夕空に咲かないヒヤシンス
友達と遊んだ帰り道。一人外を歩いていたところ、一匹の鬼と出会った。鬼は道路の隅で蹲り、静かに泣いていた。
―どうしたの?
私は、気がつけば鬼に話しかけていた。
鬼は顔を少し上げてこちらの顔を見る。襲ってくるような気配は感じられなかった。普段は気迫で溢れているだろう鬼の顔はそのとき、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。まるで子供みたいに。
私の問に、鬼はこう答えた。
いろんな人間から豆をぶつけられた。俺はただ、食べ物を分けてもらいたかっただけなのに。と。
―お腹、空いてるの?
私の問に鬼は首を横に振り、掠れた声で言う。
妹のために、何か食べさせてやりたいんだ。と。
私は鬼―彼の言葉がよくわからなかった。ただ『妹が大変』ということは理解できた。
『困り、悲しんでいる』ということは、深く感じとれた。
それだけで、充分だった。
私はその場で考えた。考えて考えて考えた。小さい頭で、出来る範囲で。
そして思いついた。
それは限りなく大きく、果てしなく小さい。きっと彼が笑顔になれる魔法。
私は鬼に、待ってて!と叫んだ瞬間、弾かれたように走り出した。
思えば、なんでこの時の私はこんなにも必死だったのだろう。
少し、考えてみる。
可哀想だったから?
見返りが欲しかったから?
...私の心も汚れたなぁ、と軽い自己嫌悪に落ちた。
きっとあの頃は。
純粋で純情で繊細で真っ白だったあの頃は、そんなことなんて微塵も考えなかっただろう。そんなことを考えるということさえ知らなかっただろう。
理由なんて、決まっているようなものじゃないか。
きっと、私は。
『笑顔になってほしかったから』
そんな、遠い遠い過去の話だ。
あれはなんだったんだろうか。幻覚だったんだろうか。それとも夢だったんだろうか。
いやそんなはずはない。あの後みかんが箱こどなくなっていたため、母に大目玉を確かに食らったのだ。
私が食べたのかも知れないが...。
あの出来事が現実だったらいいなって、私は今でも思っている。
だって、あの時の彼の笑顔が、ずっと残っているから。
あの出来事から、私は節分の日に豆を投げなくなった。
その代わりに。と。私は玄関に大量の『それ』を置く。
「約束、したからね」
私は玄関に置いた『それ』を横目に見たーその時。
「あれ?」
何かに気付き中身を確認する。...やはりそうだ。でもなぜー
ふっとそんな疑問が湧いたが、その疑問はすぐに消えた。
そんなの、私が一番わかっているだろう?
やがて、私は優しく微笑んでいた。
『それ』の数が一つ、減っている気がしたから。
ーはぁ...はぁ...みかん、おいしい?
『ああ...!早くあいつにも食べさせてやりたいよ...!』
―はぁ、よかったあ。
『ん...でもいいのか?こんなにたくさん...悪いだろう』
―いいの。気にしないで。全部鬼さんのためにとってきたんだから。
『...あぁ...本当に...本当にありがとう!この恩は一生忘れない!』
―おん?うーん...じゃあ私と約束して!
『ん?なんだ?言ってみろ』
「絶対、またみかん食べに来てね!」
『......。おう!約束だ!』
節分をテーマにした短編です。さっき書きました。誤字があったら申しわけないです。
後で解説を活動記録にて書きたいと思っています。良かったらどうぞ(宣伝)