(6) 裏切られた期待
御愛読して下さっている皆様、お待たせいたしました。
今回は、探索編の後編です。
それでは、第6話の始まり、始まり。
探索を終了したログハウスを後にし、次の目標へと向かって歩き始める5人の前には、まるで、野球でも出来そうな程の広大なスペースが広がり、更に先には、大きな倉庫の様な建物が見えてくる。
ジリジリと、まるで容赦の無い程の日差しが照りつけて来る中、駄々広いスペースの中央を歩いて行く5人は、目指す建物へと、徐々に近づいてゆく。
遠目では、良くわからなかったものの、実際に、こうして近づいてみると、その建物は、3階建ての建築物程の高さがあり、規模としては50m程の建て幅と奥行きを持った、まるで航空機の格納庫にも似た外観の大型倉庫である事がわかった。
建物全面には、石膏をベースとして作られた白いスレート板が貼られ、正面入口に、縦横3m程の横スライド式シャッターを持つ、大型倉庫の前に5人は立った。
「外観は、航空機用格納庫に似ているけれど、シャッターの大きさからいうと製品倉庫といった所かな」
和馬は、自分の勤務先の工場にも、同じ様な規模の倉庫があった事を思い出す。
「製品倉庫ねえ。和馬君。まさか、入ってみたら、さっきみたいに食料倉庫だったって事は無いよねえ」
和馬の隣に立ち、倉庫の外観を見回している大島は、先程の結果を思い出し、早くも嫌な予感がしている様だ。
「いや、大島さん。中に入ってみる迄は、何ともわかりませんよ」
実は、この時、和馬自身も大島同様に何やら、嫌な予感がしていたが、ここは、あえて、みんなの不安を煽る様な発言は控え、無難な返事を返した。
「よし。とにかく、みんな入ってみようぜ」
ここで、4人の前に出た雄太が、目の前にある、スチール製スライドシャッターの取っ手を握り、ゆっくりと横へと引っ張り始める。
「おっ!こいつは、なかなか重さがあるぞ」
縦横の大きさがあり、頑丈に作られている、このシャッターは、見た通りの、それなりの重量がある様で、ここで雄太が更に力を込めて引っ張ると、シャッター下部に取り付けられた車輪が軋み音をたてながらも、ゆっくりとレール上を転がり始め、徐々にシャッターが開き始めた。
「よし、それじゃ、中を見てみるとするか」
重いスライドシャッターを最後迄、開ききった雄太は、早速、倉庫の内部を覗いてみる。
「中は、どんな感じですか?雄太さん」
「う〜ん。そうだなあ。棚が、結構いっぱい並んでいるだけで、人の気配は全く感じられないなあ。あと、棚の上には、また段ボール箱やら、何やらが、大量に置かれているよ。ほら、みんなも覗いてみるといい」
「どれどれ」
シャッター開口部まで歩き、雄太の横へと立った4人は、そこから中を覗いてみる事にした。
倉庫上部に取り付けられた大きな採光窓からは、明るい陽の光が差し込み、広々とした中の様子をはっきりと照らし出していた。
静まり返った倉庫内には、今の所、人の気配は無く、代わりに数多くの大きなスチール棚が整然と並べられ、棚の上には、見覚えのあるベージュ色の段ボール箱が大量に置かれている。
「随分と棚があるわねえ」
余りの棚の多さに、少し気になった礼菜と麻美が端から1つずつ数えてみると、ざっと100台は置かれている様である。
「ここにある棚の数も凄いけど、あの大量に置かれている段ボール箱も気になるわね。いったい何が入っているのかしら?もしかして、また食料?」
「う〜ん。まだ、中身については、何ともわかりませんね。とにかく、中に入って箱を開けてみましょう」
「そうね」
先に倉庫へと入って行く和馬に続き、4人も中へと足を踏み入れる。
静まり返った広い空間に5人の足音が反響し、その音が気味悪く感じられたのか、怯えた麻美が思わず礼菜の腕にしがみつく。
「礼菜先生」
「大丈夫よ。麻美ちゃん」
「うん」
礼菜は、怖がる麻美を落ち着かせる為に、しがみついている麻美の手の上に、そっと自分の手を重ねた。
「礼菜さん。その段ボール箱を開けてみますよ」
「わかったわ」
一番手前に並べられた棚の前へと立った和馬は、棚板の上に乗せられている段ボール箱へと手を伸ばすと、両手で抱えながら、ゆっくりと床へと降ろした。
「ふ〜う。こいつ、結構、重さがあるなあ。まさか、これも缶詰か?」
先程のログハウスに置かれていた缶詰入りの段ボール箱と同じ位の重量を感じた和馬は、首を傾げつつも、箱の上部を封じていたガムテープを指先でつまみ上げ、一気に剥がすと、そのまま箱を開けた。
「おっと、やっぱり缶詰か」
開けられた段ボール箱の中には、和馬の予想通り、円筒形の金属缶が6個ばかり、頭を覗かせている。
和馬は、箱に収められた金属缶の中から、1つを掴むと、そのまま箱から取り出した。
「ん?こいつ、缶詰にしては、随分と重さがあるぞ」
「和馬君。何だ、そりゃあ。それ、缶詰にしては、やたらと大きくはないかい?」
和馬が、両手で持ち上げている金属缶を見て、大島が不思議そうに声を上げる。
確かに、この金属缶は、おおよそ3リットル程の容量があり、見た目、缶詰というよりも、どちらかというと、ペンキ缶にイメージが近い。
「いったい、中に何が入っているんだろう?」
金属缶の中身が気になった和馬が、缶を横に向け、側面を見てみると、全体的に白いペイント塗装が施され、大きな字体で「防災用備蓄燃料」と表記されている。
正面には「ガソリン」、反対側には「CAUTION」と注意表示された金属缶を見つめながら、和馬は、以前、テレビの防災特集で、これと同じ物が紹介されていた事を思い出した。
「あっ!こいつは、防災用のガソリン缶詰だ」
「えっ?何それ」
ガソリン缶詰という余り聞きなれない言葉に対し、和馬の側にいた礼菜が不思議そうな表情を浮かべながら、聞き返す。
「ガソリンの缶詰?初めて聞いたわ。そんな物があるの?」
「以前、テレビの防災特集で、これが防災用品として紹介されているのを見た事があるんです。製造過程で、缶の密封前に脱酸素の為に窒素パージをしてあるから、中身が変質しにくいし、それによって長期間の保存が可能なんだそうです。ほら、ここに保存期間が3年と書いてあります」
「本当だわ。ガソリンって、こんな形で保管しておくと、結構、持つ物なのね。和馬君、他の段ボール箱にも、同じ物が入っているのかしら?」
「ちょっと見てみましょうか」
「よし、俺達も他の箱を開けてみようぜ」
和馬、雄太、大島は、それぞれ別の棚から、段ボール箱を床へと降ろし、箱を開けてみる。
「こいつは、軽油の缶詰だな」
「この箱には、充電式の電池が、ぎっしり入っている」
「こっちには、ライトやガソリンランタンが入っていますよ」
どうやら、各棚ごとに、段ボール箱に収められている中身がそれぞれ違う様だ。
他にも、別の棚にて、工具類や発電機の類いも見つかり、この場所に置かれている段ボール箱の数は、ざっと計算しただけでも、1500個は、ある事がわかった。
この倉庫内に置かれた物資の余りの多さに驚いた大島が、首を傾げながら呟く。
「まるで、ここは、防災用品の見本市だな。軽油にガソリン、バッテリー……。今、ここにある物資は、ざっと見ただけだけでも相当な量があるぞ。さっきのログハウスにあった食料と合わせると、1年以上は、余裕で暮らしていける量があるんじゃないか。ただ、気になるのは、一体、何の為に、こんなに備蓄してあるんだろう?」
今の大島の言葉を聞いて、和馬はハッとする。
『ログハウスにあった大量の食料。そして、今、ここにある燃料と物資。これら全てが、俺達5人の為に、あらかじめ用意されていた物資だとしたら……。更に、もしも、この後の探索でも、誰も見つからず、連絡手段さえも断たれたままだとしたら、これは、もう隔離というよりも、見捨てられ、置き去りにされてしまったと考えるべき何じゃないか?もちろん、まだ探索の途中だから、希望が無い訳では無いけれど、そういった事も一応、覚悟しておかなければ、ならないだろうな』
これから先の事を色々と考えていた和馬だったが、ふと横を見ると、雄太と大島も同じ事を思っているのか、両腕を組んだまま、考え込んでいる。
『やっぱり、雄太さんや大島さんも不安なんだな』
このまま、しばらくの間、考え込んでいた3人の間には、沈黙が流れていたが、突然、聞こえてきた麻美の大きな声によって破られる事となった。
「和馬お兄ちゃん。そこに階段があるのを見つけたから、私、礼菜先生と一緒に2階を見てくるね」
「うん。わかった。俺達も後から行くからね」
「うん」
「それじゃ、私達は、先に2階へ行ってくるわね」
礼菜は、そう言って、麻美と手をつなぐと、一緒に2階へと階段を上がって行き、その後ろ姿を見つめながら、和馬は、側に立つ大島に話掛ける。
「麻美ちゃん、さっきまでは、この場所を怖がっていたみたいだけど、少し元気になった様ですね」
「そうだね」
「ところで、礼菜さんと麻美ちゃんは、とても仲が良いですね。なんだか、元、同じ幼稚園の先生と園児というよりも、どちらかというと、姉妹の様な感じがするなあ」
「やっぱり、そう思うかね。実は、私も同じ事を思って聞いてみたら、元々、家が近所なんだそうだ。それぞれの親同士も友達で、時々、礼菜さんの家族が麻美ちゃんを預かってあげる事もあるみたいだよ」
「なる程ね。どうりで仲が言い訳ですね」
和馬は、麻美が、まるで家族に接するかの様に、礼菜に甘えている姿を見て、余りの仲の良さに、正直、不思議にも感じていたのだが、今の大島の話を聞いて納得した。
「ねえ、和馬お兄ちゃん。来て、来て。ここにも、何か、いっぱいあるよ」
ここで、雄太も話に加わり、男3人で会話を続けている所に、2階から和馬を呼ぶ、麻美の声が大きく聞こえてくる。
「ほら、和馬君、呼んでるぜ」
「それじゃあ、俺達も2階へ上がってみるとしますか」
「そうだな。よし、行ってみよう」
和馬達3人は、壁際に設置された金属製階段を使い、礼菜達のいる2階へと上がってゆく。
「ああ、こりゃあ、1階と大して変わらんなあ」
2階へと上がって来た和馬達3人の目の前には、スチール棚が床のスペース全体を使って並べられており、その光景は1階とほぼ同じ物であった。
すぐに和馬は、周囲を見回して、自分達5人の他に誰かいないか確認をするが、残念ながら、姿を見つける事は、出来なかった。
「もう、この倉庫が探索最後の建物なんだよな」
結局、他の人を見つける事が出来ず、がっかりした口調で呟く和馬の肩に雄太が、そっと手を乗せる。
「結局、人は見つからなかったけど、まだ現在地を知る手掛かりや連絡手段だって見つかるかも知れない。和馬君、余り気を落とさずにいこう」
「そうですね。諦めるのは、まだ早い」
「そう、そう。その心意気だよ」
雄太は、和馬を元気づけるかの様に、二度程、軽く肩を叩くと、棚の方へ向かって歩いていった。
棚の前では、麻美が何か紙袋の様な物を持って立っており、雄太と共に歩いて来た和馬の姿を見ると、すぐに駆け寄ってきた。
「和馬お兄ちゃん。ねえ、見て、見て。これ、お野菜の種だよ」
「どれどれ」
麻美が差し出した小袋を受け取った和馬は、早速、袋を開封し、中を覗いてみる。
袋の中には、確かに細かな黒い種子が入っており、袋の表には「小カブ」と表記されている。
「これは、カブの種か。麻美ちゃん、種は、まだ他にもあるのかい?」
「うん。他の箱にも、いっばい入っているよ」
麻美が、そう言って指差す先には、段ボール箱から、幾つか袋を取り出し、両手で持つ礼菜の姿があった。
『もしかして、この段ボール箱、全てに種入り袋が入っているのか?』
すぐ近くに置かれた棚まで歩いて行った和馬は、麻美の言葉を確かめるかの様に幾つかの箱を開け、中を覗く。
「本当だ。どの箱にも種が入っている」
麻美の言う通り、それぞれの段ボール箱の中には、各種野菜の種子が入った紙袋が大量に詰め込まれており、今の和馬の呟きを聞いた雄太と大島は、思わず首を傾げた。
いったい、何の目的で、これ程の野菜の種子が大量に置かれているのか、その理由が、雄太も大島も、いまいち良くわからない。
ただし、和馬達に思い当たる節が、全く無い訳でも無く、この倉庫へ向かう途中で、離れた場所に広い範囲に渡って広がる畑らしき物も一応、確認はしていた。
もし、あのエリアが、全て耕された畑だとしたら、この倉庫に大量の種子が置かれている点と一応は、辻褄は合う。
「もしかして、連中は、俺達に暇潰しの為の家庭菜園でもやれって言っているのか?」
種子入りの袋が詰まった段ボール箱を見つめながら、雄太が、やれやれといったいった感じで呟く。
「いや、雄太君。多分、それは違うなあ。ほら、この種子の量、種類の多さから考えると、こいつは完全に家庭菜園のレベルを越えてるよ。おまけに別の棚には、充分な数の農機具まで置いてある。更に、ここから奥の方には、広大な面積の畑の様な物も見えていたし、こいつは、本格的な農業を私達にやらせ様としているんじゃないのか?」
元々、農業従事者である大島は、今、ここに置かれている農業資材を見ただけで、どの程度の規模で作付けが可能なのかを既に理解している様だった。
「相手の狙いが、いまいち良くわからないんですが、本格的な農業をやるって事に、一体どんな意味があるんですか?」
「う〜ん、そうだなあ。この規模で、作付けから収穫までを全て行う事で、ある程度の食料自給を考えているのかも知れないな。まあ、その事でなんだが、和馬君、雄太君、ちょっと小声で話したいんで、耳をかしてくれないか」
「あ、はい」
大島に手招きされ、和馬と雄太は、側へと耳を近づける。
「ちょっと、ここだけの話なんだが、もう君達は、気がついているかも知れないけれど、前に見た大量の食料と生活物資、そして、農業による食料自給の可能性、これらを全て、ひっくるめて考えると、何やら嫌な予感がしてこないかい?」
「ええ。確かに、相手が嫌でも俺達をここに留まらせておくつもりの様に思えますよ」
「もう、ここでの長期間の生活を相手が望んでいるとしか思えませんね」
声を潜めながら、聞いて来る大島に対し、和馬と雄太も同意見で答える。
「そうか。なら、私達3人の意見は合ったな。私も相手側の意図として、ここでの長期間の滞在を想定しているとしか思えない。特に、あれだけある農業資材を見た時にピンときたよ。こいつは、私達に、ここで食料自給をやらせて、当面はここから帰すつもりは無いってね」
「やっぱり、俺達をここに隔離するつもりなんですかね?」
「まだ、俺達が病気だと確定した訳じゃないから、隔離とは、断言出来ませんけどね」
「でも、まあ、それに近いという事だな。まだ、この後も、他の設備への探索は、続けるけれど、ここの位置を特定出来る情報や連絡手段については、見つからないと思っていた方が良いと思う」
「ええ。その辺りは、覚悟しています」
「ただし、まだ、確定した訳では無いから、これは、ここだけの話という事で」
「そうですね」
3人は、お互いの目を見ながら頷く。
「ああ〜っ。男3人で何を話しているのかな〜?」
棚に置かれた段ボール箱の中身をざっと確認し終えた礼菜と麻美が、和馬達3人の元へと歩いて来る。
「いや、さあ。これで、倉庫内の探索も終わったし、もう、ここを出て、他の設備を調べようと思ってね。その事で、3人で話していたんだ。なあ、和馬君」
「ええ。そろそろ、次を調べるとしましょう」
「そうね。それじゃ、外に出るとしますか。さあ、麻美ちゃん行きましょう」
「うん」
礼菜は、麻美と手を繋いだまま、先に階段を降りてゆく。
「それじゃあ、俺達も外に出るとしますか」
「そうだな」
ここで、和馬達3人も礼菜達の後に続いて階段を降りて行き、情報的には、何も得る物が無かった、この倉庫を後にした。
倉庫から出た5人は、照りつける日差しの中、急な眩しさに目を細めながら、今度は、ログハウス後方に設置された設備群を目指して歩き出す。
これから、5人が向かう先には、黒い大型ソーラーパネルが20基程、地面へと設置されて、ずらりと並んでおり、更に少し離れた位置には、垂直に伸びた3本の支柱の上に取り付けられた3基の風力発電機のプロペラが、ゆっくりと回っているのが見える。
周辺を見回してみても、外部から延びる送電ケーブルが一切見当たらない事から、どうやら、ログハウスに供給されている電力は、電力会社の送電による物では無く、全て、この設備での自家発電によって、まかなわれている様である。
ここで、更に設備へと近づいて確認してみると、自家発電された電力は、変電設備と蓄電設備を経由して、ログハウスへと送電されており、蓄電設備の隣には、大型ディーゼル発電機も設置され、蓄電設備とケーブル接続されている事から、恐らく夜間や無風時に発電量より、電力使用量が上回り、蓄電量が下がった場合には、自動で起動し、発電をするのであろう。
もちろん、ディーゼル発電機を稼働させる場合には、当然の事ながら、燃料となる軽油が必要になる訳だが、先程の倉庫には、20Lジェリ缶(金属製燃料携行缶)の荷姿で大量に保管されていた為、必要に応じて、ここから使用する事になるのだろう。
ただし、これだけ大量に可燃性危険物を保管するとなると、危険物保管に適した保管場所と消火設備、更には消防庁の認可が必要となる訳だが、見た所、その様な考慮は、全くなされてはいない様である。
「結局は、違法に燃料を置いてある訳か」
倉庫の方を振り返った和馬は、やれやれと、少し呆れた口調で呟く。
「なあ、和馬君。こっちには、井戸があるぞ」
雄太が、そう言いながら、指差している先には、深井戸と小型貯水タンクの設備があり、ここで使用される生活用水の全ては、この深井戸の揚水ポンプで地下水を汲み上げた後、一度貯水タンクへと貯めてから、次に送水ポンプを使って供給されている様である。
『そういえば、ここにある設備は、共通点があるな』
設備を一通り見た和馬は、この地のライフラインそのものが、外部からのライン供給には頼らずに、自己で全てをまかなっているという特徴に気付く。
いったい、何故、外部からの直接供給を受けずに全てを自己でまかなっているのだろうか?
その辺りの疑問について、考えてみると、この場所は、ライフラインによる外部供給が困難な、まるで社会から隔絶された孤島や僻地なのではないかとも思えてくる。
更には、電話や無線機などの通信機器、テレビやラジオといった情報ツールが無い事も、孤立している感覚に追い打ちをかける。
ただ、唯一、救いだったのは、この地で生活をしていく事だけを考えた場合、生活に必要な設備と食料が予め揃っていたという点だ。
流石に、これだけ充分な備蓄があれば、当面は、暮らしてゆく事に不自由さは感じられず、恐らく1年程度であれば、外部からの補給無しに充分に生活は可能であろう。
「もう、ここで暮らすしかないんですね」
和馬が、向こう側に広がる畑を見つめながら、力無く呟く。
「そうだな。結局、人も電話も見つからなかったからなあ」
「探索の最後に残っているのは、広い畑と小屋だけか。よし、みんな、一応行ってみよう」
雄太の言葉に、全員が頷き、今度は畑を目指して歩き出す。
「やっぱり、耕された畑だったか」
一番先に畑へと到着した大島は、畦に屈み込むと、細かく耕された畑の土を手に取った。
「水はけの良さそうな、良い黒土だな。これも、私達に用意してあるという訳か」
「随分と綺麗に耕されていますね」
「そうだね。この土は、作物を植えるのには、もってこいの良い土だよ」
大島は、そう言って立ち上がると、面積にして3000坪はあろうかと思われる広い畑を見回した。
「既にもう、野菜が植えられている箇所もありますね」
額に滲んだ汗を拭いながら、和馬が指差した先には、支柱が立てられた箇所にキュウリやトマト、ナスといった夏野菜が植えられており、もう既に実がたわわに実っているのが見える。
「ねえ、ねえ、礼菜先生。あの小屋へ行ってみようよ」
麻美が礼菜の手を引っ張りながら歩いて行く先には、柵で囲まれた大きな小屋が2つ建っており、どうやら、中で動物が飼われている様である。
「2つの小屋には、それぞれ違う動物が飼われているのね」
礼菜が覗き込んだ2つの小屋の中には、ヤギとニワトリが別々に飼われており、数えてみると、ヤギは10頭、ニワトリは20羽位はいる様である。近づいて来た人間に気付き、特徴ある鳴き声を上げ始めた白いヤギを間近で見た麻美は、余程、珍しかったのか、嬉しそうにはしゃぎ、礼菜も、その姿を横で見ながら微笑んでいる。
「動物か。癒されるね」
「ヤギは乳。ニワトリは、卵と肉が目的といった所だな。ところで、あの畑を見て気になったんだが、あれだけ、丁寧に耕されている所を見ると、トラクターか何かを使ったと思うんだけど、いったい、どこに置いてあるんだろう?」
「大島さん。それなら、ほら、あそこに青いシートが掛けられた、何か大きな物が置かれていますよ。あれが、トラクターじゃないですか」
和馬が、そう言って指差す先には、確かに青いビニールシートで覆われ、一部だけタイヤを覗かせた、車両らしき物が1台置かれているのが見える。
「ああ。あれは、確かにトラクターぽいな。よし、行ってみよう」
動物小屋のすぐ隣へと歩いて行った大島は、置かれている車両らしき物に掛けられたビニールシートを掴むと、ゆっくりと引き上げてみた。
引き上げられたシートの内側には、パドルタイプの突起物が取り付けられた大径タイヤを4輪備えた、青いボディーの小型車両が姿を覗かせている。
「やっぱり、トラクターか。型式からみると、4サイクルガソリンエンジン搭載の古いモデルだな」
「大島さん。一目でわかっちゃうんですね」
「なあに。雄太君。自分の家でも、このトラクターの1つ前のモデルを使っていたんだよ。こいつが1台あれば、耕運作業するのにも重宝するし、農家にとっては必需品なのさ。そういえば、あれを見てごらん。後ろに耕運作業用のアタッチメントも取り付けられている」
「あっ、本当だ」
ブルーシートの後ろ側をめくる雄太の目の前には、トラクターの後部にセッティングされたロータリーと耕運作業用の金属製の大きな幾つもの爪が姿を見せている。
「爪が取り付けられたロータリーを回転させて、土を耕すって訳さ」
「なるほどね」
ここで、めくっていたブルーシートをまた元通りに下げた雄太は、和馬と大島の方へと向くと、静かにこう言った。
「さて、これで全ての施設を一通り見た訳ですけど、この後は、どうします?」
「う〜ん。もう、調べる事は、何も無い訳ですし、これで探索を終了して、ログハウスへ戻るしかありませんね」
肩をすくめてみせる和馬を見ながら、大島は渋い表情で答える。
「結局、今日の探索は、空振りだったな。この後は、もう各自自由行動にして、今夜にでも、今後の事を話し合おう」
「そうですね」
今朝から行った探索により、施設の全容を知る事だけは、出来たものの、人を探し、連絡手段を確保するという本来の目的は、全く達成出来ないまま、探索は終了した。
こうして、5人の期待は、早くも裏切られ、この地で孤立しているという現実を受け止めざるを得ない結果となったのであった……。
最後まで、読んで頂きまして、ありがとうございます。
結局、脱出できるチャンスを期待していた和馬達にとっては、残念な結果となってしまいましたが、それでも、彼らは諦めません。
再び、彼らは、新たな探索を計画します。
次回、第7話「新たな探索の始まり」をお楽しみに!