(32) 場内探索 1
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回は、第32話「場内探索1」をお送りいたします。
それでは、どうぞ!
広々としたスペースがあり、壁際に工具類や自動車用部品が保管されたスチール棚が整然と並べられている工場内には、ボンネットが大きく開けられたままの車両や車両用リフトに上げられた状態の車両も見られ、どうやら、この工場では災厄が発生し始めた当時も整備作業自体は、まだ続けられていた様であった。
ただし、それも長くは続かず、日増しに悪化してゆく状況とそれに伴い、身近に危険が迫って来た事により、作業も中断を余儀無くされた上、最終的には全てを放棄して、早急に逃げざるを得ない結果になってしまった物と考えられる。
この予想を裏付けるかの様に、床には工具や部品類がまるで撒き散らかしたかの様な乱雑さで放置され、蹴り倒されたと見られるオイル缶や床に広く飛び散ったエンジンオイルの染みが、当時の混乱し切迫した状況をつぶさに物語っている。
「やっぱり、ここも荒れてるねえ」
「まあ、みんな慌てて逃げて行ったんでしょう」
「和馬君。逃げたって、一体どこに?」
この整備工場で働いていた整備士達が、一体どこへと避難し、その安否がどうなったのかについては、確かに気にはなる所ではあるが、これから車を拝借しようとしている和馬にとっては、今はその事を考えるよりも、お目当ての車両を一刻も早く見つけ出す方が、はるかに重要な事であった。
「さあ、どこに行ったのかは、解りませんけど……。多分、避難所か、何かではないかと……。おっ!」
今は、トラックを探す事に忙しく、雄太の質問に余り感心が無さそうな返事をする和馬の目に1台のトランスポータートラックの姿が映る。
「あった!お目当ての車、発見!」
構えていたマチェットをシースへと納め、思わず嬉しそうな声を上げた和馬は、修理途中の各車両よりも更に向こう、つまりシャッター近くに置かれたトランスポータートラックへと、すぐに歩みよる。
薄暗い工場内の片隅に佇む4t車クラスの白いボディーには、全体的にうっすらと灰色の埃が付着しており、これは、この場に災厄が訪れた日から、もう誰にも利用される事無く、放置されたままの状態であった事を物語っていた。
付着した埃によって、まるで曇りガラスの様にも見える大型フロントガラスから視線を移し、車体後部の方へと目をやれば、排水性と滑り止めの為、格子状のエキスパンドメタルが一面に張られたリフト式荷台に1台の車両が積載されたままの状態となっている。
『へえ〜、こいつは驚いた。なんと、キャンピングカーのオマケ付きか』
四輪をしっかりと固定されたまま、荷台にて鎮座するキャンピングカーに興味を持った和馬は、リフト式荷台の端へと手を掛けると、更に近くにて車体を確認しようと思い、荷台の上へとよじ登る。
『へえ〜。良いねえ〜。良いねえ』
元々、アウトドア好きである和馬が興味を示し、間近で観察しているキャンピングカーは、どうやら、国産ワゴン車をキャンピング仕様に改造した物らしく、全面をパールホワイトに仕上げられた車体は、幅、高さ、共に拡張され、原型の姿からは、一変してフルワイドボディー化されている。
一体、この車両が、故障の為に入庫した物なのか、もう既に整備完了車両として、これからオーナーの元へと陸送される予定の物だったのか、それについては、どちらなのかは解らないが、いずれにせよ、これから先、和馬達にとって、寝泊まりする場所が必要となる可能性も考えてみれば、こういった車両が役立つ機会も出て来るに違いない。
『やっぱり、こいつはキープしておきたいねえ。ところで、こいつにエンジンキーは付いているのかな?』
すぐに運転席側へと回り、埃まみれのサイドガラスを手の平で、さっと拭き取った和馬は、車内の安全確認を行うと共にハンドル下を覗き込み、エンジンキーの有無を確認する。
『お約束通り、エンジンキーは、刺さってはいないなあ』
最初から、都合良くエンジンキーが刺さっている事など、全く期待はしていなかった和馬であったが、まあ、それは当然の話であり、普通は安全対策や盗難防止理由から考えても、積載中の車両には、まずエンジンキーなどは刺したままにはしておかないだろう。
『どこか、別の場所にキーが保管されているんだろうな。まあ、後で探すとするか』
取り敢えずは、エンジンキーについては、後回しにする事を決め、荷台から降りた和馬は、今度は、肝心の目標物であるトラックのキャビン側へと回ってみる。
「雄太さん、どうです?エンジンキーは、刺さっていますか?」
「いやあ、無いねえ」
一足先にキャビン側へと行き、運転席側のサイドガラスから覗き込んで、エンジンキーが刺さっていない事を既に確認していた雄太は、残念そうに返事をした後、今度はドアノブへと手を掛け、そのまま、ゆっくりとドアを引いてみる。
『あれっ?ドアに鍵は掛かって無い』
恐らく、ドアにも鍵が掛かっているだろうと予想し、余り期待もせずに、一応、念の為、ドアを引いてみた雄太だったが、意外にも、予想を裏切る形で、呆気なく運転席側のドアは開いた。
『そうなると、もしかして……』
何か、良いひらめきでも、あったのか、ここでニヤリと笑った雄太は、ピラーを掴み、運転席の下へと足を掛けると、そのまま体を乗り入れ、運転席へと乗り込んだ。
こういったトラックの特徴でもある、高めの運転席へと着座した雄太は、すぐに顔を上げると、天井近くに取り付けられたサンバイザーへと手を掛け、ゆっくりと下へと向けて倒した。
『やっぱりねえ。思った通りだ』
下ろされた黒いサンバイザーの裏側ポケットには、トラックのエンジンキーが差し込まれており、見事に予想が的中した雄太は、嬉しそうな表情を浮かべながら、キーを指先で弾く。
「和馬君。エンジンキーが見つかったよ」
「本当ですか?で?一体、どこにあったんですか?」
「バイザーの中だよ。良くある隠し場所さ」
「成る程ねえ」
「一応、このキーが合うかどうか確認してみるよ」
サンバイザーからエンジンキーを引き抜いた雄太は、早速、ハンドル下の鍵穴へとキーを差し込み、ACCの方向へと回してみる。
『どうやら、このキーは、適合している様だな。さてと、次に各メーターの具合はどうかな?』
すんなりとエンジンキーが回り、各種メーター回路にバッテリー電流が流れた事で、メーターパネルに集約されているアナログメーターが、それぞれ起動を始める。
『電圧計は、問題無しだな。なら、バッテリーは大丈夫だという事か。さて、じゃあ次に燃料計はと……。ん?ああ〜、これは……。う〜ん』
各種メーターの赤い針が指し示す値を確認していた雄太の表情が、ここで途端に険しくなる。
どうやら、電圧計が示しているバッテリー電圧については、今の所、問題が無かった様なのだが、代わりに燃料計が示す、燃料残量については心配がある様だ。
「和馬君。こいつは、ちょっとまずいなあ」
「雄太さん。もしかして、燃料ですか?」
「ああ。この車、燃料タンク内の軽油の残量が残り少ないや。恐らく、この残量だったら、千葉市迄、辿り着くのは無理だな」
「う〜ん。そうか……。ガス欠の恐れがある訳か……。今、荷台に積まれているキャンピングカーを降ろしたとしても駄目ですよね?」
「そうだなあ。確かに、これを降ろせば、少しは、燃費を稼げはするだろうけど、やっぱり千葉市迄は無理だな。いずれにせよ、どこかで軽油を給油しておかないと……」
「そうか……。それなら、この工場内に予備燃料か何かが保管されていないかどうか、ちょっと調べてみますか」
「そうだな。一応、見てみるか」
ここで、エンジンキーを一旦、OFFの位置へと戻し、トラックの運転席から降りた雄太は、和馬と手分けして、燃料の軽油を探し始める。
『よし。まずは、ここから、あたってみるとするか』
まずは、ずらりと並ぶ整備途中の車両に目をつけた雄太は、燃料タンクから軽油を抜き取る事を考え、1台ずつ車両を確認してみるが、何れも全て、ガソリンエンジン車両であった為、早くも残念な結果に終わってしまう。
一方、軽油そのものが、予備燃料として、燃料携行缶に充填した状態で、保管されている可能性を考えた和馬は、目星をつけたスチール棚の扉を片っ端から開け、携行缶が収納されてはいないか確認を始める。
『あれっ?無いなあ。予備燃料とか、ありそうなもんだけどなあ』
どの扉を開けた所で、肝心の燃料携行缶は、収納されてはおらず、全く当てが外れてしまった事に対し、和馬は思わず首を傾げるが、火気を使う作業も行われる整備工場内において、燃料の様な可燃性物質が保管されている可能性は非常に低く、いくら探しても見つからないのは、当然の話であった。
その為、結局は、和馬も軽油を見つける事は出来ず、時間を費やした代わりに見つけた物といえば、たまたま開けた棚の中に吊り下げられていたエンジンキーの束だけ、という有り様であった。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第32話、いかがだったでしょうか。
次回は、場内探索の後編を行う予定です。
それでは、次回をお楽しみに!