(36) 館山基地の現実1
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回は、第36話「館山基地の現実」をお送りいたします。
それでは、どうぞ!
砂浜が続く北条海岸沿いの沿岸道路を州の崎方面へと向けて走行を続ける和馬達の前方には、最初に目指す目的地である海上自衛隊館山航空基地の正面通用ゲートが見えてくる。
今、和馬達が立ち寄ろうとしている、この館山航空基地とは、ヘリコプター専用飛行場としては、国内最大規模の面積を誇る軍用基地であり、対潜哨戒ヘリコプター「シコルスキーSH−60シーホーク」を多数運用する海上自衛隊のヘリコプター専用基地でもある。
この基地も平時であるならば、正面通用ゲートにおいて警務隊が警備に付き、スライド式ゲートとタイヤ止めによって、侵入を図ろうとする不審者への厳重な対処を行っている筈なのであるが、何故か今は、いる筈の警務隊の姿は無く、代わりにゲート前には感染者侵入阻止の為、幾重にも強固にバリケードが組まれ、更に有刺鉄線が絡み付く様に張り巡らされた状態となっている。
「和馬君、さすが軍事基地だねよえ。感染者対策に凄いバリケードが組まれている」
「ええ。これだけ厳重なら、感染者も簡単に侵入は出来ないでしょう」
トラックを徐々に減速させ、正面通用ゲート前に一時停車させた雄太は、ハンドルに両腕を持たれかけさせると、目の前にて3m程の高さに組まれ積み上げられている十字型鋼鉄製バリケードを繁繁と見つめ始める。
「バリケードは随分と凄いんだけど、何故か、ここに歩哨はいないんだなあ」
「う〜ん。普通は警務隊が、ここにいる筈なんですけどねえ。どうしたんだろう?」
「見た所、既にゲートとしては、使うつもりが無い位にバリケードを組んであるから、もう警備をする必要も無いと判断したのかな?」
「う〜ん。どうなんですかねえ。雄太さんの言う様に警備の必要性が無くなったのか、ただ単に、人手不足で別の箇所に今、駆り出されているのか……。まあ、その辺の事情については、もう少し先のヘリポートまで行ってみれば、解るかも知れませんよ」
「そうだな。それで、ヘリポートに行くには、ここを曲がればいいのかい?」
「ええ。このまま、右側へと曲がって下さい」
「わかった」
再びアクセルペダルを踏み、ハンドルを右側へと切った雄太は、基地の敷地境界線に沿って続く細い道路へ入り、更にトラックを前進させ始める。
「あっ!和馬君。あれがそうか!」
「ええ。ヘリポートですね」
目標まで次第に近づいた事で左手前方に見えて来た航空基地内には、ヘリポートの他に大型格納庫や兵舎が建ち並び、基地周囲を通る道路との敷地境界線には、外部からの侵入防止の為、有刺鉄線付きの頑丈なネットフェンスが延々と張り巡らされている。
「ようし。到着したぞ」
ヘリポートが最も間近に見える位置まで、トラックを前進させた雄太は、ネットフェンス沿いにトラックを停車させた後、ギアを一旦ニュートラルへと入れ、そのままサイドブレーキを引いた。
アイドリング状態の車内からネットフェンス越しに基地内の確認を始める2人の視線の先には、広大な面積のヘリポートに駐機する3機のSH−60シーホークヘリコプターの白い機体が見え、ここより更に右側へと視線を移動させた先には、停車中の給油トラックと、その傍らに集まる40〜50人程の集団の姿があった。
「おい、見ろよ。和馬君!自衛隊の人がいるぞ!」
「おおっ!本当だ。ここにまだ自衛隊員がいるって事は、やっぱり、この基地は機能していたんだ」
「よしっ!これなら、まだ、この世界も感染者に対して、完全に成すすべが無い訳じゃないって事になるよな。こうして、基地が機能さえしていてくれれば、反撃のチャンスだってあるしな」
和馬と雄太は、まだ自衛隊基地が生き残っている事で、感染者への大規模な反撃ができる可能性が充分にある事を確信し、思わず歓喜の声を上げた。
現在の様な、こういった非常事態への対応に優れ、尚且つ、充分な銃火器類を備える自衛隊基地ならば、今も機能し続けている事は充分に考えられる話であり、特に、この様な航空基地は災害時において、威力を発揮するヘリコプターを多数運用している事から、最重要な拠点として、まだ存続している可能性は非常に高い。
ただし、そう考えた場合、本来ならば、もっと基地内が非常に騒然とした状況になっている事が予想されるのだが、実際はその様な訳でも無く、妙に一帯が静か過ぎる事がどうも気に掛かる。
この基地へ来る前までの和馬達の予想では、もっと、他の基地の所属ヘリコプターも多数飛来し、激しいホバリング音を響かせている光景を想像していたのだが……。
「雄太さん。何か、おかしいと思いませんか?」
「ああ。確かに、やけに静か過ぎるのが気になるな」
ここで、首から下げていた双眼鏡を手に取った雄太は、レンズをヘリポート内にいる集団へと向け、詳しい状況確認を開始する。少しの間だけ、双眼鏡を覗き込んでいた雄太は、大きく溜め息をつきながら、そのまま顔を下げると、何故か無言のまま、和馬へと双眼鏡を手渡した。
「雄太さん。どうしました?」
「和馬君。残念ながら、ここも駄目だ」
「駄目?えっ?駄目って……。そんな馬鹿な!」
もしかすると、これから、今よりも状況が好転するのではないかと考えていた和馬にとっては、今の雄太の言葉は、全く予想外の話であり、少しばかりのささやかな希望から一転して、今度は一気に不安を掻き立てられる事となった。
これは、和馬本人にしてみれば、いくら外の状況があんな有り様だとはいえ、武器・弾薬類が整っている軍事基地だけは生き残り、
問題無く機能している筈だと考えていた為であり、全く予想に反し、最後の砦ともいえる軍事基地でさえ既に壊滅しているという事は、より事態が悪化の方向へと向かっている事を意味しているに他ならない。
まだ、雄太から告げられた事実について、信じられない様子の和馬は、雄太から手渡された双眼鏡のレンズを基地内へと向け、今度は自分の目で確認を行うが、その姿は皆一様に全身血塗れ状態であった。
『そんな……。ここも、駄目だったのか……』
結局、雄太の言っていた「駄目」という言葉に間違いは無く、基地陥落という厳しい現実を目の当たりにする事になった和馬は、落胆し、そのまま静かに双眼鏡を下ろす。
壊滅した基地の中から、叫び声を上げながら、トラックへと向かって走って来る感染者達は、張り巡らされているネットフェンスによって、すぐに行く手を阻まれる形となり、今度は、血に塗れた両手で金網をしっかりと掴むと、大きく腕を動かしながら、激しくネットフェンスを揺さ振り始める。
まるで、素手で金網を破ろうとでもするかの様にネットフェンスを前後に揺さ振り続ける感染者達であるが、激症型殺噛症の発症によって、過去の記憶だけで無く、知能までもが失われてしまっているのか、彼らの中には、誰一人としてネットフェンスをよじ登ろうとする者はおらず、ただ、ひたすらに金網を揺さ振るか、しきりに体当たりを繰り返すのみであった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第36話、いかがだったでしょうか?
それでは、次回もお楽しみに。