文字と文章とお話と
ルナがさっきのベッドを貸してくれた。ルナはセレナの部屋で一緒に寝るから良いよ、と。
ベッドの上で碧色の月明かりに包まれていたら、いつの間にか朝だった。私は起き上がって自分の周りを見回す。見慣れた机、肌に馴染んだタオルケット、部屋の飾り……。現実世界に帰って来ましたよ。
……しっかし気温が違いすぎる。あっつい……。山の上は夏でも涼しいって聞くけど、確かに崖の上の方にあるルナ達の家は涼しかったなぁ。そういえば、向こうは季節ってあるのかな。まあ地球上だって季節が曖昧な国もあるらしいけどさ。
ところで両方の世界の時間の流れって、どうなってるのかな? 初めて異世界の夢を見てから一昨日の夜と昨夜続きの夢を見るまで、二日と一晩はこっちにいたことになる。この夢というか異世界トリップの流れにリズムがあるのか分かれば、心の準備が出来るんだけどなぁ。……まあ、ある程度の回数を行き来しないと分かるハズ無いか? これも一応あのノートに書いておこう。季節のことも。
そうだ、昨夜は結構な情報量だったんだ! 幸いにして今日は部活は休み。午後はダンスの宿題の集まりがあるから、午前中にあのノートに書ける。……書くこと多いな、午前中になんとしても終わらせなきゃ。
私は覚えている内にこれだけは! と、三つの信仰の名前だけメモをとった。(ソーンツァサート・ニュイドゥリュヌ・ヴェントラゴ。一番広まって無いヴェントラゴが一番覚えやすいって、なんだかなぁ?)
さあ、ご飯だ、ご飯! ……食べる前に体重計に乗ってみようかな? でも最近計ってないから、あっちの世界で飲み食いしたことの影響があるか分からないな。データを取るのも面倒臭いし、……大丈夫! 私は成長期なんだから!! あんなの夜中食いの内に入んないっしょ!?
さてと、家族はみんな出かけちゃいましたよ。
昨日バイトの給料日だった兄2号が「昼から出かけるんなら、コンビニに冷凍のスポーツドリンクが売っているから買って行きな」と千円くれました! やったぁ! 蒼太兄ちゃん太っ腹!! ありがたや、ありがたや。たまーに、こういうことしてくれるんだよな、兄達。兄1号もバイトしてたとき、私がお小遣いピンチで、集めてるマンガの単行本が買えずにいたら買って来てくれたっけ……。こういうことって当たり前と思っちゃいけないよね。今までのパターンから今日明日中に兄2号宛の宅配便が届くだろうから、ゴミ整理の手伝いでもしてあげよう。
朝母に、「本を選ぶのは早い方が良いんじゃないの?」と言われたので、例のノートと筆箱をリビングのローテーブルに置いたまま我が家の本棚を物色する。他のやりかけの宿題は放置中。(……いやっ、夜やってるんだからねっ? 漢字の書き取りとかの細かいやつは。本当だからっ!)
本棚をざら~っと眺める。兄達が中学生だった頃の課題図書がいくつかある。戦争に関するのとかイジメに関するのとか、スポーツに関するのもある。……余り重い内容の物は選びたくないな。けれど、こういった本が課題図書に選ばれるのは、忘れてはいけないことだからなんだろう。ふと、そんな風に思った。
時間というものは常にどんどん流れていってしまう。大切なこともいつかは忘れてしまう。だから文字が生まれて文章が出来たのかもしれない。文章からお話になって、本が出来て……。文字が地球上に出来てから初めての本が出来るまでの、膨大な時の長さを考えていたら、なんだか時間の中で迷子になった様な気分になった。
ああ、いけない。また余計なことを考えた。早く本を選んで昨日の夢を整理しなくちゃ!
……と、ここでまたいらんことを思い出す。
それは兄1号に昨夜聞いた怪談である。夢日記をつけてると精神がオカシクなっちゃうんだって! ネットの掲示板のまとめに載ってたっていうんだけどさ、……いや、私の場合異世界だから! 大丈夫、大丈夫!! ふうっ。兄1号め、今日私が一人きりなのを知ってて怖い話をして!!
ふと、目についた本を取り出す。母の文庫本の『星の王子さま』だった。パラリと捲り少し読んでいたら、脳裏にルナとセレナが浮かんで来た。何となく主人公の男性と不思議な王子さまの出会いが私の体験に似ている様な気がした。……これにしよう。よっしゃ、決まり!
私は本が決まったので、昨日の夢をノートに書くことにした。




