第2章 (27) 上陸1
読者の皆様、お待たせいたしました。
いよいよ、ここから、ホラー編である第2章へと入ります。
いったい、千葉市を目指す和馬達にどの様な恐怖が待ち受けているのでしょうか?
それでは、第27話の始まりです。
翌朝、早朝。
何やら、体に寒気を感じた和馬は、両腕に手の平を当て、思わず身震いをしながら、目を覚ました。
『おおっ。何だか、やけに肌寒いな』
明け方の気温低下とそれに伴う夜露の影響によって、少し冷えてしまった体を手でさすりつつ、ゆっくりと体を起こした和馬は、まだ眠い目を擦りながら辺りを見回した。
『ん?何だか、周り中、白いな。霧か?』
どうやら、例年よりも低めの海水温と外気が持つ高い湿気が、お互いに影響し合う事で、夜間に霧を発生させたらしく、海上一帯は、まるで白いベールにでも包まれたかの様に、極度に視界が悪い状態になっている。
「いやあ、こりゃあ、全く何も見えないなあ」
「おはよう、和馬君。朝方にかけて、ちょっと寒かったけど、眠れたかい?」
既に、和馬よりも早起きをしていた雄太の元気な声が後ろから聞こえ、すぐに和馬は振り返って、挨拶を返す。
「おはようございます、雄太さん。確かに、ちょっと肌寒かったけど、まあ眠れましたよ」
「なら、良かった。さあて、和馬君。いよいよだな」
「ええ。これから先は、命懸けになるかもしれませんけど、お互いに無事に生きて帰りましょう」
「そうだな。それじゃあ、これから朝食を済ませたら、すぐに出発するとしよう」
ここで、防水シートをめくった雄太は、シート下に並べられている荷物の1つから、缶コーヒーとビスケット、缶詰を取り出すと、手際良く船上へと並べてゆく。
「さあ、食べるとしようぜ」
「では、いただきます」
まだ、眠いのか、大きな欠伸を連発しつつ、朝食を摂り始めた和馬は、手にしたビスケットを口に含みながら、霧に包まれた館山港内をじっと見つめる。
今日も沿岸部一帯は、昨晩同様に不気味な位、静まりかえっており、これから、この不気味な世界へと足を踏み入れて行く事を想像し、鳥肌を立てた和馬は、思わず身震いをしながら、こう呟いた。
「あの霧の向こう側には、感染者がいるんですよね」
「ああ。そうだな。絶対に遭遇したくは無いよな」
和馬同様、霧に包まれた沿岸部をじっと見つめていた雄太は、手にしていた缶コーヒーの中身を一気に飲み干した後、大きな溜め息をついた。
やがて、簡素な朝食は終わりとなり、いよいよ上陸へ向けての出発開始となった。
ここで、和馬は身を乗り出して、堤防に結わえておいた係留ロープをほどくと、手際良く束ねてゆき、ボート内へと放り込む。
船尾に座った雄太は、スターターロープを勢い良く引いて、ボートのエンジンを掛け、港へ向けて舵を切る。
エンジンスロットルが徐々に上げられ、ゆっくりと前進を始めたボートは、緩やかなカーブを描きつつ、港内へと進入してゆく。
白く立ち込める霧の中をボートは、注意深く低速航行し、静まりかえっていた港内には、船外機が発する4サイクルエンジン音だけがこだまする。
船首側に座る和馬は、少しでも沿岸部の状況を知ろうと、一生懸命に目を凝らして、周りを見回すが、立ち込める霧は、まるで白いベールの様になって視界を遮る為、どうにも思う様に確認をする事ができない。
「いや、こいつは、まいったな。霧が邪魔しているおかげで、周辺の安全確認ができないぞ」
「まあ、濃霧が相手じゃ仕方が無いさ。何とか、このまま、ゆっくりと接岸しよう」
これより、ボートを接岸させる為、雄太はエンジンスロットルを徐々に下げ、船のスピードを更に落としてゆく。
やがて、前方に広がる霧のベールの向こう側から、ぼんやりとコンクリート製の桟橋が姿を現し、ここで雄太は、ゆっくりと舵を切ると、岸壁へと沿う様な形で慎重に船体を近づけていった。
ここで、スロットルを完全に下げ、充分にスピードを落としたボートを雄太は、岸壁へと寄せて停船させ、船体の接岸を確認した和馬は、岸壁をよじ登ると、掴んでいた接岸用ロープ2本を手早くビットへと繋ぐ。
ビットへ繋がれた接岸用ロープによってボートが、しっかりと桟橋へと固定されると、雄太はエンジンを切り、次に上陸への準備に取りかかる。
すぐに雄太は、ボート中央へと移動すると、ボート上に置かれた荷物の中から3日分の食料と水をそれぞれ2つのザックへと積め込み、桟橋へと立つ和馬へと手渡す。
「じゃあ、和馬君。ザックを渡すよ」
「はい。どうぞ」
荷物が詰め込まれた、重量感のあるザックを和馬へと渡し終えた雄太は、ボートに残された荷物が外から見えない様、上から丁寧にブルーシートを掛け、しっかりと固定した後、桟橋へとよじ登った。
「はい。雄太さん。荷物」
「おっ、ありがとう」
「いよいよ、これからですね。雄太さん」
「ああ。いよいよだな」
2人は、ザックを担ぐと霧で霞む港湾周辺を見回す。
『この霧の向こう側には、奴らがいるんだよな……』
いよいよ、これから異常ともいえる世界へと足を踏み入れ様としている和馬と雄太は、ここから先に待ち受けるであろう底知れぬ恐怖を想像し、否応無しに心臓の鼓動が速くなってゆく。
立ち込める霧によって、見通しがきかない前方に注意を払いつつ、2人は、万が一の事態に備え、腰から下げているマチェットのシースロックを外し、何かあれば、すぐに武器として抜き出せる様、準備する。
ただ、幸運というべきか、まだ今の所は、不審な人影は見当たらず、周辺一帯は、岸壁に打ち寄せる波音が小さく聞こえて来る以外は、不気味な程に静まり返っている。
『今の所、何も人の気配を感じないのは、一安心だけど、余りに周りが静か過ぎるってのも、逆に不気味だな』
何やら、背中にゾクリとした冷たい物を感じ、鳥肌を立てながら、小さく身震いをした和馬を見て、雄太が小声で囁く。
「和馬君。大丈夫か?」
「ええ。まあ、何とか。雄太は、どうです?」
「俺も、まあ大丈夫だ。ただ、やっぱり不気味だよな」
「ええ。そうですね。よしっ。それじゃ、雄太さん、いよいよ行くとしますか」
「うん。そうだな。充分に周りに注意しながら行こう」
いよいよ2人は、前方や周囲を警戒しつつ、市街地へ向けての前進を開始する。
桟橋を出発し、濃い霧のベールを通り抜けた先には、密集した家屋と入り組んだ細い路地がうっすらと姿を現す。
「ここから先は、更に警戒が必要ですね」
「そうだね。もう、いつ何が出て来てもおかしくないよな」
周りに注意を払いつつ、2人が進入を開始した路地には、やたらと曲がりや分岐が多い為、非常に見通しが悪く、曲がり角や建ち並ぶ家屋の影に感染者が潜んでいる可能性も充分に考えられた。
『市街地への近道とはいえ、この薄気味悪いルートを選択したのは、失敗だったかな。何やら、凄く嫌な予感がする。そろそろ、万が一に備えて、こいつを出しておくとするか』
通りに面した古い民家の一軒、一軒に注意を払いつつ、和馬は感染者の急な出現に備え、ラバーグリップをしっかりと掴むと、そのままシースから、ゆっくりとマチェットを抜き出した。
ここで、右手にマチェットを構えた和馬は、固く雨戸の閉じられた状態の各民家を路地側から覗き込んで、状況を確認してゆくが、今の所は、幸いにも、人の気配らしき物は、全く感じられない。
「このまま、何も無ければ良いんですけどね」
「そうだね。とにかく、もう、とっとと早く、このエリアを通り抜けたい所だね」
「全く同感です」
この気味の悪いエリアを一刻も早く、通り抜けたい2人は、いつ、どこからか感染者が飛び出し、襲いかかって来るのでないか、という不安の為からか、次第にその足取りが早足になってゆく。
「おっ!ここで終わりだ」
「ふ〜う。抜けられた」
やっと、密集していた家屋が無くなり、この見通しの悪い路地を抜け出ようとしていたその時、突然、2人の背後で何か大きな物音が響いた……。
最後まで、読んでいただきましてありがとうございます。
次回は、「上陸」の後編となります。
お楽しみに!