(21) 悪夢の様な世界3
読者の皆様、お待たせいたしました。
いよいよ、感染者集団と自衛隊の部隊が激突します。
それでは、第21話の始まりです。
日本全域を恐怖へと陥れている激症型殺噛症の蔓延により、人員減へと陥り、組織力が低下している状態の警察組織では、未だ増え続ける感染者達の侵攻を全く食い止める事が出来ず、もう1つの頼みであった自衛隊も出動要請から部隊投入、展開までが、今となっては遅すぎたとも言える状態であった。
ただし、もしも仮に自衛隊の全部隊を各地に早期投入していたとしても、この時、自衛隊員自体にも発病が頻発していた為、期待通りに展開し、感染者集団に対する有効な手立てが果たして打てたのかどうかについては、甚だ疑問ではあった……。
ここより、一旦、横浜市街地からの中継映像は切り替えられ、今度は大阪市街地での様子が映像として映し出される。
ここ大阪でも状況は変わらず、感染者達は巨大な群れとなって、更なる侵攻を続けており、これに対抗する為、緊急動員された陸上自衛隊の精鋭部隊が侵攻阻止の為、道路上にて集結していた。
建ち並ぶ高層オフィスビル群を前にした4車線道路上には、圧延鋼鈑を張り巡らせた無骨な外観が特徴の軽装甲機動車や8輪の大型コンバットタイヤを備えた96式装輪装甲車が道路を塞ぐ形で、並列になって並べられ、各車両上部には、自衛隊員が12.7mmM2機関銃や5.56mmM249機関銃を構えた状態で待機していた。
更に車両前方には、可動式バリケードが幾重にも張られ、その後ろには、5.56mm89式小銃を構えた自衛隊員が迫り来る感染者集団を迎え撃つべく集結していた。
次第に接近して来る感染者集団に対し、自衛隊側は、一応、ハンドマイクを使って即時投降を呼び掛けるが、それに対して集団が立ち止まる事は無く、代わりに建ち並ぶ高層ビルの間に足音と激しい咆哮がこだまする。
全く、相手が停止命令に応じる様子がないと解った時点で、すぐに発砲命令が出され、前方の目標に狙いを定めた自衛隊員達が、一斉に89式小銃のトリガーを引き始める。
激しい射撃音と共に銃口から放たれた5.56mmライフル弾は、感染者集団前列を正確に射抜き、流れ出る鮮血によって、身体中を赤く染め上げた感染者達は、次々に道路上へと崩れ落ちてゆく。
まずは、これで、集団前列に対する一斉射撃は成功し、自衛隊員達は、更なる打撃を加える為、次に迫り来る感染者後方集団へと銃口を向けて狙いを定める。
この時、銃を構える、どの隊員も、白いガンスモークをたなびかせている銃口を小刻みに震わせ、始めて人へ向かって発砲した事に対し、明らかに動揺を隠せずにいた。
だが、今、自らが置かれている危険な状況を充分に理解している彼らは、すぐに気を取り直し、再度、トリガーに掛けた指先へと力を込める。
先程の一斉射撃により、地面へと崩れ落ちた仲間の体を躊躇無く踏みつけ、次々と屍の山を乗り越えて来た感染者達は、血に染まった口を大きく開け、傷だらけの2本の腕を大きく前へと突き出しながら、目の前に集まっている獲物を捕らえ様と更に押し寄せて来る。
全く息つく暇も無い切迫した状況を前にした、自衛隊員達は、間髪を入れず、脅威対象に対する更なる一斉射撃を加える。
発射されたライフル弾が次々と体内へと食い込む事で、体をのけ反らせながら、そのまま地面へと崩れ落ちてゆく感染者達の姿を目の当たりにしても、後続の感染者達が動揺する様子は全く無く、相手の体を押し退けながら、我先にと押し寄せて来る。
血塗れの腕を前へと突き出し、叫び声を上げながら迫って来る感染者達は、もう既に前方方向に限らず、側面方向からも姿を現し始めており、次第に周りを囲まれる状況に陥り始めている自衛隊員達の顔には、焦りと恐怖の表情が浮かび始めていた。
何しろ、この感染者達は、普段から高度に訓練された屈強な兵士である自衛隊員でさえ、全く対処した事の無い、予想をはるかに上回る相手なのだ。
また、対処する上で、特に問題なのは、相手が銃をまるで恐れてはいないばかりか、死に対する恐怖感を全く持ち合わせてはいない点だ。
今の様な接近戦においては、死ぬ事を全く恐れてはいない相手程、厄介な物は無く、更に、次々と集まって来る感染者達の数が、既に自衛隊員の人数をはるかに凌駕し始めている事により、自衛隊側は確実に形勢不利な状況へと追い込まれ様としていた。
最早、この状況下では、いくら強力な銃火器を装備した自衛隊員でも、相当に不利である事は、明らかであり、更に相手が走って接近して来る事も状況の悪化に拍車をかけていた。
実は、移動している目標物に対して、射撃を行い、正確に弾を命中させる事は、容易な話では無く、現在の様に三方向から相手に狙われ、精神的に動揺していれば、尚更、命中率は下がる結果となってしまう。
当然ながら、このままでは、任務の遂行どころか、自身の安全そのものが危ぶまれる状態となりつつあったが、それでも自衛隊員達は、防衛線を死守する為に、構えた89式小銃をフルオートで撃ち続け、決して銃撃の手を緩める事はなかった。
無論、ライフル弾を連続発射し続けるフルオート射撃では、無駄撃ちも多い上、弾の消費も著しく早いのだが、今は少しでも多くの弾の雨を相手に浴びせ続ける事が、迫り来る多数の感染者達の侵攻を食い止める為の最良の手立てでもあった。
まるで、獣の様な叫び声を上げながら迫って来る感染者集団を前にして、立ち向かう自衛隊員達も、いつしか大声で叫びながら、フルオート射撃を続け、その激しい射撃音は、建ち並ぶビル群の間に反響し、辺りには、うっすらと白いガンスモークが立ち込める。
広範囲に渡って、一斉に放たれた無数の弾丸は、感染者を捉え、まるで刈り払うかの様に次々と薙ぎ倒してゆくが、この様な足止めも、一時的なものにしか過ぎず、すぐ様、倒した相手の数をはるかに上回る数の感染者が集団へと加わり、怒濤のごとく押し寄せて来る。
これに対し、自衛隊員達は、フルオート射撃によって、瞬く間にマガジン内全弾を撃ち尽くした事により、素早く空マガジン(弾倉)を抜き取り、給弾の為のマガジンチェンジを行うが、その間にも、感染者達は腕を伸ばし、隊員の体に掴みかかってくる。
恐怖に震える手でマガジンチェンジを行っている最中に掴みかかられた自衛隊員は、必死になって89式小銃のトリガーを引くものの、まだ給弾完了していないライフルから弾が出る筈も無く、虚しい空撃ちの音を響かせながら、そのまま押し倒されてゆく。
響き渡る絶叫と共に、次々と自衛隊員に被害が出始める中、何とかマガジンチェンジを完了させた隊員は、素早くコッキングレバーを引いて弾薬を装填後、直ぐ様、銃撃を再開し、襲いかかる感染者達への反撃を開始する。
再び、激しい射撃音が響き渡り、押し倒した隊員に伸し掛かり、その首筋に食らいついていた感染者達が、次々と体を撃ち抜かれ、路上へと倒れ込む。
体内へと撃ち込まれた銃弾によって、口から、どす黒い血を吐き、うめき声を上げながら、横たわる感染者の体を後方から次々と押し寄せて来る感染者達が容赦無く踏みつけ、乗り越えながら自衛隊員へと襲いかかる。
狂気の集団を前にして、恐怖に満ちた表情を露わにした隊員達は、叫び声を上げながら、無我夢中で銃を撃ちまくるが、もう手にしている89式小銃の火力では、迫って来る感染者の数に対する、押さえが効かないばかりか、例え、ライフル弾を命中させた所で、相手を即死させるか、致命傷でも与えない限りは、前進を食い止める事は難しかった。
何しろ、ライフル弾の直撃を受けた感染者達は、1度は、路上に倒れたとしても、痛覚そのものが麻痺している為、動く事に支障さえ無ければ、再び立ち上がり、叫び声を上げながら、襲いかかって来るのだ。
もう、こうなると、自衛隊員達は、感染者集団に圧倒される形となり、後方の装甲車両隊列迄の撤退を余儀無くされてゆく。
急ぎ撤退を開始する自衛隊員達は、至近距離まで、急接近して来る感染者達に対し、89式小銃の銃弾を浴びせなから後退しつつも、何とか装甲車両まで辿り着き、開かれた車体後部のハッチゲートから、順次、車両内へと乗り込んでゆく。
ここで、道路上にて展開していた自衛隊員達が、装甲車両内に退避した事を確認した車両上部の射撃要員達は、構えている機関銃の銃口を前方にいる感染者集団へと向けると、素早く照準を合わせ、トリガーへと指を掛けた。
ここから先は、車両上部に据え付けられたブローニング製M2やFN製M249機関銃が前方目標へ向けての集中砲火を浴びせる事となる。
ここで、各車両の車長の合図と共に、密集隊形で迫る感染者集団へ向けて、一斉に銃撃が開始され、瞬く間に集団前列の感染者達がなぎ倒されてゆく。
激しい射撃音と共に、5.56mmライフル弾を連続発射しているM249MINIMIは、毎分725発という発射能力を遺憾無く発揮し、更に、その隣では、キャリバー50の愛称を持つブローニングM2機関銃が削岩機の作動音にも似た金属的な射撃音をたてながら、12.7mm弾を連続発射し続ける。
既に装甲車両直前にまで迫っていた感染者の何人かは、直撃した12.7mm弾によって、頭部を大きく損壊させ、吹き出す血液を撒き散らしながら、勢い良く道路上へと崩れ落ちてゆく。
また、胴体部に直撃を受けた感染者達は、体に食い込んでゆく徹甲弾の衝撃力によって血と肉片を撒き散らしながら、次々と道路上へと折り重なる様に倒れ込む。
こうして、瞬く間に自衛隊の誇る制圧火力によって、数百人規模の感染者が、崩れ落ち、血塗れになった屍の山と化した。
だが、後方の感染者達は、折り重なった屍の山を目の当たりにしても、全く怯む事は無く、血塗れになった両手を前へと突き出し、咆哮を上げながら、屍を乗り越え、押し寄せて来る。
対する機関銃射撃手は感染者達のこれ以上の接近を食い止める為に集中砲火を浴びせ続け、更なる屍の山を築いてゆくが、後方から次々と集まって来る感染者によって、集団の数は、益々膨れ上がるばかりであり、いくら弾幕を張っても全くきりが無い。
もう、この時点で、M2やM249機関銃だけでは、制圧そのものが困難だという判断が出された事で、とうとうM26型破片手榴弾が次々と使用され、激しい爆発音と共に周辺に飛散した鋭い金属片が感染者の体を切り裂いてゆく。
もう、装甲車両隊は、持てる限りの火力を投入し、全力で侵攻阻止を続けるが、予想に反し、感染者の数は、減るどころか、益々、増えてゆくばかりであった。
ここで、疑問なのは、何故、自衛隊側は、これだけの火力を投入したのにもかかわらず、感染者の数を減らす事が出来ないのだろうか?
実は、その理由として、今いる、この場所が、かつての人口密集地帯であった都市部である事、更にもう1つは、制圧に使われている銃火器が発する大きな射撃音に原因があった。例え、強力な火力を持ち込んで、多数の感染者を殺傷する事が出来たとしても、その際に発する大きな射撃音は、結果として更なる感染者達を呼び寄せてしまうのだ。
その為、銃撃を続ける限り、次第に集団は膨れ上がり、やがては制圧困難な大きな壁となって、目の前に立ち塞がる事となる。
そして、大きな壁は、対象物を取り囲み、決して獲物を逃がさぬ様、その包囲を一気に狭めてゆく。
こうして、装甲車両隊を取り囲んだ感染者達は、車両の前方、側面部分に押し寄せ、血塗れの手で激しく車体を叩き始める。
恐らく、このままでは、感染者集団が装甲車両を完全に覆い尽くす形となり、いずれ、撤退する際の退路さえ失ってしまう事だろう。
その為、もう、これ以上、この場所に留まり続ける事は、最悪の事態へと陥る結果になると判断した装甲車両部隊は、車両上部へとよじ登り始めた感染者達をM249MINIMIで射撃しつつ、撤退を開始し始める。
この時、各装甲車両は、微速前進しながらの方向転換を開始するが、立ち塞がる感染者集団の壁が厚いため、思う様に進む事ができない。
それでも、何とか、車体前方にしがみついて来る感染者達を轢き倒しつつ、方向転換を続ける装甲車両の後ろには、巨大な8輪のコンバットタイヤによって潰された無惨な死体が幾つも転がっていた。
次第に悪化してゆく、この状況から、何としてでも脱する為に、撤退への障害となる感染者達を撃ち続けていた機関銃も、やがて残弾数がゼロとなり、全ての弾薬を撃ち尽くした事で制圧火器が沈黙した各車両の上部には感染者達が次々とよじ登って来る。
装甲車両に群がり、車体を覆い尽くす、その様は、まるで捕らえた獲物の上に黒山になってたかる軍隊アリの姿の様にも見えた……。
最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。
第21話 悪夢の様な世界 いかがだったでしょうか。
次回は、漁労長の体験談で話が進行してゆく予定です。
では、次回をお楽しみに!