始動の音
「じゃあ、行くか」
放課後になったので、俺は小森音さんを早速呼びに行った。
城森の席に目をやると既に人影はなかった。
先に部室に向かったのだろう。相変わらず早いな。
教室を出て真っ直ぐに部室へと向かう。
互いに言葉を交わそうとする様子は無い。
小森音さんの顔を横目で窺うと、朝の時程ではないがやや陰りが見えるように思える。やはり気乗りはしないのだろう。
城森が誰に対してもあんな感じにしているのは小森音さんも分かってはいると思うが、自分の事を良く思っていないかもしれない可能性がある人間のいる部活動に、分かっていて入部しにいこうとしているんだからそりゃ気分も下がりますよね。
「……三上君はなんで情報交換部に入ろうと思ったの?」
不意に沈黙が破られる。
「なんで……だろう」
「え?なにそれ!」
「俺もよくわからないんだよ。実は」
「何となくってこと?」
「そんな感じ」
小森音さんに言われたので少し考えてみたが、やっぱりよくわからない。
何となくっていうのが一番適切な気がする。
ただ、気がするだけであってどうにも腑に落ちない。
なにか他にも入ることを決めた理由があるような感じはするけどそれがなんなのかわからない。
自分自身の事をまるで理解できていない今に、ちょっとばかりやきもきする。
「……つかぬことを伺いますが、城森さんと三上君って付き合ってたりするの?」
「いや、全然」
自分でも驚くほどの即答だった。食い気味に言ったせいか小森音さんはビックリした様子で体がピクッと動いた。
にしても、みんななんでそんなに気にするんだか。男女が二人揃ってたら付き合ってる……。
ってことなのだろうか。まあ、街中で見掛けたらこのリア充が!とは思うけど。
「ご、ごめんね。変なこと聞いて」
「別にいいよ」
「でも、二人が付き合ってなくてよかったよ」
「……え?」
非モテ思春期男子の俺だが、ここで変な解釈をしてはいけないことを知っている。
「二人が付き合ってたら部活の時気まずいからね」
「あー確かに」
も、もしかして小森音さんは俺のことを……!?なんて、想像していたら間違いなく今の言葉でダメージを受けていただろう。
想像は妄想とは違い自分が傷つくからしない。その代わり妄想は滅茶苦茶する。それが男子というものだ!
「っとここだ」
男子の悲しい性を考えていたら部室を通り過ぎるところだった。危ない危ない。
扉を開けるといつもの席に城森と、そのすぐ後ろの席に南條先生が座っていた。
「ほ、本当に連れてきたのか……」
「信じてなかったんですか……」
「いやなに、その……。困り果てた挙げ句、虚言を吐きやがったのかと」
「言いづらそうに口火切った癖に後半辛辣過ぎませんかね……」
この人はホントに高圧的だな。まさしく女帝。
「まあな。……で、小森音はどこかの部活に所属してるってことは無いよな?」
そして何事も無く話題を転換していらっしゃる。嫌味な意味で流石だ。
そんなことより俺は肝心な事を聞きそびれていた。
小森音さんが部活をやっていたら終わりじゃないか!今更代わりの人なんていないぞ……。
「あ、はい。どこにも所属はしてないです」
どうやら取り越し苦労だったみたいだな。ここで振り出しになったら実質終了みたいなものだ。
「そうか。三上から勧誘されたと聞いているが、ここに来たってことはこの部活に入るってことでいいんだな?」
最終確認の意味を込めて、南條先生は小森音さんに問う。
勘違いしてはいけないのが、これは別に強制ではない。
小森音さんが「やっぱりイヤです」と言ったらそれまで。俺達は何も口を出すことができない。
小森音さんは問われて一瞬だけ下を向いたがすぐに顔を上げた。
「はい。楽しそうなので」
そう言って小森音さんは屈託のない表情で笑った。
「そうか、そうか。君達にしてはなかなか良い子をスカウトしたようだな」
なんかつっかかるような言い分だがとりあえず聞き流そう。
「小森音さん、ありがと。お陰で助かった」
「全然。改めてよろしくね」
「ああ」
「……城森さんもよろしくね」
「はい」
何はともあれ廃部にならずに済んでよかったよかった。
……後残る問題は一つだけだな。
「じゃあ早速手続き済ませるから小森音は私と一緒に職員室に着いてきてくれ」
「わかりました」
「あーそれと今日は学校の施錠の時刻が早いから君達はこのまま帰るといいぞ」
「了解っす」
俺と城森に帰宅命令を告げると、南條先生は小森音さんを連れて部室を後にした。
「では、私達も帰りましょうか」
城森は即座に支度をして席を立ち、扉の前で俺が歩き出すのを待っている。
じゃあ帰りますかな。残す問題に軽く足を踏み入れてから。
「なあ、城森。…………小森音さんは南條先生の言ってた通り良い人だと思う……」
「なぜ三上君がそう言いきれるのかは分かりませんが……。私はとりあえず構えてしまう性分ですので」
「そうか。……それなら別にいいんだ」
城森と小森音さんの混雑している関係は城森側からアクションを起こせば簡単に鎮火する。
ただ、それが出来たらそもそもこんな事態にはなっていない。
俺が城森と初めて会話をしたあの日。
人間たかだか十五~六年しか生きていなくても、色々なことがある。
城森には過去に何かしらがあったということを、俺は勝手ながらに想像して、非常に気持ちの悪い説教紛いの事をした。
その時に思ったのが、城森は他人に対する印象を決め付けて、それ相応の態度をとっているということだ。
城森はただ、極端になってしまっているだけで、誰にだって相手のことを決めつけることはあるだろう。自分に対して良いようにも悪いようにも。
何があったのかは分からないが、城森にはそこまで極端に考えることになってしまうなにかがあったのだろう。
ただ城森は、自分が人に対してそんな考えを持っているということを自覚しているらしい。
ならきっと大丈夫だろう。どのみち俺にはなにもできやしない。
例えできたとしても、何をどうすればいいか分からない時点で事は見えている。
結局、今回の出来事でなにもできなかったのは俺だけか……。
まあ、それはいいや。置いておこう。
変な考えはとりあえず放棄して、俺は部屋を出るために城森の方へと歩き出す。
「あの……」
丁度城森の横を通り過ぎ、互いの顔が見えなくなった時に声をかけられた。
「どうした?」
「てっきり私に何かを説くつもりだったのかと思ったのですが」
傷口にレイピアの様に鋭いもので思いっきり刺された。いや、傷口にタバスコかな?
どちらにしろめちゃくちゃ痛いです。
「あ、あの時はその……すまん。偉そうにべらべら喋って。できれば忘れてくれ……」
「無理です。生涯忘れることはないと思います」
「さいですか……」
微笑みながら言う城森は、天使と悪魔を兼ね備えたようなとても奇妙で美しい顔を見せると同時に、俺の黒歴史に新たな一ページを追加させてくる。
これ以上ページ数増やしたくないです。
止めていた歩みを再開して、俺達は揃って帰宅する。
この空間に明日からは一人増える。
そこに立つ波は決して穏やかなものでは無いのだろう。
基本浅瀬でゆっくりプカプカと浮いていたい俺にとっては少しばかり面倒くさい……。
そうやって思うところなのに、なぜだか俺は異様な高揚感を体の内側から感じていた。
校門を出て学校を背に俺は、乗らなきゃ!このビッグウェーブに!と、一人奮起していた。
★ ★ ★
新たなメンバーを加えて初となる部活動がやって来た。
とは言っても特別何かするわけでもなく、俺はゲームをして城森は読書をするというスタンスでいる。
昨日までは城森はゲームで俺が読書と入れ替わっていたが、朝のホームルーム前に城森は俺にゲームを返してきたのでこの形になったというわけだ。
「え、えっと……何をしたら……」
露骨に困ったような声を出したのは、当然のごとく小森音さんだった。
「適当に暇潰せるようなものなら何でもいいと思うよ」
「うーん……。じゃあ私もゲームにしようかな」
がさごそと俺の左後ろで小森音さんは鞄を漁っている。
今の俺達の席は前から二列目の中心部に俺と城森が一つ席を離して座っていて、小森音さんは三列目の俺と城森の間にある席の、すぐ後ろの席に座っている。
見事な三角形である。しかし悲しいかな、関係は三角ではありません。
同じ部活なのに活動がバラバラとはこれいかに。
まあ、でも教師のパシりに比べりゃ全然ましか。
「あの、三上君」
「ん?」
「今やってるのってアニフォレ?」
「ああ」
「よかったらだけど通信しない?」
「了解。んじゃやろっか」
アニフォレを女子とやるという儚き夢が突然叶った俺だが、何とか動ぜずに返答ができた。
これは急いで部屋の模様替えをしなければ。
魚ばっかり置いてある部屋なんか見せられない。生臭いし。別に臭わないけど。
「ごめん。準備するから遅れる」
」
「うん。でも、何の準備してるの?」
「ちょっとその……部屋を小綺麗にしようかと」
「えーそのままでいいよ。ナチュラルな三神君が見たい」
「それだと俺の家は魚屋か水族館になりそうなんだけど」
後ろから覗くようにして小森音さんは俺の画面を見てくる。それを何とか防ぎつつ模様替えを完成させ、やっとのこと通信する体制が整った。
最初は俺の森の方へ来たいと小森音さんが発言したので招待する。
「ほーここが三上君の森ですか」
森の入口から出てきた小森音さんの動かす"コモルー"の服装は白を基調としたゆったり目で、首には桃色のストールを巻いている。なんとなく春っぽい。今の季節に合ったような服装だった。
これをそのまま小森音さんが着てもきっと似合うだろうな。
「なんにも変わったものはないけどね」
そう言って俺はコモルーの後ろを着いて歩く。
俺の服装はというと西洋の甲冑と、いった感じだろうか。小森音さんとは対照的に非現実的な格好をしている。
「あ!三上君花壇作ってるの?」
「ああ、一応ね」
「へー。木も均等に植えてるんだね」
「うん」
「それに、橋のデザインはこれにしたんだ」
「…………」
適当に俺の森をぶらついている小森音さんから度々質問されて返していたのだが、なぜだろう凄く恥ずかしい……。
俺のセンス大丈夫なのかとか、男で花壇作るってどうなんだろうかとか、変な不安が頭に過ってしまう。
「ここ三上君の家?」
ぼーっとしたまま歩いていたら、いつの間にか自宅の前まで来ていた。
「うん。中見てく?」
「もちろん!」
ああ、これを現実でも言える状況になれたらな……。
おっと今は妄想に浸っている場合じゃない。
家の内装はさっきの準備で完璧なはずだ。
家具はシリーズ物で統一させてあるし、得点は無くても失点はないはずだ。
アニフォレの家具にはシリーズというものがあり、
その同じシリーズの家具を置けば、普段どんなに家具の配置や選択のセンスが悪くてもなんとか誤魔化すことができるのだ。
適当な家具シリーズを見繕って完成したのは、いかにも西洋みたいな感じの部屋だった。
まあ、俺自身今のこの格好に合ってるといえば合ってるから丁度いい。
「うわー凄いねこれ!シリーズの家具全部あるの?」
「いや、まだ本棚とかチェストとかは持ってないんだよね」
「そうなんだー。あ、私このシリーズのチェストなら持ってるかも……。後で見てあったらあげるね」
「え、マジで?じゃあ、俺もなにかあげるよ」
何でしょう凄く幸せな気持ちになりますねこれ。
これもキャッキャウフフとかいうやつに含まれるのだろうか。
「そういや、城森は結局、アニフォレを買うことにしたのか?」
「さあ、どうでしょう」
どうでしょうって。
「そうなのか。てっきり俺に返してきた時点で買うの決めてるとか思ってたのに」
「三上君!」
急に城森は声のボリュームを上げて俺の耳へと、顔を寄せてくる。え、なに?どしたの?
「あなたが私にそのゲームを貸していたことを言うのはやめてください。小森音さんが通信してると思ってた相手は三上君なんですから」
そして蚊の鳴くような声でボソボソと忠告してくる。だから良い匂いするんですけど。
「え、三上君、城森さんにアニフォレ貸してたの?」
案の定というか、小森音さんは見事に引っ掛かってしまった。
「あ、ああ先週の水曜日に。まあ、一日だけだけどね」
「そうなんだ」
とりあえず金曜日の日ではないことを回避するために、なんだかちょっと細かく説明してしまった。
けれど、小森音さんは特に気にしていない様子でいた。……助かった。
「でも、なんで城森さんに貸すことになったの?」
「いや、それがさ……俺が今日みたいにアニフォレやってたら城森が興味持ったらしくて、その日の放課後はずっとプレイしてたんだけど、帰る時間になっても城森全然動こうとしなかったから貸すことにしたんだ」
淡々と事実を述べたらなんか城森に睨まれていた。
「その言い方だと私が駄々をこねているように聞こえてしまうのですが」
「え、そうか?でも、城森さんよ。俺が貸すって言わなかったらあのままずっとやってただろ?」
「そんなことはありません」
「お、言い切るのな」
「はい。なぜなら南條先生が途中でやって来て没収されるでしょうから」
「なるほどな。……いや、なるほどじゃねぇ!前も言ったけどこれは俺のだぞ!」
やっぱり城森は本気で自分の物じゃないからどうでも良いって思ってるだろこれ。
「……ふふっ」
城森との会話に夢中になっていると、後ろで小森音さんに笑われてしまった。
「……なにかおかしいですか?」
城森はなんだか棘のあるような言い方で小森音さんに切り返す。だからもっと穏やかに。ね?
「あ、そのなんか楽しそうでいいなぁって。バカにとかして笑ってたわけじゃないよ!」
慌てて説明する小森音さんは、手がわちゃわちゃしていてとても可愛い。リアクション豊かだなこの人。
「楽しそう……ですか?」
「うん」
そうにっこり返す小森音さんに、城森は少したじろぎながらも「そうですか」と返す。
そして、城森は何かを思い出したかのように、鞄からノートを取りだして、さらっとノートに字を書き始めた。
「なにしてんだ?」
俺は当然というか気になったので聞いてみる。
「今の小森音さんの考えと私の考え、それと私と三上君の会話をメモしています」
「な、なぜ?」
ますます気になるのでそのまま追求する。
「今の三上君とのやりとりにおいて、私は特になにも思うところはなかったのですが、小森音さんからは私達のやりとりが楽しそうに見えた……。このような違いを収集し、理解するのがこの部の活動内容ですので」
「初耳なんだが……」
「今初めて言いましたので」
この前はなにやればいいか聞いたときには説明しなかったのに……。でも、思い付きでやっていることとは思えない。
「じゃあ、私達は何したらいいのかな?」
「そうそう」
小森音さんも俺も、活動内容が分かったとなると、流石にただゲームをやっているという訳にもいかない。
「別になにもしなくて大丈夫ですよ?」
「え、でも、せっかくやることが分かったんだし……。なにか出来ること無い?」
「ホントに大丈夫です。今みたいな感じで自然と出てくる意見みたいなのを重要視しているので、あまり堅苦しくするのは、返って自分本来の考えというのはでてきませんし。それに……」
言いづらそうな城森はなおも続けるが。
「なにかやること考えるの面倒くさいので」
本音がだだ漏れになっていた。
「そ、そっか」
小森音さんはこれ以上無理強いしてもよくないと察したらしく身を引いた。
うーん……。でも、このままだと皆バラバラなことしかしないだろうし、それだと人の意見収集も中々捗らないだろうし……。
要は、みんなで同じことして、思ったこと気軽に言えるようなものをすればいいってことだよな……。
あ!思いっきりあるじゃん!うってつけのやつが。
「それならさ、みんなでアニフォレやろうぜ」
「アニフォレ?」
「そう。まあ、とりあえずって感じだけど。これなら気軽に出来て思ったことをボソッと言えたりするんじゃないか?ゲームの事だし、さっきみたいな人を見て何か意見するっていう訳でもないしさ」
「い、いいねそれ!」
小森音さんは前のめりになりながら思いっきり食い付いてくれた。
「……そうですね。確かに今よりかは捗るかもしれませんね」
「っし、じゃあそうするか」
なんとか今後の方針が決まってよかったよかった。
まあ、ゲームなんですけど。
……これ南條先生にバレたらやべぇな。
「じゃあ早速買いに行こうよ!」
「……今からですか?」
「うん!みんなで一緒に」
そう言って小森音さんは立ち上がり、にっこり微笑む。
小森音さんは案外周りを引っ張っていく素質があるのかもしれないな。
「ですが今は持ち合わせが……」
城森は鞄から財布を出して、中に入ってる金額を確認しながら言う。
「あーいいよ。足りない分は俺出すし」
「私も私も」
「え……わ、私にお金を貸してくれる……ってことですか?」
城森はなぜだか酷く動揺している。まあ、お嬢様がお金を借りるなんてことはまず無いか。
「別に貸すだけだし、いつか返してくれればそれでいいから」
そーそーと小森音さんも俺に同意を示してくれている。
「……ありがとうございます。明日必ず返しますので」
「なんかそんなに畏まった感じで言われると、俺達が借金取りみたいな感じになるな」
「ふっ……そうですね」
鼻で笑われてしまった。
「……じゃ、そろそろ行きますか」
「はい」
「うん!」
とりあえず落ち着くところに落ち着いたって感じだろうか。
今日は帰るのが少し遅くなりそうだ。
★ ★ ★
校門を出て三人横に並びながら目的の店へと向かう。並び順は勿論俺が真ん中……なわけがなく、城森、小森音さん、俺という順番になっている。
俺は無論車道側を歩いている。マジ紳士。
それにしても、まさか俺が学校帰りに美少女二人と寄り道するなんてなー。
……思わず顔がにやけそうになる。
「三上君どうかしましたか?変な顔になってますよ?」
もうなっていた。
「い、いやなんでもない。それより小森音さん。ここからアニフォレ売ってる店で一番近いところって十五分ぐらいで着くんだっけ?」
「そうだねー。あ、もしかして三上君予定とかあったりしたの?」
「ああいや、俺は平気なんだけど城森とか小森音さんが大丈夫なのかと思って」
さっすが俺。話題を転換しつつ、然り気無く相手を気遣うなんて。
「私は大丈夫だよ。家も学校のすぐ近くだから帰るのには時間かからないし」
「そうなんだ。じゃあ小森音さんもチャリ通なの?」
「ううん、私は徒歩通です」
足を強調するために、大袈裟に伸ばしながら交互に歩く小森音さんの破壊力は中々のもである。
「私も問題ありません」
と、城森は言うものの俺はどうしても気になってしまう。
この前会ったあの執事……。あの人部活終わりの時間ですら城森の心配をするぐらいだから、今日迎えに来ていたらますます慌てるんだろうな。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
城森の返答に対して少し反応が悪かったのを目ざとく見つけられ突っ込まれる。
ホント人の機微によく気づくな城森って。なんだか疲れそうだけど。
「城森さんはどこら辺に住んでるの?」
「学校からだとバスで三十分程かかる場所……ですかね」
「へー結構遠いんだね」
城森の家か……なんか凄そうだな。リムジンで学校くるぐらいだし、やっぱり豪邸だったりするのだろうか。
「三上君はどこら辺なのですか?」
城森が小森音さんを避けるように前に乗り出して聞いてくる。
「俺?俺のところはチャリで二十分くらいかな」
「あの道真っ直ぐ行くと、確か坂道ありますよね」
「そうなんだよ。あれが帰る時待ち構えてるからしんどい」
ああ、あの坂ホント無駄に長いんだよな。てか、なんで知ってるんだろう。帰り道違うのに。
「そんな時はほら……あれを使えば……」
「あれ?」
城森はニヤリと笑いながら続ける。
「多少マジックポイントを使ってしまいますけれど」
「俺は城森じゃないから移動呪文なんか使えないぞ……」
「冗談です」
いい加減この冗談ですって、言った時の顔に抵抗できる術を見つけ出さなければ俺がもたなくなりそうだ。
てか、移動呪文使えることについてはなにも言わないんかい。
「あの城森さん、三上君。ちょっとコンビニ寄ってっていい?」
俺達の会話を切ることに対してなのか、小森音さんは申し訳なさそうな顔をして聞いてきた。
周りを見渡すと、道路を挟んで向かい側にコンビニを発見した。
「全然いいよ。てか、俺も寄ってくかな」
「城森さんは?」
「私は大丈夫です。入ったことがないので行ってもなにも出来ないかと」
その答えを聞いて俺と小森音さんは絶句する。
「ま、マジで?」
「はい」
「一回も?」
「はい」
「……冗談?」
「ではないです」
あ、そこはやっぱりはいって言わないのね。
でも、コンビニ入ったことがないなんて……。
行く理由が無いのかもしれないな。大抵のものは揃ってたりなんかするのだろうか。
俺の思考を察したのか城森は発す。
「別に私の家は飛び抜けて裕福というわけではありませんよ?ただ……」
転校初日にリムジンで来た人が何を言う。とか無粋なツッコミはさておき。
「……ただ?」
「三上君は会ったことがあるのでわかると思いますが、父のマネージャーがある程度の必要なものは買ってきているので」
「あーあの人マネージャーだったのか……」
でも、なんか納得。あの過保護っぷりからしたらそりゃやるわな。
「じゃあさ、せっかくだから入ってみない?」
小森音さんはくいっと控え目に、城森の手を握り誘っている。
俺もちょっと後押しするか。
「ただ待ってても暇だろうし、中に入って適当に雑誌とか見てればいいんじゃないか」
「……わかりました。せっかくですので入ってみます」
俺達は車が通らないタイミングを狙って、道路を横断して直行でコンビニへと向かい、中に入る。
店内は微妙にエアコンがかかっていて、程よい温度になっていた。
確かシャープペンの芯の替えが切れてたんだよな。
えっと文房具が置いてあるところは……っと。
あったあった。それとガムも買うか、ついでだし。
後は……何かいるかな。
そう思って物色していると、やけに隣から気配を感じる。
「別に俺についてなくてもいいんだぞ?城森……」
気配の正体は城森だった。
「何をしたらいいのか分からないので、とりあえず三上君に着いていこうかと」
「何をって……。さっき言ったけど雑誌読むとかは?」
「興味がないので」
それには同感。
「じゃあ、なんか買いたいものとか無いのか?」
「今はアニフォレ以外特には……。それにこんなところでお金を使って足りなくなるなんてことにでもなったら意味無いですし」
まあ、それもそうか。あんまり手持ち無いって言ってたしな。
それに城森は、俺達にお金を借りるってことに、少し躊躇いがあるようだから尚更そう思うのだろう。
城森の様子を見てふと、金の切れ目は縁の切れ目とかいう言葉が思い浮かんだ。
これはなんともよく言った言葉で、社会人以外にもしっかり当てはまる。
たかだが、百円の貸し借りですら、学生は必死になってしまう。
なぜなら百円はジュース一本買える金額なのである。この価値はあまりにでかい。
というより学生において、問題の核心はそこではなく、貸したものが返ってこないことで憤りを覚えることなのかもしれない。
金はあげる気で貸さなきゃいけないというのはある種、自分の心の平穏を守るための手段なのかもしれない。
「漫画は……コンビニじゃ読めないか」
ジャンプとかなら立ち読みできるだろうけど、普段から読んでない人にとってはなんのことかわからないだろうし……。
いや、待てよ……。もしかしたら城森が読んでるって可能性もあるじゃないか。
「城森はジャンプとか読んでる?」
「いえ、読んだことはないです」
ですよねー。なんかそんな感じはしました。
「あの三上君……」
「ん?」
後、何かコンビニでできる暇潰しあったかな?とか考えていると、不意に声をかけられる。
「私は別に三上君の行動を見てるだけでいいですから、そんなに考えなくても大丈夫ですよ」
「そうか……。城森がいいなら別にいいか」
ただ、あまり近付かれるとドキドキしてしまいます。
「後は何が欲しいんですか?」
城森は商品が陳列されている棚を見ながら聞いてくる。
「うーんそう言われても特に無いからな……。後は小森音さんが欲しいもの見つけたら、会計行くんだけど……」
今現在の小森音さんの姿を確認するために、店内を見渡すと、レジに並んでいる三人の最後尾に、小森音さんの姿を発見した。
「もう並んでいますね」
城森も小森音さんを発見したらしく、情報を告げてくれる。
「だな。俺達も行くか」
「はい」
真っ直ぐレジに並んでいる列の最後尾へ向かうと、小森音さんも俺達を見つけたらしく、にっこりと微笑んでくれる。
「三上君は何買ったの?」
「シャーペンの芯が切れちゃってたから、それと後はガム」
二つとも手のひらに収まるサイズだから、小森音さんに今、手に持っている実物をほいと見せる。
「小森音さんは何買ったの?」
逆に今度は俺が問う。
「えっとね……」
少し照れくさそうにしている小森音さんの手元を見てみると、端から見ても割と多めな量のお菓子を抱えていた。
「こ、ここのコンビニでしか売ってないやつとかが好きで、ついつい買っちゃうんだよね」
「なるほど」
そう言って少しだけ(他意は全く無いが)少しだけ笑うと、小森音さんはムッとした表情になり、俺に忠告をしてくる。
「言っておくけど、食べた分はしっかり減らしますので」
「俺は何も言ってないんだけど……」
そうこうしている間にレジはスムーズに回転して、小森音さんと俺は会計を済まして外へ出る。
「そういえば城森さんは何も買わなかったんだね」
「ええ、まあ」
俺達は目的地のゲーム屋へと再び歩を進め出す。
俺は買ったばかりのガムの包装を剥がしてポケット入れる。
そして、中から三個中身を出す。
「これ、食う?」
さっと城森達に向けて、ガムを乗せた手を出す。
「ありがとー!」
「……いただきます」
そして、二人とも嫌な顔しないで受け取ってくれた。
ああ、ガムあげただけなのになぜかホッとしている自分が情けない。
「美味しいね。これ」
「そうですね」
「なら、よかった」
ガムを三人、むしゃむしゃと噛んで、話ながら歩いていると、いつの間にか目的地のゲーム屋へ着いていた。
「ここにあるといいんだけど……」
少し不安げな様子で、小森音さんは言葉を漏らす。
「とりあえず入ってみるか」
「そうだね」
俺達は祈るような感じで入店した。
さて、どこにあるんだか。
アニフォレは発売されてもう一年ほど経っているため、新作コーナーには置いていないということは分かる。
一般的に考えれば、置いてある場所は……ⅢDSのソフトのコーナーだろう。
俺は一目散にそこのコーナーへ行き、棚を物色すると、まず目に入ってきたのは五十音の頭の文字だけを書いた厚紙だ。
大抵こういう棚は五十音順で商品が並べられている。
アニマルフォレストの頭文字は"あ"だから上の方か。
そう判断し目線を上げると……。
思いっきり置いてあった。
「あ、あったね」
「だな」
俺と小森音さんはハハと笑い合う。
どうやら俺達の考えは杞憂だったみたいだな。
「とりあえず値段は……二千五百円か。俺が買ったときより安くなってるな」
次いで気になる値段に目をやると、定価より幾分安くなっていた。
OK、OK。
この金額なら余裕だろう。俺一人が持ってる金だけでもなんとかなるし。
「後は本体のⅢDSを買うだけ…………あっ」
そこで俺は、とんでもないことを見落としていたことに気付く。
小森音さんもそれを察したのか表情がみるみる暗くなる。
俺達が気づいたこと……。それは、ⅢDS本体も買わなければいけない……。
ということをすっかり忘れてしまっていた……ということである。
なんで忘れてたんだよ!アホか!
と、とにかく本体の値段はいくらだ!?
上に向けている目線を下げて、下に置いてある本体の値段を確認する。
Oh……一万五千円……。
するよなー。やっぱそれくらいは……。
とりあえず今ある金額を把握しなければ。
「小森音さんはいくら持ってる?」
「さ、三千円しかない……。三上君は?」
「俺は五千円……」
アニフォレ自体は小森音さんの三千円だけでも事足りるというのに、本体の価格にはまるで届かない。
城森は手持ちが無いと言っていたが一応確認してみるか。
「城森はいくら持ってる?」
「二万円程です」
「二万円か……って二万円!?」
思わず俺の後方にいた城森の方へ勢いよく振り向くと、城森は諭吉先生を二人ピンっと立てて握っていた。
「……城森はそれで持ち合わせが無いって言ってたのか」
そんな大金があるのにも関わらず。
「普段持っている額よりは入っていないので、少ないと判断したのですけど」
常に二万円以上持ち歩いてる学生の普段ってどんなだよ。
何に使う…………。そこで思考が止まる。
そういえば城森は最初、俺が近づいた理由は金銭目的だと思ってたんだよな。
今もまだ近づいてきた理由については疑われているのかもしれないが。
…………まさかな。
「……まあとにかく買えるからなんでもいいか……。城森、本体の色どうするんだ?」
「そうですね……」
城森自身が決めるように促すと、棚の下に置いてある本体をじっくり見るために、しゃがんだ体勢になる。
俺は邪魔にならないように、さっと後ろに身を引いて城森を待つ。
にしても、城森って後ろから見ても、美人なんだな。なんかキラキラしてる。
髪が長くてそれでいて、触らなくてもきっとサラサラなんだろうと思わざるをえないほどの、きめの細かさだったり艶だったり。
俺が声をかけようと……いや、かけた後ろ姿はこういうものだったんだな。
「決まりました」
急に城森が振り向いて発言したため、変なことを考えてた俺はキュッと心臓が締め付けられる。
なんかビビった。……考えてることがバレた気がして。
「白……この白色にします」
そう言って城森が手に持ったⅢDSの箱には、でかでかとホワイトと書かれていた。
「いいんじゃないか。城森に合ってると思う」
俺はそのまま思ったことを口にする。
「私も似合ってると思うよ」
小森音さんへの印象も良かったみたいで賛同している。
「では、これとアニフォレを買ってきます」
「はいよ。俺達はここで待ってる」
「わかりました」
城森はアニフォレとⅢDSを大事そうに抱えて、レジの方へと向かっていった。
「はー……。あってよかったぁ」
一気に肩の荷が下りたらしく、小森音さんは力が抜けたかのように息を吐く
「そんなに気にしてたの?」
無かったら無かったでまたどこか探しに行けばいいだけなんじゃ。
それとも問題はそこじゃないのか。
「まあね。私がみんなを誘っちゃって時間とっちゃったわけだし……。これで無かったら申し訳ないなって」
小森音さんの言うことはよく分かる。
自分から発信したものの上手くいかないかもしれないという、暗雲が立ち込めたときは不安になる。
理由は簡単。他人からの批判が怖いのだ。
しかも、人によって思う強さの値が違っても、値が大きい人間がわざわざ声に出したりして、自分の意見を吐露したりなんかすると、値が小さい人間は感化されて、なんで私が俺が、こんな目に……なんて思ってしまったりするようになってしまう。
心底面倒くさい。
「でも、お金が足りないってなったときは焦ったよ」
「俺も。まさか二人して本体のこと忘れてるなんてな」
「ホントにねー。だから今ホッとしてる」
そう言いながら小森音さんは笑う。
きっとこの微笑みには色々な感情が詰まっているのだろう。
「お待たせしました」
小森音さんとの会話も一段落ついたとき、城森が手にこの店名がプリントされた袋をかけて戻ってきた。
「では、帰りましょうか」
城森の合図で俺達は店を出て、来た道中を引き返す。
等間隔に置かれている街灯は、チラチラと明かりを灯し始めていた。
★ ★ ★
校門前で俺と城森は小森音さんと別れた。
まだ七時前とはいえ、辺りはもう薄暗くなっている。
この地域は別に治安が悪いとかそんなことはないから、別に大丈夫だとは思ったものの、少しばかり透巡した後、俺は小森音さんを送っていこうかと本人に伝えた。
だがしかし、やんわりと断られてしまった。
要らぬお節介だったようだ。ぐすん。
そんなわけで俺と城森はいつも通りの帰り道を、のらりくらりと帰っている。
「それにしても、城森が部活を作った理由がまさかの他人の意見採集だったとはな」
今日一日を思い出して、頭に残った質問が口から溢れる。
「……驚きました?」
「驚いたっていうか……。なんか変わった理由だなって思ってさ」
他人の意見か……。俺は他人の意見というものをどう捉えているのだろう。
自分の意見との相違が見つかった段階で、俺はその意見について考えることを止めているような気がする。
もしくは自分に都合の悪い事柄になると、その意見をはなっから心の内で否定しているのかもしれない。
「でも、城森は人とできるだけ関わりたくないんだよな?だったらどうして……」
そう言いながら俺は城森の方へと顔を向けると、城森が渋面していることに気づいて声が出せなくなる。
「……父の、……家の方針なので」
「そうか……」
城森は消え入るような声で教えてくれる。
きっと……いや、確実にこの話題は城森にとっては気分が害されるものなのだろう。
だから、俺も空返事をするしかなかった。
もう一つだけ気になったことがあったのだが、俺はもうこれ以上、城森を詮索しないようにと決めた。
コツコツと城森が歩く音と、カラカラと俺が自転車を引く音は、隣を疾走している車に書き消されてはまた響くを繰り返す。
気づけばいつもバス停まできていた。
「では、私はここで」
「ああ、またな」
「はい、また明日」
俺は城森に背を向けて、勢いよくペダルを漕ぎだす。
遠くで……凄く遠くで微かに何かが動くような……。そんな音が聞こえた気がした。