第三話 みんなでいっしょに銭湯へ 銭湯で戦闘モードになっちゃった
次の朝、七時頃。
「ふわぁ、よく寝たー」
花菜乃は目覚まし時計の音で目を覚ました。
「おはようございます、カナノさん」
メズミアも同じようなタイミングで目を覚まし、むくりと起き上がる。
「おはようメズミアちゃん」
花菜乃はいつもの髪型に整え、制服に着替え始めた。
「あの、アタシもカナノさんの学校へついて行きます。日本の学校も体験したいので」
「それは、ちょっとまずいかも」
「大丈夫です。アタシ、コンパクトになりますから」
メズミアはそう伝えると、鞄から打ち出の小槌的な形のピコピコハンマーを取り出して、自分の頭を軽く叩いた。
すると、
「メズミアちゃんがちっちゃくなっちゃった。一寸法師の逆だね」
メズミアは十センチくらいの手乗りサイズになったのだ。
「カナノさん、元に戻りたいので、これでアタシの頭を軽く叩いてね」
「分かった。気をつけてやるよ」
花菜乃はピコピコハンマーをつかみ、ミニサイズのメズミアの頭をそーっと置くようにして叩く。
「サンキュー、カナノさん」
そしてメズミアは元のサイズに。
「すごいねこれ。私も叩いたらミニサイズになれるのかな?」
「はいもちろん」
「それじゃ、やってみようっと」
花菜乃も自分の後頭部を軽く叩いてみる。
「上手くいった。巨人の世界に入り込んだみたい」
見事十センチくらいのミニサイズになった。さっそく部屋を見渡してみる。
「おっはよう! 花菜乃お姉ちゃん、メズミアちゃん」
「花菜乃お姉さん、メズミアちゃん。おはよー」
ほどなく美羽と日香里が入ってくる。
「きゃっ、きゃあ。あの、美羽、日香里。下をよく見て」
花菜乃はもう少しで踏み潰されそうになった。
「あっ! 花菜乃お姉ちゃんが、一寸法師みたいになってる」
「ミニサイズの花菜乃お姉さんかわいい。これもメズミアちゃんの星の科学技術の力?」
美羽と日香里はしゃがみこんで楽しそうに観察する。
「はい!」
「あたしも試したーい」
「ワタシもーっ。これで叩けばいいんだよね。進○の巨人ごっこやったら楽しそう」
こうして美羽と日香里もミニサイズに。
「この格好のまま、俊治お兄ちゃん起こしに行こう!」
「それはいいアイディアだね。いつもはベランダから俊治くんのお部屋に向かってタンバリンかトライアングル鳴らして起こしてるけど、今日は直接起こしに行こう」
「俊治お兄さんどんな反応するか楽しみ♪」
「じゃあ、アタシもまたちっちゃくなるね」
こうしてミニサイズになった四人は、メズミア所有の空飛ぶハンカチの上に乗った。
「アラジンになった気分だね」
「うん、乗り心地すごくいい!」
「こんな体験出来るなんてワタシ夢にも思わなかったよ」
「楽しんでもらえてよかったです」
空中を漂いながら花菜乃のお部屋の窓を抜け、豊村宅へ移動し、俊治のお部屋へベランダの窓から入った。
「俊治くんまだ寝てるね。寝顔かわいい。俊治くーん、朝だよーっ!」
「俊治お兄さん、朝ですよ」
「俊治お兄ちゃん、おっはよう!」
「トシハルさーん、おはようございまーす! 今日はとってもいい天気ですよ」
四人が叫びかけると、
「あー、分かった、分かった……今日はやけに声が近くから聞こえるなぁ」
俊治はすぐに目を覚ました。
「あれ? 誰もいない。この部屋に来てると思ったんだけど」
起き上がって周囲をぐるっと見渡してみる。
「俊治くーん、ここだよぅ」
「俊治お兄ちゃん、こっち見て」
「俊治お兄さん、ここよ」
「トシハルさん、やっほー」
「うわぁっ!」
空飛ぶハンカチに乗った四人の姿に気付くとあっと驚いた。
「これって、メズミアちゃんのしわざか?」
けれどもすぐに冷静になり、こう問いかけた。
「うん、特製のピコピコハンマーで叩いて小さくなったの。それじゃ、またねトシハルさん」
「俊治くん、とりあえずさようなら」
「俊治お兄さん、やっぱ勘が鋭いわ」
「じゃあまたね、俊治お兄ちゃん」
四人はこの部屋の窓から出て、花菜乃のお部屋へ戻っていった。
「どんな原理なんだろう? 魔法としか言いようがないだろ」
俊治はチタニーク星人の科学技術力の高さに改めて驚かされたようだ。
「重たい、重たい」
ミニメズミアは力を込めてピコピコハンマーを持ち上げ、
「あいてぇ、強く叩き過ぎちゃった」
自分の後頭部を叩く。
こうして元のサイズに戻ったメズミアは、美羽、日香里、花菜乃の順に頭をそっと叩いて元のサイズに戻してあげた。
すでに着替え終えていた花菜乃と美羽は一階へ。
日香里はメズミアを連れて自室へ。
「ヒカリちゃんの制服姿も似合ってますね」
「ワタシは古くてダサいと思ってるけど」
「そんなことないですよ。チタニーク星ではセーラー服と学ランは人気ですよ」
「そうなん?」
日香里とメズミアがこんな会話を弾ませていたのと時同じくして、
「俊治、花菜乃ちゃんちに遊びに来てる、メズミアちゃんって子に浮気はしちゃダメよー」
「母さん、そんな心配全くないから」
豊村宅ではキッチンにてこんなやり取り。父はすでに出勤済みだ。
楠本宅でも朝食タイムが始める。
「おう、卵かけご飯にお漬物に味噌汁だ!」
キッチンテーブル上に並べられていたメニューに、メズミアは釘付けになった。
「いつもはトーストかシリアル食品、目玉焼きか玉子焼きかベーコンエッグ、サラダの組み合わせなんだけど、今日はメズミアちゃんのために和風にしてみたよ」
「お気遣い誠にありがとうございますおば様」
「どういたしまして。そういえば、メズミアちゃんは私服なのね」
母に不思議そうに突っ込まれると、
「制服が間に合わなかったので」
メズミアはちょっぴり慌て気味に説明した。
「そっか」
母はにっこり微笑む。
「卵かけご飯、久し振りだね」
「たまには和風もいいね」
「ママ特製の卵かけご飯、梅干しやおネギやシラスも入っててすごく美味しそう。いただきまーす」
三姉妹もけっこう喜んでいた。
「メズミアちゃんちの朝食は、普段どんなものを食べるのかしら?」
「焼き魚と味噌汁とお漬物とご飯ですね」
「あら和風ね」
「アタシの住んでる街ではそういう家庭多いですよ」
「そっか。和食がカナダでも流行ってるようで嬉しいわ」
メズミアと三姉妹の母、こんな会話も弾ませる。
楠本宅も、三姉妹の平日朝食時には父はすでに出勤済みだ。
それからしばらく時間が経った豊村宅。
「俊治、お弁当入れ忘れてるよ」
「あっ、いっけね」
俊治が身支度をほぼ整えた七時五〇分頃。ピンポーン♪ と豊村宅のチャイムが鳴らされ、カチャリと玄関扉の開かれる音と共に、
「おはよー俊治くん、おば様」
「おっはよう! 俊治お兄ちゃん、おばちゃん」
「おはようございまーす」
花菜乃ののんびりとした声と、美羽の元気で明るい声と、日香里の眠たそうな声が聞こえて来た。
「おはよう、トシハルさん」
続けてメズミアの爽やかな声も。
「おはよう、すぐ行くから」
俊治は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。
三姉妹は学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに俊治を迎えに行くのが昔からの習慣となっていたのだ。
今日はメズミアも加わって、五人でいっしょに通学路を突き進む。
「おう! 立派な和風建築がありますね。鬼瓦も付いてる」
メズミアは初めて見る外の景色に好奇心いっぱいだ。
「新築で、まだ誰も住んでないみたいだよ。ねえ、メズミアお姉ちゃんの学校は給食ってあるの?」
「うん、小中ではあるよ。日本の学校を真似て三〇年くらい前から始めたみたい」
「そうなんだ。どんなのが出るの?」
「カレーとかシチューとか八宝菜とかワンタンメンとか、日本の学校とそう変わりないよ。まあ使われてる食材はちょっと違うと思うけど」
「ふぅん。チタニーク星の学校給食も、あたし一度食べてみたいな」
「給食、高校入ってからまだそんなに経ってないけど懐かしく感じるな」
「私もー。また食べたくなっちゃった。高校はお弁当持参か購買か学食だもんね」
俊治と花菜乃はふと一月半ほど前までの思い出に浸る。
「ワタシも高校入ったら給食が懐かしく感じるようになるのかな?」
「今日は給食はあたしの好きなものばかりで最高なんだけど、五時間目に四年生になって初めての算数のテストがあるよ。嫌だなぁ。メズミアお姉ちゃん、あたしの学校にもぜひ遊びに来てね」
「うん、ミウちゃんとヒカリちゃんの学校にも遊びに行くよ」
「楽しみにしてるよ。それじゃあね」
豊村宅の門を出て百メートルほど先の、最初の曲がり角で美羽は別れを告げる。ここから五〇メートルほど先の小さな公園が集団登校の集合場所となっているのだ。
「美羽ちゃん、相変わらず算数苦手みたいだな」
「ワタシも数学二年生になってますます苦手になっちゃったよ」
「私も高校に入って急に難しくなったと感じてるよ」
日香里と花菜乃は苦笑いで伝える。
「俺は今も数学得意だけどな。チタニーク星でも算数・数学嫌いな子って多いのか?」
俊治は気になって尋ねてみた。
「日本よりは少ないと思うよ。ジクコゴ王国は理系国家ですから。アタシも好きだし」
メズミアはにっこり笑顔で答える。
「そうなのか。チタニーク星は未来も明るいな」
俊治が感心気味に呟いた直後、
「きゃっ!」
花菜乃は突然悲鳴を上げた。そして顔をぶんぶん横に振る。
「あーん、飛んで行ってくれなーい。日香里かメズミアちゃんか俊治くぅん、早くとってぇ。耳の裏側」
街路樹の葉っぱから落ちた虫が止まったのだ。
「花菜乃お姉さん、テントウムシくらいで怖がってちゃダメよ。ここは俊治お兄さんが取ってあげて」
「分かった」
俊治は花菜乃の後頭部を軽くぺちっと叩く。
「あいてっ」
するとそのテントウムシは弾みでようやくどこかへ飛んで行った。
「俊治くん、痛かったよ」
「ごめん花菜乃ちゃん」
「俊治お兄さん、なんで直接掴まなかったの?」
「虫を直接手で触るのは、ちょっと抵抗が」
「俊治お兄さんも情けないな。二人とも、高校生なんだから昆虫嫌いは克服しなきゃ」
「でもね」
「虫の類は大人になるに連れて嫌いになっていくものだと思うけど俺は」
「私もそう思う。これからの季節、歩いてる時とか自転車に乗ってる時とかに虫に激突する確率が上がるのは憂鬱だよ」
「アタシの顔の周りにも、小さい虫が飛んでて鬱陶しいよ。寒冷な気候のチタニーク星では小さい虫に襲われることはほとんどないよ」
「いいなあ」
その後も四人仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしながら歩き進んでいき、
「メズミアちゃん、空中移動する場合は鳥や電線に気をつけてね。じゃあまた夕方」
豊村宅から八百メートルほど先の交差点で日香里とも別れた。
「それではアタシ、そろそろコンパクトになりますね」
メズミアは鞄からピコピコハンマーを取り出し、自らミニサイズに。
豊村宅から二人が通う、都立橙英高校までは約一.三キロ。楠本宅と共に惜しくも自転車通学禁止区域に指定されているのだ。
所属する一年四組の教室に辿り着くのは、いつも八時一五分頃。この二人は小学六年生の時以来、久し振りに同じクラスになった。芸術の選択で同じ書道を取ったため、なれる確率も高かったのだ。
「伸歩ちゃんおはよー」
花菜乃は自分の席へ向かう途中、先に来ていた伸歩に挨拶した。
「花菜乃さん、おはようございます」
伸歩はいつもと変わらず明るい表情で返してくれる。
「伸歩ちゃん、メズミアちゃんがミニサイズになったよ。ほら」
「あら、かわいい♪ 手乗りメズミアさんね」
「やっほー、ノブホさん」
「メズミアさん、わたしの手にも乗ってくれない?」
「はい喜んで」
「ありがとう。今の動きもかわいかったです」
「メズミアちゃん、小鳥みたいだったよ」
花菜乃と伸歩とミニメズミアで小声でこんな会話を交わしていた時、
「やぁ俊治」
「おはよう政人、やっぱ今日は朝からやけに機嫌が良さそうだな」
政人が登校して来た。
「そりゃぁ今朝、ずっと前から楽しみにしてたマカドの新メニュー、五段重ねスパイシージューシー米沢牛バーガー食って来たし。べらぼうに美味かったぜ。思わずもう一つ注文して食った」
「朝からそんな高カロリーなもん、よく食えるな。あれ一個でも余裕で千キロカロリー以上はあるだろ」
大満足げな様子の政人を眺め、俊治はほとほと呆れ果てた。
政人は大のファーストフード好きなのだ。物心つく前から十数年間、ほぼ毎日ファーストフード店のメニューを堪能しているらしい。そんな食生活が祟ってか、身長は一六七センチで男子高校生の標準より低めだが、体重は百キロを優に超えてしまっている超肥満体型なのだ。スポーツも超苦手である。
丸顔坊っちゃん刈り太めの一文字眉、細い目で愛嬌のある顔つきのためか、幼稚園の頃から小学四年生頃までは、政ちゃん政ちゃんと多くの女の子達からも慕われバレンタインチョコもたくさん貰えていたのだが、五年生以降は次第に……。
「政人さん、おはよう」
「政ちゃんおはよう」
伸歩と花菜乃は、今でも快く接して来てくれる数少ない女の子だ。
「あっ、おはよう」
政人はにこにこ顔で返し、自分の席へ。
それから少しして、
「政人君、今日は機嫌が良いと思っていましたが予感的中ですね」
俊治のもう一人の幼稚園時代からの幼友達、桐林久光が登校して来た。中学入学以来今に至るまで校内テストで学年トップの成績を維持し続け、現段階ですでに東大に合格出来そうな学力を有する超優等生だ。背丈は一七三センチありながら体重は五〇キロに満たない痩せ型。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡、顎の尖った逆三角顔。まさにがり勉くんの風貌である。
「やぁ久光、数Ⅰの宿題、全部分かったか?」
「もちろんだとも政人君、楽勝でしたね」
「さすが久光、おれは全くやってねえ。白紙なんだ。今回も写させてくれ」
「はいはい喜んで。どうぞー」
久光は快く数Ⅰのプリントを渡してあげた。
「サンキュー。これで助かったぜ」
政人はさっそく久光の導き出した解答を丸写しし始める。学校の宿題に関して小学一年生時代から久光に頼りっきりなのだ。
「久光、政人を甘やかすなよ」
こうした光景をこれまで数え切れないほど見て来た俊治は、無駄だと分かってはいたが呆れ顔で一応忠告しておき、自分の席へ戻る。
「トシハルさん、めちゃくちゃ強そうなお友達と、弱そうですが頭脳明晰っぽいお友達を持っていますね」
ミニメズミアはこっそり近寄って小声で話しかけた。
「政人はケンカめちゃくちゃ弱くてびびりだぞ。戦力にはきっとならん」
俊治も小声で伝える。
「えっ! そうなんですか。人は見た目によらないですね」
ミニメズミアはちょっぴり残念がった。
☆
一時限目、数学Ⅰの授業中。
「ペックチン」
と、花菜乃の鞄の中にいたミニメズミアがくしゃみをしたため、
「ん? 何かな? 今の声」
教科担任や、一部のクラスメート達にちょっぴり不審に思われたが、ばれることなく次の二時限目の授業まで終えることが出来た。
三時限目、三組との合同体育、今日は男女とも外でスポーツテストが行われることに。
ミニメズミアはグラウンドの花壇の辺りでこっそり見学。
「8秒台は絶対出せそうにないね」
「わたしも無理」
五〇メートル走を測り終え、花菜乃と伸歩がおしゃべりし合っているところへ、
「カナノさんもノブホさんも、体育は苦手なようですね」
ミニメズミアは空飛ぶハンカチに乗り、こっそり近寄って話しかけた。
「うん、昔からね」
「わたしも運動能力はどうしようもないよ」
伸歩が苦笑いしながらこう言った直後、
「太郎良君10秒07」「桐林君9秒14」
男子の五〇メートル走計測係の子の声が二人の耳に聞こえて来た。
「でも今年は政人さんだけじゃなく、久光さんのタイムにも勝ててよかった」
伸歩はそっちの方を振り向いて、嬉しそうに微笑んだ。
「伸歩ちゃん、政ちゃんと久ちゃんにちょっと失礼だよ。あっ、次、俊治くん走るみたい」
心優しい花菜乃は哀れんであげる。
「自己ベストだけど、八秒はやっぱ切れなかったな」
俊治は8秒05で終わった。
「日本では、トシハルさんの学年の男の子の五〇メートル走平均タイムは7秒5くらいだったはず。トシハルさんも体育苦手なようですね」
その様子を眺め、こんな印象を抱く。
「うん、私や伸歩ちゃんと同じなの。でも勉強はかなり出来るよ」
花菜乃はどこか嬉しそうに伝えた。
「アタシも体育は苦手なんだ。ヒカリちゃんやミウちゃんはどうかな?」
「日香里も苦手だよ。でも美羽はけっこう得意みたい」
「ミウちゃんは体育好きなんだ。確かに見た目そんな感じがしたよ」
三人でおしゃべりし合っていたら、
「楠本さん、雪本さん、早く次の所へ移動しなさい」
女子体育教師から注意されてしまった。
「はい、すみません」
「申し訳ないです」
花菜乃と伸歩は慌てて指示された砂場の方へ駆け寄っていく。
「ごめんね、カナノちゃん、ノブホちゃん」
ミニメズミアは元の見学場所へ。
この日、他に行われた立ち幅跳びとハンドボール投げについても、政人や久光はもちろん、俊治、花菜乃、伸歩も同学年の平均記録には及ばなかった。
授業終了後。
「政人、これ全部飲む気かよ?」
「もっちろん。のど乾いたし。二リットルのを一気に飲むのが爽快なのに、売ってないのは残念だぜ」
「政人君、近い将来糖尿病確実ですね。すでになってるかもしれませんが」
校内の自販機で五百ミリリットルペットボトルのコーラを四本も買った政人の姿を眺め、俊治と久光は呆れ返るともに心配もしてあげる。
同じ頃、伸歩と花菜乃は校舎に入って女子更衣室へ向かっていた。
「次は化学かぁ。お休みタイムだね」
「花菜乃さん、わたしもあの先生の授業眠くなってくるから気持ちは分かるけど、どんな授業でも真面目に聞かなきゃダメダメ」
「それは分かってるけど、どうしても眠くなっちゃうの」
「アタシの通う中学でも授業中に居眠りする子は多いですよ。日本の文化だと認識されてるようです」
「そうなんだ」
花菜乃がミニメズミアを手のひらに乗せて歩いていると、
「かなのん、かわいいぬいぐるみ持ってるね」
突然、同じクラスの子に話しかけられた。
「うっ、うん」
花菜乃はやや焦った。
「この女の子のお人形さん、うちも欲しい! どこに売ってたの? ヴィレッジ○ァンガード?」
「えっと、お母さんが買って帰ったから、よく分からないの。ごめんね」
その子にミニメズミアをぷにぷに触られ興奮気味に問いかけられ、花菜乃は少し悩んだのちこう答えておいた。
「そっか。それじゃ自分で探そうっと」
何とかごまかす事が出来、
「危なかったぁ」
「ミニメズミアさんがお人形さんみたいな可愛さだったことが幸いしたわね」
花菜乃と伸歩はホッと一安心する。
「すごくくすぐったかったよ。アタシ、これからミウちゃんの学校行って来るね」
「見つからないようにじゅうぶん気をつけてね」
花菜乃は小声で忠告。
「うん!」
ミニメズミアは空飛ぶハンカチに乗り、廊下の窓から出て、美羽の通う小学校へ向かっていく。
途中、
「おしっこしたくなっちゃった」
尿意を感じ、目に付いた公園の草むらに降りた。
「一旦元に戻ろうっと」
ピコピコハンマーを用い、元のサイズになると、公園内の女子トイレに駆け込む。
(やっぱ日本に来たからにはトイレは和式でやらなきゃね。足が疲れてくるけど)
便器を跨いでいちご柄ショーツを膝のあたりまで脱ぎ下ろしてしゃがみ、満足げに用を足している最中、
「お嬢ちゃん、かわいいね。外国人?」
こんな声が耳元に飛び込んで来た。
(男の人の声!? 日本のトイレは男女分かれてるはずなのに)
メズミアは恐る恐る声のした方を振り向く。
「きゃっ、きゃぁっ!」
声の主と目が合った瞬間に、甲高い悲鳴。
すぐ前隣の個室上の隙間から、禿げかけすだれ頭の中年親父が覗いていたのだ。
「どうも、こんにちは。いや、ボンジュールかな? おじさんフランス語も少し話せるよ」
中年親父はにやにやしながらそう挨拶して、すぐに顔を引っ込めた。
(アタシが勢いよくおしっこしてるとこ、前からばっちり覗かれちゃったぁ。この間の地球社会科の授業で先生が日本には変質者が多いって言ってたけど、被害に遭うなんて思わなかったよ。許さないっ! 天誅を下してやるわっ!)
メズミアはおしっこを出し終えると紙で拭かずにそのままショーツを履き、水も流さずに怒り心頭な心持ちで個室から出た。
「きゃぁぁぁっ~!」
途端にまた悲鳴を上げる。
すぐ目の前にあの親父がいたのだ。まるでメズミアが出てくるのを待っていたかのように。
「そんなに驚かないでよお嬢ちゃん、これからおじさんといっしょに遊ばない? 好きなお菓子買ってあげるよ」
小太りで、赤と白の縞々Tシャツに、デニムのジーンズとスニーカーを穿いていることが分かった。
(このおっちゃん、気持ち悪い)
メズミアはすばやく鞄からけん玉を取り出し、
「あなたみたいな変態は二次元の女の子とだけ付き合いなさい! おりゃぁぁぁっ!」
罵声を浴びせながら中年親父の顔面目掛けてブンッと振り回す。
「ぐぇぇぇっ!」
玉が見事顔面直撃! 中年親父、ダウン。その場に崩れ落ちた。
「ごめんね、おっちゃん」
メズミアは慌てて女子トイレから逃げていく。
(あ~、めちゃくちゃ怖かった。もし武器持ってなかったらと思うとぞっとするよ。やっぱ地球の遊び方の観光ガイドブック通り、地球人の一般居住区を歩くのは危険ね。地球トップレベルの治安の良さを誇る日本といえども。早くミニサイズに戻ってミウちゃんの学校へ向かわなきゃ)
降り立った、空飛ぶハンカチとピコピコハンマーを置いた場所まで戻っていこうとしたら、
「きみ、今日学校休み? 昼までで終わったの?」
いきなり背後から誰かに肩をぽんっと叩かれた。
「きゃぁぁぁ~っ!」
メズミアはびくーっとなって思わず悲鳴をあげる。
「驚かせてごめんね。ちょっと訊きたいことが……きみ、学校はどこ?」
振り返ってそこにいたのは、がっちりとした体型の四〇代半ばくらいの男性警察官だった。
「アタシは、その……」
警察官かよ。TMS団のやつらは地球の警察官は、勉強出来ない低学歴の筋肉馬鹿が安定した公務員の身分を得るためになるケースが多いから、クズばかりだって言ってたけど。
メズミアは心の中でこんなことを考えていた。
「答えたくなかったら、まあいいけど。最近、この辺りに変質者が出てるみたいだから気をつけてね。特にお嬢さんはかわいいし」
「あっ、はい」
「それと、学校サボるのは良くないよ。髪を染めるのもね」
警察官はそう伝えて、メズミアから離れていった。
(びっくりしたよ。けどさっきの警察官は、いいこと伝えてくれる優しい人だったね……っていうか、アタシがさっき遭ったのって、もろに変質者だよね? あ~、しまった。捕まえてもらえばよかったんだ)
今気付いたメズミアは、先ほどの警察官の姿を探すが、見つからなかった。
「もういなくなってるよ。忍者みたい」
諦めて、降り立った場所に戻ったメズミアは、再びミニサイズに。
ハンカチに乗って、飛び立とうとしたら、
ニャァァァーッ!
「きゃあああっ!」
びっくり仰天。
野良猫が鳴き声をあげながらメズミアの目の前を勢いよく横切ったのだ。
「このサイズから見たら、恐竜のように見えちゃうよ」
そう呟きながら少し宙に浮かび上がると、
「うっひゃぁっ!」
またびっくり仰天。
今度は草にとまっていたカマキリと目が合ったのだ。
「殺されるかと思った」
気を取り直して数十メートル上空まで上がり、美羽の通う小学校へ向かっていく。
その頃、俊治達の通う高校ではお昼休みに入ったばかりだった。
「今日は一週間振りに母ちゃんの手作り弁当なんだ。学食のおれの好きなメニュー、大方食い尽くしたからな」
政人は椅子とお弁当箱を持って俊治の席の側へのっしのっしと移動して来た。
「政人、弁当箱、この前のよりさらにでかくなってないか?」
机にで~んと置かれた巨大な三段重ねのお弁当箱に、俊治はやや引いてしまう。
「昨日母ちゃんに新しいのを買ってもらったんだ。何が入ってるかな?」
政人はわくわく気分で弁当箱のふたをぱかりと開けた。
「とんかつにビーフステーキに、手羽先に、予想は出来てたが肉ばっかりだな。デザートのドーナツまで何個か入ってるし。体に悪そう」
中身を見て俊治は呆れ顔で呟く。
「おう、高級名古屋コーチンのだ。母ちゃん太っ腹」
政人は満面の笑みを浮かべ大喜びだ。
二段目には焼きそば、三段目にはオムライスが入っていた。
「一段目だけでも一人前としてはじゅうぶん多過ぎだろ」
自分の弁当を置くスペースがほとんど無くなり、俊治は若干迷惑がる。
「政人君、食生活がますます酷くなりましたね」
「政人さんの食事量、高校に入ってからますます増えてる気がするわ。見るだけで胃がもたれそう。三千キロカロリーは超えてそうね」
「政ちゃん、お相撲さんの食事量並だね」
久光と花菜乃と伸歩も自分のお弁当箱を持って近寄って来た。
「政人さん、グレープフルーツ分けてあげる。はい」
「私は野菜サラダをあげるね。政ちゃんの分も余分に作っておいたの」
その二人は自分の弁当箱からお箸を使って政人の弁当箱に移そうとしてくる。
「いや、おれ、それ系のは嫌いなんで」
政人は弁当箱をさっと持ち上げ回避した。
「政人さん、何度も言ってるけどそんな乱れた食生活送ってたら、近い将来絶対生活習慣病よ。手遅れになる前に正さないと」
「政ちゃん、お肉や甘いお菓子ばっかり食べちゃダメだよ。野菜と果物とお魚さんもいっぱい食べなきゃ」
「それは重々分かってるのだが……」
花菜乃と伸歩にしつこく忠告され、政人はたじたじだ。けれども嬉しがっているようにも見えた。
「政人君はこれを全て平らげた上、お菓子まで食べるものですから呆れますよん」
久光は大好物のカタクチイワシのメザシを齧りながら呟く。
政人の鞄の中にはスナック菓子類もいつもたくさん詰められていて、休み時間に間食しているのだ。これはお菓子の持ち込みが禁止されていた幼稚園時代から続く、良い子はマネしちゃいけない習慣である。そんな大食漢な彼だが、テレビ番組の大食い企画に出てくる連中にはさすがに歯が立たないと感じているようだ。
※
(カラスに激突されそうになったよ)
メズミアは十二時半頃に美羽の通う小学校に到着した。
(ミウちゃんのクラスは、四年三組だったね)
その教室をしばらく探して忍び込む。
ちょうど給食の真っ最中だった。
(美味しそう。やっぱ給食はいいよね。あれは菜の花のおひたしかな? 三色丼もあるね。アタシも食べたい。美羽ちゃんいた。周りに人いっぱいいるから、今行くのはまずいな)
そう思ったメズミアは、壁に掛けられたスピーカー上からこっそり観察。
こっそり取ったプリンを味わっていると、
「あれ? プリンが一つ無くなってる」
「誰か? 二個とった子いない?」
「美羽ちゃんがとったんじゃないの?」
「違うって! アタシ一個しか持ってないでしょ」
「楠本は食いしん坊だから机の中に隠してるんじゃねえの?」
「だからアタシじゃないってばっ!」
美羽、クラスメートと一悶着。
(やばいことしちゃった)
メズミアは深く反省。こっそり窓から抜け出し、廊下の人目につきにくい雑巾置き場の所で待機。
それから三分ほどのち、サッカーボールを持った男子児童が教室から出て来て、さらに他の男子児童、女子児童達も次々と教室から出て来た。他のクラスからも同様に。
(給食食べ終わったようね。あっ、ミウちゃんも出て来た。外へ出るみたいね)
メズミアはこっそり美羽の後を追って校庭へ。
(ミウちゃん、男の子とサッカーして遊んでるね。楽しそう)
メズミアは花壇の所からこっそり観察した。
午後十二時五五分に次のチャイムが鳴り終わると、
【あと五分でお昼休みが終わります。各自掃除の準備を始めましょう】
ほどなく校内アナウンスが。予鈴だったようだ。
外で遊んでいる児童達はぞろぞろ校内へ戻っていく。
午後一時にもう一度チャイムが鳴り、掃除の時間が始まった。
(ミウちゃん、一生懸命雑巾がけしてる。えらいっ! 男の子はふざけて遊んでる子もやっぱりいるね。チタニーク星の小学校でも掃除の時間は女の子は真面目、男の子はふざけて遊んでる子は多いよ。同族意識が持てるなぁ)
メズミアは隅っこに置かれたテレビの裏側からちょっぴり身を乗り出して、楽しそうにこっそり観察。
「石原さん、テレビ拭いといて」
担任のけっこう若くて美人な先生から指示され、
「はーい」
その苗字の女の子が専用クリーナーを持って近寄ってくると、
(やばいっ! 隠れなきゃ)
メズミアはすばやくすぐ横の屋外に通じる窓から脱出し、無事やり過ごした。
一時十五分、五時間目開始。
「みんな、机を離してね」
号令のあと、担任はこんな指示を出した。
四年三組では、美羽の言っていた通り算数のテストが行われることに。
(難しいなぁ)
メズミアは大きな数に関する問題に苦戦する美羽の席へこっそり近寄って机の上に降り立ち、
(プリンの件、ごめんねミウちゃん)
アイサインと頭をぺこぺこ下げるしぐさで謝罪。
(あれ、メズミアお姉ちゃんのしわざだったんだね。べつに気にしてないよ)
美羽は理解したようで、ウィンクしてアイサインを送った。
(ありがとう。それじゃ、またねミウちゃん。テスト頑張って)
メズミアも美羽の伝えたいことが理解出来たようで、そんな意図のアイサインを送って四年三組の教室を飛び立った。日香里の通う中学校へ向かっていく。
(メズミアお姉ちゃん、気をつけてね)
美羽は顔を横に向け、窓の外に向かって手を小さく振ったら、
「楠本さん、テスト中によそ見はしないように」
担任から注意されてしまった。
「はーい。ごめんなさーい」
美羽はえへっと笑って謝り、再びテスト問題に取り組む。
メズミアは一時三五分頃に日香里の通う中学校へ到着。それから五分ほど日香里の在籍する二年二組の教室を探して回り、廊下側の窓からこっそり忍び込んだ。
(数学の授業中か。ヒカリちゃんは、あそこの席か。ちょうどグラウンド側の窓際一番後ろね。あっ、先生に見つかりにくい場所なのをいいことに、ノートにイラスト描いて遊んでる。ちゃんと授業聞かなきゃダメだよ)
メズミアは日香里の席にそーっと近寄り、机の上に下りた。手をクロスして罰点を作り、やや険しい表情でダメッ! のサインをとる。
日香里は苦笑いを浮かべてイラスト描写をやめ、板書を写す作業へ。
来てくれてありがとう。とアイサインを送った。
これにてメズミアはここをあとにし、俊治達の通う高校へと戻っていった。
(雨が降って来たよ。お日様出てるのに。そういえば今朝の天気予報で午後ににわか雨があるかもって言ってたな。地球の雨は酸性度が高くて汚いからあまり当たらない方がいいって理科の先生が言ってたし、急ごう)
午後二時ちょっと過ぎに一年四組の教室に到着。
一年四組では、ちょうど六時限目現代社会の授業が行われいる最中だった。
(ただいま花菜乃ちゃん)
(おかえりメズミアちゃん)
お互いそんなアイサインを送った後、メズミアは花菜乃の鞄に隠れた。
その後も誰にも見つからず帰りのSHRまで終え、無事解散。
「俊治、これから立川のア○メイト行こうぜ」
「俊治君、いっしょに行きましょう」
「おまえらまた行くのかよ」
「高校入ってから寄り道自由になったんだし、恩恵を授からないと勿体ないぜ。ア○メイト寄った後、おれ、マカド寄るつもりなのだが俊治と久光もいっしょにどうだ?」
「付き合うわけないですよん」
「俺もだ。政人、ひょっとしてまたあれ食う気か?」
「もちろんさ♪」
「政人君、あのバーガー相当気に入ったみたいですね」
「よく飽きないな」
俊治は政人と久光に付き合わされる。
「政ちゃん、食べ過ぎないようにしなきゃダメだよ。それじゃ、俊治くん、政ちゃん、久ちゃん、バイバイ」
花菜乃は伸歩といっしょに帰ることに。
「ミニメズミアさん、見てるだけで癒されるわ」
「私もー。このままペットにしたいよ」
「そう言ってもらえてアタシとっても嬉しいよ。カナノさんちの近くまで来たら元のサイズに戻るね」
メズミアは花菜乃の肩に乗っかっていた。
「雨上がってよかったね」
「うん、わたし今日、傘持って来てなかったので」
「アタシ、雨上がりの風景大好きだな」
「わたしも大好きです。和みますよね」
「私も大好きだよ。ナメクジさんやカエルさんとの遭遇率が高くなるのは嫌だけど」
まもなく校門から出ようという所で、
ブワァッと突風が――。
「うひぁっ!」
メズミアは花菜乃の肩から吹き飛ばされ、すっかり葉桜になった木の下のまだ乾き切っていない地面にベチャッとついてしまった。
「メズミアさん泥まみれになっちゃったね」
「ごめんねメズミアちゃん、汚しちゃって。痛くない?」
花菜乃はメズミアを拾い上げ、ついた泥をはたいてあげる。
「平気、平気。ありがとうカナノさん」
メズミアは照れくさそうに礼を言った。
「メズミアちゃんをきれいに洗ってくるよ」
花菜乃がグラウンド隅の手洗い場へ向かおうとしたら、
「あの、カナノさん、アタシ、銭湯で広い湯船にも浸かってみたいなぁ」
メズミアはもじもじしながらこんなことをお願いして来た。
「銭湯かぁ。もちろんいいよ。これからメズミアちゃんを銭湯に連れてってあげよう」
花菜乃は快く引き受けてあげる。
「嬉しい♪」
メズミアはにっこり微笑んでくれた。
「わたしも付き合うわ。久しく行ってないから」
伸歩も参加意欲満々なようだ。
「それがいいよ。メズミアちゃん、駅前のスパ銭でいいかな? ここから一番近いし」
「アタシ、出来れば和の文化が感じられる、昔ながらの銭湯の方がいいな」
「それじゃ、ちょっと遠いけど鷲ノ湯さんにしましょう」
「いいね。鷲ノ湯さんって、私、小学校の時以来行ってないし。日香里と美羽も誘おうっと」
花菜乃はさっそくその二人宛に携帯メールを送った。
三〇秒足らずで返答がくる。
「日香里も美羽も行くって。よかった♪ いったん帰るのも面倒くさいから、直接行こっか?」
「そうですね」
「鷲の湯、すごく楽しみ♪」
学校から五百メートルほど離れてから、メズミアは元のサイズに戻った。
楠本宅からは二キロほど先にある昔ながらの銭湯、鷲ノ湯の前に辿り着くと、
「日本らしい素晴らしい作り♪ 写真撮ろう」
メズミアは建物の外観に感激し、デジカメに何枚か収めた。
「昔行った時と全然変わってないね」
「そうですね。中もきっとほとんど変わってないんだろうな」
花菜乃と伸歩も懐かしさに浸る。
それから三人でしばし待って夕方五時頃、
「やっほー♪」
「メズミアお姉ちゃん、遊びに来てくれてありがとう。今日の算数のテスト七〇点くらいは取れそうだよ」
日香里と美羽も約束通り来てくれた。この二人は自転車利用だ。
「この銭湯前に来た時、美羽はまだ幼稚園の頃だったけど覚えてる?」
「うん! 覚えてるよ日香里お姉ちゃん。伸歩お姉ちゃんもいっしょだったよね?」
「美羽さん、覚えてくれてて嬉しいな」
「料金もあの頃と同じだね。私が払うよ」
みんな入口を通り抜け、受付にて花菜乃が代表して五人分の入浴料とバスタオル代を支払った。
「誰もいないねー」
美羽が最初に女湯脱衣室へ。
「平日のこの時間だとこんなもんっしょ」
日香里、
「わたし達だけだから、ゆったり出来そうね」
伸歩、
「おう、竹籠だ。まさに日本の銭湯って感じ♪」
メズミア、
「メズミアちゃん気に入ったみたいだね」
花菜乃の順に後に続いた。
「伸歩お姉ちゃんも、日香里お姉ちゃんと同じでメガネを取っても目が3の形にならないね」
「それはなるわけないよ。なったら怖いよ」
美羽に裸眼をじーっと見つめられ、伸歩は照れ笑いする。
「なったら面白いと思うけどなぁ。あたし、これも持って来たんだ。今日の部活で作ったんだ」
美羽は手提げポーチからとある手作りおもちゃを取り出した。
「美羽、やっぱり持って来たのね」
日香里は笑顔で突っ込む。
「パチンコだ。私、久し振りに見たよ」
「小学生の頃に図工の授業で作ったね。懐かしいな」
花菜乃と伸歩は興味深そうに眺めた。
Y字型の木の枝にゴム紐が結ばれた、手作りらしい単純な構造をしていた。
「これは、ヨーヨー並みの強い武器!」
メズミアも興味津々だ。
「メズミアお姉ちゃんもこれ、知ってるんだね。部活の時は紙くずを当てて空き缶にぶつけて遊んだよ」
「美羽、ガラス割らないように注意して遊びなさいね」
日香里は忠告しておく。
「はーい。石鹸でシャンプーボトル倒しやろうかな?」
「美羽、ここで遊んじゃダメだよ。危ないし、お風呂場は湿気が多くてゴムがすぐに劣化しちゃうよ」
「美羽さん、これはお外の周りに人がいない広い場所で遊ぶものよ」
花菜乃と伸歩が優しく注意すると、
「分かった。おウチのお庭で遊ぶよ」
美羽は素直にポーチにしまった。
「これを使えば、TMS団を一網打尽に出来そう」
メズミアは強い期待を抱く。
「でも連射には不利っしょ」
日香里はすかさず欠点を指摘した。
「メズミアちゃん、パチンコは人に向けて打ったら絶対ダメなんだよ」
花菜乃は忠告しておく。
「冗談、冗談。人には当てないよ」
メズミアはてへっと笑う。
「学校の先生も人に向けちゃ絶対ダメって言ってたよ。浴室にはお客さんいるかな?」
美羽はすっぽんぽんになると休まず浴室へ駆けて行った。
「美羽、服はちゃんと籠にしまいなさい」
日香里は優しく注意しつつ水玉模様のショーツを脱いですっぽんぽんになり、後に続く。
「日本の古風な銭湯、初体験だから楽しみ♪」
ほどなくメズミアもすっぽんぽんになってわくわく気分で浴室へ。
「伸歩ちゃん、また胸大きくなったね」
「そうかなぁ?」
花菜乃と伸歩も、最後にショーツを脱いですっぽんぽんで浴室に向かっていく。
浴室も他のお客さんがおらず貸切り状態だった。
「日香里お姉ちゃん、見て見て。スーパーサ○ヤ人」
「もう少し逆立ってないとダメね」
「ド○ゴンボールは、チタニーク星でも子ども達を中心に大人気よ」
美羽と日香里とメズミアはすでに洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛け、シャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦っているところだった。
「んっしょ」
花菜乃はメズミアの隣に腰掛け、
「美羽さん、シャンプーハットはもう使ってないのね」
伸歩はにっこり微笑みながら、花菜乃の隣に腰掛ける。
「伸歩お姉ちゃん、あたし、そんなのはとっくの昔に卒業したよ」
美羽は照れ笑いした。
「美羽が二歳くらいの頃、シャンプーハット被せてもシャンプーすごく嫌がってたね。懐かしいな」
「ワタシも鮮明に覚えてる。美羽、いつも泣いて暴れてたね」
花菜乃と日香里は思い出し笑いする。
「花菜乃お姉ちゃん、日香里お姉ちゃん、本当なの? あたし全然覚えてないよ」
美羽は照れ隠しするように、ボディーソープを付けたバスタオルで体をゴシゴシ擦る。
「二歳頃の記憶って普通ないもんね。アタシも一番古い記憶は四歳頃だし」
メズミアはシャワーでシャンプーを洗い流しながら呟く。
「チタニーク星人もそうなのですね」
「知能は地球人と同じくらいだから」
「そっか。メズミアさんの髪、本当に地毛じゃないみたいね」
伸歩は髪の色が落ちなかったことに、少し不思議がる。
「アタシ、赤ちゃんの頃から髪の毛この色なんだ。チタニーク星の人々は、髪の色のバリエーションが地球人以上に豊富なの。地球人と同じ髪色の人も多くいますが」
「アニメキャラはメズミアちゃんみたいな髪の色が普通だけどね」
「現実だとあんな色で学校行ったら先生に厳しく注意されるよ」
日香里と花菜乃はにこやかな表情で突っ込む。
「日本のアニメに登場するキャラクターは、髪の色が様々だからチタニーク星の人々も共感が持てるようですよ」
「ちびま○子ちゃんはそんなに変な髪の色の子は出て来ないよ。永沢くんとか冬田さんとか変な髪型の子はいっぱいいるけど」
美羽は伝える。
「日本の国民的アニメと言われているちびま○子ちゃん、チタニーク星でもかなり人気あるよ。サ○エさんとド○えもんとア○パンマンとク○ヨンしんちゃんと、ジ○リ作品も」
「そうなんだ。チタニーク星人が好きなアニメ、日本人と共通なんだね。あたしそのアニメ全部大好き♪」
「私も幼い子ども向けアニメ、高校生になった今でも大好きだな」
「わたしもです。年齢は関係ないよね」
「アタシも、今でもけっこう見てるなぁ。キャラクターグッズも買ってる」
「ワタシは、まあ、好きだけど深夜アニメの方が面白く感じるなぁ」
「日香里、深夜のアニメの見過ぎはダメだよ。エッチなのが多いからね」
「分かってるって花菜乃お姉さん」
「深夜アニメ、あたしと同じクラスのお友達も生で見てるって子はいたよ」
「その子やるねえ」
日香里は共感が持てたようだ。
「美羽は真似しちゃダメだよ。お体に悪いからね」
花菜乃は一応注意しておく。
「はーい。そもそもあたし深夜まで起きれないよ」
美羽はそう伝えながら髪の毛と体をシャワーで洗い流すと、
「それーっ!」
一目散に湯船の方へ駆け寄り、はしゃぎ声を上げながら湯船に足から勢いよく飛び込んだ。ザブーッンと飛沫が高く上がる。さらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。
「ミウちゃん、とっても楽しそう」
「美羽、小学校低学年のやんちゃな男の子みたいことするのやめなさい」
「美羽さんの気持ちは良く分かるな。わたしも美羽さんくらいの年の頃は大浴場行った時しょっちゅうやってたから」
「私も同じだよ。今でもやりたいくらいだよ」
他のみんなはマナー良く静かに湯船に浸かった。
「ヒカリちゃんったらね、数学の授業中先生のお話聞かずにイラスト描いて遊んでたよ」
「メズミアちゃん、べつにいいじゃん。ワタシ、メズミアちゃん飛び立ってからまたすぐにイラスト活動に戻ったよ」
「ヒカリちゃん、ダメでしょ」
「日香里さん、けじめはきちんとつけましょう」
「はいはーい」
「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ。中学の頃、伸歩ちゃんと席が近かった時は居眠りしたら叩き起こされたよ」
「ノブホさん、友達思いで真面目ですねぇ」
「当たり前のことだと思うけど」
「私、伸歩ちゃんの席のすぐ近くにはなりたくないな」
「花菜乃さん、ゴールデンウィーク明けの席替えでもしなれたら、厳しく監視するからね」
「伸歩ちゃん顔怖い、怖い」
足を伸ばしてゆったりくつろぎ、おしゃべりし合っていると、
「えーいっ!」
突然、背後からバシャーッと湯飛沫が――。
「美羽さん、ダメですよ、公共の浴場でそんなことしたら」
伸歩は思いっきり被せられたが、叱らず優しく注意。
「はーい」
美羽はてへっと笑う。
「美羽、今度やったらおしりペーンするよ」
同じく思いっきり被せられた日香里に微笑み顔でガシッと肩をつかまれ告知され、
「ごめんなさーい、日香里お姉ちゃん」
美羽はちょっぴり反省したようだ。
「おしりペーンはチタニーク星の母の子に対するしつけでもよく使われるよ。アタシもママからけっこうされたし」
メズミアは思い出し苦笑いする。
「ワタシもけっこうママから叩かれた思い出があるよ。ところで伸歩お姉さんは、今でも久光お兄さんのことは好きですか?」
日香里に唐突に尋ねられ、
「……いや、べつに。というより、昔から好きじゃないって」
伸歩は俯き加減で慌て気味に答えた。
「あれ? 伸歩ちゃん、久ちゃんのこと好きなんでしょう?」
花菜乃は疑問を浮かべながら問いかける。
「あの丸尾くんみたいなひょろひょろのお兄ちゃんだね」
美羽も興味津々だ。
「もう、前にも言ったけど、あの子はわたしの勉強のライバルなの」
伸歩は淡々とした口調で否定する。
「久ちゃん、昔からすごくいい子で真面目で賢いし、知的な顔つきだもんね。伸歩ちゃんが好きになっちゃう気持ちは私にもよく分かるよ」
花菜乃はほんわかとした表情で言った。
「だから違うって」
伸歩は困惑顔だ。
「伸歩お姉さん、もういい加減、久光お兄さんと付き合っちゃったら? 両親のお仕事もお互い大学教授なんだから」
日香里はにやにや笑いながら、伸歩の肩をペチッと叩く。
「いいって」
伸歩は俯き加減になった。
「伸歩ちゃん、お顔が赤いよ」
花菜乃はにこにこ顔で指摘した。
「これは、体が火照って来たからなの。わたし、もう出るね。あつい、あつい」
伸歩はそう告げて焦るように湯船からバシャーッと飛び出し、脱衣室へと早足で向かっていく。
そこに通じる扉を閉めたその直後、
「きゃっ、きゃぁっ!」
伸歩の悲鳴が。
「伸歩ちゃん、どうしたの!?」
「伸歩お姉ちゃん、何かあったの?」
「ノブホさん、大丈夫ですか?」
「伸歩お姉さん、どうしたんですか?」
他の四人も慌てて湯船から飛び出し、脱衣室へ。
そこには、
「姉ちゃん、いいおっぱいしてるね」
「やっ、やめて下さい」
小学四年生くらいに見える、オレンジ色ロングヘアー、可愛らしいさくらんぼリボンを飾った子に馬乗りされ胸を揉まれている伸歩の姿が。伸歩は頬を火照らせていた。
「んっ? きみは、アタシの説得を完全無視してTMS団なんかに入りやがったターちゃんじゃない。本名は忘れたけど。もう地球に来てたのね」
メズミアはかなり驚く。
「ああ、ついさっきな。オレは一人乗りの殺○んせーものろまに感じる最高時速十万キロ出せるのに乗って先回りして、襲撃予定地の視察をしに来たんだ」
その子は伸歩から離れてあげると腕を前に組み、どや顔でそう告げた矢先、首下から膝の辺りいかけて巻かれていたタオルがハラリと床に落ちた。
「えっ! 男の子?」
あれが見え、花菜乃は目を大きく見開く。
「わたし、女の子かと思いました」
「お○んちんがしっかりついてるね」
「きみ、男の娘だったのかぁ。オレって一人称もGood!」
伸歩も美羽も日香里も驚くとともに笑ってしまう。
「オレ、よく女に間違えられるからな。日本の銭湯の女湯にも余裕で入れたぜ」
少年は得意げな表情で自慢する。
「ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれない?」
日香里はお願いしてみる。
「嫌だね、このブス」
少年はそう言って、薄ら笑う。
「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁこの子」
「いててて、ごめんなさーい」
日香里はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。
「きれいなお尻してるくせに」
「くすぐったい。撫でるなって」
そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。
「こいつはウチの近所に住んでるエロガキよ。地球産直雑貨店の倅なの。アタシや他の女の子のパンツ捲りしょっちゅうしてくるのよ。きみ、歳いくつかな?」
メズミアが険しい表情で問いかけると、
「十歳♪」
少年は屈託ない笑顔で答えた。
次の瞬間、
「アウトォォォッ!」
「むぎゃぁぁぁっ!」
「ここの銭湯は混浴で入れるのは九歳までなのよっ!」
メズミアはその子の頬にパチーンッとビンタを食らわした。休まず男に付いているあの部分にボカッと蹴りも食らわす。
「ごめんなさぁぁぁーい。オレ、地球人の女の子のおっぱいを楽しみたくて」
その子はえんえん泣き出してしまった。
「きみはまだ幼いクソガキだからいいけど、大人になってもあんなことしたら変態おじさん扱いされちゃうのよ」
「いてててぇーっ!」
メズミアはそう警告してさらに髪の毛を引っ張った。
「メズミアさん、もう許してあげて。わたし、全然気にしてないから」
「メズミアちゃん、体罰はよくないよ。この子、じゅうぶん反省してると思うから」
「メズミアちゃん、許してやって。日本の基準じゃ小学四年か五年生じゃん」
「メズミアお姉ちゃん、やり過ぎだよ」
「確かに、そこまですることなかったかも。とにかくきみは、さっさとチタニーク星に帰りなさい!」
「えー、せっかく来たのにぃ」
ますます悲しがる少年に対し、
「メズミアちゃん、はるばる地球へやって来てくれたのに、すぐに帰すなんてかわいそうだよ」
花菜乃は哀れむ。
「カナノさん、こいつ、悪党TMS団員の一人なんですよ」
メズミアは困惑顔だ。
「この子は悪い子には見えないよ。敵だけど今晩泊めてあげたいくらいだよ」
花菜乃は爽やかな表情で主張した。
「花菜乃お姉さん、お人好し過ぎ。ここはもっと警戒心を持たなきゃ」
日香里はにこっと微笑む。
「姉ちゃんすっげー心優しい。メズミアとは大違いだ。お礼にこれあげる」
少年は大喜びし、花菜乃の手のひらに何かを置いた。
「何かな?」
ぬめっとして、むにゅっとした感触。
「きゃっ、きゃあああああっ!」
花菜乃は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。
フナムシとナメクジとカブトムシをミックスさせたような、三本の触角を持つ生き物だった。体長は十センチくらい。けっこうすばしっこく床をカサコソ這いずり回る。
「こいつはチタニーク星固有の生き物だよ。ガウミュレーヴァっていうんだ。地球ではゴキブリと同じ位置付けかな?」
少年はにっこり笑う。
「この虫さん、すごく格好いい! ペットにしたい」
「ちょっとグロいけど、これぞ地球外生命体って感じね」
美羽と伸歩は楽しそうにその生物の動きを観察する。
「花菜乃お姉さん、よく見るとかわいいよ」
「こんなこと絶対ないない。前言撤回、あの子はやっぱり悪い子だね」
花菜乃はすっぽんぽんで、同じくすっぽんぽんの日香里にぎゅっと抱き付いたまま離れようとしない。
「こらっ! ダメでしょ。カナノさんは虫が大の苦手なの。地球人の女の子も虫嫌いな子がいっぱいいるってこと、しっかり覚えておきなさい!」
「いってぇぇぇ~!」
メズミアは再び注意。少年にゲンコツを食らわした。
続けて、
「さっさと帰れーっ!」
少年のお尻をボカッと蹴る。
「いってぇぇぇ~、おまえら、二日後にはオレ、TMS団の仲間をみんな連れて仕返しに来るから、覚悟しておけよ」
少年は涙目で捨て台詞を吐いて、すみやかに服に着替え、例の虫もちゃんと捕まえて脱衣室から逃げて行った。
「TMS団、思ったより弱そうじゃん」
「そうだね、あたし達だけで余裕で勝てそうだよね。俊治お兄ちゃん一人でも勝てるかも」
「日香里、美羽、あの子だけを見て判断するのは早いかも」
花菜乃は心配そうにこう意見した。
「アタシも油断はしない方が良いと思うよ。おそらくあいつも次は武器使って本気でかかってくるだろうから」
「わたし達だけで太刀打ち出来るといいですね。わたし、今何キロあるかなぁ?」
伸歩はふと気になって、すっぽんぽんのまんま体重計にぴょこんと飛び乗ってみた。
「……えええええええっ!? 十日前の身体測定の時より一キロ増えてるぅ。なんでぇ!?」
目盛を眺めた途端、伸歩は目を大きく見開き仰天する。
「伸歩ちゃん、まだそんなに太ってないから気にしちゃダメだよ」
「ワタシより痩せてるから、伸歩お姉さんはまだダイエットの必要ないって。そもそも一キロって誤差の範囲じゃん」
「伸歩お姉ちゃん、無理なダイエットは体に毒だよ。おっぱいも大きくなれないよ」
三姉妹は優しくアドバイスしてあげた。
「そうかなぁ?」
伸歩は納得いかない様子だ。
「伸歩お姉さん、体重のことで悩んでるのは、久光お兄さんの視線が気になるからなんでしょ?」
日香里はほっぺたをつんつん押して問い詰める。
「もう、日香里さん。そんなこと全くないです」
伸歩は困惑顔で伝え、日香里の背中をペチーッンと叩いた。
「あいったぁ! ごめんね伸歩お姉さん」
日香里はけっこう効いたようだ。
「伸歩お姉ちゃん、すごい速さのビンタだったね。日香里お姉ちゃんに手形がついてる」
美羽はくすくす大笑い、
「今のは日香里が悪いね」
花菜乃はにっこり微笑む。
「ヒカリちゃん痛そう。ノブホさん、気にしちゃダメです。アタシは昨日量った時より七キロも増えてますから」
メズミアは体重計に乗ったまま慰めてあげた。
「地球の方が重力大きいからでしょ」
伸歩はやや呆れ顔。
「さすがノブホさん、そのカラクリにすぐ気付くなんて」
メズミアはえへっと笑う。
※
着替え終え、脱衣室をあとにしたみんなは休憩所の売店へ。
「やっぱ日本の銭湯上がりといえばカフェオレね。ちなみにチタニーク星では今もコーヒー牛乳の名で売られてるよ」
メズミアは冷蔵ショーケースを開け、ガラス瓶のカフェオレを取り出す。
「コーヒー牛乳って名前の方が素朴でいいよね。私もこれにするよ」
「じゃ、ワタシも」
「あたしはいちごオーレにするぅ」
「わたしは、体重増やしたくないからカロリーオフのレモンティーにしておこう」
他のみんなもお目当ての飲料水をショーケースから取り出した。
「私がみんなの分まとめて払ってくるよ」
花菜乃がそう言った直後、
「姉ちゃん、オレもカフェオレーッ!」
こんな声がみんなの背後から聞こえて来た。
「きみ、まだいたのかよ」
メズミアは顔をしかめ、呆れる。
さっきの少女のような少年だったのだ。マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画誌を読みながらゆったりくつろいでいた。
「あらあら、思わぬ再会」
伸歩は苦笑いする。
「きみの分はきみのお小遣いで買いなよ」
「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、たった百円だよ」
日香里と美羽はこう勧める。
「あの、早く帰ってあげないと、お母さんとお父さんが心配するよ」
花菜乃は爽やかな表情で忠告した。
「さっさと地球から出てけーっ! いい加減」
メズミアは少年の両こめかみを拳でぐりぐりする。
「いてててぇ~っ、分かった、分かった。おまえら、本当に仕返しに行くからなっ!」
少年はガバッと立ち上がり、二度目の捨て台詞を吐いて銭湯の出入口から逃げて行った。
「あいつ、今度こそ本当にとりあえずは帰ってくれるかな?」
「わたしは帰らずに近辺をぶらぶらすると思います。視察目的みたいですし」
「ワタシはさすがに懲りて帰ると思うな」
「あたしもーっ」
「私もそう思う。それじゃ、支払ってくるね」
このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにした。
美羽と日香里も自転車を押して歩き、みんないっしょに自宅への帰り道を進んでいく。
途中、
「おう、本場の駄菓子屋さんだっ!」
発見したそのお店にメズミアは強い興味を示した。
「メズミアお姉ちゃん、チタニーク星にも駄菓子屋さんってあるの?」
「うん、アタシの住んでる街に何軒かあるよ。チタニーク星では日本の駄菓子も大人気よ。老若男女問わず。特にう○い棒」
「う○い棒あたしも大好き♪」
「アタシも。安いし名前の通り美味いよね」
みんな店内へ入り、
「このクモとバッタとモリアオガエルのゴムおもちゃ、欲しいなぁ」
「美羽、ぜーったい買っちゃダメだよ」
「カナノさん、おもちゃのでもダメみたいですね。水鉄砲と水風船たくさん買って決戦に備えておこう。あと折り紙も」
「わたし駄菓子屋さん来たの、小学校四年生の時以来だな。懐かしい。せっかくなので、いちごキャラメルとたまごボーロとラムネとニッキ水と、このブリキのお人形さんを買うわ」
「お店はレトロだけど、最近出たばっかりの銀○のガチャポンも置いてあるじゃん。一回だけやろうかな」
お買い物を楽しんでいた頃、銭湯に現れたあの少年は、
「朗報、朗報。すげえ虫嫌いな姉ちゃんがいたぞ。花菜乃とか言ってた。地球の昆虫、カナブンみたいな名前してるくせにおかしいよな?」
浅草雷門の近くで、携帯で仲間にこんなことを伝えていたのであった。
伸歩の推測が当たっていたのだ。




