建前と本音と立場と都合
情報交換部活動記録。五月一日。ゴールデンウィーク休暇のため活動なし。
真っ昼間っからだらりとソファーに身を投げて、ぼーっと天井を眺めながらそんなことを考えていた。
俺は五月病というやつに初日から蝕まれていた。決していつも通りの休日の過ごし方なんかではない。
あの日以降、俺と城森と小森音さんは、部活動中ずっとゲームをするという奇妙な関係が出来上がっていた。
和気あいあいとはいかないまでも当初の目的である、考えていることを口にするということ自体は、割りと達成できているように思える。
まあ、考えていることっていってもゲームに関係した感じの話なんですけど。
ただ、城森はどんな小さい意見の相違でもノートに書き記していた。
例えば、アニフォレの主人公がりんごの皮を剥かないでバリバリ食べる仕草をしているのを見て俺は、りんごの皮を剥いていない状態で食べるとか無理だな。と発言すると、それを聞いた小森音さんが、私はウサギりんごみたいなやつだったら平気かなー。と俺とは違った主張を述べる。
最早、好みか好みじゃないかの問題なんじゃ……と思う違いですら細かく記録している始末なのだ。
最初の頃はその細かさに俺と小森音さんは戸惑っていたが、慣れとはやはり心底怖いものでそれが『普通』になると俺も小森音さんも次第に気にしなくなっていった。
そして今、五月一日ゴールデンウィーク初日。
俺は休暇に入る前日、一応城森にゴールデンウィークは部活があるのかを聞いてみたところ、色々用事があるとのことで結果として部活は無しとなった。
用事か……彼氏とかと会っていたりするのだろうか。
二次元じゃ主人公の周りの女の子はみんな可愛いくて性格いいのに彼氏がいないという、訳のわからない混沌とした世界になっているけれど、現実はそうじゃない。
高校生ともなればある程度の人間は、付き合っていたりするのだろう。俺はないけど。なんだ?悪いか?泣くぞ?
それに、絶対的に揺るがない法則がこの世界にはある。
可愛い子には彼氏がいる!の法則である。
「……ただいま」
「おう」
世界の理不尽さに身悶えしそうになったとき、玄関に面しているリビングの戸が開いて心がダルそうに報告をくれる。
「……あんたまだ寝てるの」
「やることがないと寝るしかないんだよ……。てか、今は別に寝てねぇ」
ソファーから体を起こして心の方へ向き直すと、冷蔵庫から牛乳を取り出していた。
心は中学生にしては発育がいい。背は平均的だけど、それ以外のところが突出している。字の通りね。
「……その割りには最近帰ってくるの遅いらしいじゃん」
牛乳をコップについでぐびぐび飲みながら心は言う。
「また、母さんが言ってたのか……」
母親が息子の帰りが遅いのを気にして娘に報告しているなんて……。
なんか、情けなくなってきた。
そんなに俺が遅くに帰ってくるのに違和感を覚えてしまうんですか。
「で、なんかやってるの?」
心が再度追求してくる。
「ああ、まあな。……部活に入ることになってさ」
「部活!?」
心が飲んでいた牛乳を盛大に吹き出す。
そんな大袈裟な。兄ちゃん悲しいぞ。
「……なんの部活?」
さっきの勢いはもう鎮静したのか、溢した牛乳を拭きながらまたいつものトーン低めな声で聞かれる。
「情報交換部って部活なんだけど」
「……なにそれ」
「……俺もまだいまいちよくわかってない。……ただ」
起こしていた体をソファーに戻して続ける。
「部長が他人の意見を求めているってことだけは、把握してる」
「……ますます分からないんだけど」
心の姿はもう見えないがきっと、冷ややかな目でこっち見てるんだろうな……。
「……なんでそんなとこ入ったの?」
な、なんか今日はやけに食い付いてくるな。
兄ちゃん嬉しいぞ。
「なんとなく……かな」
「なんとなくって……。ふーん……」
しかし、俺の出す答えは全て曖昧になってしまった。
そのせいなのか、心は興味を無くして会話が途切れる。
俺は目の前の机に置いてある漫画に手をかけ、読み始める。
物静かな部屋には、心が使い終わったコップを洗い流す音だけが響く。
そして洗い終わると、心はさっさと二階へ上がっていった。
上の方で扉の閉まる音が聞こえて、俺は読んでいた漫画を開いたまま顔の上に乗せ、漫画をアイマスク代わりにする。
……やることがないと寝るしかない。
さっきの自分の言葉を反芻して、思わずフッと一つ笑う。
俺は大器晩成型なんでね。そう言い聞かせながら俺は、シエスタの大海原へと飛び込んでいった。
★ ★ ★
休み明けの教室は楽しげな会話で溢れ返るのが昔からの定石である。
俺は自分の教室へ辿りついた頃には、無駄に疲弊してしまっていた。
一年一組の教室は校舎の隅の突き当たりにあり、そこに辿り着くまでには二、三、四のクラスの前を通りすぎなければならないのだが、それ自体は別に問題はなかった。
教室はいつもより少し賑やかというだけで気にはならない。
ただ、各クラスの前の廊下には、いわゆる上位カーストの♂と♀がそれぞれ屯していることがある。
今日はその日だったらしく、上位の連中は休みの話題に花を咲かせていた。会話の内容は花というかラフレシアだったが。
その横を抜けるときに嫌でもそのラフレシアが聞こえてきたり、その空間を抜けるためにそのグループに近づいたりと疲れることしかなかったのである。
そして漸く一組の教室に到着したというわけだ。
ガラリと戸を開けて自分の席へと歩き出す。
「おっす紡!」
「……おう」
俺が来たのを見つけたのか大地が声をかけてきた。
「紡……お前なんか既に疲れてないか?」
「休み明けってのとラフレシアが咲いてたせいでちょっとな……」
「なんだそれ」
よく分かってない様子だが、大地はハハハと笑ってくれる。……元気いいなこいつは。
「そういや、俺あれからランク五まで上がったわ」
「おい、マジかよ!一緒にあげてこうぜって言ったじゃんか」
「すまんすまん。……あまりにも暇だったもんでな」
大地とはゴールデンウィーク中に一度遊んだ。
その時に前約束していた、協力のできるゲームを一緒に買いに出かけた。
協力なんてゲーム以外では絶対にしたくない。
ONE FOR ALL ALL FOR ONEとは言うが、誰かミスったら手のひら返したように叩いてきやがる。
みんなは突然一人に、ものっそ当たりが強くなるのだ。
そんなにあの時バトン落としたのが悪かったのかよ……。
ちょっと昔の思ひ出にトリップしてしまった。いけないいけない。
話を戻すと、その時に買った協力ゲーを一緒に攻略していこうって話になっていたのだが、大地とはその日以降遊べる日が無く、暇だった俺は一人もくもくとプレイしていたということだ。
なぜ大地と遊べなかったかはお察しの通り、大地は他に用事が入っていたのだ。
前に写真を見せてもらったあの彼女との用事とかだろう……。くそったれ。
「じゃあ、今日の夜通信しようぜ。俺のレベルぱっぱと上げてくれ」
「あいよ」
約束を取り付けると、大地は教室の真ん中で固まっている軍団の方へと戻っていった。
まだ、始業まで時間あるな……。疲れてるし丁度いいや始まるまで本気寝でもするか。
「三上君、おはよー」
いそいそと寝る体勢を模索していると、柔らかくて心地いい声が耳に届く。
「おはよ」
その声の主である小森音の方へと体を向ける。
「なんか久しぶりだね」
「休み五日間だけだったのにな」
「休みの間何かしてた?」
ピシッと俺の動きがあからさまに止まってしまった。
な、なんて返そう……。旅行いってたとか?いや、待てそんなのすぐにボロが出る。
というか、なんで嘘つく必要がある。
堂々とずっと家にいてゴロゴロしてたと言えばいいんだ。
さあ!言え!いま言え!すぐ言え!
「え、えと……」
ほら!小森音さんも露骨に困っているじゃないか。
まるで、や、やべぇ地雷踏んじゃったよと言わんばかりの顔をしているじゃないか。
「ほ、ほとんど寝て過ごしてたかなー」
「そ、そうなんだー」
死にたくなってきた。正直に言ったのになんでこんなに泣きそうになるんでしょう。
世界は不条理だな。
「でも、私もそんな感じだったよ」
気を使ってくれたのか小森音さんは、俺の休日の過ごし方に同調してくれた。
「やっぱり連休ってどうしてもだらけちゃうんだよね」
頭をポリポリと掻いて照れた姿は、眠気を覚ますのにはとてもいいものだった。目がシャキっとしましたです。
「小森音さんがだらけてる姿ってなんか想像つかないな」
「えーそうかな。私けっこうずぼらだよ」
「へーそうなんだ。これまた意外だな」
うーん……。未だにこの女子の自分のことを控え目に見た発言が、どこまで本気で言ってるのかわからない。
比較的痩せ型の女子二人が「◯◯ちゃんは痩せてていいなー」「えー私はまだ太いよー。私より××ちゃんの方が痩せてるしさー」「私はダメだよー◯◯ちゃんには負けるっ」以下略、みたいなやり取りはいったいどこまでが本気で、なにが目的なのだろう。お互いを高めあう、切磋琢磨みたいなことなのだろうか。
いや、無いな。それは無い。
「おはようごさまいます」
思考に一区切り着いた時、どこまで透き通った声の主、城森が声をかけてきた。
「おっす」
「おはよー城森さん」
俺は左に城森、右に小森音さんとまさしく両手に花状態だった。
「城森さんゴールデンウィークは用事があったんだよね」
「ええ、まあ」
「どこかでかけたりとかしたの?」
「家族で熱海に行きました」
「それって旅行!?」
「そうですね」
「いいなー」
完全にガールズトークで蚊帳の外になってしまった。
ま、まあいいんですけどね。こんな状況よくあるし。慣れてる慣れてる。
別に奇数になるといつも溢れてたりなんて、そんな悲しいことはないよ?
「熱海ってことは温泉とか入ったの?」
「そうですね。宿泊した旅館に露天風呂があったので」
「へー露天かー」
ほわんほわんほわんと、昭和な音色を響かせながら
、俺は城森が温泉に入っているところを想像してしまった。
あの綺麗な艶肌に、水がかかり弾けて滴る様を。あの柔らかそうな髪を念入りに手入れする様を。
そして…………これ以上はマズイのでカットしよう。
と、とりあえずこのイマジネーションを脳内から消去しなければ!
顔を手で覆い、にやけたフェイスを必死に隠して脳の整理を行う。
「私は温泉とか入ったことないから一回は入ってみたいんだよね」
「それなら……両親に温泉行きたいと頼んでみては?」
「うーん……家の親インドア派だからなー……望み薄かなー……」
「そうですか。なら…………」
「城森さん?」
やっと俺の幻想をぶち壊したと思ったら、なにやら二人の会話が止まっていた。
顔を上げると、右にいた小森音さんは戸惑っている様子で城森の方を見ている。
城森も小森音さんをじっと見つめて……?いや、なんか目線が微妙に小森音さんの左にあるような……。
そう思って小森音さんの後方に目線を向けると、そこには小森音さんがいつも一緒にいるグループの女子二人が、なにかひそひそと話をしていた。
どうやら城森は、あの二人を見ている様子だった。
「……いえ、なんでもありません」
「そ、そう?あ、旅館に泊まったってことはもしかして美味しいものとか食べたりし……」
「小森音さん。少ししつこいです。自重してください」
城森は少しだけ声をあらげて発した。
……まるで、誰かに聞かさんと言わんばかりに。
「ご、ごめんね。私少しがっつきすぎちゃった……」
ハハハ……と力なく笑う小森音さんの顔は、またあの周りが凍りつくようなとても悲しい顔をしていた。
「……あまり私に関わらないでください」
「……!!」
そう言い放ち城森は踵を返して、自分の席へと戻っていった。
周りは一瞬にして、ざわざわの音量を上げていく。
「なにいまの?喧嘩?」
「城森さんが紗莉亜ちゃんにしつこいって大声あげてた」
「マジで?てか、関わらないでってお前に絡む気なんてないっていうね」
「言えてる、言えてる」
不快極まりないこの状況に、小森音さんは自分のことに精一杯で気づいていない様子だった。
そして、城森が離れたタイミングを逃すまいと、小森音さんの友達が、小森音さんの元へと駆け寄ってきた。
「紗莉亜ちゃん大丈夫?」
「うん……」
「アイツ何様なんだよ」
「…………」
「とりあえず席戻ろう」
「うん……」
スムーズに、小森音さんのケア、城森への攻撃、俺から遠ざける。をやってのけるお友達に脱帽。
城森はまるで何事もなかったかのように、綺麗な姿勢で本を読んでいた。
その姿を見て俺はふと、南條先生の言葉を思い返した。
「彼女は気が小さい上に、よく気を使い、自分の思いはひた隠しにする人間だ」
俺の想像した答えは決して合っているとは断定できはしない。確信できるものもなけりゃ。物的証拠もない。
ただ、この言葉が俺の考え出した答えを後押ししてくれる。
そんな気がした。
★ ★ ★
結局、この日一日、城森と小森音さんが関わっていた様子はないまま放課後を迎えてしまった。
三時間目に男女別の体育があったのだが、たぶん話し合ったりなんかはしていないだろう。
なぜなら小森音さんの顔は、朝と対して変わっている様子はなく、寧ろ陰鬱度が増しているようにも思えたからだ。
城森の方もやはり変わっている様子はなかった。
……顔に出していないだけなのか。それとも……本当になんとも思っていないのだろうか。
俺には全くもって分からない。それもそのはず自分以外の人間を理解するなんてことは出来はしない。
自分自身のことですら良く分かっていないというのに、他人のことなんか尚更理解できるはずもない。
ただ、理解した気になることはできてしまう。
相手のどこにあるのかすら分からない一部を見て、自分なりの解釈をして分かった気になって、いつしか幻を見るようになってしまう。
そして、自分が生み出した幻想の範疇を越えてしまうと、裏切られたと失望するのだ。
俺が最も嫌悪するこの感情に、今まさに脳みそを散らかされている。
「あの……三上君」
これ以上思考すると頭がゴミ屋敷になりそうなところで、小森音さんが俺にブレーキをかけてくれる。
「なに?」
「ちょっといいかな……」
アニフォレの話……なわけないよな。
「……分かった。ここじゃ話しにくいだろうし、教室出るか」
「うん……」
教室を出て、適当に人が来なさそうな場所へと移動する。
下に行くほどに人と遭遇する率は上がるだろうし、このまま廊下を歩いて突き当たりの資料室の前あたりで喋ればいいか。
「なんか……初めて部活行くときみたいな感覚だよ今」
「……俺もそんな感じがする」
始まりの音を聞いた気がしたと思ったが、全然始まってなんかいなかったみたいだ。
「ここら辺でいいか」
資料室前まで来てぐるりと振り替えると、廊下にいる生徒と俺たちの距離はだいぶ離れていた。
これなら大丈夫だろう。
「うん……」
そして言いづらそうに小森音さんは口火を切る。
「話っていうのは城森さんのことなんだけど……」
「……うん」
「その……三上君から見て私ってなんかしちゃってたかな……?」
藁をもすがるような声で、小森音さんは俺に聞いてくる。
「いや、なにも悪いところはなかったと思う」
「ホントに……?」
「ああ」
小森音さんが入部してからの城森とのやり取りを思い浮かべるが、別に小森音さんが城森に対して何か変なことや気分を害すようなことは特にしていなかったはずだ。
……逆はあったかもしれないが。というか、現在進行形であるけど。
「じゃあ……何がダメだったんだろう」
小森音さんは唸りながら自分の行動について今一度熟考する。
……どうする。言うか?
てか、言ってなんになる?なにか解決する術があるのか?そもそも俺の考えは真実なのか?
なんになるどころか、状況が悪化したりするかもしれない。
でも……。
再び南條先生の言葉が、散らかった脳内を駆け巡る。
「小森音さん……憶測で申し訳ないんだけど……俺の考えを聞いてくれないか?」
意を決して声帯を震わせたものの、途切れ途切れになってしまった。
「な、なにか分かったの?」
「分かったっていうか……思ったっていうか」
「なに!?」
ぐいっと小森音さんは俺の方へと身を寄せる。
おっと別の意味で緊張しちゃうぜ。
あ、俺意外とまだ余裕あるな。
「小森音さんと城森が話してるとき、城森が一瞬止まった後で、小森音さんを突き放した感じになってただろ?」
うん。と答える小森音さんはその光景を思い出してしまったか、また悲しい顔になる。
俺のアホ!もっと上手い言い方なかったのかよ!
あ、俺もう余裕無いです。
「……あの時城森の目線は、小森音さんじゃなくて、小森音さんの後ろの方に向けてたんだ」
「え?……後ろ?」
「ああ……。正確には小森音さんといつも一緒にいるあの二人を見てた」
「……な、なんで?」
……問題はここからだ。気持ちの悪い論説になってしまうのは……。
「俺の憶測だけど……。城森は小森音さんと自分が喋っている状況は良くないって思ったんだと思う。……もしかしたらずっとそう思っていたのかもしれない」
「……どうして?」
更に俺はヘドが出るような論説を続ける。
「城森は今の自分のよくない立場を分かっているから……まあ、その立場を最初から悪くしたのは城森自信なんだけど……」
一呼吸おき更に続ける。
「要は、皆に敵対視されている自分と、小森音さんが喋っている所を、小森音さんと仲のいい人が見たらどう思うかって考えて、城森は……わざと突き放すようなこと言ったんだと思う」
「そ、そんなことっ……」
小森音さんは納得できていない様子だった。それは城森に対してなのか俺の考えに対してなのか。
「で、でも!それだったら今までだって別に『普通』に話してたし……なんで急に……」
食いぎみで小森音さんは俺に対して意見を主張してくる。そしてまたあの言葉が俺を煽ってくる。
「普通……。そう、短い間だったけど普通になっていったんだよ。城森は小森音さんと喋ることが」
「じゃあなんで……」
目を伏せて、胸の前で小森音さんはキュッと手を握る。
「……たぶんその普通だったってことに対して改めて思い出したんだと思う。あの二人が小森音さんと自分を見ながらなにかしら話をしているのを見て、自分の立場と……小森音さんの立場を」
「そ、それって……」
俺は一回ゆっくりと頷く。
「城森はクラスの人……いや、正確には小森音さんと仲がいいあの二人に見せつけるためにあんなことしたんだと思う。……今はまだ小森音さんと話すようになってからそんなに時間は経ってない。だからこそ自分が加害者になって非難を浴びれば、小森音さんに向きかけてた矛先を変えることができる」
「そ、そんな!!」
小森音さんは声をあらげて驚嘆する。
「……あくまで俺の身勝手な憶測だから、もしかしたら別の原因があるのかもしれない」
「……三上君の考えだと城森さんは私を庇ってってことになるの?」
「ああ」
「そんな都合良く考えられないよ……」
「そう……だな……」
……俺は失敗したんだろうか。
やはり、言わないで誰かしらが解決、もしくは時間によって風化させた方がよかったのだろうか。
一体いつになったら俺は揺るがないものが持てるようになるのだろう……。
「……とりあえず今日は部活休むね……」
そう言うと小森音さんは足早に去っていった。
壁に寄りかかり、肺一杯に溜め込んだ空気を吐き出す。
俺も行くか。城森に小森音さんは「とりあえず今日は欠席」ということを伝えないといけないしな。
★ ★ ★
部室の戸を開けると、城森はいつもの席へと腰を降ろしていて、既にアニフォレをプレイしていた。
「遅かったですね」
「ああ、ちょっとな」
城森は俺に一瞥をくれながら、到着時刻についての私解を示してくる。
「あーそうそう。小森音さん今日は部活休むってさ」
「……そうですか」
少しの……本の少しの間があったものの、城森は承諾の意を表す。
「今日はどうする?二人だけで通信するか?」
「そうですね。では、私の森の門を開けておきます」
「了解」
俺もいつもの席……城森の一つ右隣の席へと腰を降ろして、鞄の中からお目当ての物を引っ張り出して準備を進める。
「…………」
「…………」
お互い無言のまま、着々とセッティングしていく。
とは言っても、通信機能をオンラインにして城森の森へと行くだけなんだけどさ。
因みに城森のプレーヤーの名前は、そのまま下の名前の"れいか"を起用した。
その"れいか"の森へ着いたと同時に俺は、言葉を口にする。
「……城森」
「なんでしょうか?」
「…………すまん、なんでもない」
「……そうですか」
これでよかったのか?
口から出す予定だったこの言葉を、俺は躊躇い必死に飲み込んだ。
よかったわけはないだろう。何一つとしてよかったことなんかない。これだけはハッキリと分かる。
なぜなら……。城森も小森音さんもちっとも笑ってなんかはいないからだ。
寧ろその逆と言ってもいいほどの結果になっている。
小森音さんはあんな表情をしてしまうし、城森は徐々にではあったが小さくなりかけている炎に油を注いで、より一層巨大なものにしてしまった。
それも文字通り、身を焦がす程に。
俺はどうしてなにも思いつかないのだろう。
代々こういう時ってアニメとか漫画とかだと、主人公が奇策みたいなの思い付いて、それ実行して、丸く収まって、ちゃんちゃんってなるはずだろ。
それなのになんで俺は思い付かないのだろう。
自分の人生ですら俺は主人公になれないのだろうか。
…………だから俺は『普通』なんだろう。
「……三上君?」
城森の声で、思考の泥沼に嵌まり動けなくなっていた俺はハッと我に変える。
「わ、悪い。ちょっと考え事してた」
いけないいけない。俺が悩んでどうする。お門違い
にも程がある。
「……大丈夫ですか?」
「ああ……」
そう言ってくれる城森の顔を俺は見ることができない。
自分が情けないと散々思ってはいたがまさかここまでとはな……。凹むわこれ。
俺のことより、自分の方が心労たまってそうなのにな……。
……なんとか少しでもその心労を削り取ることはできないのか。
「ふふっ……」
「ど、どうした?」
急に城森が笑いだしたせいで少しビックリしながらも、なぜに笑いだしたのかと追求する。
「いえ、ただ……。なんとなくこの空気が懐かしいなと」
「……城森!!」
城森がそう言い終わった刹那、俺は自制が効かなくなったかのように、声のボリュームのつまみを大の方へと回して、勢い良く立ち上がる。
「は、はい?」
城森は俺の奇行に体をビクッとさせながらも、何事かと聞いてくる。
「大丈夫!大丈夫……だから」
俺は……城森の……この右隣の席を離れる気は無い……だから……。
「安心……してくれ……」
「…………分かりました」
きっと城森には、俺がこの現状はなんとかなるから大丈夫だと言っている風に伝わっただろう。
もしかしたら、気休めにもならない程度のことを言っていると思われたのかもしれない。
でも、城森が分かったと言ってくれただけで、俺はもう満足していた。
「ふふっ……後半だいぶ萎んでいきましたね」
気にしていたことを早速小突かれた。
「……前半から思いっきり調整ミスってたからな」
「そうですね。三上君でもあんなに大きな声が出せるんですね。驚きました」
「自分でもそこはビックリしてるよ。……にしても変な声の張り上げ方したから喉痛いな……。なんか飲み物でも買いに行ってくるか」
さっきまでの微妙な空気はいつの間にか払拭されて、いつも通りの風がまた優しく吹き出す。
「ついでだし城森の分も俺の奢りで買ってくるわ。何がいい?」
鞄から財布を取りだして、背中越しに城森の要望を聞き出す。
「いいんですか?」
「別にジュースの一本ぐらいいいよ」
「そうですね……。じゃあ……」
そう言って城森は俺の前へと回り込んで言う。
「私も着いていきます」
え、なにこれ。可愛すぎるんですけど。
「そ、そうか……」
俺は大袈裟に城森から目線を外す。やべぇよ反則だろその笑顔。
うっかり勘違いして惚れちゃうパターンに入るところだったよ。そんでもって玉砕するルートまで想像できちゃったよ。
なんでこういう時って、必ずダメだった時の想像が真っ先に出るんだろ。
あ、そうか成功例がないからだ!
…………気分はチョーベリーバッドなんですけどー。
「早く行きましょう」
「あ、ああ」
俺が一人で、盛り上がって盛り下がる想像をしているのが待ちくたびれたのか、城森は急かしてくる。
「三上君に任せると変なもの買ってこられそうなので着いていくことにしました」
「……さいですか」
部室を出ながら城森は事の真相を告げてくる。
なんだそういうことか……。べ、別になにか期待してた訳じゃないんだからねっ!
「冗談です」
クスクスと笑いながら、お決まりの言葉を言う城森を見て、俺は安心してしまった。
結局、励まされたのは俺の方になってしまった。
★ ★ ★
翌日の朝、俺はまたどっと疲れた状態で、自分の席でぐだっていた。
理由はもちろんあのリア充達……。
というわけではなく、昨日ことについて家に帰宅してから今朝まで、何度も熟考をしていたせいである。
そのおかげか知らないが、頭は散らかるどころか爆発する寸前のところまで行ってしまった。
考えすぎる癖は一向に治る気配がない。過ぎたるは及ばざるが如しって言うし、やっぱり程々が一番だね。
「おはようございます」
「……おっす」
自分なりの結論が出た時、俺の考え事の張本人の一人、城森に声をかけられる。
「……三上君。なにか既に疲れていませんか?」
「休み明け二日目ってのと、思考のラビリンスから抜けられなくなって…………ってなんかデジャヴが……」
なんか最近似たような会話した気が、最近というか昨日。
「デジャヴが起こる理由は、脳内組織の損傷が原因と考えられている。みたいなことを今思い出しました」
「……なんでそんなおっかねーこと思い出すんだよ。」
まだ夏じゃないからゾッとする話は勘弁願いたい。
まあ、夏でも聞きたくないけど。……自分のゾッとする話なんて。
「三上君のためと思って私の情報を提供したのですが……」
「朝っぱらから背筋をゾクッとさせる情報なんてノーセンキューだ」
もっとワクワクする情報が欲しいです。例えば、風呂入った時どこから洗うのかとか。
「三上君!城森さん!おはよー!」
……そして再び俺は背筋がゾクっとしてしまった。
聞き間違いようがないこの声の方へと目を向けると、考え事の張本人である二人目の小森音さんの姿が視界に入ってくる。
「お、おはよ」
「…………」
俺は驚嘆しつつもなんとか挨拶を返すも、城森は驚いてなのか、無視なのかは分からないが無言で立ち尽くしていた。
「三上君!城森さん!昨日部活休んじゃってごめんね!あ、そうそう城森さん見てこれ!昨日帰ってからアニフォレやってたら城森さんの欲しがってた家具見つけたから買っておいたよ!後ねー……」
「こ、小森音さん……何を言って……」
ロケットランチャーが連射できたらこんな勢いなのだろうかというぐらいの、怒濤の勢いで小森音さんは声を目一杯だろうが、張り上げて城森に話しかける。
城森もこれには流石に反応の色を示しているようだったが、完全に気圧されている。
尚も小森音さんは続ける。
「ほら見てみて!私やっと化石コンプリートしたんだよ!」
「……やめてください」
「それとねー!ほら、この魚!激レアでずっと狙ってたんだけど昨日やっと釣れて……」
「やめてください!」
ついには城森までも声を張り上げて、小森音さんの声を相殺させる。
「……なんのつもりですか?」
そして城森はいつにも増して、温度を落とした声で小森音さんを追求する。
「こうすれば……。こうすれば私の言うことを信じてくれるって…………思った……から」
途端に小森音さんは勢いを失速させていく。でも、言葉は口から止まることなく溢れ続ける。
「なにを言っ…………」
「私と!!」
城森の言葉を遮るように、今日一番の大声を小森音さんは上げる。
「私と…………友達になってください。………………れ、麗花ちゃん…………」
「え…………」
そして、渾身の力を振り絞って、小森音さんは俺には考えられない言葉を口にする。
……クラスメートの半数以上がいる前で。
「………………」
「や、やっぱりダメ…………かな……」
城森は無言を貫いていたが、何かを決心したかのように声を出す。
「…………今日は部活休まないでくださいね」
「……!!うん!休まないよ!ちゃんと出るよ!!」
小森音さんは城森に抱きつきながら、歓喜の声を上げる。
俺は目の前で凄く綺麗なモノを見た気がした。
だがその綺麗なモノは、直ぐ様周りに終演を迎えさせらてしまい、教室はまたあの不快な空気へと様変わりする。
しかし、その不快な空気もまた、一瞬にしてどこかへ飛ばされてしまう。
「おーいお前ら席つけー」
校内にチャイムが鳴り響き、担任が教室内に入ってきたのである。
ナイス!ナイスだ!君!
なんか前はぶつくさ文句言ってすいませんでした!
だが、君は今まさしく、教師の役目を果たしたのだ!
「……では、また後ほど」
「うん!三上君も後でね!」
「ああ、後で」
そう言って城森と小森音さんは各々の席へと戻っていった。
最早、担任の朝の挨拶なんてものは、俺の中には入ってこなかった。
脳裏に焼き付いて離れない、あの小森音さんの行動と台詞。
俺は初めて女の子を、屈託や歪んだ考えが一切ない状態で、心の底からかっこいいと思った。
★ ★ ★
放課後になった今、今朝の出来事の事を話しているクラスの連中の数はだいぶ少なくなっていた。
それもそのはず、城森と小森音さんに何があったか今一理解していない人達にとっては、そのことについて話す内容なんてたかが知れている。
故に、そんな話題というものは午前中で大抵終わってしまうのだ。
ただ、一つ気になることと言えば、小森音さんは今日一度もあの例の二人と一緒にいることは無かったということである。
一度だけ小森音さんの方から二人に話しかけに行っているところをみかけたが、よそよそしい態度をとられていた。
それを察してなのか小森音さんは身を引き、その後からは城森と一緒にいることが多かった。
大丈夫なのかと思ったのだが、小森音さんが城森と喋っている時の表情を横目で窺うと、凄く明るい表情をしていたのでホッとした。
「三上君!」
そろそろ部活行こうかと思って立ち上がると、小森音さんはまだ部室に行っていなかったようで、俺は呼び止められる。
「一緒に部室行こ」
「ああ。城森は?」
「麗花ちゃんはなにか南條先生と話があるみたいだったから、たぶん先に行ってるんじゃないかな」
女帝に呼び出されたのか……。なんかイヤな感じがしないでもないが、今は気にしないようにしておこう。
「そうか。じゃあもう行くか」
俺達は昨日と同じように揃って教室を出る。
だが、昨日とはまるで違う空気に、俺達は抱擁されている。
「三上君……。ありがとね」
急に小森音さんは立ち止まって、俺に感謝を述べる。
「え、なにが?」
思い当たる節が思い返してみても無かったから、俺は何に対しての感謝なのかの説明を要求する。
「三上君が昨日、麗花ちゃんのことについて私に教えてくれたでしょ?」
だからそのお礼だと小森音さんは言う。
「あれは俺の勝手な憶測だったし、それに今もそれが正しかったのかどうかも分からないから、別にお礼なんて…………」
俺が最後まで意見を主張する前に、小森音さんは言葉を発す。
「ううん。麗花ちゃんの本音はなんにしたって、私は確かに三上君の言葉を受けてまた麗花ちゃんの前に立つことができたんだよ。だから……ありがとう」
そう言い切った小森音さんの姿を見て、俺は自然と笑みが溢れる。
「……小森音さんはかっこいいね」
朝から思っていた言葉を口にすると、小森音さんは口を尖らせて膨れっ面になっていた。
「私は一応女子なんだけど……。流石にかっこいいはなんだかなー……」
と、同時に膨れっ面になった経緯を述べてきた。
小森音さんが女の子だっていうのは、もちのろん分かってはいるのだが、俺の頭の中には、かっこいいという言葉しか小森音さんを適切に表現できるものが思い付かない。
うーん、ボキャブラリーが貧困ですねー。なんだかなー。
「うーん……。じゃあ可愛いとか?」
「……へ!?」
「あ、いや可愛いじゃかっこよさからは離れるか……。可憐とか?」
「み、三上君!も、もういいよ……」
「そ、そうか」
とりあえず小森音さんの要望通りに、女子なら喜んでくれるようなかっこいい以外の誉め言葉を口に出してみたのだが、小森音さんからストップを命じられる。
俺の言葉はお気に召されなかったようで、小森音さんはうつむいてしまった。
こ、こんなときどうすればよかったの!?教えて!リア充さん!
「と、とりあえず部室行こっか」
「そ、そうだな」
変な空気になったのを察してか、小森音さんは俺に歩き出すことを促す。
ちらっと小森音さんの様子を見ると、顔を手で扇いでいた。
もしかして、意外と照れてたりしてるのだろうか……。
なーんてね。そこまで自惚れてはいませんよ。
にしても、休み明けから中々にハードなイベントが開催されたよなー。
おかけでまた連休が欲しくなっちゃったじゃないか。
まあ、やることないんですけど。
そんなことを無意識の内に考えていると、既に部室の前までの移動が完了していた。
小森音さんは一日振りにガラリと扉を開けた。
そして、俺と小森音さんはすぐに目線を一人の少女へと向ける。
一際目立つ端正な顔立ちから溢れる、柔和な微笑みをくれるお嬢様へと。