昨日までの他人と今日からの他人
南條先生に部員確保の話を受けてから約束の期日まで、後残り二日となってしまった。
結局俺達は良い案が出ずじまいのまま、週明けの月曜日を迎えた。
先週あの話をした曜日が水曜日で、それから土日を挟んだのだが、俺と城森は何一つ解決方法を見いだせていなかった。と言うよりも俺は、土日を挟んだことで完全に忘れていた。
そして今日、城森に会ったときにハッと気づいた。やべぇと。
部員確保の話以降城森は、朝挨拶を交わしてくるだけではなく、ゲームの質問をしてくるようになった。
その都度なにか良い方法を思い付いたか聞いてみるが、毎回首を横に振りNoを表す。
そして今日の朝もそのサインだった。
「はぁ……もうお手上げだな」
俺はグッと背伸びをする。部室内の時計の針ははもう五時を過ぎている。
今日もまた収穫は無し。江戸時代だったら年貢納められなくて叱られる勢い。
パタンと音が聞こえる。目をやると城森は俺のゲーム機の画面を閉じていた。
「準備は整いました」
「……なんの?」
城森は突然、脈略もなく話を切り出した。
いや、そんな目閉じてて何かの重鎮ぶられても。
「人を勧誘する準備です」
目をカッといった感じで見開き、城森は静かに己の考えを声に出す。
「え?でも、良い案は浮かんでなかったんじゃないのか?」
今日の朝一でも確認したし、部活中もついさっき聞いたところだ。だとすると今浮かんだのか。
「確かに"良い"案は浮かんでません」
浮かんでないんかい。
「ですが、"案"なら前々から思い付いていました」
「そんなトンチはいらないんだが……」
城森はフフンと勝ち誇ったような顔を見せる。
……くそっ妙に可愛いのが腹立つが、まあそれは置いておこう。
「で?その方法は?」
早速城森の思い付いていた案を聞き出す。
お互いに意見すら出していなかったため、城森がブッ飛んでる解答をするのかは見当がつかない。
城森は机の上に置いていたゲーム機を俺に差し出してきて、その案とやらを提示する。
「これを明日の朝、教室内でプレイしてください」
判決。ブッ飛んでた。しかもかなり。
「いやいや、これやったところでなにも関係ないじゃんか」
朝早く、教室でただただアニフォレをプレイするだけでどうして勧誘できることになるんだ。
……ダメだいくら考えてもわからん。
「大丈夫です。一応不自然にならないよう私も"同席"しますから」
なんか意味深な単語が聞こえたような気がしたが、城森には何らかの策があるのは確かなようだ。
ただ、ちょっとだけ気になる点がある。
「……俺にその方法を教える気は無いのか?」
今のやり取りから察するに、この案の具体的な内容は俺にはどうやら伝えない方がいいらしい。
そこが少しだけ気になってしまう。
「すみません。"良い"案ではなくただの"案"に過ぎないので。それに、三上君は知らない方が都合がいいと、私なり考えましたので」
別に、内容を教えてもらえないこと自体はそんなに気にしてないのだが、何故俺に教えない方が都合が良いことになるのかが気になる。
まあ、それ知っちゃったら元も子もないんだけど。
別に寂しいとか悲しいとか、たった一人の協力者に教えてくれてもいいじゃないか。とかは全然思ってない。いや、マジでね。
「わかった。朝って早めに来た方がいいか?」
「そうですね。出来ればいの一番に教室にいるくらいに」
「はいよ」
俺は渋々承諾を決意する。
まあ、俺は案を思い付いたわけでもないしここは城森に従っておこう。
また朝早く、あの教室に居続けなきゃいけないのか……。
面白いけど居心地は微妙なんだよな。
静かに吐いた溜め息は、窓からやってくる喧しい風に書き消された。
★ ★ ★
閑散とした教室内に、機械音だけが小さく響いていた。
部員確保の期限まで後一日と迫った今日、俺は城森が思い付いたという案を決行している最中である。
今のところ教室内は俺以外誰もいない。
時刻を見ると始業チャイムが鳴る一時間ほど前になっている。
少し早く来すぎたか……。まあ、遅いよりかは早く来ていた方がいいだろう。
ゲームの画面から目を逸らして考え込んでいると、扉の向こうでバタバタという足音が聞こえる。しかも、二重に。
バンっと勢いよく扉が開け放たれて扉は悲痛な叫びをあげる。
「よっしゃ俺一番…………じゃなかった」
「うわー負けたわ…………いや、負けてないな」
入ってきたのはこのクラスのムードメーカー(笑)の♂二人だった。
会話の内容から察するに、教室にどちらが先に駆け込めるかの勝負をしていたらしいが、俺がいたせいでなんとも微妙な空気になっている。うん、もう出ていきたい。てか、この人達いっつもこんなに早く来てるのか?まあ、どうでもいいか。
そんなことより、城森が教室内でやれって言っていた為、容易に動くことができないのが辛いな。
ここに長居したくないのに。
「いや、三上は含めないからノーカンだし(笑)。ってことでジュースよろしく」
「は?なしなしそれこそノーカンだから(笑)」
言葉の末尾に(笑)がついているような会話が否応なく耳に入ってくる。
この状況はまずいな……。なんでいきなり入ってきたやつらが知り合いパターンなんだよ。
クラスの中心の人達は俺がいるのを特に気に止めていないようで、片方の席に二人で固まって談笑している。
俺の席と離れているのがせめてもの救いだった。
俺はやり途中になっていた画面に目を向ける。
……気に止めないようにしよう。寧ろ気配を消そう。黒木さんの力を借りて体を灰色にするんだ!
そう、モブキャラになれ。あ、元々モブでした。
「三上ー…………おーい」
俺が内気なのはどう考えてもこの格差社会が悪い!とか、思ってると不意に声を掛けられる。
今、ここにいるのは俺含め三人……。ということは、俺はあの人達に呼ばれたということになる。
……もしかしてこれが勧誘の方法なのか?これは少し酷だぞ。
だが、確かに俺は知らない方がいいな。分かってたらこんなの絶対やらない。
情報って大事ですね。
声のする方へと顔を向けると、あの二人は席を立ってこっちに向かってきていた。え、なにこれ俺殺られんの?
「なに?」
とりあえず用件を聞いてみる。俺が大地以外のトップカーストに話しかけられる理由は経験からして……「あのさー俺教科書忘れたんだけど君持ってる?」
とかだろうな。
名前も知らないやつに借りに来るあの行動力は少しだけ見習いたい。本当に少しだけ。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。三上と城森さんって付き合ってんの?」
だが、思っていたのとは全く異なった内容だった。ただ、納得はできる。今の俺に聞くなんてそれぐらいしかないもんな。実にタイムリー。
「別に、付き合ってなんかいないけど」
根も葉も種もない噂に対して事実を述べるが、二人の顔は依然として納得のいった様子ではないようで、追及を止めてくれない。
「えーだってお前ら仲良いじゃん」
「そうそう。つーか城森さんお前としか話しないからさー」
…………もう会話したくないな。
この人達にとってはそれが『普通』なのかもしれないが、ろくに会話もしたことのない人に向かって、お前って呼び名を使う人を俺はあまり好感が持てない。
親しくなった者に対してなら平気だけど、ろくに会話すらしたことが無く、たかだか顔知ってる程度の相手に言われるのは嫌悪感が膨らむ一方だ。
まあ、俺がそんなこと気にしてる小さい♂と言われればそれまでだけど。
「はぁ……そう言われてもな。……事実は事実だし」
思わず溜め息が災いを生む箇所から漏れだしてしまう。
そろそろ疲れが出てきたか。平穏に終わらせようとする前に、めんどくさくなって投げやりになる俺は社会でやっていけるのだろうか。
ただ、この言い方が心底怠そうに言ったように聞こえたらしく、二人は納得してくれたようだった。
「そっかそっか!じゃあ俺にもチャンスあんじゃん!(笑)」
「やめとけよ(笑)お前じゃ釣り合わねーよ」
ハハハと笑いながら彼らは自分達の場所へと戻っていってくれた。
やっと終わった……。
どうやらあの人達は勧誘対象じゃなかったようだ。
冷静に考えれば俺も城森も、ああいった感じの人達とはうまく付き合えそうにないしな。
だとするならば、もう少し大人しいタイプの人か?でも、そうだとしたらこんな目立つ部活に入ろうだなんて思わないよな。
「おはようございます」
うーんっと唸りをあげて考えていると、正面から相変わらず透き通った声が聞こえる。
「おっす」
城森の声を聞き顔をあげると、ずっと考え込んでいたせいか、気づかぬうちに結構な人数が教室内に集まってきていた。
「なあ、本当にこんなんで大丈夫なのか?」
最初から不安だったが、今まさに滑車を掛けて不安の数値が上がっている。
大体朝っぱらからゲームしてる顔見知り程度のやつに、話しかけたりするものなのか?
「ええ、大丈夫です。それよりしっかりゲームをしていてください」
俺の心配をよそに城森は断言する。だから、その自信はなんなんですか。
てか、そろそろ先生来そうで怖いんですけど。
「あの……」
たった二文字を聞いて、俺の腐った脳みそをは瞬時に計算を始める。
まず、俺に話しかけてくる人物を思い浮かべると、城森麗花、五色大地この二名。
さっきのは俺が教室内に一人でいて、会話をするに充分な話題があったため例外として加える。
そして、この声はどう考えても女性。その時点で大地は話しかけられる候補から必然的に消える。残りは城森だが、その当人は目の前にいる。
これらを計算すると……。
誰かわからない女の人に、声をかけられたと言うことになる。
そしてそれは同時に勧誘するべき相手だということも自ずとわかった。
「えっと……城森に用がある……だよね?」
振り替えると想像通り、話したことのない女子が立っていた。
髪型は耳より下で結わえてあり、おさげ髪のようになっていた。
目は少し垂れ目の様になっていて、弱気な印象を植え付けられる。
体型は全体的にか細いが、肌の艶が白銀のような煌めきを放っているかのようで、まるでお人形さんを彷彿とさせるかのような容姿をしている。
えっと……たしか名前は『小森音紗莉亜』さんだったかな。
普段は少数精鋭のグループに属している人だな。
城森は美人系だが、小森音さんは可愛い系に属される方だと思う。
この学校レベル高いですね。まあ、関係ないんですけど……。
「あ、いやその……。用は三上君にあるんだけど」
小森音さんはなぜか不思議そうに顔をしかめている。
まるで俺以外に用はなくて当たり前のような感じを受ける。
「え?俺に?」
小森音さんはコクりと頷いて、俺の持っている物を指差す。
「そのゲームの中のすれ違い通信の中のコメントで朝からゲームやってるのが俺だから、見かけたら声掛けてほしいって…………」
嫌な汗が背筋を伝う。
伝うどころか氾濫するぐらいの量が溢れだしている。
アニフォレにはすれ違い通信という機能が存在する。
この機能はゲーム機本体をスリープ状態……つまり電源を入れたまま閉じて放置しておくことによって、自分の知らない間に、このゲームを持っている人とのデータをやり取りできるのである。
アニフォレでできるのは自分の部屋の紹介や、魚釣りとか虫取りの記録を閲覧できる他にもう一つ、一言コメントというものがある。
これはすれ違い通信した時に、相手に挨拶または自分を紹介するようにして使うのだが、今小森音さんから聞いた"コメント"という言葉を聞く限り、この機能を使ってすれ違いをしていた俺達を、会わせようとすることこそが城森の狙いだったようだ。
おおよその事態を把握してから城森の方にゆっくりと視線を向けると、例のごとく窓の外をぼんやりと眺めていた。
お嬢様……また我関せずっすか。
「あ、あの三上君?」
「え、あっごめん。俺確かに書いてたわ」
少し困った様子の声色で小森音さんは俺の様子を伺ってくる。
しまった……。城森への疑心を剥き出しにしていて小森音さんの対処を疎かにしてしまった。
「それにしても三上君が"トライ"だったんだね」
小森音さんはふっと思い出したように言うと柔和な微笑みを俺に向けてくる。
"トライ"という名は俺のアニフォレでのキャラクター名だ。
三って言葉を英語読みして"トライ"。
別に捻りも何もない名前だが、割りと気に入っている。
あ、そういやアニフォレのすれ違い通信は、この学校に通いはじめてからやって、一ヶ月程が経っていたというのに毎回一人としか通信できていなかったな。
……てことは小森音さんのキャラって……。
「もしかして小森音さんが"コモルー"だったの?」
小森音さんはそうだよーと肯定する。
城森に貸すまで唯一ずっとすれ違いをしてきたキャラクター……それが"コモルー"。てっきり男だと思っていたんだが……。
なんか引きこもりみたいな感じのイメージもうけるしさ。こんなこと絶対言えないけど。
「なんでまたコモルーって名前にしたの?」
これもまた勝手な偏見だが、女の子ってアニフォレだと自分の下の名前をそのままつけることが多いような気がする。
まあ、女子と通信なんかしたことないんですけど。ネットで得た知識ですけど。
「私の名字って小森音でしょ?そこからとったっていうのもあるんだけど……」
「…………だけど?」
追求するように問うと、気のせいか頬が赤みがかっている。
もしかしたら余程言いたくないことなのか?だとしたらミスったなこれ。
初対面の女子との交流がうまくできません。
意を決したかのように、小森音さんはゆっくりと喋りだす。
「…………私ボーマンダよりコモルー派なんだよね……」
……小森音さんは結構ゲーマーなのかもしれない。
まさか女子の口からボーマンダなんて単語が聞こえてくるとは……。
三上君ってかっこいいよねーって言われるのと同等なレア度だな。てか、皆無に等しい。
「それちょっと分かるかも。一個前の方がデザインが良いの多いよね」
ただ、小森音さんの意見には同意できる。
実際結構あるのだ。バクフーンよりかはマグマラシだったり、ハッサムよりストライクだったり。一番はやっぱりライチュウよりピカチュウだな。
なんていうかね、砂利ボーイの刷り込みが強いんだよね。
いつも肩に乗せてるの見てたら、そりゃ誰だって進化させない方向になってしまいますよ。
「……三上君は分かってくれるタイプの人だったかっ」
小森音さんは前のめりになって、俺の方へとその端整な顔立ちを向けてくる。
キラッキラ光ってる目のせいか、さっきまでの弱気な印象を軽く吹き飛ばしてしまう。
「それにしても……。なんで急に声掛けて何て言ったの?今までそんなことなかったのに」
「ああ、えっと……それは……」
この方法で接点をもった人と会話するうえで、当然言われるであろう事柄を言われて思わず口籠ってしまう。
……どう説明したらいいのだろうか。
このまま素直に「部活に入ってくれないかなと思って声を掛けた」なんて言ってもいいものなのか。
「それはですね。三上君はあなたの事が気になっていたからです」
次に声に出す言葉として適切な答えを模索していると、急に今まで沈黙を貫いていた城森が声を発する。しかも爆弾付きで。
「え?……えっとそれってどういう……」
見るからに小森音さんは困惑の表情を強めていく。しかしそれは俺も同じで、城森が訳のわからん誤解を生むような言葉を聞いたせいでちょっとテンパっていた。
「あ、いやその…………。あ!そう、コモルーって誰なんだろうなーって気になっててさー」
ハハハと乾いた愛想笑いを振り撒く。
……この切り返しじゃきついか?
「そ、そういうことだったんだ。ビックリしたー」
厳しい言い分けではあったものの、小森音さんはどうやら信じてくれたみたいだ。
あっぶねぇあっぶねぇ。城森のやつなに考えてんだよ。
苛立ちの色を瞳に滲ませながら、事の元凶の方に顔を向けると、やはり窓の方を見ていて我関せず状態だった。流石にもう怒ってもいいよね?ね?
どう城森に説教しようか脳内で計画を立てていると、不意にチャイムが響きわたる。
いつの間にかもう朝のホームルーム開始間近になっていた。
「あ、じゃあ私そろそろ戻っとくね」
「ああ、ありがとうね」
特に深い意味は無いが一応謝辞を述べる。癖なんでしょうかね。
他の言葉が思い付かないからかありがとうってすぐ言っちゃう。汎用性が高いねこの言葉。
小森音さんは頭にクエスチョンマークを出しているかのような感じで首を傾げたが、すぐに直って「じゃねー」と、自分の席へと戻っていた。
さて、問題はここからだな。
「城森……。俺に言うべき事があるだろ?」
声のトーンを少し落として城森の方へと顔を向ける。さぁ、自分の過ちを認めなさい。一言で良いのです!
「もう少し焦らないで、異性と会話できるようになるといいですね」
「…………仰る通りです。はい」
城森はさらっと鋭利な言葉を吐き出して、つかつかと俺の席を離れていった。
目から流れ出た熱い滴が、頬を伝い口元にたどり着く。
うーんしょっぺぇ。
★ ★ ★
全ての授業内容を終え、帰りのホームルームも終わり、勧誘内容についての色々なモヤモヤを打ち消すべく足早に部室へと向かった。
教室で話すってなると、また周りが五月蝿くなりそうだしな。
まだ数えるほどしか開けていない扉を開け放って、部室へと入る。
「私の案はいかがでしたでしょうか?」
ニコッと微笑む城森は、既に部室内の定位置の席へと腰を下ろしていた。
「いかがもなにも…………。てか、城森。俺が教室から出たときにまだ教室内にいなかったけ?」
早速議論を交わしたいところではあったが、城森の現在地に違和感を覚える。
「ああ、それはマジックパワー?とかいうのを消費しまして一っ飛びしてきました」
「なに移動用呪文唱えてんだよ」
城森は「冗談です」と小さく笑う。
大体学校内って使えるのか?一種のダンジョンとも言えなくないような気がするが。
ってそんなことは今問題じゃなくて。
「……まあいいや。で、小森音さんの事だけど」
「三上君の察してる通りです。あの方をこの部へ入部させます」
やっぱりそうか。
結局朝の内に俺に話しかけてきたのは、リア充(笑)の♂二人と小森音さんだっけだったしな。
前者を論の外に出すと、なし崩し的に小森音さんを招き入れる結論になるというのは明らかだった。
「そうはいっても期限明日だぞ?流石に昨日今日で入ってくれるとは思わないんだが」
「確かにそれは否めないですね」
フムっと言った感じに城森は手を口に添え黙考する。
プラスアルファで、部員の俺ですらよくわかっていない出来立てホヤホヤの部活という点も考慮すると、ますます可能性は薄くなる。
出来立てホヤホヤでいいのはマックのポテトだけで充分です。
「そこはなんとか三上君の話術でカバーということで」
「……その話術が高かったら、こんな回りくどいことしなくて済んだけどな」
「そうですね」
あっさり肯定されてしまった。
自虐ネタって賛同されるとこんなに辛いんですね。
「でも、よくわかったな。コモルーが小森音さんだってことが」
通信してた人が一人しか居なかったとはいえ、湖北高校の全生徒の中で小森音さんがその相手だったというのを確定させるには、どうしても無理があるように思える。
「それは簡単ですよ。あの一言コメントのところに放課後、体育館の裏に来てほしいと書いてそこに来た人を覗き見するだけですから」
「せいせいせい。え?それマジっすか?なにやってんの?」
「なにか問題でも?」
そう言えば先週の金曜日、城森が珍しく部室に来るの遅かったな。
まさかそんなことしてなんて。
俺の言ってることが心底理解できないと言わんばかりに、城森は聞き返してくる。
くそっいつもみたいに「冗談です」っていう言葉が聞こえてくると思ったのに。何でこういうときは事実なんだよ。
「問題だらけだろ。なんでよりによって体育館の裏なんだ」
「この学校内で一番人がいないと思われる確率が高いのが放課後の体育館裏だと思いましたので」
城森の言っていることはすごく正しいのだが、同時にすごく間違っているような気もする。
その理論は確かに納得がいくけど、如何せん場所が悪すぎる。
「体育館裏なんて……俺は今からあなたに告白しますよって告白してるようなものだろ」
今朝、小森音さんは城森の「三上君が気になってるらしい」という言葉で割りと動揺していたのは、この件も含まれていたからだったのか。
はぁーっと深く溜め息を吐き、城森の行いを咎めようとしたのだが、なぜか城森はジトーっとした目で俺を見ながら微妙に呆れたような声をだす。
「…………今どきそんなこと考えてる女の子なんていないと思いますよ」
……あれ?なんか心が抉られるような痛みがするよ。俺の考えは古いのかな?
傷心状態の俺をよそに城森は話を続ける。
「第一、顔も名前も性別も知らないただのゲームの通信相手の呼び出しにそんな感情すら持つことはないかと」
「そ、そうだよねー。いやーわかってたってそんくらい」
城森のジト目がなぜか慈しみを持った眼に変わっていた。
止めて!そんな目で見ないで!
小森音さんは勘違いしてるのではないだろうか……。
って勘違いした俺をもうこれ以上攻撃しないでください。
「まあ、私は今時の人ではないのでわかりませんが……」
「高校一年生の、しかも女子が言う台詞ではないな……」
ただ、城森の言っている通りそんなメルヘンな感情なんか持つわけないか。
寧ろ不信感を抱いている確率の方が高いような気がしてきた。
見ず知らずのやつにいきなり人気のないところに呼び出されるなんて……。
俺だったら体育館裏じゃなかったら怖くていけない。体育館裏だけは行けるってのはもしかして告白かもしれないから……なんていう邪な考えは一切含まれてないからね。
てか、城森は小森音さんを突き止めた訳だから小森音さんは一応その場に来たってことか。
「なあ、その呼び出されたときの小森音さんの様子ってどうだったんだ?」
「確か……辺りをキョロキョロ見回して様子を窺ってる感じでしたね」
「完全に怪しまれてるじゃねーか」
ますます廃部へと向かう足音が大きくなってきた。
「部員は増えそうかね?諸君」
状況を確認するにつれて悪化していく現状に頭を抱えていると、南條先生がいつの間にか部室に入ってきていた。
てか、この部室で女帝見るの久しぶりだな。休みが入ったからそう思うのだろうか。
「ちょっと危ないかもしれないです」
「まあ、そうだろうな」
今の状態を報告すると、さも最初っから分かっていたかのような返答をされる。
そりゃそうか。俺たちの場合だと難易度はインフェルノだって言ってたからなこの人。
俺たちの対人スキルの無さをよくお分かりで。
「三上君。一人候補がいるじゃないですか」
俺の返答に疑問を持ったらしく城森が意を唱える。
「小森音さんは望み薄じゃないか?」
「望み薄でも候補は候補です。それに、まだ誘ってもいないのに決めつけるのはよくないかと」
「そりゃそうだけどさ。会い方が会い方だったからなんとも……」
「会い方なんてこちら側が気にしてもしょうがないことです。向こうがどう捉えるかが問題じゃないですか」
「まあ、今朝小森音さん喋りかけてきてくれてたし、そこまで警戒はされてないのかもしれないけど…………。って先生?どうしたんですか?」
俺と城森が議論を行っていると、南條先生は口が文字通り空きっぱなしで呆けていた。
「も、もしかして勧誘活動的なものをしたのか?」
城森が「はい」と即座に答えると南條先生は目を大きく見開いて驚きを露にしている。
「み、三上は中々にコミュニケーション能力が欠如しているやつだが」
おい、教師。
「それでも一応は他人と会話できるレベルだから分かる……。けどまさか、城森から勧誘内容を聞くとはな」
南條先生は驚いていると同時に少しばかり嬉々とした表情を浮かべている。
廃部にならないかもしれない事がそんなに嬉しかったのだろうか。
言われた城森は特に何も言い出さずに、顔を下に向けて南條先生と顔を合わさないようにしていた。
「いやー良い話が聞けてよかったよかった。じゃあ私はそろそろと戻るとするか」
南條先生は腕を組み合わせてウンウンと頷く動作をしている。
余程この部を心配していたのだろうか。
「あーそうだ三上」
そう言ってこそこそっと南條先生は俺の方へと近い付いてきた。
「なんですか?」
「城森の事、これからもよろしくな」
そして耳元でゴニョゴニョと声をもらした。
ちょっとくすぐったいです。変な気持ちにはならないですよ。当然です。
「は、はぁ」と了承とも溜め息ともとれない返しをすると、先生はパッと俺から離れた。
「私じゃ手に負えないから任せた」
おい、教師。パートⅡ。
言いたかったのはそれだけだったらしく、南條先生はものの数分で部室を去っていった。
結局なにしに来たんだよ……。
「何を言われたのですか?」
なぜか城森は怪訝そうな顔で訪ねてくる。
何か変なことでも言われたとでも思っているのだろうか。あながち間違いではないけど。
「特にどうってことはないよ。部員確保頑張れ的な感じのこと言われただけだから」
城森は「そうですか」とは言ったが、顔がまるで納得していない様子だった。
俺自身、南條先生の言ったことが今一わかってないから説明のしようもないしな。
「今日はもう帰りましょう」
「それは別にいいけど……まだ小森音さんに何て言うか決まってなくないか?」
所定の席を立ち、部活動終了の合図を告げる城森に待ったをかける。
帰ることに異論は無いが、決まってないのに帰ることには異論がある。
そんな心配をしている俺をよそに城森は首をかしげて「え?なにいってんの?アホなの?」みたいな表情を俺に向けてきていた。
「……部活に入ってくれない?だけでいいのでは?」
「そ、そっすね」
実にストレートだ。それもキレッキレのやつ。
俺は何故か反論することができずに同意してしまった。
「では、帰りましょう。今日は少し予定があるので先に行ってます」
そう言って城森は足早に部室を去っていった。
一人ポツンと残された俺は、部室内の窓の鍵が閉まっていることを確認し、少し乱れた机や椅子を元の位置に直してしっかりと施錠を済ませ部室を出た。
その時フッと小学生の頃の思い出が蘇ってきた。
「三上!ちょっと掃除当番頼む!友達と遊ぶ約束しててさ!」
「お前だけせこいぞ!だったらごめん三上俺も頼んだ」
「ちょっと◯◯君と××君!待ちなさい!三上君にだけ押し付けちゃだめでしょ!」
「うわっ!委員長追っかけてきやがった!」
「逃げるぞ!◯◯!」
「………………掃除するか」
……なんていう微笑ましいエピソードを思い出した。
結局、その日は俺一人で掃除を済ませて家へと真っ直ぐに帰宅した。
教室に一人って状況は悉くろくな目に合わないなとつくづく思った日だった。
★ ★ ★
運命の朝がやって来た。などと大袈裟に言ってみる。
とうとう情報交換部の廃部が受理されてしまうかもしれない日が来てしまった。
その危機を打開するために俺は小森音さんを説得……もとい、勧誘しなければいけない。
とりあえず、昨日と同じぐらいの時間に学校に着くとまた面倒くさいことになるかもしれないと思った俺は、昨日よりは少し遅めに学校に行くことにした。
そのため、俺が来たときにはもうすでに数名のクラスメートがわいわいと雑談に花を咲かせていた。
それを横目に俺はいつものスタイルで机とにらめっこして、小森音さんが来るのを待っていた。
その間にどう話を切り出すかを考えておこう。
いきなり「入部してくれない?」はやっぱりマズイよな……。まずは挨拶から入って、自然とその話の方へと転換していけばいいか。
でも、なにを話したらいいのだろうか。
キャッキャと楽しげに会話している人達の方へ、ちらっと目を向ける。
窓際に集まっているあのリア充達のように、芸能ニュース的な話とか昨日のテレビ番組の話とかをすればいいのだろうか。
うーん……考えれば考えるほどわからない。
そもそもだけど、俺から行かないとダメなんだよな……。
昨日少し話したぐらいで、今日急に話しかけたら変なやつとか思われたりしないだろうか。
お得意の後ろ向き思考が頭の中を駆け回る。
なんか城森の時はあんまり考えることなく行けたんだけどな。
脳が疲弊してきたので窓の外に目を向けて外の風景を見ようしたら、リア充達は相変わらず談笑を続けていた。
彼らはこんなこと考えたりしないのだろうか。
もしも考えていたとしたら、それはきっと一瞬だけなのかもしれない。
一言二言会話を交わしたことがある人物とだったなら、もう気を張る必要がないってことになるのだろうか。
そんでもって、一日ずっと一緒にいれば友達ってことになったりするのだろうか。
そうであるならやはり、少しばかり羨ましい。少しね。
受け身の自分には到底真似できない諸行だから。
「おはよー」
そんな自分とはアンタッチャブルな人達を凝視していたら、後ろ手に声が聞こえる。
「あ、おはよ」
振り向くとそこに奴がいた……。
じゃなくて、小森音さんがいた。まさか小森音さんから来てくれるとは……正直驚いた。
「ねぇねぇ三上君。これ見て」
挨拶を済ませるや否や、小森音さんはグイっと俺の顔の前にアニフォレのゲーム画面を見せてくる。
「ど、どしたの?……ってこれかなりのレアアイテムじゃん!」
柄にもなく俺は声のボリュームを上げてしまった。
画面に写っていたのは、アニフォレの中で最高ランクと言っても過言ではないようなアイテムだった。
攻略サイトなんかを見れば見るほど、より一層手に入れるための条件の難易度が痛感できるほどの代物である。
そんな物を小森音さんが持っていた。
「やっぱり三上君は分かる人だったか」
小森音さんは妙に納得したかのように腕を組んで首を縦に降っていた。
どうやら俺は小森音さんの中で分かるやつになってしまったらしい。
まあ、小森音さんゲームよくやるっぽいしついていける人が周りにいなかったのかもしれないな。
「俺も小森音さんのやつには劣るけど………こんなの持ってるよ」
小森音さんから持ちかけてくれたこの話題を切るのは惜しいので、鞄の中にスリープ状態にしていたアニフォレを出して、自分の手に入れたアイテムを紹介する。
「うわっ凄いね!私持ってないやついっぱいあるなあ」
「よかったらあげようか?」
「え!?でも、そんな悪いよ」
「いいよ別に。複数持ってるのが殆どだから」
「うーんそれでも悪いよ……。あ、じゃあ後で交換しない?持ってないやつで同士で!」
……なんだなんだ意外と順調じゃないか?
さっきまで悩んでいたのは、とんだ杞憂だったみたいだな。よし、このノリで部活に誘ってみるか!
「あの小森音さん」
「なに?」
「情報交換部に入らない?」
「……え?」
そう言った刹那、俺の周りの空気がフリーズする。小森音さんは驚愕……とまではいかないがかなり驚いた表情を見せる。
やっぱり不審がられているのか……。
それとも俺の言い出したタイミングが悪かったか。どちらにしろこの空気は耐えられない。誰かに換気してほしい。
「えっと……。実は情報交換部に後一人部員が入らないと廃部になるんだよね。だから小森音さんさえよければ……」
「あの……三上君」
「な、なんでしょうか」
思わず敬語になってしまいました。
「……情報交換部ってなに?」
盲点もいいところだった。
小森音さん……いや、ここの生徒のいったいどれだけの人が情報交換部なんて部を認識しているのだろうか。
俺と城森がひっそりと活動していたなんて誰も知る由がないじゃないか。ただでさえあまり人と関わらないのに……。
俺はとりあえず、自分で理解している範囲の内容を伝える。
「基本なにもしてないけど、学校行事の時は先生の手伝いさせられる……みたいな部活なんだけど」
「へ、へぇー……」
物凄く嫌そうな顔をされた。あー俺絶対接客係の仕事向いてねーや。
いきなしデメリット面紹介するって(笑)。
って笑ってる場合じゃねぇよこれ。
でも、この事実はいずれバレるだろうしなぁ……。
俺だってこんなこと知ってたら入る気なんてまったくなかった。ホント浅はかでした。
「部員って誰がいるの?」
小森音さんは気を遣ってくれたのか部にたいして質問をしてきてくれる。
「……俺と城森だけです」
質問の返答に用意したものは皮肉にも、ますますこの部へ入る気を削ぐようなものになってしまった。
どんな物好きが俺と城森だけしかいない部へ入ろうと思うのだろうか。
もしそんな人がいたらきっとそれは凄く変わった人かもしくは……自己犠牲をしていまう人なんじゃないかと思う。
「ふーんそっか。うん。じゃあ入ろうかな」
「やっぱりダメだよな……っていいの!?」
小森音さんは「うん」と、再度肯定を示してくれる。
ま、まさか承諾してくれるとは……。
そうなると必然的に疑問が浮かび上がってくる。
「俺が言うのもなんだけど、なんでこんな変な部入ってくれるの?」
「だって三上君と城森さんがいるんでしょ?面白そうだなって」
そう言って手を口元に当てて、笑みを隠すかのように小森音さんはフフっと笑う。
城森はともかくとして俺なんて別に面白さの欠片もないと思うんだけどな。
「よくわからないけど……。とりあえずありがとう小森音さん」
「いえいえー。あ、城森さんおはよ」
話題が一段落着いたところで、我が部の部長城森が漸く姿を表した。
「城森、小森音さんが入部してくれるってさ!」
「そうですか」
喜ばしくもあり驚きもある事実に、城森はやけ淡白な返答をした。なんだよ……。
ここはもっと喜んでもいいんじゃないか。
「城森さん、これからよろしくね」
そう言ってニッコリと微笑む小森音さんとは裏腹に城森は表情を変えないまま小さな声で、そしてどこか冷めた感じで返しす 。
「…………よろしく」
城森はそれだけを言うと、俺達から離れていった。
「み、三上君……。私ホントに部活入ってもいいのかな?」
それは先程までの聖母のようなとても柔らかい微笑みではなく、見ているこっちが心から凍結させられるような哀しみに満ちた微笑みだった。
「大丈夫だよ。……あれはたぶん入部ってことにビックリして返事が雑になっただけだと思うから」
なけなしのフォローをするが、こんなものは役にたたないことを知っている。
小森音さんは「それならいいんだけど」と言ってはくれたが、第三者の言葉なんてのはなんら意味など持たない。
どれだけ慰めても、どれだけ気の効いた言葉を並べても、傷を負った当事者に空いた穴を塞ぐことなどできはしない。
唯一、その穴を塞ぐことができるのは傷を負わせた張本人でしかない。
そんなこと分かってはいたが、拙い言葉が口からこぼれた。
不穏な雰囲気を壊すようにして予鈴のチャイムが鳴り響く。
「じゃあそろそろ戻るね」
「今日の部活で人員補充の確認されるから、放課後教室で待っててくれる?」
「…………うん、わかった」
了解を得るまでにかかった少しばかりの間が、やんわりと雨の匂いを感じさせていた。