(34) 偵察失敗 1
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回は、第34話「偵察失敗1」をお送りいたします。
それでは、どうぞ!
シャッターの隙間をくぐり抜け静かに外へと出た和馬は、更に前方の確認を行う為、抜き出したマチェットを構えたまま、先程、通って来た道路へと向かって歩いて行く。
『何か、異常は……』
道路へと出て偵察活動を続ける和馬の目には、道路上へまばらに放置された車両と感染者に襲われた人々の無残な遺体が映る。
『どれも、さっき見た物ばかりだな。今の所、異常は無さそうだし……。感染者の姿も見えな……。あっ!』
前方に小さく蠢く、ある物の存在に気付いた和馬は、握り締めたマチェットを前へと突き出し、素早く身構えた後、もう一度、良く目を凝らして、それが一体何かを再確認する。
『こいつは、まずい!』
今、和馬が立っている位置から、およそ100m程先に数人の人影が、さ迷う姿が見えており、その状況を確認した和馬は、相手に気配を察知される前に静かに目立たぬ様、ゆっくりと後退を始めた。
『うっ!ヤバい!こいつは、絶対に見つからない様に……』
極力、目立たぬ様、静かにこの場を立ち去ろうとしている和馬の目に、じっと立ち止まり、明らかにこちら側を見ている5人の相手の姿が映る。
『しまった!気付かれた!』
大きな叫び声と共に一斉に走り出した相手が、間違い無く感染者だと確信した和馬は、直ぐ様、後ろを向くと整備工場のシャッターを目指し、全力で走り始める。
『くそっ!ドジを踏んだ』
まんまと相手にこちら側の行動を察知されてしまい、完全に偵察行動が裏目に出てしまった和馬は、後方から響く叫び声を耳にしつつ、慌ててシャッターの隙間へと滑り込む。
「雄太さん、まずい事になった!今すぐに、ここを出ましょう!」
和馬は、もう感染者に見つかってしまった時点でエンジンが掛かるかどうかもわからないトラックに、これ以上、かまっている事は危険だと判断し、すぐにこの場から撤退する様、雄太へ向かって大声で叫ぶ。
「えっ?何だって?良く聞こえない」
だが、既にトラックの運転席内にて待機していた雄太には、和馬の必死な言葉が上手く伝わらず、相手の身振り素振りだけを見て、非常事態なのだと判断してしまった事により、あろう事か、そのままエンジンキーを回し、エンジンの始動操作を開始してしまう。
「あっ!雄太さん、何やってんだ!すぐにトラックから出て!いや、だから、中止だと……。くそっ!上手く伝わらない」
迫り来る感染者達の叫び声を耳にしつつ、シャッターへと手を掛けた和馬は、このままシャッターを閉め、別の出口を見つけて脱出するか、あるいは、シャッターを全開にし、トラックのエンジンが掛かる事に賭けてみるか、その決断に迫られる。
『このまま、シャッターを閉めたとして、この工場に別の出口なんてあるのか?俺達が、最初に入った入口ドアにも間違え無く感染者は来るだろうし、もしも、他の出口が見つから無ければ、ここに立て籠もる事になるんだよな。ここは、幸いにも天井付近の採光窓以外は、他に窓らしき物は無いから、立て籠る事自体は、何とか問題無さそうだけど、ただ、立て籠った所でどうなる?一体、その後は、どうするんだ?奴らが、諦めるまで、ずっと立て籠っているのか?いや、奴らだって、このまま諦めて、すごすごと引き上げていくとは、とても思えないな。それに、あの調子で叫び声を上げ続けられると、更に周辺にいる感染者を呼び寄せかねないし、集団化して押し寄せて来られたら、ドアを押し破られる可能性だってある。そう考えると、立て籠る事になるのは、こちらにとっては不利だ。なら、やっぱり、脱出の鍵になる、あのトラックに賭けてみるしかないか……』
このまま、シャッターを下げて、別の出口を探すよりも、トラックのエンジン始動の方に賭けてみる事を決意した和馬は、握っていたマチェットをシースへと収めると、すぐにシャッターの取っ手を両手で握り、そのまま力一杯、上へと向かって引き上げた。
勢い良くシャッターが引き上げられた事で、一気に大きく広がった開口部の向こう側からは、もう間近に迫った感染者達が発する狂った様な叫び声が響いて来る。
『まずい!早く、逃げないと!』
接近中の感染者達が出入口前へと姿を見せる前に、素早く出入口から離れた和馬は、急ぎトラックの助手席側へと向かって駆け寄ると、すぐに背負っていたザックを降ろし、片手へと掴んだまま、勢い良くドアを開けた。
「くそっ!くそっ!何で掛からないんだ!このエンジンは!」
何度も繰り返しクランキング音が響く車内では、雄太が掛からぬエンジンを何とか始動させ様と、必死になってエンジンキーを回しており、手に持ったザックを車内後部スペースへと投げ入れ、助手席へ乗り込んだ和馬は、危機的状況がもう間近に迫っている事を雄太へと伝える。
「雄太さんっ!もう、すぐ側まで、感染者の奴らが迫って来ています!」
「何っ!すぐ側にだって!」
「とにかく、今すぐ、ここから脱出しないと!」
「くそっ!待ってくれ。後もう少しで、エンジンが掛かりそうなんだ」
今、雄太が必死になって話す通り、確かにエンジンキーを回す度に一旦は、エンジンが掛かりそうにはなるのだが、残念ながら、アイドリング状態にまで至る事は無く、どうしても完全始動寸前でエンジン停止をしてしまう様である。
どうやら、これはエンジン始動前に必要な量の燃料がエンジン側へと充分に送られていない事が、エンジンストールに陥らせてしまう直接の原因になっているらしい。
「雄太さん。ほんの少しだけ、アクセルを軽く踏んだままで、エンジンキーを回し続けてみて下さい」
「わ、わかった」
ここで、雄太は、和馬の言った通りにアクセルペダルに足を乗せると、軽く踏んだままの状態で、セルモーターを連続して回してみる。
この一連の操作により、燃料タンク内のディーゼル燃料が燃料ポンプによって圧送され、エンジンシリンダー側へと充分に供給された事で、連続点火・燃焼爆発によるピストンの運動エネルギーを生み出す形となり、長らく休止していたディーゼルエンジンの息を再び吹き返らせた。
長い沈黙状態から、久々に運動エネルギーを得たエンジンは、二度、三度と、身震いにも似た振動を繰り返した後、力強い作動音を工場内へと大きく響かせる。
「おおっ!よしっ!掛かった!」
「やりましたね。雄太さん!」
「うんっ。さあ、和馬君。出発するぞ!」
ここで、雄太が更にアクセルペダルを踏み込んだ事で、ディーゼルエンジンは徐々に回転数を上昇させ始め、それに伴ってマフラーから吐き出された未燃焼ガスを含む白い排気ガスは、まるで霧のベールの様に工場内中へと立ち込めてゆく。
いよいよ、工場からの出発に備え、素早くドアロックを掛けた和馬は、安全の為、シートベルトをしっかりと装着し、隣でハンドルを握る雄太は、サイドブレーキを解除するとクラッチペダルを踏みつつシフトレバーをローギアへと入れ、次にクラッチを繋ぎながら、少しずつアクセルペダルを踏み込んでゆく。
タイミング良くクラッチペダルが離された事により、クラッチディスクとトランスミッションの接続が完了し、更にエンジン動力をプロペラシャフトやドライブシャフトがタイヤ側へと伝達する事によって発進する動力を得た車体は、力強いエンジン音と共にゆっくりと前進を開始する。
前方の搬入口をゆっくりと通り抜け、整備工場を出た所で道路側から走って来た感染者達がとうとうトラックへと辿り着き、大きな叫び声を上げながらキャビン側へと向かって次々と殺到し始めた……。
最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。
第31話、いかがだったでしょうか。
次回は、いよいよ襲い来る感染者達との対決となります。
では、次回をお楽しみに!