあ、一つを紐から外して三人で手を合わせて持っていて。それで、残りを私に貸して?」
反響して聞き取りにくいけど、ルナ達のそんな会話が聞こえてきた。見ると、どうやらシオーが言われた通りにしているみたい。
ルナはシオーから石の連なってる紐を受けとると、いつも腰につけてるウィップに手早く絡ませていった。ウィップの飾り石と、ルナのピアスがぼうっと鈍く光る。
ルナが顔を上げた瞬間視線がぶつかった。その途端ルナは自信ありげに、にっこりと笑った。
ーーその笑顔は、出会ったばかりの頃のちょっと不敵な笑だ。口元は笑っているけど、目は笑っていない。だけどその目は、まかせてって言ってる。
しかしルナって、やっぱり美女っていう言葉が似合うなぁ。何かをやってくれようとしているのが伝わって来て、頼もしいような、ちょっと不安になるような、……こっちが緊張しちゃうよ!
ルナが何か呟きながらウィップを構える。するとウィップに絡まった、シオーの石が光りだす。その光が川の水に淡く伝わって、だんだん眩しくなってきた。
「はっ!」
ルナのするどいかけ声と共に、ウィップが空気の層をまといながら水の壁を突き進み、こちらへ飛んできた。あっぶねーーっ!!
ライオンが方向転換をして、直撃を免れる。……おいおい私、どっちの味方してんのよ。でもさ、空を切って、なのか、水を切って、なのか、石付きのウィップが、凄いスピードで近くに来たら、誰でもこう思うんじゃないかな?
「くっ……」
ルナはウィップを手繰りよせ、直ぐにまたこちらへ目がけて投げて来た。
ルナの顔が真剣なので、「あれが当たったら痛そうだ」等と思ってる場合じゃない。私もウィップを掴もうと腕を伸ばす。
が、またもライオンもどきは川の中で軽くジャンプして逃げてみせた。
くっそお! 背中側が捕まってるんじゃなきゃ、爪立てて引っかいてやるんだけどな。
と、そのとき、目の前の水が揺らいだ。
「呼んだ?」
現れたのは、
「美桜!?」
眠そうで不機嫌そうな美桜だった。
「……」
急遽召還された味方は、ボーッとした顔のまま私を見、ウィップを構えたまま驚いた表情で固まってるルナを見、それから私の背後のライオンもどきを……睨んだ。
おーーっ、こっええ!! 美桜ってさ、普段大人しくて優しくて、こっちが守ってやんなきゃって感じなんだけど、いざって言うときは、……"主"だな。うん、この名詞が似合う子なんだよ。
「ルナさん、ウィップ投げて。友里奈、つかまって」
私達は、あの夜のように手を繋いだ。
「ルナさん、さあ!」
ルナが半透明の美桜目がけて、ウィップを振るう。それに気づいたライオンもどきが飛び上がる。
ウィップは美桜の空いている方の腕に絡まったけど、それぞれの引力で、美桜と私の手が離れてしまいそうになる。
「美桜っ!」
「友里奈っ!」
お互いを呼びながら、必死に手を掴むけど、ライオンもどきが翼で起こした水流に体がなぶられる。
そして、ついに手が離れてしまった。
だけどそのとき、不思議なことが起こった。とっても不思議なことが……。




