(26) 上陸前夜2
読者の皆様、お待たせいたしました。
いよいよ今回は、第1章の最終話である第26話「上陸前夜2」をお送り致します。
それでは、どうぞ!
今、雄太が言った言葉の意味を確かめる為、和馬は、以前、見た美しい夜景を思い出しつつ、館山港や市街地方面へと顔を向けて目を凝らす。
「違う……」
すぐに和馬は、向こう岸に広がる景色が思っていた物とは全く違っている事に気付く。
「暗い……」
そう、沿岸部一帯が余りにも暗すぎるのだ。
いつもであれば、当たり前の様に点いていた街灯や各家庭から漏れる明かりが何一つ無く、沿岸一帯は、まるで墨で塗り潰したかの様な漆黒の闇が広がっている。
更には、人間の生産活動が既に行われてはいないのか、機械音や生活音、自動車のエンジン音ですら聞こえてはこないのだ。
最早、この状況は、完全に送電がストップした事で、沿岸部全域が全停電へと陥ってしまっている事を如実に物語っていた。
今までの暮らしからは、想像も出来ない程の異常な暗さと静けさの中、ただ唯一聞こえて来るのは、防波堤やボートに僅かに打ち付ける小さな波音ぐらいであり、周辺一帯は不気味にも感じられる程、静まり返っている。
やはり、源田漁労長が伝えた内容は事実であり、劇症型殺噛症という災厄は、およそ2ヶ月という短い期間の中で、人々の日常を、いや、それどころか、日本そのものをすっかり変えてしまっていたのだ。
「認めたくはなかったが、やっぱり、源田漁労長が言っていた事は本当だったんですね。そして、これが、結末なのか……」
どうやら、非現実的にも思える光景を目の当たりにした事で、和馬自身も殺噛症がもたらした現実を受け入れる気持ちになった様だ。
「ああ。そうだ。全て現実だ。信じたくは無いがね。ところで和馬君、ちょっと話は変わるけど、明日の早朝、館山に上陸した後、どう行動して行くのかについて、話し合っておきたいんだけど」
「あっ、そうですね。一応、俺の考えでは、上陸後は、まず最初に移動の足になる物を確保しておきたいと考えています」
「移動の足か……。そうなると、まずは車だね。車なら、どんなタイプの物にするべきかな?」
「これは、出来れば、何ですけど、1〜2t積載クラスのトラックがあれば、いいですね」
「う〜ん。なるほど、トラックか」
この時、和馬が上陸後の移動手段としてトラックを考えていたのには、ある理由があった。
実は、和馬は、今回の災厄によって安全な区域へと避難する人々が、移動の為に車を使い、その車は結果的に放置車両となって、道路上にかなりの数が乗り捨てられているのではないかと予想していたのだ。
もしも、和馬の予想通りに道路上に大量の車両が放置されているのだとしたら、当然の事ながら、和馬達が車で走行する際の厄介な障害となる訳で、最悪、道路を完全に塞いでいた場合には、いやでも道を迂回する羽目になってしまう。
ただし、逆に放置車両が少なかった場合には、また話が変わってくる。
例えば、2、3台程度の放置車両が道路を塞いでいる場合であれば、車のフロントバンパーを使って強引に押し出すか、もしくは、牽引用ワイヤーを使い、牽引した上で車両を引っ張り出し、そのまま撤去するという手が使える。
もちろん、放置車両を強制撤去する為には、充分に牽引できるだけの強力なパワーが必要な訳だが、その場合に非常にうってつけなのが、トラックなのである。
強い低速トルクを持つディーゼルエンジンと生み出したパワーを余すところ無く伝達するトランスミッション、更には堅剛なボディーと大型バンパーを備えた、頑丈さが特徴のトラックをここで使わない手は無い。
また、他にもトラックには、積載スペースが広いという大きなメリットもある。
例えば、もしも、移動期間が長期間となり、食料などの物資を大量に確保しておく必要性に迫られた場合、手に入れた物資を保管しておく為の積載スペースがどうしても必要になってくる。
そんな時、1〜2t積載クラスのトラックがあれば、車格も大き過ぎず、積載スペースにしても申し分無い。
更にトラックは、乗用車と比較して車両重量が重いとメリットもある。これについては、もし、移動中に感染者の集団に取り囲まれてしまうといった最悪の事態に陥ってしまった時、軽車両では、そのまま車ごと、ひっくり返されてしまう恐れがあるのだが、トラック程の重量があれば、そういった可能性は低いといえる。
これらのメリットから、和馬は、1〜2t積載クラスのトラックが、使用車両としては、最も適していると考え、移動手段として選定したのであった。
「トラックは、道路にある放置車両の中から探しましょう。それから、あと必要な物といえば……」
「奴らから身を守る為の武器だな。それも、銃火器」
「ええ。そうですね」
今の所、2人は、護身用武器としてマチェットを代用するつもりではいるが、もしも多数の感染者に遭遇した場合における対抗武器として考えると、マチェットは余り有効では無いといえる。
これについては、マチェットの場合、感染者の1人、2人を相手にするのであれば、刃渡りが長いという特徴を生かして、ある程度の威力を発揮できるのだろうが、元々、マチェット自体、草木を刈り払う為に使われる道具であり、決して接近戦に特化した武器という訳では無いのだ。
その為、もし、仮にマチェットを使って感染者の1人を斬りつけたとしても、相手の数が多かった場合には、すぐ様、別の感染者に掴みかかられる可能性が高いといえるだろう。
そう考えると、やはり、ここで、自衛用武器として手に入れておきたいのが、銃火器の類いなのである。
それも、できる事なら、感染者の数に対抗する為にも、連続射撃が可能なタイプの銃火器が欲しい所だ。
だが、銃規制の厳しい日本では、銃を手に入れる事自体、非常に難しく、入手可能な場所についても、自ずと限られてくる。
ここで、今、銃火器類が保管されていると考えられる場所といえば、銃砲店や警察署、海上保安庁、自衛隊基地などがあるが、現在の様な状況ならば、既に全て持ち出されてしまっている可能性が高いだろう。
しかも、もし、運良く保管されていたとしても、銃砲店や警察署は、人口の多い町中にある可能性が高く、そうなれば必然的に感染者の数も多くなってくる。
これでは、例え、銃火器の保管場所まで辿り着いて、何とか銃を入手できたとしても、そのまま感染者達に包囲されてしまうのがオチだろう。
そう考えると、今、自衛用に銃が欲しいのだとしても、わざわざ危険を冒し、命懸けになってまで手に入れに行くのは、得策では無いともいえる。
「感染者の多い場所に銃火器類が保管されているんだよなあ。う〜ん。銃の入手については……。また後で考えましょう」
「そうだな。武器を手に入れに行って、そこで殺られちまったりしたら、それこそ何にもならないしな」
「ですねえ。そういえば、雄太さん。話は変わりますけど、館山港のわりと近くに自衛隊の基地があるのを知ってますか?」
「ああ〜、確か、海上自衛隊のヘリコプター基地があったなあ」
「雄太さん。あの基地が今、どうなってるのかって気になりませんか?」
「えっ?あそこだったら、まだ機能しているだろう。だって、あそこは、軍事基地だぜ。それこそ、武器だって充分にあるしな」
「俺もそう思います。ただ、確認の為にも一応、見ておきたいんですよね。何しろ、自衛隊基地は、感染者達に対抗する為の重要な砦ですから、そこが無事に機能していれば、これから先の希望だって持てるし……」
「まあ、そうだな。よし。じゃあ、トラックを確保したら、まずは、館山航空基地を見ておくとするか」
「ええ。それでいきましょう」
「後は、木更津の研究施設に寄り道して、次に千葉市を目指す訳だな。ようし、そうと決まれば、和馬君。少し早いが、明日に備えて、今日はもうこれで眠るとするか。とにかく今日は、とても疲れた」
どうやら、まだ若いとはいっても、流石に長時間に渡る操船が体に応えたのか、雄太は、疲れた表情を浮かべながら、凝りをほぐすかの様に首を前後左右に曲げたり、しきりに欠伸を繰り返している。
「ええ。そうですね。俺も疲れました。もう寝ましょう」
ここで、荷物の中から、畳んだ状態の防水シートを持ち出した和馬は、クッション代わりに船底へと広げ、今夜の簡単な寝床を作り始める。
「これで、良しと!」
「おっ。和馬君、ありがとう。じゃあ、寝るとしよう」
お世辞にも寝心地が良いとはいえないものの、何も無いよりはマシな程度の寝床の上にゴロリと横になった雄太は、枕がわりに丸めた上着の上に頭を乗せると、そのまま眠りについた。
その隣で、同じ様に横になった和馬は、波による小さな揺れを体に感じつつ、頭上にて瞬く満天の星空を見つめながら、これから先の事に思いを馳せる。
『今は、まだ安全地帯にいるから、何とか安心だが、いよいよ危険地帯へと突入する明日からは、そうは言っていられなくなるな。当然、命懸けにはなるだろうが、絶対に父さんと母さんを無事に助け出してみせる』
打ち寄せる小さな波によるボートの揺れが良い心地となり、いつしか和馬は、深い眠りへと落ちていった。
いよいよ、明日から、和馬と雄太は、今までいた安全圏内を出て、最悪ともいえる危険地帯へと足を踏み入れる事になる。
果たして、千葉市にいる両親は無事なのか?
更には、2人は、最終目的地である千葉市へと無事に辿り着く事は出来るのだろうか?
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
第26話いかがだったでしょうか。
いよいよ、次回からは、第2章千葉上陸編がスタートとなります。
一体、これから先の和馬と雄太にどんな恐怖と困難が待ち受けるのでしょうか?
更にサバイバル傾向、ホラー色が強くなる新章に是非ともご期待下さい。