(37) 館山基地の現実2
読書の皆様、お待たせいたしました。
今回は第37話「館山基地の現実2」をお送りいたします。
それではどうぞ!
幸いにもネットフェンスの支柱は頑丈に作られており、今の所は、フェンスが倒壊する可能性は低そうではあるが、感染者達が体重を掛けつつ、金網へと体を押し付ける度に金網がしなり、軋む様な嫌な音を立て続けている。
『ギシギシと嫌な音を立ててるな。このネットフェンス大丈夫か?ん?あれは……』
ここで、少しでも新鮮な血液にありつこうと大きな叫び声を上げながら、金網を揺さ振り続ける感染者達の中に顔の一部や指が欠損している者が、多数混じっている事に和馬や雄太は気付く。
「雄太さん。感染者達の中に鼻や耳が無くなっている奴がいる」
「ああ。ついでに指もな。恐らく、感染前に体の柔らかな部分を真っ先に感染者に噛み千切られちまったんだろう」
「という事は、噛まれてから、発症したという事ですか?」
「まあ、そういう事になるな。どうやら、見た所、感染者同士がお互いに傷付け合う事は無い様だから、そうなれば、奴らに噛まれた事が直接の発症原因だと考えるべきだろう」
「成る程ね。しかし、不思議なのは、襲って来たと考えられる感染者が一体どうやって基地内に侵入したのかって事なんですよね」
「確かに、そこが不思議なんだよなあ。う〜ん。感染者の侵入経路が、いまいち解らんなあ」
基地境界線一帯に厳重に設置されたネットフェンスを見つめながら、雄太は思わず首を傾げる。
確かに見た所、ネットフェンスには破られたり、破壊された形跡は無く、もしも仮にフェンスを感染者に突破され、侵入されたとしても、あらかじめ設置された対人センサーと警報装置の作動により、たちまち駆けつけてきた歩哨によって、即座に対処されてしまう事だろう。
そう考えると、基地内での感染者の発生原因がフェンスの突破による侵入である可能性はかなり低くなる。
ならば、所属している隊員が、基地内で空気感染し、そのまま発症した可能性についてはどうか?
この場合、感染した時点で、第1期症状を発症し、すぐに昏睡状態へと陥った事が考えられるが、もし、激症型殺噛症に関する詳細な情報が早急に自衛隊側へと伝達されていたのだとしたら、後々、覚醒し、脅威対象になるとわかっている殺噛症患者をそのまま基地内へ入れておく筈が無く、昏睡状態の段階で、逸早く基地の外へと搬出した可能性が高いとみるべきだろう。
そうなると、感染者に対する万全な侵入防止対策が打たれた事となり、基地内への侵入は、まず、不可能にも感じられるが、一見万全の様にみえる対処でも、必ず、どこかに盲点や落とし穴はあるものだ。
そう、どこかに必ず……。
しきりにネットフェンスに血塗れの体を押し付け、大きく歯を剥き出しながら、叫び続けている感染者達を観察していた和馬は、ここで、ある事に気付く。
「あっ!そうか!そういう事なのか」
「どうした?和馬君。何か、気付いたのかい?」
「ええ。ほら、雄太さん。見て下さい。あの感染者達の体の傷と欠損箇所を」
「ん?確かに体の一部を食いちぎられたり、深く歯形がついている者もいるが、それが、どうした……。あっ!まさか!」
「ええ。そのまさかですよ。これは、あくまでも、俺の推測なんですけど、基地の外で展開中だった隊員が感染者に襲われて噛まれた後に基地の中へと入ったんじゃないかと思うんですよ」
「確かに負傷した隊員をヘリコプターで基地へと搬送するケースは充分に有り得る話だし、噛まれた事でも発症すると解っていなければ、ノーチェックで基地へと入れる訳だよな」
「ええ。恐らく、噛まれた人は、個人差はあれども、すぐには症状が出なかったんじゃないかと思うんです。その証拠に、ほら、手当てを受けた跡がある者がいます」
そう言って、和馬が指差す先には、迷彩服姿の感染者達に混ざって、確かに傷口への手当ての為に白い包帯がしっかりと巻かれている隊員の姿も見える。
「もし、俺の推測が正しいのだとしたら、負傷後、少し時間が経過してから、突然、発症して転化、感染者と化して襲いかかってきた……」
「つまり、昏睡段階である、第一期症状を飛ばして、いきなり第二期症状を発症する訳か。そいつは、かなり厄介だな」
「ええ。噛まれた場合でも、すぐに発症するのならば、即座に対処も出来るんでしょうけど、症状も出ずにそのまま基地へと帰投したとなったら、確実に基地は、まずい状況へと追い込まれますよ」
「そうだな。これでは、基地内に時間差で作動する爆弾を仕掛けられたのと同じだもんな。後は、いきなり感染者へと転化した元同僚に不意討ちを食らって基地は全滅という訳か」
「ええ。こういった大規模な作戦行動を遂行している場合は、海自も陸自も空自も共同展開という形で基地を共用するケースが増えますから、もし、俺の推測が正しかったら、この館山基地と同じ事が日本各地の自衛隊基地でも発生している可能性が高いですよ」
「自衛隊基地だけで無く、全国の避難所でもな」
もしも、この館山航空基地が、和馬の推測通りに感染者に対する情報不足が引き金となって壊滅へと追い込まれたのだとしたら、日本各地の基地や病院、避難所においても、全く同様に感染被害者をわざわざ安全区域内へと入れてしまっている可能性は高く、今まで安全地帯だと考えられていた場所において、既に阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられている事は、容易に想像できる。
「もう、離島以外に安全な場所なんて、無いんじゃないのか?」
ネットフェンス側から聞こえて来る騒ぎ声を聞きつけて、次々と兵舎から外へと飛び出し、こちら側へと向かって走って来る感染者達を見つめながら、和馬はポツリと呟く。
「確かにな。さてと、期待していた、この基地は、残念な結果となってしまったけれど、いつまでも失望して、ここに留まっている訳にもいかないし、俺達はそろそろ千葉市へ向けて出発するとしようか」
雄太の言葉を聞きながら、ここで、あわよくば、基地内に残されている燃料や銃・弾薬を上手く入手する事は出来ないものかと、ふと思った和馬であったが、この次々と集まって来る感染者の数を考えたら、基地内へと進入する事自体、到底無理な話であり、最早、この場への長居は無用であった。
「そうですね。雄太さん、行きましょう」
「よし。さあ、千葉市へ向かうぞ」
本来の目的地である千葉市へと向かう為、ハンドルを大きく右へと切り、トラックをUターンさせた雄太はアクセルを踏み込みつつ、陥落した館山航空基地を後にした……。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第37話、いかがだったでしょうか。
次回は、ルート選択についての話をお送りする予定です。
それでは、次回をお楽しみに!