セーブ&ロードのできる宿屋さん ホーSS 崖なし版
ひどくなつかしい香りがした。
ここはどこなのか――ホーは周囲を見回す。
土の地面。
木々の生い茂った場所。
目の前には――一輪だけ、花があった。
「おはな、おはな」
その花を指さして、とても楽しい気持ちでホーは笑う。
花を見つめているととても嬉しくって、手を叩いたり、足をばたばたしたりした。
「――――」
なにかの声。
風のようなごうごうという音が重なって、声はちっとも聞こえない。
でも、ホーは声の方向を向いた。
そこには顔のない――女性がいた。
「――――」
「あのね、おはな、みてたの。おはなね、はなしかけると、わらうの」
「――――」
「うん!」
ホーはまた笑う。
そして土の地面にうつぶせになって、花と見つめ合った。
その花は――たしか、いつか自分で摘んだものだ。
優しいお兄ちゃんと、無愛想なお姉ちゃんが一緒だった気がする。
詳しいことは全然覚えていないけれど、ホーはその花が一番好きだった。
道ばたで見かける花も、花屋で売られている花も好きだったけれど、今、目の前にあるこの――この、ぼんやりとして、よくわからない花が、一番好きだった気がする。
「あのねえ、きょうねえ、えっとね……たべたよ! なんか!」
報告する。
風が吹いて、花がうなずいたように動く。
ホーは笑う。
足と髪をばたばたさせる。
もっとお話ししたいけれど――
どうやら、もう時間のようだ。
「――――」
「うん、おるすばん、できるよ」
「――――」
「うん。だいじょうぶ」
ホーは立ち上がる。
顔のない女性が近付いてきて、ホーの服についた土を払った。
……誰なのだろう。
自分はその人のことを信頼し、愛しているようだった。
でも、顔も思い出せない。
「――――行ってくるからね」
……音声がようやく耳にとどく。
それは優しい女性の声だった。
その声に対して、ホーは――
「うん、待ってる」
そう答える。
顔のない女性は、笑ったような気配を出す。
そして――無数の花びらになって、風に吹かれて、消えた。
○
「……苦しい」
胸と言わず顔と言わず、なにもかもが。
ホーは状況を整理する。
ここは――
どうにも、『銀の狐亭』にある、自分が借りている部屋、らしい。
そして目の前にはソフィ。
の、胸。
後ろもなんか暑い。
たぶんオッタあたりがまた部屋に侵入してるのだろう。
「……だからあたしをあいだに挟むんじゃねーよ。死ぬだろうが」
ホーはため息をつく。
その息がくすぐったかったのか、ソフィが身をよじる。
そのたび顔面に押しつけられるかたまりがぐにゃぐにゃとかたちを変えた。
「…………はあ、変な夢みたな」
挟まれて体勢を変えられないので、わずかに肩だけすくめた。
ソフィの胸が濡れているのは――きっと、自分の涙だろうとホーは思う。
変な夢を見たせいだ。
見覚えのあるような、ないような景色の夢。
たぶん記憶の片隅にしかない、幼い日の――誰かとの思い出なのだろうと、ホーは思った。