(8) 探索出発
皆様、お待たせいたしました。
今回は和馬と雄太が、いよいよ助けを求める為にログハウスを出発します。
それでは、第8話の始まり、始まり。
4日目の朝。
ログハウスの玄関前には、これから探索へと出発しようとする和馬と雄太の姿があった。
2人の後ろには、大島、礼菜、麻美も見送りの為、集まり、賑やかに話をしている。
「和馬君、雄太君、絶対に無理だけは、しないでね」
「そうだね。見た所、向かう方向には、山も多そうだから、危険だったり、無理だと感じたら、すぐに引き返すんだよ。いいね、くれぐれも気をつけて」
「わかりました。大島さん、礼菜さん。それでは、行って来ます」
「あっ!そうだ!雄太君。帰りにお土産、買って来るのを忘れないでね!」
何気無い礼菜の冗談に、緊張気味であった和馬と雄太の表情が、ややほころぶ。
「やだなあ。礼菜さん、俺達、旅行に行くんじゃ無いって」
礼菜の冗談に雄太は、笑いながら、身を屈ませ、黒いワークブーツの紐を再度、きつく締め直す。
「それでは、皆さん、行って来ます」
装備品がぎっしりと詰め込まれた、重量のあるバックパッカー用のザックを背負った和馬と雄太は、前へ向かって、ゆっくりと歩き始める。
この時、2人の手には、昨日、拾って手に入れておいた木の棒がストックがわりに握られ、腰の部分には、大島が見つけてくれたジャングルマチェットがベルトで、しっかりと固定されていた。
「2人共、行ってらっしゃい!」
後ろから、2人を見送る 大きな声が聞こえ、思わず振り返った先には、礼菜と麻美が、2人に向かって、大きく手を振っている姿が見える。
和馬は、礼菜と麻美に向けて、片手を突き出すと、その拳を握りながら、親指を立てて見せ、その姿を見た麻美も、同じ様に真似て、親指を立て、にっこりと笑う。
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
「ありがとう。それじゃ、行って来るよ」
和馬と雄太は、再び、前を向いて歩き始め、ログハウスから見送る大島達は、去ってゆく2人の姿が小さく、やがて、見えなくなるまで見つめ続けていた。
広場を通り抜け、木々に囲まれた小道を下ってゆく2人は、どこか涼しげに鳴り響くヒグラシの鳴き声を耳にしつつ、こんな話を始める。
「和馬君さあ。俺、思うんだけどさ。ここにいる人って、みんな良い人ばかりだよね」
「ええ。そうですね。確かに、みんな、何かと協力的だし、このまま、助け合っていけば、どんなトラブルがあったとしても、上手く乗り越えていけそうな気がしますよ」
「やっぱ、そうだよな。うん、その通りだよな。ところでさあ。和馬君。話は変わるけど、うちの女性陣については、どう思う?」
「えっ?あれ?何か、いきなり話が変わりましたね。う〜ん、女性陣ですかあ。そうですねえ。まず、麻美ちゃんは、可愛くて、素直だし、とても良い子だと思いますよ。礼菜さんは、ユーモアがあって、優しくて、美人だし、何だか、一緒にいると、ほっとしますね」
「おおっ、高評価だね。よしっ。じゃあ、戻った時には、和馬君が、こんな感じで、べた褒めだったと礼菜さんと麻美ちゃんに伝えておくよ」
雄太に冷やかされた和馬は、顔を赤くしながら、慌てた様子で手を振って見せる。
「いや、いや、駄目ですよ。雄太さん、そこは、黙っておきましょうよ」
「そうかあ。あれれ、和馬君、顔が真っ赤だぜ」
「えっ?いや、もう、まいったなあ。じゃあ、雄太さんは、礼菜さんと麻美ちゃんについて、どういった評価なんですか?」
「う〜ん。そうだねえ。内緒だな」
「あれっ?あれれっ?雄太さん、酷いなあ。俺だけ、上手く言わされたって感じですか」
「ははは、まあね」
こんな、冗談混じりの会話をしつつ、木々に囲まれた小道を歩き続けた2人の目の前には、やがて、海へと続く白い砂浜が広がり始める。
上には、雲一つ無い、澄み切った青空と目映いばかりの夏の太陽、目の前には、延々と続く白い砂浜……。
まだ、今が早朝だとはいえ、既に陽は高く昇り、これから先は、気温の上昇と共に間違い無く、過酷になってゆきそうな雰囲気である。
「雄太さん。今日は、大汗をかく事になりそうですよ」
「ああ〜、これは、間違い無く、暑さが厳しくなるな」
既に額に滲み始めた汗を手の平で拭いながら、雄太は、だるそうな口調で答える。
「まずは、このまま、海岸線に沿って前進するとしますか」
「そうだな」
2人は、砂によって足がとられ易い砂浜側を避け、砂がしまって歩き易い波打ち際近くに沿って歩く事を決め、更に海側へと向かって前進する。
「ふ〜う。何だか、ひと泳ぎしたくなってくるねえ」
波打ち際まで、歩いて来た雄太が見つめる先には、穏やかな青い海が広がり、白く砕ける波が、浜へと向かって、規則正しく打ち寄せている。
2人が立っている波打ち際近くから、海岸線に沿って、先の方を見れば、砂浜が、およそ5kmに渡って続き、更に先の方は、岩礁地帯になっているのか、岩場らしき物も見えている。
時折、吹いてくる潮風のどこか、懐かしい香りを感じながら、和馬達は、まず、遥か先に見えている岩場を目指して前進を開始する。
波打ち際近くを歩き始めた和馬は、波によって運ばれ、打ち上げられた漂着物を見つけると、時折、立ち止まって、拾い上げ、何やらチェックを行っていた。
「和馬君、細かくチェックしているね」
「ええ。こういった漂着物から、情報を得る事が出来るんですよ」
「情報?」
実は、和馬が、しきりに漂着物を気にしてチェックを行っている事には訳があり、こういった自然や人工のゴミなどによる漂着物は、自分達の大まかな位置を知る上での重要な手掛かりにもなるのだ。
例えば、本土と離島では、沿岸に生息している貝の種類の違いから、打ち上げられる貝殻1つにしても、種類が異なっている場合が多く、人工的な漂着物にしても、表記された文字を手掛かりにして、現在地が日本国内なのか、外国なのか、おおよその判断はつく。
更に漂着ゴミの数から、大まかな位置情報を得る事も可能だ。
例えば、人工的なゴミが打ち上げられている数が多い程、人の生活圏に近い内湾の海岸である可能性が高く、逆に少なければ、定期的な海岸清掃でもしてない限りは、そこが離島である可能性が高い。
また、家電ゴミや自動車用タイヤ、建築廃材といった大型の漂着物が多い場合には、本土の沿岸部である可能性が高いといえるだろう。
では、この海岸は、一体どの様な、漂着物が流れ着いているのだろうか?
歩きながら、和馬は、目立つ漂着物を1つ1つチェックしているが、時折、漁網の一部やナイロン製ロープ、プラスチック製のブイなどが見つかる程度で、意外にも他には、人工的なゴミは見当たらない。
自然漂着物としても、漂着物の定番である竹は少なく、最も目に付く物といえば、流木の他、ヤツシロガイ、ボウシュウボラ、キリガイ、タカラガイといった巻き貝系が多く、逆に二枚貝の類いは少ない様だ。
「う〜ん。なる程ねえ。こんな漂着物が流れ着いている訳か」
和馬は、こうして、知り得た情報を手に持ったメモ帳へと書き込んでゆく。
やがて、2人は、先程、遠くに見えていた岩場へと近づき、周りの風景も砂浜から一転、今度は磯といった景色へと変わり始めてきた。
この周辺には、海藻由来による磯特有の香りが風に乗って漂い、その香りをかいだ和馬は、思わず、鼻から大きく息を吸い込んだ。
「ああ〜、いいねえ。この潮風の香り。俺、こういった磯特有の香りって好きなんですよ」
「へえ〜、和馬君も磯の香りが好きなのか。俺もどちらかというと好きな方だけどね。和馬君は、海とかは、良く行くのかい?」
「ええ。仕事休みの日は、しょっちゅう行ってましたよ。何しろ、海釣りが趣味ですから」
「そうなんだ。俺はね、おっと!」
返事を言っている途中で、雄太は、今、歩いている岩場で足を滑らせそうになり、それに気付いた和馬が咄嗟に腕を掴んで、体を支える。
「おっと!」
「ふ〜う。危なかったあ。ありがとう和馬君」
「いえ。転倒しなくて何よりですよ。それにしても、この岩場は、随分と足場が悪いですね」
そう言いながら、和馬が指差している岩の表面は、海水によって濡れており、尚且つ、びっしりと付着している岩海苔などの海藻によって、ヌルヌルと滑り易い状態になっている。
これでは、いくら2人が、泥濘地で威力を発揮するブロックパターンのソールを持つワークブーツを履いていても、歩き方次第によっては、間違い無く足を滑らせてしまう事だろう。
実は、この常に岩場が濡れているという状態は、案外曲者で、今、2人が立っている岩場のすぐ隣には、岩の窪みから出来たタイドプール(潮溜まり)が点在しており、恐らく、この場所は、元々、波をかぶり易いのか、もしくは、今がたまたま干潮により、岩場が現れている状態だとも考えられる。
「ちょっと、この岩場を通り抜けるのは、考え直した方が良さそうですね」
「そうだなあ」
今、2人が見回している、この岩場は、幅自体が余り無く、和馬達から見て右側が海、左側は、岩が剥き出した急斜面になっている。
最初の予定では、このまま、岩場を通り抜ける予定であったが、足元が余りに滑り易い状況では、転倒の危険がある為、どうしても、ゆっくりと慎重に歩かざるを得ず、その為に大きな時間のロスへと、つながる事が考えられた。
また、この岩場は、距離的にも、かなり長く続いており、もし、今が干潮の状態であるとすれば、いずれ、満潮を迎えた時には、通過中に水没してしまう可能性もある。
その辺りの危険性を考えた和馬達は、やはり岩場を通り抜ける事は、避けるべきだという結論になり、その結果、岩場を迂回するルートへの変更を考える事となった。
「和馬君。他にルートはないか?」
「あるとすれば、雄太さん。ほら、あそこから」
そう言って、和馬が指差す先には、傾斜角60度程は、あろうかと思われる岩が剥き出した急斜面がそびえていた。
「おい、おい、和馬君。これを登るのか?こりゃあ、崖とはいわないまでも、それに近い位の傾斜だぞ」
「確かに急傾斜ですけど、ここからなら、迂回するとしても、最短ルートで行けますよ。もし、ここが駄目だとしたら、一旦、引き返して、別ルートを探すしかありません」
「そうか。う〜ん。まあ、この傾斜も登れなくはないだろうけど、ただ、問題なのは、この荷物だな」
雄太は、心配そうな表情を浮かべ、背負っている大型ザックを指差す。
確かに、雄太が心配する通り、背中に背負っているザックの重量は、優に30Kgを越えており、この急斜面を登るには、結構なハンデになる事が予想されるが、傾斜角60度の斜面であれば、慎重に行いさえすれば、何とか登れなくはなさそうだ。
ただし、この斜面を登る際に充分、注意しなくては、ならないのが、その高さだ。
和馬達が今いる現在地点から、斜面上部を見上げてみると、高さ的にみても、たっぷり50m位はあり、もしも、登っている途中で、転落ともなれば、間違い無く無事では済むまい。
「和馬達。こいつは、高いな」
さすがに、この高さの急斜面を登って行く事に対して、躊躇しているのか、上を見上げている雄太の表情は明らかに強張ってきている。
「まあ、確かに高さはありますけどねえ」
不安により、緊張し始めている雄太とは、対照的に、意外と落ち着いた様子で、和馬がジッと見上げている視線の先には、砂岩で形成された剥き出しの岩肌と、まるで、その場にしがみつくかの様にトベラなどの海岸特有の植物が点在して生えており、更に頂上付近には、樹木が密生している状態の様であった。
「確かに、ちょっと、怖い気もしますけど、登れ無くはなさそうです」
「ちょっと怖い……。ちょっと……ねえ。いや、かなり、怖い気もするんだが。う〜ん、でも、今から、わざわざ引き返すのもなあ。よし、わかった。なら、アタックしてみるか」
「ええ、行きましょう」
これから、目の前の急斜面を登る事を決心した和馬達は、まずは、しっかりと岩肌を掴み、体を斜面へと張り付かせると、今度は足元の岩へと、ゆっくりと足を掛けた。
「和馬君、慎重にな」
「ええ、特に足元には、充分、注意して行きましょう」
今、2人が挑み始めた岩肌は、砂岩で出来ている事から、見た目よりも、案外脆く、強い衝撃に対しては、呆気なく砕け易い。
もしも、何かの拍子に足元が崩れ、そのまま踏み外すか、もしくは、体のバランスを崩して転落する事にでもなれば、まず大怪我を免れる事は無く、最悪、待ち受けるのは「死」だ。
『慎重に、慎重に。落ち着いて、落ち着いて』
極度の緊張感を感じている為か、背中に何か冷たい物を感じつつも、2人は、とにかく落ち着く様に自分自身に言い聞かせながら、慎重に急斜面を登ってゆく。
こうして、和馬達が、急斜面との格闘を始めてから、早くも40分が経過した……。
「ようし。頂上まで、あと、もう一息だ」
「ふ〜う。ええ、もうひと頑張りです」
顔中に、びっしりと汗をかきながら、苦しそうな表情で、2人が見上げる、そのすぐ先には、もう斜面の頂上が間近に見えてきている。
「ようし。たどり着いたぞ!」
とうとう、頂上部分の岩肌へと手を掛けた2人は、そのまま一気に上へと登り上がった。
少々、時間は掛かったものの、何とか登り切る事が出来た2人は、斜面の頂上部分へと立つと、眼下に広がる海を見下ろした。
足元より、下には、岩に当たって砕け散る白波が見え、その更に先へと目をやれば、青々とした、どこまでも続く大海原が広がっている。
顔へと当たる心地良い潮風を肌で感じながら、雄太は、深く息を吸い込む。
「ふ〜う。何とか、登り切ったな。しかし、改めて下を見下ろしてみると、やっぱり俺達、随分な高さを登って来たんだよなあ。ちょっと、この高さから、見下ろしていると、何だか、足がムズムズしてくるよ」
「でも、雄太さん。そうは言っても、ここから、見る景色は絶景ですよ。見渡す限りの大海原と水平線、そして、通る船も島影一つも、何も無い……」
「確かに絶景なのは、認めるけど、本当に、他には何も無いな。ようし。さあてと、和馬君。頑張って、ここを登り切った事だし、今度は、山中を前進するとしますか!」
「ええ、行きましょう」
これより、新たな別ルートを前進して行く事になる和馬達は、ゆっくりと後ろを振り返る。
「おい、おい、こいつは、また……」
「あ〜。マジかよ」
今、目の前に広がる、これから自分達が向かう先を見た、和馬達の表情が、途端に曇ってゆく。
いったい、2人が、これより前進しようとしている、その先とは、どの様な状態になっているのだろうか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第8話いかがだったでしょうか。
次回は、探索中の和馬達が大変な目に合う事になります。
それでは、次回をお楽しみに。