第1章 (1) 始まりの朝
今回、初めて、長編小説に挑戦する事となりました。
この物語は、前半部分(1〜18話まで)はサバイバル要素が強く、中盤部分(19話以降)からは、ホラー色が強くなっています。
19話以降については、サバイバル的な内容と共にスプラッターな要素も出てきますので、どうかご注意下さい。
それでは、お話をお楽しみ下さいませ。
災いは、何故、訪れるのか?
人類が誕生して以来、地球の豊かな恩恵を受ける反面、様々な災厄も訪れ、人類はそれに立ち向かってきた。
訪れる災厄は、ある時は、天災であり、また、ある時は、病魔であったが、それでも人類は、幾度となく、その危機を乗り越え、様々な困難を克服する事で、現在の繁栄を勝ち取ってきたのだ。
しかし、災厄自体は、無くなる事も無く、姿を変えて、幾度となく忍び寄ってくる。
中でも、病魔という災厄は、常に人類を脅かし続け、人類は、病魔の脅威に対抗する為に、医学を発達させてきたが、次々と出現する新種のウイルスに対し、医学が追いつけなくなる事態が起き始めていた。
更には、病魔に苦しむ人間をまるで、あざ笑うかの様に、ある時、また1つ新たなウイルスが出現した。
この未知のウイルスは、最悪な災いとして、徐々に人間に忍び寄り始めていた…。
出現した未知のウイルスは、日本国立感染症研究所によって、感染率の高い新種のウイルスと確認され、極めて危険度の高いグループ4扱いとなった。
この為、新型ウイルスの徹底解明は急務とされ、ウイルスに対抗する為の治療薬の研究もすぐに始まった。
一方、厚生労働省は、この新型ウイルスについて、マスコミやインターネットを通して発表し、すぐに感染拡大に対する防止措置を開始した。
その措置とは、全国民への強制検査採血を実施し、検査後、陽性反応が認められた場合は、直ちに病院へと隔離されるというものであり、検査拒否者に対しては、国家機関によって、身柄を拘束、連行されるといった厳しい措置もとられていた。
この検査採血については、全国の病院、公共施設、学校などで実施され、やがて、陽性反応者が増え始めた、更には連行されたといった情報も流れ始めていた…。
千葉県千葉市某所
朝、6時
部屋内に起床時刻を告げる目覚まし時計のアラーム音が鳴り響く。
余りのけたたましい音に強制的に眠りから覚まされた中城和馬は、目覚まし時計のアラームスイッチを切ると、だるそうに、ゆっくりと体を起こした。
まだ、寝足りないのか、眠そうな目を指でこすりつつ、部屋内を見回すと、窓にかけられたカーテンの隙間からは、もう既に夏の朝の日差しが射し込んでいる。
ゆっくりと立ち上がり、窓の側まで歩いて行った和馬は、カーテンを開けると、部屋内いっぱいに入って来る朝の日差しを浴びながら、両手を伸ばし、大きく伸びをした。
「あ〜あ、もう朝か。全く、昨日の残業は堪えたな。おかげで、寝不足な上に疲れも全然とれないや。おまけに今日は、暑くなりそうだな」
だるそうに、独り言を呟く和馬の顔には、昨日のたまった疲労を物語るかの様に、目の下にはくまが浮かんでいる。
「さあて、だるいけど、今日も何とか頑張るかな」
窓から離れた和馬は、着替えを済ませた後、自分の部屋を出ると、ゆっくりと階段を降りて行く。
1階へと降りると、奥の台所からは、食器類を動かしている音が聞こえており、どうやら、母の由美子が朝食の用意をしている真っ最中の様だ。
台所に掛けられた暖簾をくぐり、中を覗いてみると、台所中にトーストの焼ける香ばしい匂いが拡がっており、ちょうど、出来上がった料理をフライパンから皿へと盛り付けている由美子の姿があった。
「おはよう、母さん」
「おはよう、和馬。朝ごはん、もう出来るからね」
「わかった。あ、それ運ぼうか?」
「じゃあ、その、お盆に乗っている料理を運んでもらえる?」
「わかった」
由美子が指差した先には、入れたてのコーヒーやトースト、目玉焼きの入った皿がお盆の上に乗せられており、和馬は、そのお盆を持つと、居間の方へと、ゆっくりと歩いて行った。
居間では、ちょうど、父の圭一が、椅子に座り、両手で大きく新聞をひろげて読んでいる姿があった。
「おはよう、父さん」
「おう、おはよう」
居間へと入った和馬は、お盆をテーブルの上へと置くと、手際良く料理の入った皿を並べてゆく。
この間、圭一は、相変わらず新聞を広げて読んでいたが、ちょうど残りの料理を持って居間へと入ってきた由美子がテーブルへ皿を並べ始めると、まだ新聞を読んでいる圭一を見て、文句を言い始めた。
「もう、あなた、いつまで新聞を読んでいるの。朝ご飯の準備は出来たわよ」
「おっと、すまん、すまん。さてと、ご飯にしようか」
圭一は、苦笑しながら、新聞をたたむと、今度はテーブルの上に置かれたリモコンを手に取り、スイッチを入れ、毎朝、観ているニュース番組へとチャンネルを回す。
「おっ、今朝の話題も、やっぱり、これかあ」
今、放送中のニュースでは、例の検査採血に関する内容が、繰り返し報じられており、食事中の中城家の会話も必然的に検査採血の話題となる。
テレビを観ながら、コーヒーを飲んでいた和馬は、早速、圭一に検査採血について聞いてみる。
「そういえば、父さん。父さんは、検査って終わった?」
「ああ、昨日、受けたばかりだ。確か、和馬も、もう終わったんだよな」
「うん。俺は、2日位前に済んだよ。確か、母さんは、まだなんだよね」
「私は、今日が検査日よ。近くの公民館で採血するっていってたわ。ねえ、あの検査を受けて、もしも、引っ掛かったりしたら、一体どうなるのかしら?」
もしも、検査で陽性反応が出てしまった時の事を心配する由美子に対し、圭一が、手に持っていた箸を置きながら答える。
「確か、この病気は、伝染病らしいから、感染したら、隔離になるらしいぞ」
「隔離って。一体、何の病気なの?」
「えっ?由美子、知らなかったのかい?確か、政府発表じゃ、新型肝炎だと言っていたぞ。なんだか、感染力が強くて、死亡率も高いらしい。ほら、今、ニュースでもやっているぞ」
そう言って、圭一がテレビ画面を指差した時、突然、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえてくる。
「こんな、朝早くに一体誰かしら?」
早朝の来客なんて珍しいと思いつつ、食事を止めて、立ち上がろうとしていた由美子を和馬が止める。
「あ、いいよ。母さん、俺が出てみるよ。多分、お隣さんが、回覧板でも持って来たんじゃないかな」
「悪いわね。それじゃ、お願い」
手に持っているマグカップをテーブルの上に置いた和馬は、ゆっくりと立ち上がると、居間を出て、玄関の方へと歩いてゆく。
玄関を降り、靴を履いた和馬がドアノブへと手を伸ばそうとした時、再度、チャイムが鳴る音が聞こえてくる。
「はい、はい、今、開けます」
少し、慌てながら、ドアノブを握った和馬は、そのまま回して、ゆっくりとドアを開ける。
「あっ!」
玄関先に立っている人物の姿を見た和馬は、小さくはあったが、驚いた様な声を出した。
そこには、和馬の予想していた、回覧板を持ったお隣さんでは無く、スーツ姿の2人の男が立っていた。
横並びで、ドアの前に立つ2人は、濃い目のグレーのスーツに身を固め、胸には身分証明を表すネームタグが下げられている。
「朝早く、すみません。私達は、厚生労働省の者です。こちらは、中城さんのお宅で、間違え無いでしょうか?」
「はい、そうですが」
厚生労働省の職員と名乗るスーツ姿の男は、ネームタグを手に持ち、和馬の前へとかざすと、事務的な口調で確認を取り始めた。
「それでは、中城和馬さんは、いらっしゃいますでしょうか?」
「はい、私がそうですけど」
「失礼ですが、本人確認を取りたいので、何か、身分を証明出来る物はございますか?」
「あっ、ちょっと待って下さい。確か、ここに…」
ズボンの後ろポケットへと手を入れた和馬は、中から自動車運転免許証を取り出すと、男へと手渡す。
和馬から運転免許証を受け取った男は、表示されている写真と本人とを交互に見比べ、本人確認を済ませると、和馬へ運転免許証を戻した。
「ご協力ありがとうございます。確かに中城和馬さん、ご本人と確認いたしました。それでは、今日、私達が、こちらに伺いました用件について、説明いたします。現在、全国で検査採血が実施されており、その結果は、わかり次第、すぐに国が連絡をするシステムになっている事は、ご存知かと思います。中城さんは、2日前に検査採血を受けられましたが、その検査結果が出ましたので、今日、報告に伺った次第です」
相変わらず、事務的な口調で続けられる説明を聞いていた和馬は、その内容に対し、疑問に思い始めていた。
普通、検査結果を知らせるのであれば、わざわざ人が出向かなくとも、封書に結果の書面を入れて郵送すれば、それだけで良い筈である。
しかし、何故か、検査結果の報告に今、2人の役人が来ている。
わざわざ、報告の為だけに2人も人をよこすものだろうか?
『まさか…。何だか、嫌な予感がする』
黙ったまま立っている男を見ていた和馬は、次第に緊張し始め、拳を強く握りしめる。
ここで、男が検査結果を伝える。
「検査結果についてですが、陽性反応が出ています」
和馬の嫌な予感は的中した。
最悪ともいえる結果に、和馬は、動揺し思わず大声を出してしまう。
「えっ!そんな!」
一瞬、頭の中が、真っ白になり、動悸が更に速くなる。
背中を冷たい汗が流れてゆく。
最悪な結果を伝えられた時の相手の反応については、役人側にしてみれば、もうわかっている事らしく、男は事務的口調で、更に説明を続ける。
「今回、陽性反応が出たと言っても、まだ肝炎の感染が確定した訳では無く、あくまでも、疑わしいと思われる段階です。ただし、この場合は、必ず、再検査が必要となります。再検査は、通常の医療機関での検査が難しい為、専門の医療センターでの検査が必要となります。ですので、今回、再検査を受ける為、私達とご同行願いたいのです」
「陽性反応」という、今は、最も耳にしたくは無い言葉を聞いただけに、一瞬、頭の中が混乱していた和馬だったが、少し間を開けてから、気を取り直し、返答する。
「あの、同行とは、今からですか?」
「はい。外に車を待たせてあります」
男の言った言葉が本当なのかを確認しようと、和馬は横へと首を伸ばし、外を覗くと、確かに門の前に1台の黒いセダンが停まっているのが見える。
心の中で、このまま同行すべきかを迷う和馬であったが、恐らく拒否する訳には、いかないだろう。
今、口には出してはいない物の、相手は国家権力という強制力を持って、この場に訪れているのであって、選ぶ権利は、和馬には無いと考える方が自然だ。
もしも、再検査を拒否すれば、相手の言う「同行」が、「強制連行」へと変わるに違いない。
ここは、おとなしく素直に同行するより他は無いだろう。
「わかりました。では、一緒に同行します。ただ、失礼ですが、会社に電話を掛けても、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
服の胸ポケットから、携帯電話を取り出した和馬は、勤務先の会社へと電話を掛け、急用の為、休むという連絡を伝えた後、電話を切った。
「それでは、余り時間もありませんので、参りますか」
「はい…」
男の言葉に力無く返事をした和馬が、玄関から外へと出ようとしていた時、廊下の方から、急ぎ足で歩いて来る足音が聞こえてきた。
廊下の奥から、姿を見せたのは、母の由美子であり、恐らく、和馬が玄関に行ったまま、戻って来ない事を不思議に思って出て来たのだろう。
「和馬、どうしたの?こちらの方達はいったい…」
玄関先に立つ、2人のスーツ姿の男達を見た由美子は、すぐ様、和馬へと聞いてくる。
「実は、一昨日受けた検査の結果が出たんだけど、どうも陽性反応が出ているらしいんだ。それで、今から、こちらの厚生労働省の方達に同行して、再検査を受ける事になったんだ」
「再検査って…。どこで結果を受けるの?」
「そういえば、再検査の場所って、どこなんですか?」
確かに、再検査を専門の医療センターで受けるとは聞いたものの、肝心の場所については、聞かされていなかった和馬は、ここで男に尋ねてみるが、意外にも返答は、はっきりとはしないものであった。
「今、お答え出来るのは、千葉県内の医療センターであるという事だけです。医療センターにて、再検査を受けて頂いた後は、検査結果が出る迄は、そのまま滞在して頂きます。その間の生活については、一切心配はありませんし、その他の詳細につきましては、現地で説明致します。それでは、中城さん、参りましょう」
一体、千葉県内のどこへと連れて行かれるのかわからず、更に不安になる和馬であったが、相手に主導権がある以上、従わない訳にはいかなかった。
これ以上、何も言えず、心配そうな表情で見つめる由美子を見た和馬は、咄嗟に空元気を出して話し掛けた。
「なあに、大丈夫だよ、母さん。どうせ、何でも無いって。ほら、ここに携帯電話もあるから、向こうから電話もするし、すぐに帰って来れるさ。それじゃ、行って来るよ」
これから先の事を考えると、本心は不安でいっぱいの和馬であったが、親に余計な心配だけはかけたくはなかった。
作り笑顔を見せながら、由美子に小さく手を振った和馬は、そのまま背を向けて、玄関を出ると、2人の男達と共に門へと向かって歩いてゆく。
どこか、力無く歩いてゆく息子の後ろ姿を見つめていた由美子は、夫の圭一を呼ぶ為、廊下を駆け出してゆく。
和馬達が、歩いてゆく門の前に停車している、大きなセダンには、既にエンジンが掛けられており、3人が門から出たと同時に、後部の両ドアが自動でゆっくりと開かれた。
この時、運転席には、専任の運転手が待機しており、3人が後部座席へと乗り込んだ事を確認すると、自動で再びドアを閉め、ゆっくりと車を発車させた。
後部座席へと座る和馬が、ふと振り返り、リアウインドウ越しに、後ろを見た時、その目には、門を開けて、道路へと飛び出して来る、圭一と由美子の姿が映った。
『父さん、母さん…』
道路で立ち尽くす由美子は、両手で口を押さえ、その隣では、圭一が不安な表情で由美子の肩を抱いている。
和馬にとっては、両親が自分に対して、ここまで悲しげな表情を見せた事は初めてであり、今回の件がどうしようも無い事だとわかっていても、たまらなく辛かった。
和馬は、走り去ってゆく車を見つめている両親に向かって小さく手を上げる。
その姿を見た圭一も小さく頷く。
車が離れてゆくにつれ、両親の姿が次第に小さくなってゆく。
もう、両親の姿が完全に見えなくなっても、しばらく和馬は、そのまま後ろを見つめていた…。
最後まで、読んで頂きましてありがとうございます。
「壊れゆく世界に希望を求めて」第1話、いかがだったでしょうか?
今回、第1章につきましては、全23話の構成で月1回程の投稿を予定しています。
次回の話は、第2話「研究所」です。
再検査へと向かう和馬にとって予期せぬ事態が待ち受ける事となります。
和馬は、いったい、どうなってゆくのか?
次回をお楽しみに!
(次回の投稿は来年1月の予定です)