表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/86

(29) 遭遇

読者の皆様、お待たせいたしました。

それでは、第29話の始まりです。

ゆっくりと確実に接近を続けて来ている相手に対し、和馬と雄太は絶対に気配を悟られぬ様、手に持ったマチェットを固く握り締めたまま、身を屈め、じっと息を潜めていた。

更に高まってゆく緊張の中、尚も相手の気配は近付き、靴底を引きずる様な足音までも耳にし始めていた時、とうとう2人の前方に相手が、その姿を現した。




『うっ!何だ!こいつは!』




『この姿は、まるで……』




低木の木々の隙間から、覗き見えたのは、1人の女性の姿であったが、その外見の余りの異様さに和馬と雄太は、思わず息を呑んだ。

恐らく、以前は、美しかったであろうと思われる、腰まで伸びた、その長い黒髪は、今は、ばさばさの状態となって振り乱しており、周囲を見回しながら睨む、その目は、まるで獲物を探す獣の目、そのものであった。

更には、何かを掴もうとしているかの様に構えている2本の腕や歯を剥き出した状態の口元は、べっとりとした付着物によって赤黒く染め上げられており、身に纏うワンピースさえも、激しい飛沫を浴びた結果なのか、元色がいったい何色だったのか、最早、わからない程、変色しきっている。

見るからに、全身から血生臭い臭いが漂ってきそうな、その姿は、明らかに獲物を捕らえ、吸血行為に及んだ事を表しており、和馬と雄太は、至近距離まで接近して来た、その相手が間違い無く感染者である事を確信した。




『こいつが、あの感染者なのか』




上陸初日にして、早速、遭遇する事となった感染者を前にし、和馬と雄太は、マチェットを握る手にも力が入り、その手は無意識の内に小刻みに震え始める。




『やばい、やばいぞ!こいつは絶対にやばい!』



『くそっ。こっちに気付くなよ』




既にもう、2人が隠れている植え込みのすぐ側まで接近して来ている感染者は、獲物を探すかの様にゆっくりと周りを見回し、時折、低い唸り声を出しながら、歯を剥き出している、その赤黒い口元からは唾液らしき物を垂れ流す。

執拗に周囲を見回す感染者の吊り上がった鋭い目が、植え込みの方向へと向けられた瞬間、和馬の背中からは、冷たい汗が流れ、心臓の鼓動は更に速くなる。




『頼むよ。こっちに気付くな』




幸いな事に感染者は、1度は植え込みの方へと顔を向けたものの、どうやら身を屈ませ隠れている和馬達の存在には、気付かなかったらしく、再び前方を向くと、そのまま、よろよろと通り過ぎていった。




『そうだ。そうだ。良いぞ。そのまま行け。早く行ってしまえ』




先程、和馬達が入って来た公園の入口へと向かってゆっくりと歩き去って行く感染者の後ろ姿を見ながら、和馬は、ほっと安堵の溜め息をつく。

生まれてこの方、体験した事が無い程の恐怖と緊張により、思わず力一杯マチェットのグリップを握り締めていた和馬は、やっと、その力を緩め、べっとりと汗をかいた手の平をじっと見つめた。

この時、冷や汗をかいていたのは、和馬だけではなく、隣にいる雄太も同様であり、顔や首筋にかけて、随分と汗で濡れている事から、どうやら感染者との遭遇には、かなりの恐怖を感じていた様であった。

しかし、それは無理も無い話といえるだろう。

何しろ、間近で見る事となった、あの異様な姿もそうではあるが、更には、先日、源田漁労長に見せてもらった録画映像を観た限りでは、奴等は非発症者を襲い、何度も咬傷を負わせ殺害した上、その血をすするのだから……。

例え、外見上は、人の姿をしていても、理性も感情も記憶すらも失い、ただ、ひたすら欲望のままに捕食者として獲物を求めて徘徊している様は、血に飢えた獣と何ら変わりは無いといえるだろう。

そして、これから、和馬と雄太が進もうとしている先には、吸血鬼と化した感染者の群れが大きな障害となって立ちはだかっているのだ。



今、2人は、手にしているマチェットを見つめながら思う。

これから先、自分達は、この武器1つで、あんな相手と渡り合っていけるのだろうかと……。

何しろ、充分な銃火器、重装備を揃えた上で対処していた自衛隊でさえ、苦戦を強いられていた相手であり、更に今回の様に初めて、あの異様な姿を間近で見れば、強い精神的ショックを受け、心が折れそうになるのも無理も無いといえるだろう。

ただし、そうは言っても2人が、今回の初遭遇によって味わった恐怖と引き換えにして、感染者が持つ、ある特徴について知る事が出来た事もまた事実だ。

では、一体、その特徴とは何なのだろうか?

今回、感染者との遭遇時において、和馬達が植え込みへと身を隠した際、感染者は2人の気配に全く気付く事が出来ずに素通りし、結果、まんまと上手く、やり過ごす事に成功した訳である。

これは、感染者自身に備わっている視覚、聴覚、嗅覚といった感覚が、特別に鋭い訳では無い事を意味しており、どうやら、感染以前と比較して考えてみても、感覚的な能力は、さほど変わってはいない様である。

これならば、一先ずは、感染者とばったりと鉢合わせでもしない限りは、例え、徘徊中の姿を見かけたとしても、先にこちら側が身を隠す事で何とかやり過ごす事は出来そうだ。

ただし、もしも、運悪く先に相手に見つかってしまった場合には、一体どうなるのであろうか?

この場合、感染者相手に全面対決するか、もしくは、全力で逃げるかの二者択一となる事が考えられるが、ここで問題なのは、逃げる事を選択した場合に、上手く相手から逃げ切る事が出来るのかという点だ。

実際の所、感染者には、疲労という感覚を既に失っている可能性が高く、先日、録画映像を観た際も、全力で追いかけて来る感染者から、逃げ切る事が出来ずにほとんどの人々が、そのまま捕まってしまっている状態であった。

この様に感染者が、全く疲労を感じる事も無く、息の続く限り、全力で追い掛けて来るのだとしたら、もはや走って逃げ切る事自体、難しいといえるだろう。

では、逃げる事は考えず、感染者に対し、全面対決した場合はどうか?

この場合、厄介なのが、相手が恐怖心という感情を持ってはいない事と痛覚も既に失っているらしいという点だ。

和馬達は、視聴した録画映像の中で、感染者に立ち向かう自衛隊員が小銃を発砲している場面を見たが、感染者は例え体にライフル弾が直撃したとしても、相手にとって深刻な致命傷を与えるか、行動そのものに支障をきたす様な銃傷を与えでもしない限り、すぐにでも立ち上がり、中には這いずりながらでも迫って来ていた。

体に銃弾の直撃を受けながらも、人を襲う事を止め様とはしない感染者の行動は、和馬達にとって、脅威そのものであり、もはや痛みを感じる事も、それに伴う強い精神的ダメージを受ける事も無い感染者に立ち向かうには、ただ傷を負わせるのでは無く、本気で殺す気になってかからないと間違い無く、自分達が殺られる結末となるだろう。

ただし、ここで気掛かりなのは、もしも感染者と鉢合わせた場合、和馬達が、躊躇無く相手を殺す事が出来るのかという点だ。

最早、人を襲い、血をすするだけの吸血鬼と化した存在だとはいえ、まだ生きている人間の命を奪う事が和馬達に出来るのかという点については、いずれ、その様な事態に陥らない限りは、まだわからないといえるだろう。

最後まで、読んでいただきましてありがとうございます。

それでは、また次回、お会いいたしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ