(11) 現実
読者の皆様、お待たせいたしました。
今回、探索を続ける和馬達に厳しい現実が待ち受けます。
それでは、第11話の始まりです。
早朝4時。
外から、聞こえて来る小鳥の鳴き声と共に和馬達は、目を覚ます。
夜間、しとしとと降っていた小雨は、既に止み、明るくなり始めている外からは、ひんやりとした涼しい風が室内へと入って来ている。
さっそく寝袋から出て、上半身を起こした和馬は、そのまま立ち上がろうとするが、昨日の5時間にも及ぶ、藪こぎによる疲労の為なのか、今日は、やけに体が重く、しかも、やたらと節々が痛くなっている事に気付く。
普段、余り使わない筋肉を思い切り酷使した影響は、翌日にしっかりと筋肉痛と関節痛という形となって現れていた。
「あいたたた」
体を動かす度に痛む腰と背中を手で叩きながら、一旦立ち上がるのを止め、今度は寝袋から横へと這い出した和馬は、そのまま四つん這いの状態で、昨夜から放置したままのガソリンストーブの位置まで這っていくと、バーナーを点火させ、湯を沸かし始めた。
まだ、眠い目をこすりながら、湯沸かしをする和馬の横では、寝袋から上半身だけ起き上がらせたままの雄太が、首筋を手でボリボリと掻きながら、大きな欠伸をしている。
どうやら、昨晩、室内に侵入してきた蚊による集中攻撃を受けたらしく、見た所、随分と寝不足の様である。
「くそっ。蚊の奴ら、一晩中、顔にまとわりつきやがって。こうなるんなら、蚊取り線香を持って来るんだった」
不機嫌そうに、ぶつぶつと呟く雄太も、やはり和馬同様に筋肉痛なのか、立ち上がる事無く、そのまま寝袋から横へと這い出ると、四つん這いになったままの状態で顔をしかめている。
「あいたたた。うああ、節々が痛え」
「おはようございます。雄太さん」
「ああ、おはよう。和馬君。あ、痛てて」
「ああ〜、雄太さんも、やっぱり筋肉痛ですか?」
「う〜ん。筋肉痛も酷いんだけど、ちょっと、関節と腰がねえ。あ痛たた」
「昨日は、嫌という程、体を動かしましたからねえ。俺も今日は、体中が痛いですよ。おっ、そろそろ湯が沸くかな」
ガソリンストーブの火にかけていたコッヘルの湯が沸いた所で、和馬は昨日の残りであるレモンティーのパウダーをマグカップへと入れ、湯を注いでゆく。
部屋内にレモンティーの甘い香りが広がり始めると、顔を上げて、漂う香りを嗅ぎながら雄太が呟く。
「たまには、紅茶も良いねえ」
「そうでしょ」
和馬達は、胡座を組んで座り、ザックの中から、小さなポリ袋を引っ張り出すと、袋を開封して中身を手に取った。
その取り出した中身とは、クラッカーとジャムのセットであり、どうやら、今朝の朝食は簡単に済ませてしまう様である。
手に持ったクラッカーをかじりながら、しきりに欠伸を繰り返す2人は、まるっきり寝不足の上、疲れも全くとれてはいない様子であった。
余り食欲も無いまま、簡単な朝食を済ませた2人は、地面に置いたままの装備品をザックへと収納し、すぐに出発できる様、準備を整えた。
昨日は、例の「藪こぎ」に時間を取られ過ぎ、余り探索距離を稼ぐ事ができなかった為、今日は、その分、更に前進しておきたい所である。
慣れた様子で、手早く収納を済ませた和馬達は、ザックを手に取ると、背中へと一気に担ぎ上げる。
「うっ!何だか、昨日よりも、ザックが重い気がする。しかも、筋肉痛で身体中が痛え」
「痛てて!ああ、まいったなあ」
身体中から感じる筋肉痛と節々の痛みにより、顔をしかめている2人は、どうやら、昨日の疲労が、まだそのまま残ってしまっている為か、ザックが昨日以上により重く感じている様だ。
「でも、我慢するしかないな。まあ、仕方ない」
「そうですね。さてと、行きましょう」
筋肉痛を我慢しつつ、一晩、泊まったボート小屋を後にした2人は、雨上がりの濡れた地面を一歩ずつ歩いてゆく。
更に草むらを抜け、海岸へと出た2人は、まだ気温の低い早朝の砂浜をゆっくりと歩き始める。
ここは、出来る事なら、暑さで体力を奪われる心配の無い、今の内に、何とか距離数だけでも、稼いでおきたい所だ。
溜まっている疲労の影響で、一歩ずつ繰り出す足取りが、どこか重い2人は、朝日によって、煌めく海面を横目で見ながら、ただひたすらに黙々と歩いてゆく。
規則正しく打ち寄せる波の音を耳にしつつ、波打ち際を1時間程、歩き続けていた2人であったが、何かを見つけたのか、急に雄太が立ち止まり、前方を指差した。
「おい、和馬君、見ろよ。あれ、見覚えないか?」
「えっ?」
雄太が腕を伸ばし、指差す方向には、何やら丘の様な物が見え、目を凝らして見つめる和馬の瞳には、建物と3基並んだ風力発電機の姿が映っていた。
「あっ!えっ?あれって、まさか……」
明らかに動揺し始めている和馬には、今、目にしている景色に見覚えがあった。
「とにかく、行ってみよう」
「え、ええ」
2人は、前方に見えている丘へと向かって、足早に歩いてゆく。
波打ち際から離れ、砂浜を横切り、見覚えのある、丘へと続く狭い小道を上がりきった時、その先には、2人が昨日まで居た3棟のログハウスが姿を見せていた。
「そんな……」
「えっ?ええっ?2人共、一体どうしたの?」
「和馬お兄ちゃん、雄太お兄ちゃん、どうしたの?」
ログハウスを呆然と見つめ、立ち尽くす和馬達のすぐ近くには、ちょうど早朝の散歩をしていたのか、礼菜と麻美が、呆気に取られた表情で2人をじっと見つめている。
「俺達、結局、戻って来てしまっている……」
「それって、じゃあ、ここは、やっぱり……」
厳しい現実を理解した和馬は、言葉に詰まり、そのまま大きく溜め息をつく。
探索途中、確かに2人は、山に入ったりもしたが、間違え無く、海岸線に沿って前進はしていたのだ。
しかし、その結果、元の場所に戻って来てしまったという事は、そこから導き出される結論は1つしかない。
「もしかしたらとは、思ってはいたけど、まさかな」
「いざ現実として突き付けられてみると、きついですね」
和馬と雄太は、まるで力が抜けてしまったかの様に、その場に座り込み、そんな2人の姿を見ていた礼菜と麻美は、すぐに駆け寄り、話し掛けるが、放心状態の2人の耳には、全く届いてはいなかった。
べったりと地面に座り込んだまま、顔を上げ、空を見つめた和馬は、力無く呟く。
「ここは、島だったんだ……」
余りにも早かった、探索の終了から1時間後……。
和馬と雄太による探索の結果、予想以上に厳しい現実が明らかとなった為、急遽、ログハウス内の食堂に5人全員が集まり、早朝ミーティングが行われる事となった。
このミーティング内で、和馬と雄太は、探索結果の詳細を報告し、この地が島である事を3人へと伝えた。
「そうか。ここは、島なのか……」
「もしかしたら、とは思っていたんだけど……」
結果を聞いた大島達は、この時、表情が強張ってはいたものの、特に動揺している様子も無く、既に心のどこかでは、あるいは、もしかしたらと思ってはいた様であった。
「自分の置かれている状況が隔離かも知れないと思った時に、ここが島である可能性も考えていたんだよな」
大島の言葉には、隣に座る礼菜も同感であった。
「そうね。考えるのは、怖かったけれど、心のどこかでは、そうじゃないかと思ってはいたのよね」
「ここが島だと、解ったからには、結局、誰かがここに来てくれるか、もしくは、残されているというボートを何とか使うしか、脱出の方法が無いという訳だな」
大島は、両腕を組むと、大きく溜め息をついた。
「あのう、大島さん。ちょっといいですか?」
「ん?和馬君、どうした?」
「これは、俺からの提案なんですけど、もう、こうなってしまった以上、まずは、この現実を受け入れて、助けが来る迄の間、ここでどう上手く暮らしていくかを考えた方が良い気がします」
「う〜ん。確かにそうだなあ。ここは、食料も揃っている訳だし、助けが来る迄、じっくりと構えた方が良いのかも知れないな」
「そうね。確かに、こうなってしまったら、現実を受け入れて、その間、事態が好転するのを気長に待ったほうが良いのかも知れないわね」
「こうなったらもう、この地での長期戦の構えといくか。もしかしたら、和馬君が話してくれた、例のボートの持ち主も、また近々、この島へと来るかも知れないし、それまでは、こちらも頑張って待っているとしよう」
今回、厳しい現実を知ってしまった事で、大島達3人が、深い絶望感に捕らわれてしまうのではないかと、和馬は心配していたのだが、どうやら、大島と礼菜については、大丈夫そうであり、一先ずは、ほっと胸を撫で下ろす。
こうして、大人4人は、現実を受け入れることにし、長期戦となるであろう、この地での「救助待ち」の覚悟を決めた。
だが、ここで心配なのは、まだ幼い麻美が、この現実を受け入れ、長期に渡る可能性の高い「救助待ち」に耐えられるかどうかについてであった。
礼菜は、そんな麻美の事を心配し、そのまま抱き寄せると、その小さな背中に、そっと手を回した。
「礼菜先生……」
「大丈夫よ。麻美ちゃん。私達がついているからね」
「うん」
麻美は、まるで母親に甘えるかの様に礼菜に抱きつくと、その胸元に小さな顔をうずめた。
「皆さん。結局、こんな結果になってしまったけれど、それでも、誰かが、きっと助けに来てくれるという希望だけは、捨てずに、これからを頑張っていきましょう」
和馬は、そう言って一礼し、席を立とうとした時、大島と礼菜が、和馬と雄太に向かって深々と頭を下げた。
「和馬君、雄太君、今回の探索、本当にお疲れ様でした。これから、この島で、どう暮らして行くのかについては、また後で話し合っていきましょう。2人共、今は、とても疲れているでしょうから、まずは、ゆっくりと体を休めて下さい」
「あっ、どうもありがとうございます」
和馬と雄太は、大島から労いの言葉を受けて、一言、礼を言うと、ゆっくりと席を立った。
食堂を出て、自分の部屋へと歩いて行く和馬と雄太の後ろ姿を見つめながら、大島は思った。
『今後、自分達が、どうなっていくのかについては、確かに不安はある。でも、唯一の救いなのは、ここにいるのが、私一人では無いという事だ。ここには、支え合う仲間もいるし、こうして、頑張ってくれている若者もいる。今は、まだ、この現状を受け入れ、耐えていくしかないが、5人で力を合わせれば、きっと困難も乗り越えていけるに違いない。そうだ!今は、希望を捨てずに、何とか、この島で頑張って行く事を考えよう。そして、絶対に、いつの日にか、ここに誰かが助けにやって来てくれるさ。その時は、みんなで一緒に、この島を出よう。いつか、きっと……』
最後まで、読んでいただきましてありがとうございます。
第11話、いかがだったでしょうか。
今回、ストック分が貯まりましたので、明日も投稿したいと思います。
それでは、また明日、お会いしましょう。