第一話 俺の部屋でみんなでわいわい騒いでたら、青髪の不思議な少女が侵入して来た
「俊治お兄さん、新作マンガ描いてみたんだけど、読んでみる?」
「日香里ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」
四月下旬のある木曜日の夕方五時頃。
東京都内某所、閑静な高級住宅街で暮らす高校一年生の豊村俊治は、机に向かって数学の宿題に励んでいたさい丸顔丸眼鏡ボサッとしたポニーテールな日香里という子に自室に勝手に押し入られ、少し迷惑がった。
「今度のは絶対面白いって! 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたの。試しに読んでみなって」
「今忙しいし、たとえ暇だったとしても日香里ちゃんの描いたマンガを読む気はしないな」
この子は俊治の妹、ではなくお隣に住む楠本家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。
「まあまあそう言わずに。最初の三十一ページだけでも」
「つまり、全部読めってことだろ」
「さすが俊治お兄さん、勘が鋭い。かわいい女の子のエッチな描写も満載ですよ」
「だからこそ読む気がしないんだって」
マンガ原稿の束を目の前にかざされ、俊治が困っていると、
「日香里、俊治くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」
長女で彼と同級生、おっとりのんびりとした雰囲気で、ほんのり茶色な髪を水玉のシュシュで二つ結びにしている花菜乃がこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。
「エッチ過ぎることはないとワタシは思うけどなぁ。乳首は描いてないし」
日香里が爽やかな笑顔でこう主張しながらマンガ原稿を自分のショルダーバックに仕舞ってほどなく、
「俊治お兄ちゃーん、漢字の宿題全部やってぇー。同じ漢字、十回ずつ書かなきゃいけないの」
三女でメロンのチャーム付きダブルリボンで飾ったおかっぱ頭が可愛らしい、小学四年生の美羽も入って来た。漢字ドリルとジャポニカ漢字練習帳と筆箱を両手に抱えて。
「ダメだよ美羽ちゃん、全部自分でやらなきゃ。テストの時に困るから」
俊治は慣れた様子でお決まりの返事をする。宿題やってとしょっちゅう頼まれるのだ。
「面倒くさいなぁ」
美羽は俊治のベッドにうつ伏せになり、しぶしぶ漢字の宿題をし始める。
みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から豊村宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。
「美羽ちゃん、消しゴム使ったらカスはちゃんとごみ箱に捨てといてね」
「はーい」
「美羽、俊治くんのお勉強の邪魔をし過ぎちゃダメだよ。日香里もね」
「分かってるって花菜乃お姉さん」
「やっと終わったぁ。四年生で習う漢字は難しいよ」
美羽は自力で漢字の宿題を済ませると、
「俊治お兄ちゃん、このゲームで遊ぶね」
ベッド下の収納ケースから俊治所有の格闘系テレビゲーム用ソフトを取り出した。
「美羽ちゃん、俺はまだ宿題中だからやめて欲しいな」
「静かにやるからー」
美羽はお構いなしにゲーム機本体にセットし、電源を入れる。
「俊治お兄さん、宿題はあとでも出来るっしょ」
日香里はこう主張して、美羽といっしょにプレイし始めてしまった。
「花菜乃ちゃん、何か言ってやって」
「美羽、日香里、もう少し音量下げなきゃダメだよ」
「結局やらせるのか」
「だって私もちょっと遊びたいし」
「おいおい」
俊治が呆れ気味にそう呟いた直後、ピンポーンと玄関チャイム音が聞こえてくる。
「こんばんはー、先ほど花菜乃さんちへ寄ったんですけど、俊治さんちへお邪魔していると聞いて」
続けてこんな声も。
「伸歩ちゃんだ。いらっしゃーい」
花菜乃の幼稚園時代からの幼友達、今同じクラスの雪本伸歩だった。
「伸歩お姉ちゃん、おいでおいでー」
「伸歩お姉さん、お久し振りぃーっ!」
三姉妹は一旦廊下に出て、階段の所から叫んで快く歓迎する。
「ここ、俺の部屋なんだけどな」
迷惑がる俊治に構わず、
「こんばんは」
伸歩も俊治のお部屋へお邪魔した。背丈は花菜乃や日香里より少し低い一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり栗色な髪をショートボブにしている。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、東大に毎年十名近くの現役合格者を出す、俊治達の通う都立橙英高校の新入生テストでも総合二位を取った正真正銘の優等生なのだ。
「今日発売された『駆け出せ動物の村3』、みんなでいっしょにプレイしましょう」
そんな伸歩は鞄からそのテレビゲーム用ソフトの箱を取り出し誘ってくる。
「いいねえ伸歩お姉ちゃん、やろう、やろう!」
「伸歩お姉さん、もうゲットしたんだ」
「新シリーズのもすごく面白そうだね」
三姉妹はそれに興味津々。
「あの、雪本さん、俺の部屋占領されて困ってるんだけど」
俊治は苦笑いを浮かべて訴えるも、
「三〇分だけでやめますから」
伸歩はにこやかな表情でこう伝えて俊治のベッドに腰掛け、プレイし始めてしまった。
「ごめんね俊治くん、私もこれすごくプレイしたいの」
花菜乃は申し訳なさそうにしつつも、楽しそうにコントローラを操作する。
「伸歩お姉ちゃん、あたしが村長やりたーい」
「もちろんいいですよ」
「やったぁっ! プレイヤー名何にしようかな?」
「美羽、同じクラスの好きな男の子の名前にしたらいいじゃん」
「日香里お姉ちゃん、そんな子いないよ」
美羽と日香里は俊治に気遣うことなくゲームに夢中だ。
「あの、もう少し音小さくしてね」
大音量BGMの中、俊治が居た堪れない気分で引き続き数学の宿題に励んでいると、不思議な出来事が――。
「トシハルとかいう男の子、なんとも羨ましい状況ですねー」
どこからともなく、聞き慣れぬ女の子の声が聞こえて来たのだ。
「何だ、今の声?」
「日香里か美羽か伸歩ちゃんが言った?」
「いや、ワタシは言ってないよ」
「あたしもー」
「わたしも違いますよ」
みんな不審に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。
次の瞬間、
「うをわぁっ!!」
俊治は驚きの声を上げた。イスから転げ落ちそうになる。
「えぇっ!」
「誰なのでしょうか? あの子は」
「おう! 人がいるじゃん」
「びっくりしたー。誰? あのお姉ちゃん」
他のみんなもほぼ同じタイミングで異変に気が付く。
なんと机すぐ側の開かれていた窓から、見知らぬ少女が身を乗り出してこのお部屋を覗き込んでいたのだ。
中学生くらいに見え、丸っこいお顔でぱっちりとした美しく輝くブルーの瞳、ぼさっとした青のショートボブヘア。服装は紺地にタヌキの刺繍が施された半袖チュニックと赤いミニスカート。膝よりちょっと上まで薄緑の靴下を穿いていることも分かった。リュックを背負い、左手に鞄を持ち、右手にはなぜか〝けん玉〟を持っていた。
その少女はオレンジ色のスニーカーを穿いたまま窓からずかずかこのお部屋に入り込んでくるや、
「はじめまして。アタシ、チタニーク星ジクコゴ王国からやって来ました、メズミアと申します。一三歳です」
爽やかな笑顔でそう自己紹介して、ぺこんと一礼した。
「チタニーク星? ジクコゴ王国?」
「何だそれ?」
「何かのゲームに出てくる架空の星の国かしら?」
ぽかんとなる花菜乃と俊治と伸歩に対し、
「チタニーク星ジクコゴ王国だって!」
「あなた、中二病ね。ワタシと同い年だし親近感が沸くわ。どこの中学? ひょっとして桜蔭とか?」
美羽と日香里は興奮気味に反応した。
「あっ、いえ。アタシは、正真正銘のチタニーク星人ですよ」
メズミアがこう伝えると、
「メズミアお姉ちゃんすごーい、宇宙人なんだ!」
美羽はますます興奮し、喜びも増した。
「メズミアちゃんは宇宙人なのかぁ」
花菜乃もこの子に強い興味を示したようだ。
「いやいや、あり得ないだろ」
「宇宙人なんて存在しないですもんねー」
俊治と伸歩は微笑み顔を浮かべる。
「美羽、花菜乃お姉さん、このメズミアちゃんって子の自分脳内設定よ」
日香里はくすくす笑っていた。
「あの、アタシ、マジでチタニーク星人なんですけど。ほら、アタシの髪の色、あなた達とは違うでしょ」
メズミアは困惑顔で主張するも、
「染めたんでしょ。メズミアちゃんみたいなカラフルな髪の子は、コミケとかのコスプレイベントでいくらでも見かけるよ」
「髪の色はヘアカラースプレーで簡単に変えれますもんね」
「俺んちの屋根伝って窓から侵入して来たのは宇宙からの飛来者っぽいやり方だけどな」
日香里と伸歩と俊治は、全く信じていないようだ。
「ねえメズミアちゃん、手に持ってるけん玉は、最強の武器だと思ってる?」
日香里は楽しそうに問いかけた。
「これは宇宙最強の武器でしょう!」
メズミアはけん玉を日香里の目の前にかざし、真顔できっぱりと主張する。
「なかなかいいキャラしてるね、メズミアちゃん。本当はどこ出身なの? この顔つきだとイギリス? それともカナダ? フィンランド?」
日香里は興味津々に問い詰める。
「アタシ、本当にチタニーク星ジクコゴ王国からやって来たんですよ」
メズミアがふくれっ面で強く主張すると、
「そうなんだぁ。いったい宇宙のどこにあるのか教えて欲しいなぁ」
日香里はにやついた表情で問いかける。
「チタニーク星は地球から数万、数億光年離れた太陽系外の遥か彼方にあるとか?」
「アンドロメダ銀河かしら?」
俊治と伸歩も微笑み顔でこんなことを尋ねてみるが、この二人も日香里と同様、メズミアが宇宙人だとはまだ全く信じていなかった。
「いいえ、地球人にはまだ認識されてないけど、太陽系にあるよ。遠いことは遠いけど、宇宙規模で考えれば地球からとても近い場所にね。地球から火星寄りに七〇万キロメートルくらい離れた場所で、水金地火木土天海と同じく太陽の周りを一定の周期でくるくる回ってるよ」
メズミアは詳らかに説明するも、
「それなら地球でとっくに発見されてるっしょ」
「そうだよな。地球から月までの距離の倍もないし、肉眼で見えてもおかしくないよな」
日香里と俊治はやはり腑に落ちない様子だ。
「太陽系にもう一つ、惑星があったんだね」
「水金地チ火木土天海になるね」
花菜乃と美羽は熱心に耳を傾けていた。
「相当小さい星なのかなぁ?」
伸歩はこんな疑問が浮かぶ。ちょっとだけ信じたようだ。
「その通りです。チタニーク星の赤道半径はおよそ三〇キロメートル、月はおろか地球の学問上、準惑星に格下げされちゃった冥王星よりも遥かに小さいから、未発見でもおかしくないと思うよ」
メズミアは嬉しそうに伝える。
「いやぁ、肉眼じゃ見えんっぽいけど望遠鏡なら見えるっしょ。それにメズミアちゃんチタニーク星人とか言ってるけど、ワタシ達と同じような外見じゃん。服装も含めて」
日香里がにこにこ笑いながらさらに突っ込むと、
「ひょっとしてヒカリちゃん、宇宙人はグレイやタコみたいな形をした生命体だとイメージしてた? 古臭っ」
メズミアにくすっと笑われてしまった。
「いや、そうじゃないけど」
日香里は困惑する。
「チタニーク星は自転周期も公転周期も、大気成分も大気圧も地軸の傾きも地球とほぼ同じで海と陸の比率はほぼ半々なの。重力は一割ちょっと少ないけど。ようするに環境も似てるから、地球のヒト達と同じような外見でも全然不思議じゃないとアタシは思うなぁ」
メズミアはにっこり笑顔で主張する。
「確かに、宇宙にはまだまだ解明されていない謎だらけ、既存の事実を疑うことも大事だと言いますし、わたしはメズミアさんを信じることにするわ」
伸歩はついに信念が逆転した。
「ありがとうございます♪」
メズミアは大喜びだ。
「地球と同じような環境の星が地球のすぐ近くにあるなんて、信じがたい」
「俺も同じく。もしあったらNASAとかがとっくに発見してるはずだろ」
日香里と俊治はまだ信用していない様子。
「日香里も俊治くんも、メズミアちゃんがそう説明してるんだから、いい加減納得してあげようよ。疑ったらかわいそうだよ」
「日香里お姉ちゃんも俊治お兄ちゃんも信じてあげて」
花菜乃と美羽は最初からすっかり信じ切っていたようだ。
「花菜乃お姉さんと美羽がそう言うんなら一応信じるけど、じゃあなんで日本語ペラペラに話せるの?」
「俺もそれ非常に気になる」
「アタシが日本語を流暢に話せることについて、やはり不思議に思われたみたいね。じつはアタシの祖父母は、チタニーク星から初めて個人で地球旅行をされたお方なの。今から五〇年ほど前に地球を訪れた時、リゾート地として発展しつつあったハワイを訪れようとしたのですが、宇宙船の軌道が大きくずれてしまい、たまたま日本へ着陸したそうです。その場所が東京という街でして、とりあえず観光してみると日本らしい街並みと大都会が楽しめ、とても気に入ったようです。祖父母は東京に三週間ほど滞在し、チタニーク星へ帰星後、ジクコゴ王国の人々に習得した日本語を伝えました。アタシ達の住む星はとても小さく国はジクコゴ王国一国のみで、人口も少ないので日本語が僅か数週間で星全体に広まり、以来チタニーク星の公用語となったそうです。そういうわけでチタニーク星の人々は、日本語をごく自然に話すことが出来ているのです。年配の方々ももはやチタニーク星独自の言葉は日常会話では使いませんよ。アタシの祖父母ももうとっくの昔に忘れたとおっしゃっています」
メズミアはゆったりとした口調で事情を長々と説明してくれた。
「そうなん。ラノベやマンガとかでは宇宙人なのになんで日本語を話せるのかっていう理由がスルーされてる場合が多いんだけど、ちゃんとした理由があったのね」
日香里は概ね納得出来たようだ。
「元々の言葉捨てるのに抵抗なかったのか気になるな」
俊治が呟くと、
「当時のチタニーク星人全員、全く未練がなかったみたい。なんといっても日本語は文字の種類が無数にあり、豊かな表現が出来るからね。今から皆さんに面白いものをお見せしますね」
メズミアはそう説明したのち、鞄から孫の手を取り出した。
「えいっ!」
そして俊治の机上にあった黒ボールペンに向かって振りかざす。
すると、
「えっ!!」
「うわっ、何だこのボールペン?」
「へっ! マジで? 生き物みたいになってるじゃん」
「うっ、嘘でしょう?」
「すっ、すっごぉい! メズミアお姉ちゃんは魔法使いなんだね」
信じられない変化が起きた。花菜乃達は我が目を疑う。
ボールペンが独りでに動き出し、メモ用紙に文字を書き始めたのだ。
則天去私と書き記すと、ボールペンは元あった場所へ戻って動きを止めた。
「地球人にとっては魔法に思われたみたいね。これはアタシの魔法じゃなくて、孫の手に使われてる純粋な科学技術の力よ。この孫の手にはいろんな道具を動かせる機能が付いてるの。チタニーク星のデパートで普通に売られてるよ」
メズミアは自慢げに主張する。
「ってことは、俺がやっても出来るのか?」
「もっちろん。試してみてね。振りかざすだけでいいよ」
メズミアは孫の手を俊治に手渡す。
「これで試してみるか」
俊治はテレビリモコンに向かって恐る恐る振りかざしてみた。
するとテレビに今映っているゲーム画面が、ボタンに一切触れていないのに普通のテレビ番組画面に切り替わった。チャンネルもいくつか勝手に切り替わり、電源も勝手に切れた。
「便利な機能だけど、恐ろしくもあるな」
「俊治お兄ちゃん、あたしにもやらせてー」
美羽は漢字ドリルに。
「わぁ、踊ってるぅ!」
そうすると急に踊り出した。すぐに新出漢字【議】=会議という用語が載っているページが開かれ、それから十秒ほど経つと動きが止まってページも閉じられた。
「美羽、私にもやらせてー」
花菜乃は机上にあったハサミに。
「きゃっ、私の髪切っちゃダメだよ」
その結果、花菜乃の頭を目掛けて振りかかって来た。花菜乃が注意するとハサミはぴたりと動きを止め、元あった場所に戻っていった。
「これ面白ぉーいっ!」
強い興味を示した美羽。
「俊治お兄さんにかざしても、何も起きないね。服が脱げて全裸になっちゃうかなぁって期待したのに」
「おいおい、日香里ちゃん」
日香里に眼前に振りかざされ、俊治はちょっぴり呆れ返った。
「日香里、俊治くんに失礼なことしちゃダメ」
「あいてっ」
花菜乃は日香里のおでこをペチッと叩いて注意。
「ヒカリちゃん、物を対象にしないと反応しないよ」
メズミアはにっこり笑顔で伝える。
「なんとも不思議な孫の手ですね。チタニーク星の科学技術力恐るべしです」
伸歩は深く感心していた。
「これでヒカリちゃんやトシハルさんにもアタシがチタニーク星人だってこと、分かってもらえたかな?」
メズミアはにこやかな表情で問いかける。
「まあ、信じられるかな」
「ワタシも……信じるわ」
俊治と日香里は苦笑いし、自分の非を概ね認めた。
「やっと信じてくれましたね。ところで、皆さんはご兄妹?」
メズミアの質問のあと、一瞬の沈黙。
「私と日香里と美羽が姉妹で、俊治くんと伸歩ちゃんは違うよ。お友達なの」
花菜乃は冷静に伝える。
「そうでしたか。ということは、今の状況は?」
「俺の部屋を花菜乃ちゃん達に勝手に占領されて俺は困ってるってとこだ」
「おう! トシハルさんハーレムですね」
メズミアはにやりと笑った。
「……」
俊治は返答に困ってしまう。
「まさにそうっしょ」
日香里はくすくす笑う。
「ハーレムってトドが作るやつだね」
美羽はこんな反応だ。
「あの、メズミアちゃんが地球にやって来たのって、観光目当てか?」
俊治は話題を切り替えるべく、こんな質問をしてみた。
「違いますよトシハルさん」
メズミアは即否定。
「それじゃ、泥棒するためか?」
「それも違いますって。また泥棒扱いされちゃったよ。アタシ、トシハルさん宅に来る前に他に二軒お二階の窓からおじゃましたんだけど、どちらも住人の方に泥棒扱いされて警察を呼ばれそうになりましたよ」
「そりゃ、あの泥棒みたいな入り方じゃなぁ。アメリカなら銃殺されても文句言えないだろ」
俊治は苦笑いする。
「メズミアちゃん、あの入り方はまずかったっしょ」
「あんな風に入って来たら普通の人はびっくりするよ」
日香里と花菜乃はにこにこ微笑んだ。
「確かに、チャイムを鳴らして住人の承諾を得てから玄関から入るべきでしたね。ここの皆さんは寛容で幸いでした。おかげで護身用のけん玉も使わなくて済みました。なかなかいいメンバーが揃ってることだし、アタシの話も真剣に聞いてくれたことだし、よぉし、この皆さんに決めたぁっ!」
「何を決めたの?」
メズミアの突然の発言に、きょとんとなる花菜乃。
「戦力となる仲間ですよ」
メズミアはすかさずきりっとした表情でそう伝えた後、一呼吸置いて、
「じつはですね、平和なチタニーク星に近年現れてしまった地球侵略を狙っている“地球をめちゃくちゃにしよう団、略してTMS団”という悪いやつらがいましてね。やつらが日本時間換算で今朝早く、大型宇宙船でチタニーク星を旅立っちゃいまして、三日後に地球、ほぼ間違いなく日本のどこかに到着する予定なの。アタシは父が所有する最高時速七万キロの一人乗り超高速宇宙船で追いかけ、やつらの乗った宇宙船を見つけることは出来たのですが、なすすべなく、地球へ先回りして、やつらとの戦闘に協力してくれる有望な地球人メンバーを探すことにしたの。平和的な解決のために、皆さんの戦力が必要なのです! アタシといっしょにTMS団と戦って下さい!」
早口調で興奮気味に説明し、こんなお願いをして来た。
「なんか、信じられんけど、本当ならなにげにやばそうだな」
「本当の話なのでしょうか?」
俊治と伸歩はぽかんとした表情を浮かべる。
「メズミアちゃんの自作設定じゃないの? 地球をめちゃくちゃにしよう団って、小学生が五秒で考えたようなネーミングね」
日香里はくすっと笑った。
「俊治お兄ちゃん、伸歩お姉ちゃん、日香里お姉ちゃん、地球の危機だよ」
「俊治くん、伸歩ちゃん、日香里、極めて大変なことだよ」
美羽と花菜乃はすっかり信用し、深刻に捕らえているようだ。
「トシハルさんにノブホさんにヒカリちゃん、本当の話ですよ」
メズミアは真顔で伝えた。
「そうなのか。TMS団とかいうやつらは、なんで地球を狙ってるんだ?」
俊治は訝しげにしながら冷静に質問してみる。
「話は少し長くなるけど、TMS団が現れてしまった経緯から説明するね。チタニーク星の人々は争い事を好まず、とても温厚で、チタニーク星は戦争も殺人・傷害行為も窃盗も過去に遡っても存在しないとても平和な星だったのですが、アタシ達チタニーク星人が手軽に地球旅行を楽しめるようになった昨今、窃盗、器物損壊などの非行に走る輩も生まれてしまったわけです。チタニーク星は地球と比べたら平和過ぎて地形も単純で刺激がないとかって理由で。そんな考えの仲間が集まって、TMS団という悪の組織を作ったわけです。TMS団のやつらは自然環境、治安、エンターテインメントに関して、スリル満ち溢れた環境に恵まれた地球に住んでるやつらが羨ましいということで地球人、特に言語の通じる日本人を妬んでるみたい」
メズミアは苦笑いで伝える。
「俺からすれば社会情勢的には日本よりチタニーク星の方がずっと恵まれてると思うんだけど、平穏な日常でずっと過ごしてたら、危険な目に巻き込まれることに憧れるのかな?」
俊治はTMS団員に少し同情してしまったようだ。
「メズミアちゃん、私、闘いなんて怖くて出来ないよ」
花菜乃はやや怯える。
「わたし達の力じゃ、何も役に立てないと思うのですが。地球人よりも科学技術力が高度でしょうし」
「俺達じゃなくて、軍隊か武道派の人間に頼んだ方が良くないか?」
「いや、そんなのに頼んだらTMS団のやつらがかわいそうで。なんてったってやつらは“平均年齢十歳くらいのガキ”ですから。殺傷能力のある銃や爆弾を使うことはしてこないだろうし、あなた達地球人の戦いの素人でも勝てるはずです!」
「なんだ。ガキ大将みたいなものか。それなら簡単そうだな」
「やっぱ子どもの集団かぁ。地球をめちゃくちゃにしよう、略してTMS団ってネーミングからして思った通り♪」
「暴力を一切使わずに説得出来そうですね」
俊治と日香里と伸歩は安堵しているようだ。
「悪い子達にはめっ! って言ってあげなきゃダメだね」
美羽は襲来を楽しみにしている様子。
「それでも私は心配だなぁ」
「花菜乃お姉さん、協力してあげましょう!」
日香里は花菜乃の両肩をぽんっと叩き、爽やかな笑顔で説得する。
「……うっ、うん」
花菜乃は困惑しながらも、すぐに承諾の返事をしてあげた。
「皆さん協力してくれるようで、嬉しいです! アタシ一人の力じゃきっと無理なので」
メズミアの表情が綻ぶ。
「あの、メズミアちゃん、チタニーク星のお巡りさんや自衛隊には頼むこと出来なかったの?」
花菜乃が問いかけると、
「チタニーク星は平和ゆえにそういう組織は存在しないの」
メズミアは爽やかな笑顔で伝えた。
「そうなんだ。私達でなんとかするしかないんだね」
花菜乃はちょっぴり憂鬱になる。
「TMS団は三日後に来るわけか。ガキ相手とはいえ、それまでに何か対策した方がいいよな?」
俊治が問いかけると、
「はい。そんなわけでこれから三日間、あなた達の側に寄り添って戦闘術などいろいろアドバイスしたいので、カナノさん達宅かトシハルさん宅かノブホさん宅で、アタシをホームステイさせて下さい」
メズミアは唐突にこんなことをお願いして来た。
「俺んちは無理だな」
「わたしんちもちょっと……」
突然のことに、俊治と伸歩は困ってしまう。
「私は構わないけど、お父さんとお母さんに相談しないと」
花菜乃もこんな意見だ。
「メズミアちゃんみたいな子だったら、きっといいって言ってくれるっしょ」
「パパとママは、メズミアお姉ちゃんを絶対受け入れてくれるよ」
日香里と美羽はこう主張した。
「あの、カナノさん達、ご家族の方々にはアタシは海外からの留学生であるとお伝え下さい。チタニーク星からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思いますので」
「確かにその方がいいかも」
「ワタシはメズミアちゃんが宇宙人だってこと最初全く信じられなかったし、絶対そうした方がいいっしょ。美羽、メズミアちゃんが宇宙人だってことは、お父さんとお母さんにもナイショよ」
「分かった日香里お姉ちゃん。あたし達だけの秘密にするよ」
「ありがとうございます!」
メズミアは満面の笑みを浮かべる。
「ねえメズミアちゃん、チタニーク星の中の写真とかないの?」
日香里が問いかけると、
「あるよ。皆さんにチタニーク星の中の風景、見せてあげる♪」
メズミアは鞄から分厚いアルバム冊子を一冊取り出した。
「これはメズミアちゃんの住んでる街かな? なんか日本の街っぽいけど」
捲って最初のページに出て来た写真を見て、花菜乃が質問する。
「はい、ジクコゴ王国首都マヤラームシッサムの街並みよ。人口は二〇万人くらいで、星民の約七割がこの街に住んでるの」
「そうなんだ。他の星どころか外国って感じも全然しないよ」
「お寺や神社っぽい建物もあるじゃん」
「メズミアお姉ちゃんの住んでる星の街、京都みたいだね」
「本当にチタニーク星で撮られたのかしら?」
「俺も京都で撮ったように思える。あっ、でもこの写真、空が変だ。水色のでかい星は、地球だよな? その横に写ってあるのは、月か?」
俊治が問いかけると、
「その通りよ! 満地球の時に撮ったの。地球から見える満月よりも大きく見えるよ。自転周期が同じだから、満地球はアタシのおウチからは、いつも日本が真ん中くらいに見える側しか見えないけどね。地球と比べて、満月の見え方が一番違ってるよ。チタニーク星から月までの距離は、一番近い時は三〇万キロ、遠い時は一一〇万キロくらい離れるの。だから大きく見える時と小さく見える時とで3.6倍くらい違うの。最接近時には地球の満月で、しかもスーパームーンと呼ばれる時よりも少し大きく見えるよ」
メズミアは生き生きとした表情で嬉しそうに伝える。
「わたし、生で見てみたいです」
「ワタシもーっ」
「あたしも見たい、見たい」
「俺も」
「私もだよ。富士山みたいな形の山も写ってるね」
「そちらの写真に写っているのはチタニーク星の最高峰、標高九九五メートルのオカタ山よ。形は似てるけど、日本の最高峰、富士山の三分の一にも満たないよ。チタニーク星は地球に比べるととても小さいので仕方の無いことですが、大自然の織り成す造形美は地球のそれと比べるとかなり見劣りしますね。そのためかチタニーク星の人々の間近に見える地球に対する憧れは強く、辿り着きたい星の一番候補として古くから親しまれていました。百年ほど前に探査機が飛ばされ地球の自然環境と詳しい地形、地球人の存在が分かって来てからは、より一層強くなりましたよ」
「チタニーク星もけっこう面白そうに思うんだけどなぁ。あっ、次の写真は撮影日が二月三〇日だっ!」
美羽は大興奮する。
「本当だ!」
「おう、これまた新鮮」
「チタニーク星って、太陰暦なのかしら?」
「一年の長さが違うのか?」
他の四人もちょっぴり驚いた。
「トシハルさんが正解よ。チタニーク星の一年は二月を三〇日までとした三六七日あるの。十年に一回、八月が三二日までの三六八日あるよ」
メズミアは自慢げに説明した。
「地球より、ほんのちょっとだけ公転周期が長いってわけだな」
「メズミアさん達の住むチタニーク星も、ケプラーの第三法則に則っているみたいですね」
「次の写真に写ってる三日地球も新鮮♪ うわっ、なにこの不気味な生き物」
「メズミアお姉ちゃん、これ何っていう動物?」
「チタニーク星に住んでる動物だよな?」
日香里と美羽と俊治は目が釘付けになる。
「はい、この動物は現生してるチタニーク星最大の野生動物、タカヤオマヤヒサアよ。チタニーク星の動物園で撮ったの」
「覚えにくい名前だな。牛か? 頭にとんがりコーンみたいな角も生えてるな」
「体は牛っぽいけど、お顔はナポレオンフィッシュとホオジロザメと合体させたようですね」
「すごく格好いいっ! あたし気に入ったぁっ!」
「ワタシも気に入った。ト○コに出て来そう」
「恐ろしいよぅ。私、いきなり出会ったら失神しそう」
「野生ではチタニーク星の北緯六〇度付近に広がるジンブクコ草原に生息していて、体高は五メートルを超えるものもいます。こんな恐ろしいなりですが、とても大人しいですよ。地球のアルパカ的存在なんです。ちなみにチタニーク星で現在生息が確認されている動物は約二千種、植物は三百種くらいよ。地球上の生物種数と比較すれば相当少ないよね。ちなみにチタニーク星の地球の昆虫に近い形状の生き物は、八本足よ。ページをさらに捲るとチタニーク星の他の動物の写真がいっぱい出て来るよ」
メズミアがそう伝えると、俊治達はわくわく気分でページを捲った。
「おう! 水色の、クマ的な動物じゃん」
「メズミアお姉ちゃん、これ、フラミンゴ? 鷲?」
「カブトムシさんとモンシロチョウさんを合体させた様な生き物さんもいるわね」
「さっきのほどじゃないけどなんか怖い。確かに八本足だね」
「なんだこれ? アザラシっぽい生き物が亀の甲羅っぽいの背負って直立歩行してる。まあでも、どれも地球にいたとしてもそれほど不思議ではない形状だな」
「なにしろ地球と環境がよく似てるから。地球と生物と比較してあまりにも奇抜な形状の生き物はいないと思うよ」
メズミアは爽やかな表情で主張した。
「むしろ地球の熱帯の昆虫や深海魚の方が地球外生命体っぽいね」
美羽はにっこり笑いながら意見する。
「美羽の言う通りね。両国の江戸東京博物館っぽい建物もあるじゃん」
「江戸東京博物館をモデルに造られた物だから、似ていて当然かも。それはアタシのおウチよ」
「すごーい。とっても立派なおウチに住んでるのね。ひょっとして、メズミアちゃんは、ジクコゴ王国のお姫様とか?」
日香里は羨ましがり、こんな質問をする。
「近いです。アタシ、国王の娘ですから」
メズミアがさらっと答えると、
「おううう! 高貴なお方なのね」
「メズミアお姉ちゃんのおウチ、大金持ちなんだね」
「私達、凄い良家のお方と出会ったんだね」
「メズミアさんって、お嬢様育ちだったのね」
「俺らとは格が違うな」
五人は途端に恐縮してしまった。
「いえいえ、全くそんなことないよ。チタニーク星では国民皆平等の観点から、身分の差は無いに等しいので。国王といっても他のジクコゴ王国民と生活水準はほとんど同じよ。地球みたいに職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収二千万円未満のご家庭には年度末毎に不足分が補われますので、地球のしかも所得格差の少ないといわれる日本と比べても、差は遥かに少ないですよ」
メズミアは謙遜気味に説明する。
「ジニ係数が限りなく0に近いってことか。理想的な社会が築かれてるんだな」
「小さな星だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もチタニーク星の社会制度を見習わなきゃいけないね」
「ワタシも花菜乃お姉さんの意見に同意」
「国民全員がお金持ちって最高の国だね。あたし住んでみたいな」
「あの、お金の単位って、円なの?」
伸歩は驚いた様子で質問する。
「はい、チタニーク星でも三五年ほど前から日本円と同じ通貨が使われてるの。日本円が流通する以前は、通貨単位はノエウでしたよ。ただ当時は、産業がほとんど発達してなかったから使われる機会はさほどなかったみたい。見て、皆さんが使われているお金と同じでしょ?」
メズミアは鞄の中から財布を取り出し、札束をいくつか出した。
「これは、明らかに偽札なのでは……」
伸歩は呆気に取られた表情で突っ込む。一万円札の肖像が松尾芭蕉、五千円札が与謝蕪村、千円札が小林一茶だったのだ。
「お菓子のおまけについてるような、おもちゃのお金だね」
美羽はにっこり笑って指摘する。
「飾るのにはいいけど、使ったら犯罪だな」
「これは使ったらお巡りさんに逮捕されちゃうよ」
「通貨偽装罪になっちゃうね」
俊治と花菜乃と日香里はこう警告した。
「日本で使えないの!? 普通に使えると思ったのに」
メズミアは驚愕し、落胆した様子だ。
「地球ではどこも使われてない紙幣だから、換金も無理だな」
「今日本で一般的に使われてる肖像は、一万円札が福沢諭吉さん、五千円札が新渡戸稲造さんか樋口一葉さん、千円札が夏目漱石さんか野口英世さんだよ」
俊治と花菜乃はさらにこの事実も教えてあげた。
「そのお方が肖像の紙幣もチタニーク星でたくさん使われてるよ。他に一万円札に宮沢賢治さん、五千円札に正岡子規さんや太宰治さん、千円札に二葉亭四迷さんや芥川龍之介さんも。日本の学校の国語の教科書や国語便覧でお馴染みの方々ですね。チタニーク星で日本円が流通するようになったきっかけは、ある旅行者が日本でたまたま拾ったお金を持ち帰り、模作したことだとされています。たくさん製造されていくうちに、いろんなバリエーションが出来てしまったみたいね。よく考えると、日本のお金で本物と認識されるのは日本の造幣局や印刷局で製造されたもの。つまりチタニーク星で製造されたものは、全て偽札であるともいえますね。例え日本の紙幣と同じ肖像のものでも」
メズミアは苦い表情で呟く。
「メズミアさんが持ってるお金は、日本はもちろん地球での使用は絶対ダメよ」
伸歩は念を押して警告する。
「はいはい、使用は控えます」
メズミアはこう誓い、お札を財布にしまった。
「メズミアちゃんは国王の娘だからこそ、TMS団のことを俺達に報告しに来たってわけだな?」
「その通りですトシハルさん、地球の危機、さらにはチタニーク星の治安を揺るがす重要事項でありますから。アタシも本気で戦います。みんなで力を合わせてTMS団を退治しましょう!」
「メズミアお姉ちゃん、あたし達でTMS団を絶対やっつけよう!」
「わたしも全力を尽くしますよ」
「ワタシも暴れまくるよっ!」
「私も、怖いけど頑張る」
「俺も」
「ありがとうございます! さあ、トシハルさんも恥ずかしがらずに円陣にまじって下さい!」
「えっ、おっ、俺も?」
俊治は緊張気味に加わる。というよりメズミアに腕を引っ張られ強制的に組まされた。
「TMS団に、絶対勝つぞぉーっ!」
メズミアが叫ぶと、
「「おうううっ!」」
美羽と日香里は元気な声で。
「「「おー」」」
俊治と花菜乃と伸歩は照れくさそうに掛け声を出した。
これにて円陣はほどける。
「あの、メズミアちゃん、ワタシすごく気になるんだけど、メズミアちゃんの乗って来た宇宙船ってどこにとめてあるの?」
日香里が尋ねると、
「ここよ」
メズミアは自分のリュックを指し示した。
「えっ!? そこ!!」
「小さ過ぎっしょっ!」
あっと驚いた伸歩と日香里に、
「トシハルさん宅の屋根に降り立ったあと、コンパクトにしちゃいました」
メズミアはすかさず爽やかな表情で説明を加える。
「そこまで小さく折り畳める宇宙船って、いったいどんなんだよ?」
「私もすごく気になるぅ」
「あたしもーっ」
俊治と花菜乃と美羽もちょっぴり疑った。
「ではお見せしますね」
メズミアがリュックから取り出すと、
「この形、みかんそのものですね」
「本当だ。そっくりー。みかんの香りもしっかりするね」
「ユニークな形だな。宇宙船に全く見えない」
「メズミアお姉ちゃん、これ本当に宇宙船なの? みかんでしょ?」
「メズミアちゃん、出し間違えたんでしょ?」
伸歩達は思わず笑ってしまった。
本当にみかんの形そのものだった。
「やはり宇宙船とは思われませんでしたか。このお部屋の広さなら大丈夫そうだから拡大させるね」
メズミアはへたについた葉っぱの部分を指でつまんだ。すると瞬く間に膨らんでいき、ついには高さが一七〇センチくらいまでになった。
「メズミアお姉ちゃんのみかん、すごーい」
「本当に、一人が乗れるようなサイズになったね」
「こりゃ増えるワカメちゃんの比じゃないっしょ」
「ますます不思議な原理ですね」
「これも科学技術なのか?」
俊治が驚き顔で質問した。
「はい、純粋な科学技術ですよ。チタニーク星の理工系の技術者さんに作ってもらいました。ステルス機能と防御機能もすごいよ。飛行中はレーダーに感知されないどころか、人の目にも映らないの。雷が直撃しても、隕石や小惑星が衝突しても、ミサイルを打ち込まれても全くの無傷なくらい頑丈よ。みんな、ぜひ中も見てみて」
メズミアはそう勧めると、外壁のとある箇所に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。
全員が入れるほど広くないので、みんな船外から覗くことにした。
「畳敷きの和室じゃん」
「ますます宇宙船っぽくないよな」
「私のイメージと全然違うよ」
「メズミアお姉ちゃん、これ本当に宇宙船なんだよね?」
「座布団とちゃぶ台も付いてて、とても落ち着けそうですね。勉強部屋にも最適そう。あの障子の中は?」
伸歩が気になって質問してみる。
「おトイレよ」
メズミアは即答する。
「そうでしたか。長旅だと必要だものね」
「そういや、操縦する場所が見当たらないね」
日香里は内部を注意深く観察する。
「この宇宙船は地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるの。地球上の任意の場所から任意の場所への移動も可能なんだ。チタニーク星の人々は、地球人のマイカーみたいな感覚で宇宙船を所有して、地球人が国内旅行をするような感覚で星間旅行をしているの。もっとも、チタニーク星の今の科学技術力ではまだ地球か月にしか辿り着けないけどね」
「宇宙飛行士にならんでも宇宙空間を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎるぅ。宇宙空間移動してる時は、船内は無重力になるんでしょ?」
「違うわヒカリちゃん。外の環境がどう変化しても、中の環境は一定に保たれるようになってるの」
「そうなんだ。無重力が楽しめるのも宇宙旅行の魅力だと思うけど。無重力じゃないとつまらないっしょ?」
「食事とおトイレが大変じゃないですか。無重力はすごく楽しそうだけど、特殊な訓練を受けてないと体が適応出来ないし」
メズミアは微笑み顔で主張した。
「そっかぁ」
日香里は概ね納得する。
「このおトイレ、図鑑に載ってた宇宙船のおトイレと違って、あたしんちのと同じごく普通の洋式の形だね。これで無重力になったらうんこやおしっこが空中漂って大変なことになっちゃうね。ねえねえメズミアお姉ちゃん、このおトイレで出したうんこやおしっこはそのまま宇宙空間に捨てるんでしょう?」
船内に入って障子を引いてみた美羽が興味深そうに質問すると、
「このタイプのはそうよ」
メズミアは頬を少し赤らめ、照れくさそうに答えた。
「それじゃ、メズミアお姉ちゃんがここで出したうんこやおしっこがやがてお星様の一部になるかもしれないね」
美羽はきらきらした目つきで呟く。
「ミウちゃん、アタシ乗船中はおしっこしかしてないよ」
メズミアはますます照れくさがる。
「……」
俊治は気まずい心境だった。
「美羽、下品な質問はしちゃダメだよ。メズミアちゃん困ってるから」
花菜乃は優しく注意。
「はーい、ごめんなさいメズミアお姉ちゃん」
美羽は謝りながら外へ出る。
「いやぁ、そんなに気にしてないから。皆さん燃料を見たらきっともーっと驚くと思うよ」
今度はメズミアが中に入り、入口近くに置かれた小さな樽を手に取りふたを開ける。
中は、薄緑色の液体が浸されていた。
「この香りと色、もしかして……煎茶かしら?」
伸歩が尋ねると、
「正解っ! 正真正銘本物の煎茶よ。飲んでも美味しいよ。ちなみに静岡産。たった一リットルで二万キロメートル走行出来るの。地球およそ半周分よ」
メズミアは自慢げに答えた。
「煎茶で動くなんて凄過ぎるぅーっ!」
「煎茶の燃料でそんなに長距離飛べるなんて私、魔法としか思えないよ」
「俺もだ。液体水素や液体酸素じゃなく、ごく普通の煎茶とは……信じられん」
「超未来的ね♪」
「地球の科学技術がかなりかすんで見えますね」
花菜乃達は改めて驚かされたようだ。
「元に戻すよ」
メズミアは外に出ると、葉っぱの部分を手で押した。
すると、シューッという音と共に宇宙船は見る見るうちにしぼんでいき、五秒ほどで元のサイズに戻った。
「この宇宙船、ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね?」
「そうですね花菜乃さん、原理を深く研究してみたいです」
「地球で発見されてる既存の物理法則では説明出来ないよな」
「メズミアお姉ちゃん、これ絶対魔法だよね?」
「ワタシも夢を見てる気分」
「チタニーク星でここ二〇年以内くらいに開発された宇宙船は全部、コンパクトに出来る機能を持ってるんだ。日本で創られた大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」
メズミアは自慢げに説明し、圧縮されたみかん型宇宙船をリュックにしまった。
続けて携帯電話をスカートポケットから取り出し、
「ママ、いっしょにTMS団と戦ってくれる頼もしい地球人の仲間を五人も見つけたよ」
『それはよかったわねメズミア。パパにもあとで報告しとくわ』
母の携帯に連絡。
「あたし達、頼りにされてるみたいで嬉しいな。メズミアお姉ちゃんもスマホ使ってるんだね」
「私達が使ってるのと同じ形なんだね」
「ワタシの携帯からもそっちへかけれるんかな?」
「申し訳ないですが、これはチタニーク星製なので、地球で作られた携帯からは不可能なの。アタシの携帯からそちらへかけることも。優れた人格者のヒカリちゃん達には大変申し訳ないんだけど、人命を脅かす凶悪犯罪人も多くいるといわれる地球人と不用意に接触しないようにするための安全策なの」
「そっか、そりゃ残念」
日香里はそう思いながらも、チタニーク星人の意図には同情出来た。
「日本の携帯よりも機能が相当優れてそうですね」
「いやぁ、ノブホちゃん、期待を裏切るようで悪いけど日本のよりも機能性は低いよ。最新式のでも通話、メール、ネット、カメラ、辞書、GPS機能のみで、携帯の技術は日本に負けてるよ」
「そうなのですか。意外ですね」
伸歩はちょっぴり呆気にとられる。
「チタニーク星人の携帯普及率って、どれくらいなんだろ?」
俊治はこんなことも気になった。
「二割くらいだな。持ってない人の方が多いよ。なんといっても狭い星だから直接会って話せばいいって考えの人も多いので」
「そっか。そんなお国柄、お星柄なんだな」




