神話から信仰へ
「ここまで理解出来た?」
ルナの質問に私は頷きながら返答する。
「ん、大丈夫。……それで、ここには月が3つあるってこと?」
『ユリーナの世界は違うの?』
セレナに質問で返された。つまり本当に3つあるわけだ。って、えーっ、ここは地球じゃないってこと!? 別次元の地球だと思ってたのにっ。それとも異世界ってのは何でもアリーノなのか?
私は深呼吸をした。それからセレナの質問に答えた。
「……1つだけだよ。黄色味がかった白い月」
『そうなんだ』
今度のお茶には茶色の瓶が追加されたので試してみた。見た目で期待した通り、味はココアに似ていた。少し苦味のあるまろやかな優しい味。……満腹感があるので集中力が高まるとの説明を受けた。
……夢の中とはいえ、コレって夜中食いにならないかな? そう思った途端、条件反射で脳内に体重計が浮かぶ。……フッ、集中して無いな私。というかこの妄想癖、自分でもときどき面倒臭い。
「その後の話、いい?」
ルナに意識を戻された私は、頷いて椅子に姿勢良く座り直した。
「それでね、その神話からやがて信仰が生まれていったの。1つは太陽神を祖とする、ソーンツァサート教。『生きとし生けるものの全てに、生まれて来たことの意味がある。無駄な命など1つとして無い』という考え方ね」
私は小声で「ソーンツァサート」と復唱した。ルナが頷く。
「2つめは3つの月を崇めているニュイドゥリュヌ教。『この世の全ての物は繋がっており、全ては水より生じ、いずれ水に還る』こんな感じ。」
「ニュイドウリュニュ、じゃないニュイドゥリュニゥ、言いずらいっ!ニュイドゥリュヌッね、了解」
ふぅーっ、舌が疲れそうな名前だよ! ルナとセレナが憐れんで見てる気がして、顔から汗が吹き出る。
「……そして、最後の1つがヴェントラゴ教なんだけど、そこの信仰は余り広まって無いの。名前だけが1人歩きしてるの。ごく一部の民族にしか受け継がれていないらしいわ。『何処かの山奥に湖があり、そこへたどり着けた者だけがこの世の真実を手に入れられる』、確かそんな感じ。でもそれも只の噂だから……」
不意にコスプレ王子さまの言葉とさっきの神話が頭の中で繋がった。数学の問題とかで、どの公式を使えば良いのかピンと来たときの気分に似ている。
「あのさっ、あの、朝露集める幻の花ってのについて何か知ってる? 悪を砕くことが出来て、しかも浄化作用があるらしいんだけど。山奥の湖の神話とか、ヴェントラゴ教に関係があるのかな?」
困り顔でルナとセレナが顔を見合わせる。
「そんなことを言うのはルノークト王子ね? あの人は夢見がちで有名だから。……やっぱり会ったんでしょ?」
私は思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい。あのとき正直に話さなくて……」
『んー、出会ったばかりの人に、何もかもは話さ無いんじゃない? ユリーナにしたら鳥に拐われたんだし』
ナイスフォロー、セレナ! 空気が読めるのか、それとも心を読まれてるのか……。おっと、いらんことを想像しちゃったな。
「それもそうね。じゃあ、王子と会ったときの詳細を教えてくれる?」
ルナがジト目で私を見る。こっわ! いや、睨まれてるわけじゃ無いんだけど。……まあ、美女はどんな表情をしてても、顔から発せられる気持ちが三割増しで伝わっちゃう、ってことだね。
私はルナと出会うまでの、この世界で経験したことを話した。と言っても割りとすぐ出会ったんで大した話は無いんだけど……。
鳥に虫をプレゼントされそうになった話をしたら、ルナはテーブルの上で上半身だけの土下座をし、セレナは笑い転げた。そこまで笑わなくても……。そもそも、ここん家の鳥でしょーに!
「えっと、初対面の王子を見て、どうして直ぐに王子だと分かったの?」
「……気品? 嘘臭い金髪? まあ上品な白いブラウスと騎士が着てそうなズボンとブーツ……かな?」
『嘘臭い〰っ!』
セレナが吹き出し、またも笑い転げた。ルナはセレナを放って置くことにした様だ。
そんな話をしている間に窓から入る光が夕方の色になった。かと思うと、徐々に紫色に変わって来た。? と思って窓を見ると、空には神話に出てきた紫色の月が浮かんでいた。
「もう、こんな時間ね。今日はここまでにしましょう」
ホッとした。頭がパンクしちゃいそう。現実世界に戻ったら美桜に話すことがいっぱいだ。
私は「覚えてられるかな」と小さく呟いた……。