こちらの世界の創造神話
昔々、この地は只の平らな大地でしか無かった。
太陽神はぐるぐるとこの地を巡りながら愛情を注ぎ込み、山や川を作り出し樹木や動物を作って成長を促した。ただ、このときは世界は真っ白で色が無かった。
あるとき何処からともなく一匹の大きな玉虫がやって来た。その玉虫は大きな乳白色の翅を持っていた。
太陽神は「あんな生き物は作ったか?」と玉虫を良く見ようと覗きこんだ。すると玉虫の翅は、光の加減で見ようによっては虹色に見えることに気がついた。
太陽神の光がその翅に当たると、光は乱反射して玉虫の周りの景色に色が付いていった。花は赤や黄色や青などに。樹木の葉っぱは緑や黄緑に。動物や爬虫類も周りの景色に合わせる様に茶色や黒や黄色等の色に変わっていった。それは鳥類や魚介類も同じだった。
川や湖だけは変わらなかった。けれどそうやって生まれ変わった世界を見事に水面に写して煌めき、流れる水の音は景色の美しさを讃え囁いているかの様だった。この世界は生き生きと輝き出したのだった。
太陽神は喜び玉虫の美しい翅に見とれ、飛び回るさまを飽きること無く眺め続けた。その翅は、朝日の穢れなき光を優しく辺りに反射させ、昼の強い光には周りの樹木の緑や明るい花の色と一緒に生命の喜びを表し、夕暮れのオレンジ色の光には夕方特有の寂しさと、この後訪れる夜の恐ろしさを滲ませ写し出したのだった。
今までにこの虫程に自分の働きを伝達してくれた存在があっただろうか……。太陽神はそう思った。
太陽神は、自分こそがこの世の全てを生み出したのだと、そう信じていた。だから玉虫は自分の物だと思った。
ここに待ったがかかる。
3つの月の王子達であった。王子達はそれぞれ黄色の月・碧の月・紫色の月に住んでいて、夜になると月からやって来るのだった。太陽神は、3つの月の王子達は太陽神がいない間に、自分が作り上げた世界で好きなことをやってる奴らだと思っていた。だから月の王子達のことが元々気に食わなかったのだった。
だが月の王子達にしてみれば、昼の暑さを和らげ生き物達を癒したり、海や川の水の量を調節したりと、忙しく大地を見守っていたのは一緒だった。
月の王子達は言った。3つの月が重なり合うとき、地表のすべての水が呼応し水滴が一点に集まろうと大きな力が働く。その一点からこの不思議な大きな玉虫は生まれたのだ。だから玉虫は夜の王子達の物であるとーー。
太陽神は月の王子達の話に激怒した。1人と3人はいがみ合いその度に大地は大きく揺れ、強風が吹き荒んだ。黒雲が空を被い尽くしたかと思うと激しい雨が降った。時おり黒雲に閃光が走り、雷が台地に突き刺さった。樹木は燃え上がり、あるいはなぎ倒され、生き物達は我先に逃げ出した。その際に踏みにじられた花は中空に舞い散った。川には土砂が流れ込んで濁り、煌めきは消え去ってしまった。
美しくおおらかだった大地は瞬く間に荒んでいったのだった。
この1人と3人の争いに誰よりも心を痛めたのは玉虫だった。玉虫は自分のせいで他の生物や大地が滅びていく様な気がして悲しくなり、その地から逃げる様に飛び立った。
飛んで飛んで飛んでーー。たどり着いたところは山の奥の、そのまた奥の湖の側だった。
そこは真っ白な森の中にぽつんとある湖だった。玉虫は湖の脇の柔らかな下草の上にそっと降り立ち、水を飲もうと湖を覗いた。湖面に写る傷だらけの自身の姿を見ると、荒れ果てた大地が思い起こされ涙が浮かぶ。
静寂の中で目元に溜まった涙がぽとりと湖に落ちると、穏やかだった水面に静かな波紋が広がっていった。
そのとき、湖の中から美しい、真っ白く輝く女神が現れた。女神は玉虫を見るとその傷ついた体を嘆かわしく思った。そして、湖に入る様に促した。この水には癒しの力があるからと。
玉虫が湖に入ると、玉虫の体から光が迸り出た。玉虫は美しい乙女の姿になった。
ここにいなさい、と女神は言った。ここなら誰にも気づかれず、平穏な毎日を暮らせるはずだから……と。いつか再び平和が訪れるまで、あなたの光を封じ込めておきましょう。そう言って湖の女神は先ほどの玉虫の体から抜け出た光を集めると、小さな花の中にしまい込んだ。
それからというもの太陽と3つの月は玉虫を探す為に、それぞれが違う方向に動く様になったのだった。