オレンジ色の小さな石
ノックの音が聞こえた気がして、ふと目が覚めた。……部屋の中はまだ暗い。
「ふわぁーい」
欠伸と共に力の抜けた返事をして、ドアへと向かう。……が、目指したところにドアが無い。
「ん……?」
寝ぼけ眼で左右を見回すと、記憶より若干右寄りにドアがあった。あれっ? と思ったところに、遠慮がちにまたもドアをノックされる。その音に頭の中から睡魔が逃げていく。
「ほーい、今開けるよー」
ドアを開くとき、耳馴染みの無い音に違和感があったけどそのまま開けた。ドアの向こう側にいたのは……。
「あれっ? 美桜どうしたの?」
「来ちゃったみたい」
へっ? 昨日からウチに来てるじゃん、と思って美桜を見返すと……!
「美桜っ! 体が透けてるっ!!」
「えっ!? ……ホントだ」
美桜の体がヴェールの様に半透明になっていて、体を通してルナの家に飾られていた時計もどきが見えた。
「……ありゃ? あの時計があるってことは異世界だったか。通りで違和感が、って、あれ? 美桜! なんでっ!?」
びっくりして大きな声が出てしまったから、ルナ達も起きた様で隣の部屋からガタゴトと音が聞こえて来た。
「ユリーナ、何かあっ……」
ルナとセレナが美桜の向こう側に現れて、……ですよね? な反応をして沈黙が訪れる。
『ユリーナの友達?』
セレナの声が脳裏に降ってくる。
直ぐにそんな言葉が出るって事は、やっぱりセレナは何か持っていそう。半透明のことも気にしてなさそうだ。セレナって不思議。
ルナはというと踵を返し、例の時計の中心部に収まっている青い石を外してテーブルの上に置いていた。そして、戸棚から細長い一輪挿しの様な形の小瓶を出して、中身をそっと青い石にかけた。すると石がゆっくりと輝き出し、その光が真っ直ぐに天井に向かって伸びあがる。
昼間は気が付かなかったけれど、テーブルの真上に当たる天井部分に白い大きな石があり、その石が青い石の光を吸い込んでいるみたいに見えた。白い石が徐々に光り出し部屋が明るくなっていく。……まるで電器みたい。
その間にルナは小瓶をしまって人数分のお茶を用意してくれた。
「まあ座って」
と促される。私は美桜に向かって頷き椅子に座った。
「えっと、彼女は幼馴染みで親友なんだけど……」
「美桜です。友里奈から話は聞いてます」
ルナは軽く頷き、セレナは私達をじっと見つめると夢見る様に呟いた。
『……繋がってる』
セレナの言葉が頭に響く。
「繋がってる?」
思わず聞き返すとセレナはゆっくりと頷いて、又同じ言葉が脳裏に響いてきた。
『繋がってる』
美桜と顔を見合わせているとルナが情報を補足してくれる。
「その、セレナは目と耳が悪いって言うか、見えすぎちゃうの。他の人には見えない物が見えるし、聞こえるのよ」
「見えない物って?」
この流れでオバケとか言わないよね……。
「セレナが興味を持った相手の心象風景とか、誰が誰と仲が良いとか……」
『繋がってる、ユリーナとミオ。友達のしるし』
現金なもので、オバケじゃないと分かった途端に興味津々になる。
「何が見えるの?」
『……二人の想い出。……小さな二人が箱に透明の石や模様の入った紐を入れてる。……少し大きくなった二人、絵を描いてる。……大勢の大人の前で走ってたユリーナが転んで、直ぐ後ろを走ってたミオが助け起こしてる。……二人が泣いてて、大人の男の人が泣き笑いで二人の頭をなでてる……』
「うおっ、そんなことあったね! 箱ってお菓子の空き缶だよね、宝箱に見立てて二人でビー玉やリボンを入れて宝さがしごっこした!!」
思わず大きな声が出ちゃった! うひょっ、懐かしいーーっ。おまけに運動会で思いっきりすっ転んだときのこともフラッシュバックして来た!!
美桜も同じ気持ちだったみたいで言葉を返してくれる。
「泣いてる男の人って、小学校の六年生のときの担任の先生かな? 二人で頭をなでられたのって、卒業式のときくらいだよね」
「凄い! 凄いよセレナ!! そんなことがあったの、すっかり忘れてた」
こういうのってテレビで見ても「嘘くさーい」って思うけど、実際に言い当てられると興奮しちゃう!
『ユリーナ、ミオと一緒にいたの? だからミオがこの世界に来れたんだと思う』
「うん。相談に乗って貰ってた」
すると美桜が立ち上がり、話しながら頭を下げた。
「あの、……この先何が待ち受けてるのか分からないし、ここがどんな世界なのか私達には想像もつかないけど、友理奈は私の大切な友達です! 小さい頃からずっと一緒に育って来た家族と言ってもいいぐらいの。だから、……どうか、友理奈をよろしくお願いします!!」
うっひゃあっ!! な、何? 突然どーした美桜っ!?
「ユリーナのことが心配だったのね」
ルナが真っ直ぐに美桜を見て言う。その声に美桜は姿勢を戻した。ルナは身振りでイスに座る様に促す。
「はい、王子さまが捕らえられてて短剣を預けられたと聞いたので。いくら友理奈にとって夢の中の話とはいえ、どんな危険が待っているのだろうって思いました。……この世界に友理奈がいるときに、友理奈に万が一のことが起きたら私達の世界にいる友理奈はどうなるんだろう? って……」
ルナと美桜が見つめ合う。ちょっとだけ空気が張りつめてる。
ってか、美桜ってそんなこと思ってたのか。びっくりだ。……うん、何だかさっきからびっくりしてばかりいるな。
ふぅーっ、とルナが息を吐き出した。
「分かったわ」
ルナが肩をすくめて言った。
「本当はね、この世界の説明をして、ギルドまで送って、それで手を引こうと思ってたのよ。……でも、頼まれてあげる。家族を大切に思う気持ち、良くわかるわ」
「本当ですか!」
美桜が小さく叫んだ。こっちを向いて嬉しそうに笑う。
「それから、……」
ルナは立ち上がり、戸棚からオレンジ色の手のひらサイズの石を出して来て美桜に渡した。
「あなた達にとってここは夢の中って言ったわよね?」
美桜と顔を見合わせ、二人で頷く。
「ミオとユリーナで手を繋ぐ様にして、一緒にその石を握って目を閉じて。……はい、もう良いわよ」
言われた通りにしていると、手のひらが熱くなった。ミオから手を放すと……、
「石が、消えてる……!」
「あれぇっ? 何で!?」
しっかりと握っていた筈の石が無かった。
「さっき渡した石は友情を示すものなの。これでユリーナに何かあったら、ミオにも分かる筈よ」
そう言ってルナはニッコリと笑った。セレナも嬉しそうに微笑んでる。
「さ、明日はギルドに向かうわよ。この世界のことは、そのときにしっかり自分の目で確かめて!」
私と美桜はおずおずとルナ達にお礼を言ったのだった。




