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(2) 研究所

今回は、研究施設へと連れて行かれた中城和馬が、全く予想もしなかった事態へと巻き込まれてゆきます。

いったい、その事態とは?

それでは、第2話、お楽しみ下さい。

車中での和馬の頭の中は、不安でいっぱいであった。




『しばらくは、家には帰れないんじゃないか。いや、それよりも、もしかすると、もっと状況は悪く、もう2度と帰れないのではないか。不治の病。隔離。やがて訪れる死。そんなの嫌だ』




まだ、はっきりとした結果は、わかってはいないのに、和馬はどうしても悪い方向にばかり考えてしまう。

この時の和馬は、もう内心、家へと帰りたくなっていたが、まさか、そんな事を言える筈も無く、黙って車に乗っている以外、他はなかった。

例え、ここで思い切って、検査を拒否した所で、相手にそれが受け入れられる筈も無く、抵抗すれば、そのまま拘束されるのがオチだろう。

結局は、どうにもならないのだ。

これから先の事を考え、更に不安になる和馬をよそに、車はひたすら目的地へ向かって走ってゆく。


やがて、車は、木更津市内へと入り、車窓から見える景色も木々や緑が多くなり始めた。

次第に、道路沿いに建つ民家の数も少なくなり、代わりに周りには低い山々が見えてくる。

いつしか、車は山間部へと入り、濃い緑に覆われた丘陵地帯を走り続けていると、前方に研究棟の様な建物が幾つも並んだエリアが見えてきた。

車は、そのままエリア内へと入り、とある建物のゲート前で停車した。

どうやら、2階建ての、この大きな白い建物が、これから再検査を行う医療センターらしい。

進入の際において、セキュリティチェックを行う為の正面ゲート横には、守衛の詰所が設けられ、「国立疾病研究センター入口」と表記された表示板が取り付けられている。




『ん?何か、おかしいな』




表示板に記された建物名称を見た和馬は、ここで、ある疑問を持った。

確か、男の説明では、目的地は医療センターだと言ってはいなかったか?

しかし、ここに表記されている名称は、研究センターである。

これは、いったい、どういう事なのだろう?

単に男の言い間違えだったのだろうか?


何だか、腑に落ちずに下を向いて考えていた和馬が、顔を上げて、ふと横を見ると、守衛と思われる制服姿の男が、ゆっくりとこちらへと歩いて来る姿が見えた。

ここで、車の運転手が窓を開け、守衛に対し許可証らしき物を提示すると、すぐに確認し、一礼した後、そのまま詰所の方へと歩いていった。

守衛が詰所の中へと姿を消した後、進入を防止していたアルミ製ゲートが、ゆっくりと開き、通過可能となった所で、そのまま車はゲートを抜け、敷地内へと向かって前進した後、建物の玄関前で停車した。



「到着しました。ここで降りて下さい」



男の指示により、車から降りた和馬は、2人の男達と共に、建物の玄関へと向かって歩いてゆく。

大きなガラス製の玄関ドアの前へと立った和馬は、玄関の左端の壁に、金属プレートが取り付けられている事に気付く。

この建物の名称を表記した銀色の金属プレートには、「国立疾病研究センター」と明記されており、どうやら、ここは研究所と考えて間違いない様であった。

ここで、男の1人が、玄関横に設置されたセキュリティチェックの前へと立ち、胸から下げたネームタグを識別センサーの前へとかざすと、そのまま暗証番号を入力し始めた。

すぐに、本人確認は終了し、セキュリティロックが解除されると、大きなガラスドアは、自動的にスライドしゆっくりと開いてゆく。



「さあ、中城さん、こちらへどうぞ」



男は、進行方向へ向かって手を差し出して案内をし、和馬も、その言葉に従って、玄関内へと入ってゆく。




『流石に、研究施設というだけあって、セキュリティがしっかりしているな。ここは、ウイルス関連の研究でもやっているんだろうか?』




この研究施設の事が、徐々に気になり始めた和馬は、玄関内周辺をぐるりと見回した。




『随分と、ここは、殺風景だな』




今、和馬の目に映るのは、真っ白で無機質な壁と大きな窓のみで、ここには、飾りらしき物が一切見当たら無い。

恐らく、今、和馬が立っている位置は、ロビーなのだろうが、余りに殺風景すぎる為、ただ広いだけの空間といった感じだ。

でも、まあ、ここは、あくまでも研究施設なので、余計な装飾品など必要無いと言われてしまえば、それまでなのだが。


この広いロビーの更に先には、研究室への通路となる長い廊下が続いており、案内をする男達は、ゆっくりとした足取りで、廊下の方へと歩いてゆく。

案内をする男達の後ろをついて歩く和馬は、先程まで、不安だった事も忘れ、周囲を見回しながら、興味深く観察をする。

今、3人が歩いている廊下は、床や壁、おまけに天井まで真っ白で、白い蛍光灯の光が、全体的に反射しているせいなのか、やけに眩しい。


この研究施設は、研究対象に応じて、様々な研究セクションに分けられているのか、とにかく研究室の数が多く、その為、部屋への入口となる金属ドアが幾つも並び、それぞれのドアには、大きく番号が表示されている。

男は、その中の10番の番号表示があるドアの前へと立ち止まると、ドアへ向かって手を差し出し、中へと入る様、指示を出した。



「この部屋へ入って下さい。我々は、これで失礼いたします」



「えっ?」



男からの意外な言葉に少し驚く和馬であったが、その言葉通り、一礼した男達は、そのまま玄関の方向へと歩いていった。

ゆっくりとした足取りで歩き去ってゆく男達の後ろ姿を見ながら、和馬は首を傾げながら呟く。



「あ〜あ。本当に行っちまったよ。普通は、中に入るまでは、付き添いそうなものだけどな」



1人、ドアの前へと立つ和馬は、何やら、置いてけぼりを食らった様な感じにはなったが、このまま、じっとしていても仕方が無いので、まずは言われた通りにドアを開けてみる事にした。

軽く数回、ドアをノックした和馬は、握ったドアノブを回すと、恐る恐るドアを開いてみる。


開いたドアの先には、どこか病院の診察室にも似た光景が広がっており、壁際には、白い診療用ベッドやスチール製の机、幾つかのスチール棚が並んでいるのが見える。

やや、長目な診療用ベッドの隣には、2つのスチール製椅子が対面する形で置かれ、その内の1つに白衣を着用した研究員らしき男が腰掛けている。

ファイルを手に持ち、ページをめくりながら、内容に目を通していた男は、部屋へと入ってきた和馬を見ると、ファイルを机の上へと置き、片手を差し出しながら、話し掛けてきた。



「中城和馬さんですね。連絡は受けています。さあ、こちらへどうぞ」



「はい」



和馬は、男に言われるまま、部屋の奥へと入ってゆく。



「では、こちらにお掛け下さい」



男は、対面している、もう片方の椅子へと、片手を差し出しながら、和馬に座る様、伝えて来る。



「あ、はい」



男の目の前に置かれている椅子の横側へと立った和馬は、腰掛ける際に、男の白衣の胸元に下げられたネームタグをチラリと見た。

顔写真付きのネームタグには、「主任研究員 川本」と表記されており、やはり、この男は医者ではない様である。



「私は、この国立疾病研究センターの主任研究員をしている川本といいます。中城さんは、今回こちらに来られた理由が、再検査だと言う事は、聞いていますよね」



「ええ」



「よろしい。それでは、早速、再検査を行います。まずは、ウイルス陽性反応が、あるのか、どうかを診る必要があるので、注射を行います。それでは、服の袖をまくって下さい」



「わかりました」



袖をまくって、差し出された和馬の右腕を手に取った川本は、消毒用アルコールを染み込ませた脱脂綿を使って消毒を行った後、診療用ベッドの上に置かれた、薬液の入った注射器を手に取った。

銀色に光る注射針を上へと向け、シリンジ内の気泡を押し出した川本は、消毒済の和馬の皮膚に注射針を当てると、ゆっくりと差し込んでゆく。

次に和馬の右腕には、シリンジ内に入った無色透明の薬液が、そのまま静かに送り込まれる。

やがて、薬液の注入が終わり、注射針を抜いた川本は、手に持った脱脂綿を当てたまま、こう言った。



「もしも、ウイルスに感染していれば、注射後にある反応が表れます。その反応を見て、陽性か、陰性なのかを判断し、更に別の検査を行います。陽性反応が表れた場合……部分が……変化……」



「えっ?あれ?何か良く聞こえない…」


急に川本の声が聞き取りにくくなり、同時に和馬の頭がふらつき始める。

何やら、目眩にも似た感覚と共に、次第に目の前の川本の姿がぼやけてゆく。



『あ…れ…、眠い…。とても眠い…。瞼が開けていられない。何だか、声もどんどん小さくなっていく…。まるで遠くで…声を…聞いて…』



頭のふらつきは、更に大きくなり、とうとう意識を失った和馬は、同時に体の力も失い、そのまま、ぐったりと川本の前へと倒れかかって来る。



「中城さん、大丈夫ですか?中城さん?」



倒れかかってきた和馬の体を咄嗟に支えた川本は、声を掛けながら、肩を揺すってみるが、反応は無い。



「よし、どうやら上手く、眠った様だな」



首をうなだらせ、ぐったりとしている和馬の体を支えながら、ベッドへと寝かせた川本は、白衣のポケットから携帯電話を取り出すと、今度はどこかへ電話を掛け始める。


「私だ。薬が効いた様だ。すぐに来てくれ」



短く連絡を伝えた川本は、電話を切ると、ベッドで眠っている和馬をじっと見つめながら呟く。



「すまないな。これも仕事でね」



和馬は騙されていた。


始めから、相手は検査を行うつもりなど全く無く、眠らせる目的で睡眠薬を注射してきたのだ。

一体、この行為にどんな意味があるのか?

更には、これから、自分の身に何が待ち受けているのか?

今の和馬には、まだ知るよしも無かった…。


やがて、研究室のドアにノックの音が響き、ドアが大きく開けられると、スーツ姿の男が2人、部屋内へと足早に入って来る。

恐らく、この男達は、先程、川本が電話連絡をしていた相手なのだろう。


そのまま、ベッドの横へと立った男達は、横たわる和馬の体を抱き起こし、肩と足首を抱え込むと、入口前に用意しておいたストレッチャーへと運び始めた。

ぐったりとした和馬の体を手際良くストレッチャーの上へと乗せた男達は、川本へ一礼した後、ストレッチャーを押しながら、玄関へ向かって歩き去ってゆく。

状況を全て見届けた川本は、再び、携帯電話を取り出すと、どこかへ連絡を行う。



「もしもし、川本です。今、5人目の確保が終わりました。これより、次の段階に移ります…」

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

第2話いかがだったでしょうか?


今回の話の中で登場して来る木更津市の山中にある研究施設エリアについては、「上総アカデミアパーク」がモデルとなっています。

この上総アカデミアパークは、バイオやケミカルを中心とした各企業の研究所が集まった広大な研究施設群なのですが、話に登場してくる国立疾病研究センターについては、実際には、ありません。


次回は、第3話「移送」をお届けする予定です。

お楽しみに!

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