(62) 燃料調達3
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回の話の内容は、やや不気味です。
読者の皆様に上手く世界の終末感が伝えられたら何よりかと……。
それでは、第62話のスタートです。
周囲の安全を確認しつつピックアップトラックから降りた和馬と雄太は極力、音をたてぬ様、ゆっくりとドアを閉めると構えたコルトM4カービンのフラッシュハイダーを薄汚れた放置車両の列へと向けた。
動く物は無く、物音一つしない静けさの中、時折吹いて来る微弱な風が、損傷激しい幾つもの遺体が放つ腐乱臭を二人の元へと否応がなしに運んで来る。
「うっ!酷い臭いだ!」
「ああ、これは酷いな」
銃を片手で構えたまま、もう片方の手で思わず口元を押さえる和馬達の後ろでは、荷台へと向かった英二がクロスボウと手動式給油ポンプ、燃料携行缶を地面へと下ろし運搬の準備を整える。
「よし、準備完了だ」
「了解。それ、俺達も運びますよ」
「うん。よろしく頼む」
「英二さん。今の所、放置車両周辺はクリアです」
「了解した。それじゃあ、行こう」
クロスボウを肩へと掛け、両手に燃料携行缶と手動式給油ポンプを携えてタンクローリーへと歩き始める英二の隣では、燃料携行缶1つを持った和馬が、ガソリンスタンド内にも脅威対象となる者の姿が無いか、片手で銃を構えつつ確認を続ける。
「ガソリンスタンド内も感染者の姿は無し。クリア」
ガソリンスタンドエリア内の事務所や整備エリア周辺にも人影が無い事を確認した和馬は、コルトM4の銃口を50m先にて放置されているタンクローリーへと向け、更に確認を続ける。
「今の所、タンクローリー周辺も動く物の姿は無し」
「了解した。事故車両や放置車両の陰にも脅威対象の姿は無さそうだ」
「了解」
タンクローリー及び車列周辺の安全を確認しつつ、慎重に前進を続ける和馬と雄太の隣では、両手に荷物を携えた英二が時折、立ち止まっては後ろを振り返る。
「後ろは……。大丈夫だよな……」
「何か、やけに静かだな」
「ええ。かえって気味が悪い位ですよ」
不気味にも感じられる程の静けさの中、道路をゆっくりと前進する和馬達3人の靴音だけが耳元へと小さく響いて来る。
既に無人となったガソリンスタンド……。
スタンドエリア内事務所のガラスドアや壁一面へと飛び散った血液飛沫……。
スタンドエリア内や道路上に無数に横たわる犠牲者の遺体……。
吐き気をもよおす程の強烈な腐乱臭と激しく飛び交う蝿の群れ……。
持ち主を失い、薄汚れたまま放置された車両群……。
周りに広がる光景を目にしていると、恰もまるで知らぬ間に世の中全ての人間が滅び去り、この3人だけが死滅した世界に取り残されてしまったかの様な錯覚さえしてくる。
「この光景を見ていると俺達、知らぬ間に別の平行世界へと放り出されてしまったかの様な錯覚に陥るな」
「ええ。まるで俺達だけを残して、全ての人間が死に絶えてしまった世界の様な……。これが、この世の終わり、いや、この世の地獄という奴なんだろうか……」
和馬は、生ける者が死に絶えた周りの光景を見つめながら、人類全てが滅び去ってしまった世界を想像し思わず眉をひそめるが、実際は別に人間全てが絶滅した訳では無く、今はたまたま運良く吸血鬼と化した感染者達がこの場にいないだけなのだ。
もしも、獲物を追跡し移動して行った感染者達がこのエリアへと足を踏み入れた和馬達の存在に気付けば、すぐにでも舞い戻り襲いかかって来る事だろう。
いつ何時、感染者が襲い掛かって来るかも解らぬ極度の緊張による物なのか、頻りに額から滲んで来る冷や汗を袖口で拭った和馬は、多重衝突を起こし路上を塞ぐ事故車両の車内を覗き込みながらぽつりと呟く。
「無事に逃げ切れた人っているんだろうか?」
おびただしい数の血痕が残された車内にぽつんと置かれた、子供の物と思われる大きなぬいぐるみを見つめながら英二が答える。
「さあ、どうなんだろうねえ。奴等の追跡を全力で走って振り切る事が出来れば、そのまま生き残れる可能性もあるが……」
「とにかく無事であって欲しいな」
和馬達が避難者の無事を願いつつ事故車両の隙間を通り抜け様とした時、今までの静けさとは裏腹に何か羽音の様な音が聞こえ始める。
「ん?何だ?」
「これは……。ああ〜、やっぱり……」
事故車両を通り抜けた先には、和馬達の願いを裏切るかの様に犠牲者の遺体が累累と横たわっており、今まで黒山になって群がっていた蝿の群れが一斉に飛び立った事で黒ずんだ亡骸が姿を現す。
「ううっ。こりゃ、酷え」
「はあ〜。最悪だ……」
両手を荷物によって塞がれ、口元に手を当てる事が出来ずにいる和馬達は、少しでも臭気を吸い込まずに済む様、慌てて口呼吸を始め、遺体と飛び交う蝿の群れを少しでも避ける為に大きく迂回を始める。
『ここで、もう一度確認しておくか』
亡骸の群れを迂回後、遠方の再確認をする事にした雄太は、燃料携行缶を静かに下ろし、代わりに首から下げていた双眼鏡を左手に持つと目的のタンクローリーの更に後方へとレンズを向ける。
「タンクローリーの向こう側にも放置車両が並んでいるだけで人影は無しか。しかしさあ、ここは市街地に近いとはいえ、住宅が周りに全く無いのはラッキーだったよ」
「ええ。そうですね。ん?おっと、こいつは……」
和馬が思わず身構え、銃口を向けた先には、側溝へと脱輪し車体を傾かせたワゴン車が放置されており、前後バンパーを大きく凹ませ、周囲の車両を巻き添えにする形で破損させている状況からみると、どうやら渋滞から強引に抜け出そうとした結果、失敗した上に脱輪事故を起こした様であった。
『多分、かなり慌てていたんだろうけど、そうだとしても随分と迷惑な車だよな。あれじゃ、事故っても仕方無いだろう』
やれやれといわんばかりに肩を竦めた和馬は、脱輪事故を起こしたワゴン車へと近づくにつれて、ドアが大きく開け放たれた状態の車内から何やら物音が聞こえて来る事に気づく。
『何だ?まさか、感染者がいるのか?』
ただならぬ物音を耳にした事により和馬の緊張はここで一気に高まり、足を止めると素早く銃口を車両へと向けて身構える。
「和馬君、聞こえたか?」
やや離れた位置を歩いていた英二もこの物音には気付いたらしく、足音を極力立てぬ様、静かに和馬の隣側へと近づくと燃料携行缶を下ろし、肩へと掛けていたクロスボウを手に取りながら更に小声で囁く。
「何かいるな。あそこに」
「ええ。みたいですね。気は進みませんが、確かめましょう」
「そうだな」
一体、音の発生源が何なのかを確かめ、尚且つ脅威対象であるならば速やかに排除する為に和馬達は銃口を車両ドア側へと向けたまま、一歩ずつ慎重に車両へと近づいてゆく……。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第62話「燃費調達3」はいかがだってでしょうか?
次回は、話の不気味度が更に増していきます。
一応、内容的には閲覧注意という事で、グロ耐性の無い方はご注意を!
それでは、次回また会いましょう!