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(35) 偵察失敗 2

読者の皆様、お待たせいたしました。

今回は、第35話「偵察失敗2」をお送りいたします。

それでは、どうぞ!

「うわっ!来やがった!」



「雄太さん。すぐにここから離れないと!」



「わかってる!」



目の前にトラックを発見するや否や、そのまま勢い良く体当たりをして来た感染者達は、口元や服全体を赤黒く染め上げた悍ましい姿となって、狂った叫び声を上げながら、トラックのフロントガラスやドアを血に塗れた両手で激しく叩き始める。

ただ、ひたすらに血液のみを欲するという欲望のみで行動を続ける感染者達には、既に危険に対する警戒心すら持ち合わせてはおらず、まるでトラックを我が身一つで受け止め様とでもするかの様にフロント部分に体を寄せ、そのまましがみつく。恐らく、今の状態ならば、このままアクセルペダルを強くひと踏みさえすれば、簡単に感染者を轢き倒す事ができ、無事に脱出も叶うのだろうが、実際、運転を預かる雄太にとっては理性が邪魔してしまう事によって、どうしても、このままアクセルを踏み込む事が出来なかった。



「雄太さん。このままじゃ、まずいです。すぐに前進しないと」



「あ、ああ、わかってる。でも……」



外部から聞こえて来る激しい騒音と揺れる車内の中で雄太は、このままアクセルペダルを踏み、前に群がる感染者達を轢き倒すべきなのかを悩み戸惑う。

本来であるならば、この緊急事態の中、自分達を襲い、殺そうとしている感染者達に対し、躊躇などしている場合ではないのだろうが、相手がまだ同じ生きている人間だと考えてしまうと、どうしてもアクセルペダルを踏み込む事に対し、ためらいが出てしまう。しかし、それは仕方の無い事であろう。

なにせ、雄太が今まで生きてきた人生の中では、人を殺める事など考えもしなかったのだから……。

だが、そうは言っても、これからの世界は違うのだ。

2人が足を踏み入れた、この地獄と化した世界は、その優しさ、いや甘さが命取りになりかねないのだ。

確かに、雄太の気持ちは、充分に理解は出来るが、今は前進をためらっている場合では無く、すぐにでも行動に移らなければ、ますます状況は悪化してゆく事だろう。群がる感染者達の叫び声は、更に別の感染者達を呼び寄せ、結果、群れによって取り囲まれ、身動きの取れなくなったトラック内に閉じ込められた2人に残されるのは、「死」という結末だけなのだ。




『死……』




このままでは、いずれ訪れるであろう、最悪の結末を予感した和馬は、思わず大声を上げながら、雄太の肩を激しく揺する。



「雄太さん!雄太さんっ!」



「えっ?」



「アクセルを!早くアクセルを踏んで下さい!もし、駄目なら俺が運転を替わります」



「し、しかし……」



「いいですか、雄太さん。自分にも、雄太さんの気持ちは良くわかります。誰だって、人を傷つけたくはない。ましてや、人を殺すなんて……。でも、今の俺達が、この窮地を脱して生き延びる為には、嫌でもそうするしかない。そして、生き残るには、前に進むしかないんです」



和馬の強い決意の言葉を聞いて、雄太はハッと我に返る。




『そうだ。確かに和馬君の言う通りだ。今は、ためらっている場合じゃない。そして、俺達は、絶対に生き残るんだ!例え、その為に感染者を殺す事になったとしても』




これから、自分自身がどうあるべきなのか、その決意を固めた雄太は、和馬の目を見て頷くと、両手で力強くハンドルを握り締めた。



「ええい!畜生め!行くぞ!」



少しずつ、雄太がアクセルペダルを踏み込んでゆく事で、再びトラックは、エンジンの唸りを上げながら前進を開始し、フロント部分に群がり、激しくガラスを叩いていた感染者の何人かが、そのまま押される形で道路上へと轢き倒されてゆく。

その直後、アクセルペダルを踏む雄太の足に抵抗感が伝わり、それに伴いエンジン回転数も下がり始めるが、更にアクセルを煽る事によってエンジン回転数は再び跳ね上がり、車体の大きな揺れと共に何か柔らかい物に乗り上げた様な嫌な感触が伝わってくる。

ここで雄太は、道路へと出る為、ハンドルを左へと切った後、更にアクセルペダルを踏んでトラックを加速させ、そのまま感染者達の追跡を振り切る。





「ふ〜う。何とか、切り抜けた。ただし、人を殺してしまったけど……」



「でも、雄太さん。ああしなければ、代わりに俺達が殺られていましたよ」



「そうだな。手段がどうあれ、とにかく何とか危機を乗り切る事が出来たよ」



アクセルペダルを踏み続ける雄太が見つめているドアミラーには、道路上にて横たわる死体と獲物を逃すまいと、走り追い掛けて来る感染者達の姿が映る。

だが、その姿もトラックが加速するにつれて次第に小さくなり、やがて完全に視界から消え去ってゆく。

ここで、ドアミラーから前方へと視線を戻した雄太は、今、自分自身が不安に感じている事を思わず口に出して呟く。



「これから先も、こんな事が常に待ち受けているんだろうか?」



今や吸血鬼と化した存在であるとはいえ、それでも自分と同じ人間ではある感染者を轢き殺してしまった事でショックを受け、すっかり弱気になっている雄太を見つめていた和馬は、少し考えた後、こう答えた。



「恐らく、この様な事は、これから先、日常茶飯事になるんじゃないかと……。多分、この周辺は、まだマシな方で、ここから先は、更に感染者の数も増えてゆくでしょうから、俺達は、もっと厳しい状況に追い込まれていくんじゃないかと思います」



「そうか。やっぱり厳しいのか……。まあ、そうだよな」



「でもね、雄太さん。いくら、これからの状況が厳しかろうと、俺は絶対に感染者なんかに殺られたりはしませんよ。もちろん、雄太さんだって、同じ思いでしょう?絶対にこちらが殺られる前に……」



「先に相手を殺ってやる……」



「まあ、そういう事です」



「でも、やっぱり相手を殺す時には、どうしても、ためらいが出て来るんじゃないのか?」



「ええ。確かにそれは、あるでしょうけど、でも、いざという時、決断して相手を殺らない事には、俺達は生き残れませんから」



「そうだな。そこは、もう割り切って考えるしかない訳か」



「ええ。そういう事ですね」



「なあ、和馬君?」



「はい?」



「もし、これから先、さっきみたいに俺が弱気になったら、また、ビシッと言ってくれよな」



「ええ。もちろん。逆に俺が同じ状況になった時は、よろしくお願いしますね」



和馬は、そう言うと雄太に向かって、握った拳を差し出し、それを見て頷いた雄太も握っていたシフトノブから手を離し、拳をコツンと当てる。



「わかった。その時は、任せておけ」



「これから先は、命懸けになるでしょうけど、頑張っていきましょう」



「うん。そうだな。ところでさあ、和馬君。こんな世界は、これから先の時代もずっと続いていくのかねえ?」



「う〜ん。そうですねえ……。いつかは、終わりが来るとは思いますよ。ただし、それが、いつ、どんな形で終焉を迎える事になるのかは、わかりませんけど」



「終焉か……」



「俺は、思うんですけど、これから先は、もう以前の様な、あの平和で穏やかだった時代が再び訪れる事は無い様な気がするんです。既に日本の社会システムは崩壊し、治安も失った上、感染者の脅威に常に怯えながら、食料を求めて、その日、毎日を命懸けで生きていかざるを得なくなってしまった。そうしている間にも、空気感染し拡大を続ける殺噛症ウイルスは、やがて海を越え、世界中に拡散し、更なる災厄をもたらしてゆく……」



「つまり、世界規模での感染者の発生か……。それって、充分に有り得る話だな。そして、その結果として、もう誰もこの国に救援は来ない。当然、他の国だって、そんな余裕は無いだろうからね」



「このまま、日本は、無政府状態が続き、すぐに全域が無法地帯となる。だから、こんな世界で生き残っていくには、理性なんか捨てて、本能のおもむくままに生きた方が案外、楽なのかもしれません」



「でも、それでは、ならず者や感染者と何ら変わらない事になってしまうな」



「ええ。だから、俺は人としての良識や理性だけは、絶対に失いたくは無い。まあ、他人が聞くと、何をこんな世界で甘えた事を言っているのかと思われるかも知れないですけどね」





「理性を失わないか……。確かに俺もその通りだと思うし、そうであり続けたいよな」



「この壊れゆく世界の中で、理性を保ちつつ、残された希望を求めて生き残る。口でいう程、楽な物では無いし、とても大変な事ではあるけど、それでも俺は1人じゃない」



「そう。ここには、お互いを支え合ってカバーし合える仲間がいるものな」



雄太は、先程の様に和馬の前へと握った拳を突き出し、和馬も同じ様に拳を握り、軽くコツンとぶつける。



「お互い助け合っていこうぜ。これからも、よろしくな!和馬君」



「雄太さん。こちらこそ!」


これから先も決して理性を捨てず、お互いに助け合い、危機を乗り切ってゆく事を決意した和馬達は、まずは、最初の目的地である館山航空基地を目指し、前進を続ける……。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。

次回は、15日頃、投稿する予定です。

それでは、次回をお楽しみに!

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