(17) 対立
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回、いよいよ、和馬達は、目指していた目標物へと到着します。
これが、和馬達にとっての吉となるのか?凶となるのか?
それでは、第17話の始まりです。
島を出発してから、あれから30分が経過した。
まずは、第1の目標を目指す為、雄太は左手に持った双眼鏡を覗きつつ、目標位置を確認し、右手では巧みに舵を取りながら、操船を続けていた。
『何だか、思ったよりも進みが悪いな』
今、雄太が握っているエンジンスロットルは、もう既に全開状態になっているのだが、どうやら潮流の影響をまともに受けて、北東方向へと流されているらしく、いくら、ボートの速力を上げても、思った通りに目標物との距離を縮める事は難しい状態であった。
『くそっ。これじゃ、無駄に燃料を食っちまうな』
それでも、針路を細かく修正し、粘り強く、操船し続けたかいもあり、徐々にではあるが、確実に目標へと近づいては来ており、肉眼からでも、しっかりと確認できる位置まで接近し始めていた。
『予想通りには、いかなかったが、それでも目標へたどり着く事はできそうだな』
更に、雄太は操船を続け、やっと目標物の全景がはっきりと見える位置まで接近した時、目指していた対象物が、岩場などでは無く、れっきとした島である事が明らかになった。
「やっぱり、島だったか」
「目指して来たかいがありましたね。雄太さん」
「うん。そうだね。和馬君、これは、期待できるかも知れないよ」
もう2人の目前にまで、近づいて来ている、この島は見た所、樹木の生い茂る緑豊かな島であり、どうやら、和馬達が暮らした島と大きさから比較してみても、ほぼ同じ位の島の様である。
「ここに人が住んでいてくれれば、良いんですけどね」
「そうだなあ。もしも、ここに住人がいるんなら、物資搬入用の港がある筈だから、まずは、どこかに港が無いか、回り込んで調べてみるか」
「そうですね」
ここで、雄太は、どこかに入港できる港が無いかを確認する為に船の舵を左側へと切り、島の沿岸部へ沿って航行を始めた。
「う〜ん。何だか、この島の周囲は、やたらと絶壁が多いんだな」
「前に、こんな感じの島で居住者のいる島をテレビで見た事がありますよ。確か、絶海の孤島の様な島で、船からの荷の上げ降ろしが大変だといっていたかな」
「そりゃねえ〜、こんな感じの島だったら、物資の上げ降ろしどころか、住む事だって大変だろうからなあ」
「見た目、急傾斜地が多そうだから、住む場所だって限られるでしょうね」
「そうだなあ。ところでさあ。和馬君。なかなか接岸出来そうなポイントが見つからないんだよな」
雄太は、双眼鏡を覗き込みながら、島の様子を確認するものの、どこか上陸する事を拒んでいる様にも感じさせる、この島の風景に対し、思わず大きな溜め息をついた。
どうやら、見た所、この島の外観は、中央部が100m程隆起した地形になっており、その上を密生した樹木が極層林を形成し、更に下側の海岸部分は、岩肌が剥き出た断崖絶壁となっている為、港や堤防どころか、直接上陸できるポイントすら見つける事が困難な状況であった。
「いやあ〜。これは、ちょっと厳しいなあ。なあ、和馬君。上陸出来そうなポイントが見つからないぞ」
「う〜ん。確かにそうですね。でも、雄太さん、諦めずにもう少し、向こう側に回り込んでみましょう」
「そうだな」
何とか、上陸出来そうなポイントを探す為、更にボートは、島の沿岸部に沿って航行を続ける。
やがて、航行を続けるうちに、代わり映えのしなかった島の外観にも変化が現れ始め、海岸部分は、今までの様な断崖絶壁の様相から、緑の生えた緩やかな傾斜地へと変わり始める。
更に、島の向こう側へと回り込むにつれ、海岸部分の外観は入り江状へと変化し、ついに何かを見つけたのか、和馬が興奮気味に、とある方向を指差しながら叫んだ。
「あっ!雄太さん。ほらっ!あそこ、あそこ!堤防がありますよ。あれって、多分、奥側は港になっているんじゃないですか?」
「おっ!本当だ。確かに、和馬君の言う様に港がある可能性は高そうだな」
2人の期待が次第に高まる中、更に海岸へと接近する為、右側へと針路を取る和馬達の前に岩場から突き出した白いコンクリート製の防波堤と自然石を積み重ねた護岸が間近に見えてくる。
ここで、雄太は、エンジンスロットルを大幅に下げ、船のスピードをかなり減速させると、左手に 持った双眼鏡のレンズを防波堤よりも更に奥側へと向け、住人もしくは、建物が無いかを確認し始めた。
「どうですか?雄太さん。向こう岸には、誰かいますか?」
「いや、人の姿は今のところ見当たらないなあ。とりあえず、今、見えるのは、小さな桟橋と漁船にボート、後は建物位だね」
「建物?ああ、確かに何か見えますね。あれって、民家ですか?」
「う〜ん。どうやら、民家で間違い無いみたいだね。ただし、あるのは、その1軒だけの様だ」
「その民家の周りに人はいませんか?」
「いや、見当たらないな。ただ、もっと近づけば、見つけられるのかも知れないな。よし。じゃあ、このまま前進して、港に入ってみよう」
これから、港へと入港する為、低速状態で前進し始めたボートは、左右2ヶ所から短く突き出た防波堤の間を通り抜け、その奥に作られた小さな港へと入ってゆく。
「どうやら、ここは、漁港みたいだな」
「ええ。そうみたいですね」
ゆっくりと前進を続けるボート上から、和馬達が見回している視線の先には、自然石を積み上げた護岸や陸揚げされた大型ボート、金属製桟橋に係留中の漁船などが見えており、どうやら、近くには、船体を係留するのに好都合なビット(係船柱)を備えたコンクリート製の波止場もある様だ。
「よし。和馬君、あそこに係留しよう」
ここで、エンジンスロットルを大幅に下げ、船の速度を更に低速状態にまで落とした雄太は、ボートを係留する場所を波止場とする事に決め、これから、船体を横着けさせる為にゆっくりと舵を左側へと切った。
緩やかなカーブを描きながら波止場へ沿って回り込んだボートは、コンクリート岸壁すれすれに船体側面を接岸させて停船し、船首側にて立ち上がった和馬は、係留用ロープを掴むと波止場へと向かってロープを投げ入れた。
「それじゃ、雄太さん。俺が先に降りてみます」
「解った。干潮のせいで岸壁よりも船体が下がっているから、よじ登る時、気をつけてな」
「了解です」
現在、潮位の低下で、船体が下がっている事により、自分の胸の高さまで上がってしまっているコンクリート製岸壁の縁を手で掴んだ和馬は、弾みをつけると、勢い良く岸壁上へと、よじ登った。
一気に岸壁上へと登り上がり、すぐに係留用ロープを拾い上げた和馬は、一定間隔で据え付けられている金属製ビットの1つへとロープを巻きつけ、素早く結わえてゆく。
「悪いが、和馬君。これも頼む」
係留用ロープを結び終えた和馬の元に、今度は、ボートの船尾の方からロープが投げられ、足元へと落ちたロープを掴んだ和馬は、そのまま引っ張りながら、別の金属製ビットへとロープを結わえ、船体を波止場へと係留させた。
「これで、良しと」
「ありがとう、和馬君。それじゃあ、俺も降りるとするか」
船外機のスイッチをOFFにし、エンジンを停止させた雄太は、先程の和馬と同様に岸壁の縁を手で掴むと、勢い良くよじ登り、波止場の上へと立ち上がった。
「何だか、ここは、随分と静かな所だね」
「ええ。今の所、全く人の気配もありませんね」
波止場へと立った2人は、誰か人を探そうと周辺を見回してみるが、肝心の人はおろか、上空を舞う鳶の姿以外は、特に動く物の姿は、見当たらなかった。
「しかし、船がこうして係留されている以上、誰かしら、人はいるんだろうな」
「まあ、確かに民家もありますしね。ここに人がいる可能性は、充分に高いですよ」
「そうだな」
和馬と雄太は、この島に住人がいる事を期待しつつ、波止場を離れ、民家のある奥側へと向かって歩いてゆく。
この波止場から、更に進んだ先には、緩やかな傾斜のコンクリートスロープがあり、どうやら、ここから、上へと上がる事ができる様である。
遠くから、僅かに聞こえて来る、岩へと当たって砕け散る波の音以外は、周囲から、特に音もしない静けさの中、スロープを上がり始めた和馬達の靴音が小さく響く。
このスロープを上がり切った先には、やや幅が広めのコンクリート道路が続き、その奥へと建つ1軒の立派な日本家屋の前で道路は途切れている。
和馬達が日本家屋へと向かって歩き出した道路の端には、2人が乗ってきた小型ボートよりも、はるかに大きなタイプのボートがトレーラーに載せられた状態で何隻も並べられ、真っ白な船腹を陽の元へと晒していた。
「雄太さん。あれがボートの上から見ていた建物ですよね」
「うん。間違いないみたいだね。よし、行ってみよう」
最も、人に会える可能性が高いと思われる前方の日本家屋へと向かう為、和馬達がボートトレーラーの横を通り過ぎて行こうとしたその時、突然、ボートの陰から数人の人影が姿を現し、並んだ形で和馬と雄太の行く手を塞いだ。
「おっ!なっ、何だ!」
この場においては、全く予想もしていなかった、住民の突然の出現に対し、驚きの声を上げながら、立ち尽くしている和馬と雄太の前方を5人の男達が立ち塞がる。
『なっ、何だろう、この人達は!ここの住民なのか?』
本来ならば、救援を求める為に人を探すという目的は、今、この時点で達成された訳で、一先ずは、ほっと胸を撫で下ろすべき所なのだが、実際の所は、仁王立ちになり、立ち塞がっている男達は、和馬達を睨みながら、殺気だった表情をしており、とてもではないが、助けを求める相手では無い雰囲気を醸し出していた。
しかも、男達は、5人共、普段から力仕事にでも従事しているのか、見た目から屈強そうな体つきをしている上、更に厄介な事に、その手には、マキリ(漁で使用する小刀の事)や剣鉈がしっかりと握られている。
この様に、ただでさえ、物騒な刃物を和馬達に向けて構えているというのに、殺気だった相手は、今度は、今すぐにでも刺しそうな勢いで、鋭く光る切尖を2人に向けて突き出してきた。
「おい!お前ら、どこから来た!」
「ふん!どうせ、助けを求めて、ここに来たんだろうが、お前らにくれてやる物なんてねえぞ!」
「ここに来ても無駄だからな。怪我しねえ内に、とっとと島から出ていけ!」
男達は、口々に怒鳴り、あからさまに2人へと強い敵意を向けて来ているが、対する和馬や雄太にしてみれば、なぜ相手が、その様な態度に出てくるのか、その理由がさっぱり解らず、ただただ困惑するばかりであった。
『こいつらが何故、怒っているのか、さっぱり意味がわからん。そういえば、こいつらの中の1人が、助けを求めて、ここに来たんだろうと言っていたが、何で俺達が助けを求めに来たって解ったんだろう?』
確かに、和馬が疑問に思う通り、2人が何故、この島へ来たのか、その理由をまだ、一言も相手には、伝えてはおらず、相手の男達は、ここへと来た理由については、知らない筈なのである。
それなら、何故、相手は、和馬達が助けを求めに来たと解ったのだろうか?
更に、もう1つ疑問が残る。
それは、和馬達に対する、男達の敵意剥き出しの態度についてである。
例えば、外部との交流が少ない辺境の地に住む者が、突然やって来た見知らぬ来訪者を強く警戒する事は、良くある話だが、普通は、刃物を突きつけて、ここまで威嚇する様な事まではしない筈である。
これでは、余りにもエスカレートし過ぎであり、全くもって、異常としか思えないのだ。
では、それならばと、和馬は、相手の誤解を何とか解いてもらう為に、説明をし、説得を試みる事にした。
「あのう。皆さん、何か勘違いをしていませんか?俺達は、何もしませんし、別に怪しい者では無いんですけど」
敵対する意志など全く無い事を相手に伝えた和馬が、そのまま1歩前へと歩み出ると、男達は、手に持った刃物を構えたまま、1歩下がり、再び怒鳴り声を浴びせてきた。
「うるせえ!じっとしてろ!」
「この野郎!動くんじゃねえ!」
全く話し合いに応じ様とはせず、今にも、手に握った刃物で刺しかねない相手に対し、無闇に動く事は、かえって危険だと判断した雄太は、これ以上、前へと進まぬ様、和馬の前へと手を伸ばし、すぐ止まる様にジェスチャーをした。
「和馬君、あまり連中を刺激しない方がいい。ここは、一先ず、抵抗しない事をアピールする為にも、じっとしていよう」
「え、ええ、そうですね」
雄太の言葉に和馬も納得し、小さく頷く。
何故、男達が、ここまで警戒し、尚且つ攻撃的な態度を見せるのか、当の和馬や雄太にしてみると、さっぱり解らない所なのだが、ただ一つだけ言える事は、今の状況では、相手への説得はおろか、何を言った所で、会話そのものが成立する事は無いであろう。
それならば、事態が、これ以上、悪化する事を避ける為にも、ここは、一先ず、おとなしくしている方が一番懸命にも思える。
それならばと、抵抗しない事をアピールする為、小さく両手を挙げた和馬は、しばらくは黙ったまま、相手の様子を見てみる事にした。
『くそっ!助けを求める為にやっとの思いで島を出て、念願だった他の人間にようやく出会えたというのに、何でこんな事になっちまうんだよ!』
全くの期待外れとなった状況に対し、失望した表情を浮かべながら、下を向く、今の和馬に出て来るのは、絶望感を伴った大きな溜め息ばかりである。
『さあ、どうする?この状況、どう乗り切る?』
何とか、今の危機的状況を打開する様な良い案は、無いものかと、下を向いたまま考える和馬の目に、腰から太ももにかけて装着された、ある物が映る。
『ん?マチェットか。どうせ、俺達がボートまで走って逃げたとしても、相手は絶対に追いかけて来るだろうし、最悪、脅しの為に、こいつを使う事も考えておかなければならないだろうな』
これから、もっと最悪の事態へと発展する可能性も考えつつ、再び顔を上げて前を見た和馬は、2人が装備しているマチェットを指差しながら、男達が何やら、ひそひそと小声で話している事に気付く。
『まずいな。あいつら、マチェットに気付きやがった』
今、自分達が構えている刃物よりも、明らかに相手が、より大型で刃渡りの長い刃物を所持している事に気付いた男達は、和馬達がシースからマチェットを引き抜く前に先手を打つつもりなのか、囲む様にしながら、じりじりと間合いを詰め始めた。
「雄太さん、こいつは、いよいよヤバいですよ。どうやら、奴らは先手を打ってくるみたいです」
「ああ、そうみたいだな。いよいよ、こいつは、一戦交えるしか無さそうか」
下手をすれば、命のやり取りにも繋がりかねない、最悪な状況を前にした和馬と雄太の背中には、冷たい汗が流れ始め、高まる緊張感によって、心臓の鼓動は更に速くなってゆく。
やがて、張りつめた緊張が、ピークへと達し、一触即発の状況まで追い込まれた和馬達が、いよいよマチェットのグリップへと手を伸ばそうとした、その時、どこからか男の大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、何やってんだ!お前ら!」
今にも、マチェットのシースロックを外そうと手を伸ばしかけていた和馬の目に前方から歩いて来る1人の男の姿が映った……。
最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。
第17話「対立」いかがだったでしょうか。
次回、第18話では、話の最後に登場した男が和馬達にとって味方となる存在になってくれるのか、否か、気になる部分が明らかになります。
それでは、次回をお楽しみに!