(13) 思わぬ拾い物
読者の皆様、こんにちは!
今回で、ストック分4連続投稿の最終日になります。
それでは、第13話の始まり、始まり
この島で暮らし始めてから、2ヶ月余りが過ぎ、もう夏も終わりかけた、ある日の事。
この日、大島は、食料確保と息抜きも兼ねて、砂浜海岸より、更に先にある磯場へと出掛け、趣味の磯釣りを楽しんでいた。
大島は、釣果が上がる事を期待して、あらかじめ目星をつけていたポイントに釣り座を構えたものの、この日は、全く風が無い上に海は珍しくベタ凪であり、せっかく、爆釣を夢見て投入した仕掛けをかまってくれる相手も無いまま、静かに漂うウキをただひたすら、見つめ続けるばかりであった。
「おい、おい。いつまで、この忍耐の時間が続くんだよ。あっ!やっと、アタリが来たか!」
やっと、大島の願いが通じたのか、海面下へと赤いウキが、サッと消し込み、その瞬間、大島が手慣れた様子でタイミングを合わせ、ロッド(竿)を立てると、直ぐ様、引ったくる様な強い引きが手元へと伝わり、たちまち竿先は弓状へと変化した。
「おおっ!こいつは、良型サイズが来たか?」
海面下で強い抵抗を続けている獲物のサイズを想像しながら、待ち続けた甲斐があったとして、その喜びに思わず口元を緩ませた大島は、相手のパワーに対し、ラインブレイクされる事の無い様、上手くやり取りを続け、相手の力が弱まってきた所で、一気にリールを巻き上げた。
やっと、海面にゆらりと黒い姿を現した、その相手は、もう一度、パワーを見せつけるかの様に垂直方向に海中へと潜り、最後のひとのしを見せてはいたが、そんな抵抗もそれまでであり、数分後には、引き寄せられて、大島の手へと収まる事となった。
「よしっ!40cmクラスのクロメジナを釣り上げたぞ!」
油断してばらされる事が無い様、慎重に岩場へと引き上げたクロメジナをしっかりと手に取った大島は、手へとずっしりと伝わる重量感と黒く立派なサイズの魚体を見つめながら、満面の笑みを浮かべると、口元へとがっちりと掛かっている針を外し、獲物を木箱を代用したクーラーボックスへと、そっとしまった。
釣り上げられても、獲物はまだ諦める事無く抵抗を続けているのか、がたがたと小刻みに揺れている木箱をチラリと見た大島は、ロッドを構えると、餌付けの終えた仕掛けを海面に向けて再度、投入する。
ここから先は、運が向いて来たのか、それとも魚の活性が上がって来たのか、立て続けにウキにアタリが出始め、大島は、その度に確実に釣果を増やし続けていった。
「ちょっと、ここらで一息入れるか」
「お〜い。大島さ〜ん」
良型サイズの魚とのやり取りを存分に楽しんだ事により、満足気な表情を浮かべた大島が一息ついている所へ今度は和馬がロッドを持って磯場へとやって来た。
「大島さん。釣りの方はどんな具合ですか?」
「おっ、和馬君、来たか。このポイントは、なかなか良いぞ。さあ、ほら、ここ来て、ここ」
海水で濡れて滑り易くなっている足元に注意しつつ、笑顔で手招きをしている大島の側へと歩いて行った和馬は、その隣に立つと、手に持っていた釣り道具入りの箱とロッドをゆっくりと足元へと置いた。
「大島さん、どうですか?何か釣れましたか?」
「うん。クロメジナとイスズミがさあ、ばたばたっと、立て続けに釣れたよ。ほら、そのクーラーボックスの中に入っているから、見てみるかい?」
「へえ〜。それじゃあ、大島さん。ちょっと失礼します」
大島から釣果を聞いた和馬は、その場にかがみ込むと、足元に置かれたクーラーボックスの蓋を開け、中を覗き込んだ。
「どれどれ。おっ!すごい!大島さん、良型サイズが釣れているじゃないですか!」
木箱を利用したお手製クーラーボックスの中には、氷に混ざって30〜40cmクラスの魚が数匹程入っている。
「和馬君、ここは、なかなか良いポイントだよ」
「いやあ、こんなのが釣れれば良いですよね。よしっ、それじゃあ、俺も、ここにお邪魔させてもらうとしますか」
大島の隣へと釣り座を構える事にした和馬は、すぐに仕掛け作りに取りかかり、大島から、剥き身の状態になった、餌のヤドカリを受け取ると針に付け、仕掛けを素早く海へと投入した。
振られたロッドの勢いによって、ふわりと空中へと飛ばされた赤いウキは、海面へと静かに着水し、波間をゆらゆらと漂い始める。
「さあて、何が来るかな?」
「ここは、魚影も濃いみたいだよ。多分、アタリもすぐに来ると思うよ」
「期待出来そうですね。大島さん」
「そうだね。さあ、和馬君、爆釣といこう」
2人は、更なる釣果に期待をふくらませ、一心に海面を漂うウキを見つめるが、高まる期待とは裏腹に、ここから先は、忍耐の釣りへと変わっていった。
静かに波間を漂う赤いウキは、海中へと引っ張られる事も無く、たまに確認の為に仕掛けを引き上げてみても、付けエサをかじられた形跡すら無かった。
『おかしいな。こんな筈じゃ、なかったのにな』
『さっきまでの食いは一体何だったんだ?』
全くのアタリの無さに思わず首を傾げつつも、しばらくは、2人、岩場へと座り込んで無言でウキを見つめていたが、余りの退屈さに、しびれを切らした和馬が大島へ話し掛けてくる。
「全く食ってきませんね」
「う〜ん。アタリ無しだな」
「これって、ある意味、忍耐の釣りですよね」
「そうだねえ。忍耐だなあ」
「そういえば、大島さん」
「ん?何だい?」
「俺達をこの島へ釣れて来た連中って、俺達が釣り好きだって事を知っていたんですかね?」
「さあ、どうだろうなあ。まあ、一応、磯釣り用、投げ釣り用のロッドとリールが何組かと釣り道具も揃えてあった訳だから、取り敢えず、目の前が海だし、その内に暇潰しに釣りでもするだろうと考えていたんじゃないの」
「でも、それにしては、クーラーボックスだけは、揃えてはくれませんでしたね」
「あ〜、全くだなあ」
2人は、クーラーボックスがわりにしている薄汚れた木箱を見て笑った。
「ところで、話は変わりますけど、大島さんの実家って農業をやっているって聞いたんですけど、どんな野菜を作っていたんですか?」
「う〜ん。そうだなあ。ここへ連れて来られる前は、ソラマメとジャガイモを栽培していて、ちょうど収穫をしている最中だったよ」
「へえ〜。じゃあ、今時期だったら、何を作っているんですか?」
「そうだなあ。今なら、キュウリやナス、トマトだなあ。もう夏野菜も出荷のピークを迎えているだろうから、今頃は、かみさんと親父が、大忙しで収穫やら出荷やらをやってるだろうよ。そういえば、和馬君は会社勤めだっけ?」
「ええ。俺は、工場に勤務していました」
「ご家族の方は?」
「父と母がいます。あと、自分は1人っ子なもんで」
「そうか、3人家族か。今頃、ご両親は、心配しているだろうなあ」
「ええ、多分……」
和馬は、突然、連れて行かれる事となった、あの日の朝、玄関から慌てて飛び出して来た両親が道路上に呆然と立ち尽くしていた光景を思い出した。
あの当時、陽性反応者は、拘束された後、再検査の結果によっては、施設に隔離されてしまうらしいという噂は流れていたが、本当の所はどうなのかについては、正確な情報が伝わってはおらず、周りにも事実を知る者はいなかった。
その後、和馬自身が身をもって知る事となった、今の現状こそが、まさに知られざる真相であったのだ。
恐らく、和馬の両親は、連絡もつかず、未だ戻っては来ない息子の事を心配して、各方面に問い合わせを行っているのだろうが、既に相手が十分に根回しをして、消息が掴めぬ様、情報の遮断をしている事は容易に想像できる。
恐らく、この事については、中城家だけで無く、大島家に対しても、ほぼ同じであると考えて間違いないだろう。
「自分の未来が、こんな事になってしまうなんて、思いもしなかったですよ」
「そうだよな。こんな末路が待っているなんてな」
ここから、再び2人は、無言になり、静かに漂うウキを見つめ続けるが、相変わらずウキが引っ張られる気配は無い。
「あ〜あ。全くアタリが無いな。大島さん、俺、ちょっとポイントを変えてみますよ」
「解った。私の方は、もう少し、ここで頑張ってみるとするよ」
魚が全く釣れない理由は、ポイントの悪さにあると、そう判断した和馬は、ロッドと道具箱を両手に持って立ち上がると、少し離れた別の岩場へと移動して行った。
和馬が、別のポイントへと移動してから、やや時間が経過し、ちょうど大島が仕掛けを引き上げ、エサの付け替えを行おうとしていた時、突然、大島を呼ぶ、和馬の大きな声が聞こえてきた。
「大島さ〜ん。大島さ〜ん」
「ん?何だ?お〜い、和馬く〜ん、どうした」
大きな呼び声と共に慌てた様子で戻って来る和馬を大島は、不思議そうな表情で見つめる。
海水で濡れた岩場の上を足を滑らさぬ様、注意して、大島の側まで近づいた和馬は、自分が来た方向を指差しつつ、息を弾ませながら、大島へ向かってこう言った。
「大島さん。向こうの岩場で良い物を見つけましたよ!」
「良い物?えっ?何だい?良い物って」
「ボートですよ。ボート!エンジン付きの小型ボートが向こうの岩場に打ち上げられているんですよ」
「え?ボートが?それで、打ち上げられているのは岩場のどの辺り何だね?」
「今から案内しますよ。こっちです。こっち」
興奮冷めやらぬまま、案内の為、先に歩き出した和馬の後を大島も一緒について歩いて行く。
そのまま、岩場を50m程歩き、所々、大きなタイドプールが点在する場所まで、さしかかった時、和馬が立ち止まって、ある方向を指差した。
「ほら、大島さん。あれ、見て下さい。ほら、あそこ」
「おっ、本当だ。確かにボートだな」
今、和馬が指差している先には、確かに小型ボートが、打ち上げられ、岩場に乗り上げた状態になっている。
しかし、その船体の状態は、決して良いとはいえず、船体側面には、無数の穴が開き、全体の損傷が余りにも酷い。
まるで、風穴でも開けられたかの様に開いた、その穴は、船体側面ばかりでなく、船尾に取り付けられた船外機のエンジンカバーにも開いており、外観から判断しても、船外機本体が何らかのダメージを受けている事は明らかであった。
「和馬君。こいつは、ちょっとコンディションが最悪だなあ」
「ええ、まあ、確かにそうですね」
「よし。まあ、取り敢えず、近くによって見てみよう」
滑り易い岩場の上を慎重に歩き、損傷の激しいボートの側へと近づいた大島は、そのまま船尾へと回り、船外機から出ているスターターロープの取っ手を見つけると、そのまま握って構えた。
「余り、期待出来そうには無いが、一応チャレンジしてみるか」
大島は、手に握ったスターターロープを勢い良く引っ張り、エンジンを始動させようと試みるが、スターターロープを最後まで引き切っても、エンジンの始動はおろか、スターター自体が作動する気配すらみられない。
「駄目だな、和馬君。こいつは、エンジンがいかれちまってるよ。船体だって、見た目、ボロボロで、こんな有り様だし、こりゃあ、ちょっと使い物にはならないなあ」
握っていたスターターロープをすぐに放した大島は、お手上げだといわんばかりに肩をすくめて見せた。
「確かに外観を見た感じでは、全く使い物にはならないボロ船に見えるんですけど、実はたった1つだけ、役立ちそうな部分があるんですよ」
傾いたボートのすぐ側に立った和馬は、酷く損傷の激しい船体を手の平で叩いてみせた。
「え?役立ちそうな部分だって?このボートに?和馬君、そりゃあ一体、どの部分何だね?」
「実はね、大島さん。エンジン部分が使えそうなんですよ」
和馬は、穴が幾つか開いた状態の船外機を指差す。
「ええっ?このエンジンがかい?これって、使い物になるのかい?」
「いや、いや、大島さん。別にエンジンそのものを使う訳じゃないんですよ。欲しいのは、エンジンに取り付けられている点火プラグなんです」
和馬から点火プラグという言葉を聞いた大島は、急に何かを思い出したのか、一瞬、はっとした表情を見せると、すぐに船外機を指差した。
「あっ、そうか!思い出したぞ。確か、前に和馬君が点火プラグの無い状態の船外機付ボートを見つけたって言ってたよな。そのボートに、このエンジンの点火プラグを転用する訳か」
「その通り!もし、点火プラグのネジ山のピッチと長さ、熱価番数が合えば、このまま、取り外して転用ができる筈です」
「和馬君が見つけたという小型ボートの船外機に点火プラグが入って、上手くエンジンが掛かれば、この島からの脱出だって夢じゃなくなるな」
「ええ、こいつは、期待できますよ。俺、すぐに雄太さんを呼んできますね。後、プラグレンチも一緒に持ってきます」
「よし。解った」
すぐに和馬は、雄太を連れて来る為、ログハウスの方へと足早に戻っていった……。
最後まで、読んでいただきましてありがとうございます。
果たして、脱出の要となる小型ボートのエンジンを始動させる事が出来るのか?
次回、こうご期待!