(7) 新たな探索の始まり
皆様、お待たせいたしました。
第7話の始まり、始まり……。
探索が終了した、その日の夜、5人は昨晩と同様に缶詰で夕食をとっていたが、昨日の賑やかだった夕食とは、打って変わり、とても静かな食事となっていた。
今回の結果は、ある程度の予想は、していたものの、いざ、このどうにもならない現実を突き付けられてみると、やはり大きなショックであり、5人の間には、もう諦めのムードも漂い始めていた。
誰1人、喋る事無く、押し黙ったまま、食事を続ける中、とうとう大島が次第に強くなってゆく、これから先への不安について口にする。
「なあ。私達は、この先、どうなるんだろう?まさか、いつまでも、この状態が続く訳ではないよな?」
今の言葉に、皆が食事を止め、大島をじっと見る。
これから先の事など、誰もわかる筈は無く、今はまだ突き付けられた、この非情な現実をどう受け取るべきか、その事だけで頭の中がいっぱいの状態であった。
「今の所は、先の事は、全くわかりません」
予想した通りの和馬の返事を聞いた大島は、下を向いたまま更に呟く。
「そうだよな。わかる訳ないよな。私はね、今日の探索が始まる前は、少しだけ、希望を持っていたんだ。もしかしたら、無事に家族の元へと帰れる何か、きっかけが見つかるかも知れないってね。それなのに、そんな希望さえも失ってしまった。これから先、自分は、何をしたら良いのか、もうわからない」
両手で頭を抱え込んだまま、うなだれる大島の肩に礼菜がそっと手を置く。
「大島さん。余り思い詰めないで。置かれている状況に対し不安なのは、私も、そして、みんなも同じだから……。ねえ、和馬君。これは、もしかして何だけど、ここに外から誰か別の人がやって来るという可能性は考えられないかしら?」
「それは、俺達をここに連れてきた連中以外の別の人間が来るという意味ですか?」
「ええ」
「う〜ん。その可能性は、無い訳では、ないでしょうけどね」
「なら、私は、その誰かがやって来る可能性に期待したいわ」
「ただし、人がやって来る可能性は、この場所が、いったい、どこに位置しているのかで変わってきますよ」
「位置って、どういう事?」
「それは、この場所が、人のいる町に隣接しているのか、それとも、離島や僻地に位置しているのかで、条件が変わってくるという事です」
「離島?。もしも、ここが、離島だったら?」
この場所が最悪、無人島であった場合を想像し、にわかに礼菜の表情が曇る。
「ここに、人がやって来る可能性は間違え無くゼロでしょうね。多分、僻地だったとしても、可能性はゼロでは無いにしても、やっぱり似た様な物でしょうね」
「そんな!」
「でも、それは、確かめてみなければ、まだわからない事です。もっと、探索を外へと広げてみれば、その点についても、はっきりしますよ」
「という事は、ここを出て調べてみるの?」
「ええ。その辺りについては、俺に一つ考えがあるんで、後でみんなに説明しようと思っているんです。ただ、その前に、ちょっと気になる事があるんで、話しておきたいんですけどいいですか?」
「気になる事って?」
「実はですね。俺達をここへ連れてきた連中の事を考えていたんですけど、どうも腑に落ちない点があるんですよ」
「和馬君、何が腑に落ちないんだい?」
「いやね。仮に今、俺達が置かれている状況を隔離だと仮定して考えてみても、それにしては、やけに連中が、こちらに情報を与えてこない感じがするんですよ。普通は、こんな所に連れて来た以上、その理由位は説明しますよね」
「確かにそうだな」
「でも、俺達は、例の病気の感染が確定したのか、どうかさえ知らされていません。これって変ですよね」
「それもそうね。病気の件もまだわからないままだわ」
「う〜ん。そうだな」
この疑問に4人は納得し、和馬は更に話を続ける。
「もう1つ変なのは、ここには、テレビやラジオなんかが、一切無いって事なんです。これって、どう思います?」
和馬の疑問に対し、顎を手でしゃくる仕草をしながら雄太が答える。
「そいつは、娯楽を与え無い云々というよりも、もしかすると、外からの情報を俺達に一切、伝えたく無いって事なのかも知れないな」
雄太の意見と同じ考えである和馬は、雄太へ向かって指を指す。
「そう!その通りなんですよ。恐らく、連中は、俺達に知られたく無い何かがあると思うんです。だから、こちらに情報を与え無い様にしてるんですよ」
「情報の遮断か。う〜ん。相手が知られては、困る情報とは、いったい何なのだろうな?」
ここで、相手が、知られては困る何かを隠しているらしいという疑惑が生まれてきたが、それが、いったい何なのかは、5人には、まだわからない。
いったい、相手は、何を隠し、また何の目的で、5人をこの場所へ連れて来たのだろうか?
ここで、5人は、暫しの間、無言で考え込んでいたが、その沈黙を破るかの様に麻美から、突然こんな言葉が出てきた。
「ねえ、ねえ。もしも、何だけど、ここに誰も来てくれなかったら、麻美達って、どうなっちゃうの?」
「えっ?それは……。誰も来なかったら、その時は……」
礼菜は、麻美の疑問に答え様とするが、その先の言葉が口にしずらず、返事をためらう。
礼菜は、和馬達3人の顔を見るが、答えはわかっていても、口にしずらいのは彼らも同じだ。
しかし、ここで、和馬から思いがけない意外な返事が返ってくる。
「もしも、ここに誰もやって来ない……。そんな場合も想定して、実は俺にある考えがあります。これは、雄太さんとも、話したのですが、まずは、明日、1日だけ様子を見ます。もし、何も状況が変わらない様であれば、俺と雄太さんとで、ここを出て助けを呼びに行くつもりです」
「助けを呼びに行くって言ったって、いったい、どの位の日数をかけて行くつもりだね?」
大島の問いに対し、和馬は、更に話を続ける。
「4、5日はかけるつもりて考えています。今回の行動は、助けを呼びに行くだけで無く、周辺探索も兼ねていますから、当然、それなりの装備も必要になってきます。それで、明日、雄太さんと装備を整える予定です」
「なあ、和馬君。君らが出発した後に、もし、他の誰かが、ここにやって来たら、どうする?その時は、入れ違いになってしまうのではないのか?」
大島には、もしかしたら近々、誰かが、ここにやって来るのではないかという考えがあり、せっかく、人が来てくれたとしても、入れ違いになってしまう事を心配して、眉をひそめている。
「確かに、誰かが、ここにやって来る可能性は、あると思います。大島さんの言う様に入れ違いになる事を考えたら、まだ数日は、この場におとなしくいた方が良いのかも知れません。ただ、その誰かが、本当に数日中にここへとやって来るのかどうかについては、誰にもわかりません。明日、来るのか?それとも明後日?いや、1週間後?下手したら、1年後かも知れません。皆が、少しでも早く、家族の元へと帰りたいと願っているのは、同じ訳だし、それなら、ただ待つよりも、早く行動を起こした方が良いと俺は考えたんです」
「う〜ん。そうか。なるほどな」
和馬の意見を聞き、両腕を組んだまま、考え込む大島だったが、実は彼自身も、このまま待つだけでは、事態が好転する可能性は余り高くは無いと考えていた様であった。
「和馬君の意見も一理あるな。こちらから、動いてみるべきなのかも知れん。うん、良し、わかった。明日の準備は、私も手伝うよ」
探索の準備に協力しようと言う大島の言葉に礼菜と麻美も頷く。
「和馬君、雄太君。私も全面的に協力するからね!みんなで、早くここを出ようね」
「和馬お兄ちゃん。麻美も手伝うから、一緒に頑張ろうね!」
礼菜も麻美も、手伝いなら任せろといわんばかりに、そろって自分の胸にポンと拳を当てる。
「みんな、ありがとう。今回の対策に必要な装備品については、リストを書いておくから、明日の準備をお願いします」
「わかったわ。ど〜んとまかせてね」
「なあ、和馬君と雄太君。今回の探索予定ルートについて、聞いておきたいんだけど、どういったルートを通って行く予定なんだね?」
「ああ〜、そのルートについては、ですねえ」
今回の探索予定ルートについて、今度は、雄太が説明を始める。
「まあ、ルートといっても、簡単なルート説明しか出来ないんですけど、最初は、海側へと出て、海岸線伝いに移動して行こうと考えています」
「なるほど。確かに海岸線伝いの方が障害になる物が少なくて、歩き易そうだし、人が住んでいる場所を見つけられる可能性は高そうだな」
「ただし、実際に歩いて行ける様な海岸線が、どこまで続いているのかが、わからないんで、場合によっては、ルート変更も考えています」
「そうか。海岸線によっては、通り抜けられない岩場があったりもするからなあ。確かにそういった場合には、迂回になるな」
「ええ。この前、遠くを見渡した感じでは、山林が広がっている様でしたから、迂回ルートとして、山の中を通る場合もあるかも知れません」
「もしも、山の中に入るともなれば、それ相応の服装と装備も必要になってくるな」
「その辺りについても、和馬君と話し合って、装備を揃える予定です」
「雄太君、和馬君。今回の行動は、危険と隣り合わせの体力勝負となると思うが、くれぐれも、無理だけは、しない様にな。それから、体力を温存し、体調を整える為にも、出来るだけ睡眠はとっておいた方がいい」
「ええ、そうですね。今日は、もう、これからに備えて、早目に寝るつもりです」
「充分な睡眠は、体調維持には、大切だからね」
「ところで、今、何時なんだろう?」
雄太は、腕にはめた、黒いデジタル式時計に表示された時刻を確認する。
「今、8時か。まだ、寝るには、ちょっと早いかも知れないけど、睡眠不足から、体がバテるのも何だから、シャワーを浴びてから、もう寝るとします。それじゃ、みんな明日はお願いします」
「こちらこそ。雄太さん、明日は、よろしくね」
「お休み!」
「おう!お休み!」
雄太は、自分が使った食器を手早く洗って片付けると、そのままシャワールームの方へと歩いていった。
その後、残った4人は、礼菜が用意してくれたココアを飲みながら、少しの間だけ、雑談をしていたが、やはり今日は疲れているのか、早目にお開きとし、それぞれの部屋へと戻っていった。
寝る前にシャワーを浴びてから、部屋へと戻った和馬は、すぐにベッドへとゴロリと横になると、真っ暗な窓の外を見つめながら思った。
『これから先、どうなるのかは、わからないが、やれる事だけは、絶対にやっておこう。諦めない事が一番大事なんだ』
和馬は、天井に向かって、両手を上げ、大きく伸びをしてから、部屋の照明を消し、眠りへとつく。
こうして、新たな場所での2日目が終わった。
3日目の朝。
早朝に目を覚ました5人は、これから4日間かけて行う予定の探索に必要な装備品の準備を開始していた。
事前に和馬が書いた装備品リストを元に各部屋、及び備品倉庫から、必要と思われる装備品が探し出され、次々とリビングへと集められてゆく。
この時、集められた装備品は、5日分の食料と飲料水、ライト、バッテリー、ガソリンストーブ、燃料携行用ボトル(ホワイトガソリン入)、防水マッチ、フォールディングナイフ、雨具、寝袋、ザックなどであった。
残念ながら、どうしても、テントとコンパスだけは、見つけ出す事が出来なかったが、ここには、希望する物が何でも置いてあるという訳では無いので、これは、まあ仕方の無い所であろう。
かわりに、大島が、珍しい物を備品倉庫で見つけたと言いながら、ある物を和馬と雄太へと手渡してきた。
その、ある物とは、2本のマチェットであった。
このマチェットとは、ジャングル内において、前進を阻むブッシュを刈り払う為に使用する大型の鉈の事である。
別名として、山刀とも呼ばれているマチェットは、見た所、大きさが全長70cm程はあり、刀身部分は、黒いナイロン製のシース(さや)に収められ、その外観は、どこか刀にも酷似している。
黒い樹脂製のグリップを握った和馬が、シースロックを外し、ゆっくりとシースから抜き出してみると、刃渡り50cmはあろうかと思われる黒い刀身が姿を現した。
この刀身の片側には、既に刃付けがされているらしく、すぐにでも使用出来る状態になっている様だ。
このマチェットがあれば、もし山の中へと入って、藪こぎが必要な状況に迫られた時でも、きっと力強い味方となってくれる事だろう。
「これは、ありがたく使わせてもらいます」
和馬は、マチェットの刀身を再び、シースに収めると、これも新たな装備品として加える事にした。
今回の探索における服装については、行動し易く、尚且つ丈夫な物が選定され、備品として見つけたオリーブドラブ色のカーゴパンツと濃いグレー色の長袖ワークシャツ、更には、山中での行動も想定して、黒いワークブーツなどが準備された。
何やら、慌ただしくもあったものの、何とか準備は、午前中には、全て終わり、後は明日の出発を待つだけとなった。
この後、5人は、各自、自由に好きな事をして過ごし、ある者は外へと出て動物達の世話をし、またある者は、畑仕事をして午後の時間を過ごした。
こうして、3日目の1日も、あっという間に過ぎていったが、結局、この日も外部から人が訪れる事はなかった……。
最後まで、読んで下さいまして、ありがとうございます。
今回、文章中に登場するマチェットについては、オンタリオ社製か、SOG社製のベーシックタイプをイメージして頂けると幸いです。
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これから、このマチェットが、案外、活躍を見せたりもし、和馬、雄太の両人にとっても、良きお守りとして、後々、重宝がられる事となります。
それでは、また。