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帰りのホームルームが終わり、いそいそと騒ぎ出す教室内。
昨日までならその光景を横目にご苦労様とか思ってたのに、まさかそんか余裕がなくなる日が来るとは……。
「三上君、行きましょう」
その訳はこの変人美人、城森麗花が発足した情報交換部とかいう訳のわからない部の部員になったからである。
「ああ」
二つ返事で答えて教室を後にすると、背にした教室はより一層喧騒な教室へとバージョンが上がる。
その渦中の話題は言わずもがな俺達である。
昨日はまだしも、今日も俺にだけ城森は挨拶をしてきたのである。
まあ、朝の挨拶一回だけでそれからはお互いになにも会話とかはしていないんだけど。
だが、二日連続というものはこうかばつぐんだ!ったらしく、今までもそうだったが、また一気に俺達の関係性が話題として上がったのだ。
更には小山に、お世話役代わってあげるよと言われる始末。
と、言っても俺はさほど気にはしていない。
勝手に妄想でも膨らませとけば良い。他人のことでなおかつ信憑性がまるでない、よく知らない人の関係性なんかで盛り上がれるなんて、ある意味幸せなやつらじゃないか。
とか考えていると、今日からの活動拠点となる部室に着いた。
部室の扉を開け中に入る。まだ四月の後半だというのに室内は蒸し暑い。扉も窓も、締め切っていたからだろうか。
とりあえず窓を開け、換気してから俺達は空いている席に適当に腰を落ち着ける。
外からは優しく撫でるような風が吹き込んでくる。涼しいなこれ。…………じゃなくて。
「で、俺は何をすれば良いんだ?」
結局の所、この部活の目的がわからなかったので改めて質問する。
「そうですね……特にないですね」
「…………帰っていいか?」
「ダメです」
やんわりと断られた。これ実質帰宅部となんら変わり無くないか?いや、帰宅部より状況が悪い気がする。
「強いて言うならば、学校で行われる各イベント事に先生方の手伝いをすることぐらいですね」
「えっと……なにそれ?」
ヤバイ嫌な予感がする。脳裏にあの女帝が浮かび上がる。
「先生方達の意見を要約すると、訳のわからない部活動なんかの設立は認められない。だが、私達の雑用を引き受けてくれるなら考えないこともない……と」
「…………帰っていいか?」
「ダメです」
やっぱり断られた。二次元じゃ訳のわからない部活動なんてなんの問題もなしに発足できているというのに……。現実と混ぜちゃいけませんね。混ぜるな危険!
しかし、面倒だなこれは。所々であの女帝の尻に敷かれるわけか。もはや女帝じゃなくて女王だな。鞭とか似合いそう。
「……すみませんでした」
女帝の新たなる道を思案していると、突然城森が謝ってきた。
「え?なんかしたのか?」
思い当たる節がないため自然と聞き返す。
「三上君に部活動の細かいとにろを伝えられていなかったのに、無理矢理勧誘してしまったみたいで……」
「確かに……。昨日の時教師のパシりになるなんて聞かされてなかったしな」
でも、ここはその意見に否定を一つ。
「まあ、何するのかよくわからなかったのは事実だけど、俺だって深く質問しなかったし、それにあの情報量で入部するのを決断したのは俺だから城森は謝る必要ないと思うけど」
それに、女帝が絡んでる時点できっとろくでもないことなんだとは察しがついてたし。
「……ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして謝辞を述べられる。
……うーんやはり少しばかり気になる。
「なあ、そのしゃべり方ってやめられないのか?なんか気になって」
同級生に敬語を使われるのは違和感が強い。
俺の人生でお嬢様なんて人間と出会ったことがないから尚更そう思ってしまう。
「これはもう癖になっていまして、常に敬語である方が今現在落ち着いている状態なのです」
帰ってきた答えはNO!
本人がこう言っているのだからこれ以上無理強いはできない。
にしても、"癖"か。城森は癖になるぐらい敬語を使わざるを得ない状況に何度も立たされてきたのだろうか。だとしたなら……。
「なんか色々と不便なような便利なような……」
「ふふ、そうですね」
城森がどの部分で同意したのかは定かではないが、昨日言っていた事が何となくだがわかったような気がした。
「んーじゃあ……これからどうすっかな」
グッと伸びをしながら思考を巡らせる。
情報交換って言われても具体的にやることがない以上、成す術が無いように思う。
第一城森が、どんな情報を求めているのかすらわからないしな。
チラッと城森の方へ目を向けてみるとなに食わぬ顔で読書をしていた。
そしてその傍らには、昨日のダンボール箱が置いてある。
「昨日のダンボール箱の中身ってもしかして……それ?」
俺は城森が手にしている本を差して問う。
「そうです。当初は私一人でいる予定でしたので暇潰しに持ってきました」
……もしかして悩んでたの俺だけ?なんか真面目に考えてたのがアホらしく思えてきた。
……しょうがないここはゲームでもするか。
鞄の中をがさごそと探りお目当ての物をみつける。学校内でゲームというものは男なら誰でもきっとやったことはあるだろう。
随分失礼な話だが、学校内ヒエラルキーの下位に属しているであろうクラスの何人かも、昼休みに教室の隅でこそっと通信プレイをしていたぐらいだ。今やっても別に大丈夫だろう。
普段家でのんびりやるというのもまた一興だが、いつ教師に見つかるかもしれないという緊張感もまた一興。そんなわけで、南條先生もいない今、暇な時間をもて余すぐらいならちょっとやってやろうじゃないの。
鞄の奥底から携帯ゲーム機を引っ張りだして電源を入れる。
音を消してプレイをしていると、なにやら近くに気配がする。
ふと、顔を上へとあげると城森が画面を覗き込んでいた。僅か数センチメートルの距離に城森の顔があったので思わず仰け反ってしまう。
「ち、近いんだが……」
「よく見えなかったので」
見えなかったから近付くという至極当たり前な行動なのに、このときばかりは非常識に思えた。
「なにをしているのですか?」
「ゲームだよ」
そう言ってポンと机の上に置く。こんなこと自分の教室じゃ先生がいつ来るかわからないし絶対できないな。常にコンディションレッドが発令されるレベル。
頭の中で教室でゲームをするイメージを巡らせていると、城森が未だにそのゲームの画面を見ていることに気づく。
「やってみる?」
「はい、是非、よろこんで」
怒濤の勢いで承諾された。
俺のやっていたゲームは『アニマル☆フォレスト』通称アニフォレ。
動物達の住んでいる森へ主人公が引っ越してきて自由気ままに生活する、といった感じのゲームだ。
一日中釣りをしているのもよし、虫を獲るのもよし、家の模様替えに試行錯誤するのもよし。誰にもなにも文句は言われない、素晴らしい世界だ。
できることなら俺も移住したい。そしてひたすらぐうたらしたい。
「とりあえず新しいデータ作ったから……ほい」
俺はある程度設定を済ませ、城森にゲームの概要を粗方説明してからゲームを手渡す。
城森はコクりと頷いてから、画面を凝視している。
まるで初めてゲームをやる、といった感じだ。
……もしかしたら城森の事だから本当にこれが初めてなのかもしれない。家じゃゲーム禁止とかあったりして。
さて、じゃあ俺はなにしようか。
「あの、ちょっと質問があるのですけど」
これからの予定を考えようとした時に、早速質問が飛んできた。
「ん?どっかわからん?」
「見ず知らずの他人、ましてや自分とは異なる種の生物に名前を聞いてくる猫がいるのですが……。この猫に私の名前を教えてしまっても大丈夫なのでしょうか?」
……プレイヤーの名前を決めるところでこんな止まり方する人って初めて見た気がする。
「ああ、それは大丈夫だ。ソイツは親切な方の見知らぬ他人だ」
もしも、その猫の姿がはぁはぁ息を荒げながら名前を聞いてくるおっさんだったら言わなくても良いけど。
その後も、城森は所々で斜め上を行く質問を聞いてきてその都度俺が答えていった。
気が付くともう辺りは黄昏に染まり、一日の役目を終えた太陽が姿を消していく。
「そろそろ帰るか」
「そうですね」
そうは言ってるが城森は一向に席を立つ気配がない。よっぽど気に入ったんだろうか。……ほっとくとずっとやってそうだなこれ。
「それ貸そうか?もう俺あんまりやることないし」
「いえ、流石にそれは……」
否定はしているが目が輝いている。
日が沈んだというのになんて眩しいんだ!直視できない!
「でも、そうしないと城森動きそうにないしな…………。とりあえず借りて面白かったら自分で買えばいいんじゃね」
「三上君がそう言うなら……」
控え目に答えた割りにはすぐに自分の鞄にしまいましたよこの人。
やっぱりやりたかったんだろう。後は充電器も渡さないと。電池切れしたらマズイしな。
俺は鞄を再度漁り、充電器を手渡す。
「これ充電器な。使い方は……まあ本体に指すだけだから分かるか」
「ありがとうございます。では、帰りましょうか」
城森は充電器を受けとると、これまたすかさず鞄にしまい、サッと立ち上がって扉を開ける。
……家帰ってすぐやりたいんだろうか。
俺も立ち上がり城森と一緒に教室を後にする。
部活動開始一日目のやることではなかったような気もするけど……。俺自身結構楽しかった。
城森はどうなんだろうか。楽しいと思ったのだろうか。
答えは分からないが、分からないからこそいいのかもしれない。
お互い無言で歩き続け、夕暮れのグラウンドに響く声を背にしながら校門まで歩いていく。
「今日は来てないんだなあの執事」
遠目から校門を見てみると、あのリムジンが見当たらなかったので聞いてみる。
「ええ、昨日大丈夫と言いましたので」
そういえば、普段はバスって言ってたもんな。
俺達の通う湖北高校は学校前になぜかバス停が無い。
なのでバス通の生徒は最寄りのバス停から乗り降りしなければならないのだが、一番近くってどこにあるんだろうか。
なにせバス通なんかしたこと無いからわからない。
「じゃあ、俺駐輪場に自転車取りいくから」
「はい、わかりました」
別れの挨拶のつもりで言ったのになぜか理解されてしまった。言い方悪かったかな。
「じゃ、またな」
そう言い放ち俺は駐輪場へと自転車を取りに行って戻ってきたのだが、なぜか城森は同じ場所でずっと立ち続けていた。
「なにしてんだ?帰らないのか?」
「私が乗るバス停のある場所が三上君の帰る方向にあるので待っていました」
「そ、そうか」
少し照れてしまいました。
俺は自転車から降りて、漕ぐ体勢から引く体勢へとシフトチェンジする。
これで二人乗りでもできたら青春なんですけどね。乗ってる最中に「しあわせのーあおーいーくもーせいうん」とかって言い出したい。
あ、ミスった。これじゃ線香になる。
「………三上君は自転車を引いて歩くのですね」
一緒に歩を合わせ歩いていると、城森が不思議そうに俺のとった行動を聞いてくる。
なんかその言い方だと普段から引いてるみたいな感じがするんだが。
「そりゃまあ。城森歩いてるんだから」
「私が歩いてるとなぜ三上君が引くことになるんですか?」
立て続けによくわからない質問をされる。
一つ思ったのは、城森って自転車に乗ったことが無いのだろうか。
「いや、だって自転車のスピードと歩くスピードは違うだろ」
「スピードが違ったとしても私が自転車のスピードと同じくらい歩を進めるスピードを上げればいいんじゃないですか?」
城森は依然として理解に苦しんでいるようで、手を口に当てながら長考している。
……なにがそんなにわからないのだろうか。
「それじゃあ城森が疲れるだろ?スピードが速いやつが遅いやつに合わせればいいってだけ」
「でも、それだと逆に三上君が疲れてしまうではないですか。自転車に跨がって漕ぐ方がよっぽど楽なのでは?」
再び考え込んでしまう城森。
やっぱり城森は自転車乗ったことが無いんだな。初歩的な事がわかってない。
「それは違うぞ。自転車を乗りながらだと歩いてる人に合わせるのは滅茶苦茶疲れるんだよ。フラフラするし、足もおぼつかなくなるし。だから降りて引いた方がよっぽど楽なんだよ。寧ろ快適って言ってもいいぐらいに」
城森はそうなんですかと呟く。
自転車通学というか、自転車乗ったことある人ならわかると思うが、ゆっくり漕ぐ事ほど疲れることはない。
でも、登下校時に見かける女子集団はなんであんなにゆっくり漕いでいるのだろうか。見ててすごく疲れる。
それに、追い越すときにちょっとかっこつけようとしちゃう。
「…………私は自転車から降りたことがないので、引いて歩く感覚がよくわかりません」
城森は顔を伏せ、消え入りそうな声でわけの分からない事を呟く。
俺は難聴系主人公でも何でもないからすんなり聞き取れた。
自転車に乗ったことが無いんじゃなくて降りたことがない?なんだそれ。
「三上君はもし自転車から降りられなくなったらどうしますか?」
歩みを止めて、城森は俺を見ながら答えを尋ねてくる。
「そんな状況には一生ならないと思うが…………でもまあそうなったら壊すかな」
「壊す?自転車をですか?」
ああと返事をする。てか、それしか思い付かない。
「その自転車がかなりの高性能で電動は勿論のことミラー、反射板、籠完備。雨の日には傘もつけられる仕様もあり。デザインは有名デザイナーが担当しており、材質も最高級。そしてもし誰かに強引かつ狂暴に自転車を強奪されたとしてもひとりでに自分の元へ戻ってくるAI機能がついているものだとしても壊すのですか?」
……なんか急に饒舌になったな。
てか、セールスマンの営業みたい。あと、最後のはちょっと怖い。誰も乗ってないのにひとりでに動く自転車とか怖すぎる。しかも、自分の元に戻ってくるとか余計に恐怖心を煽られる。
まあ、確かにそんだけついているなら壊すのは惜しいな。
「でも、自分は不自由だって感じてるんだろ?だったら壊すしかないんじゃね。どれだけ自分にとって有益なものだったとしても、その有益さの代償に縛られたら意味無いしな」
例えどんなに優れたモノであってもその使用者が不快感や不便さを覚えるモノだったのなら、本来の良さを発揮することなんてできない。
伝説の剣が勇者にしか使えないというのは、伝説の剣側なりの配慮なのである。
「…………」
再び歩きだした俺達だが城森は黙ったままだ。
なーんか話が噛み合ってそうで噛み合ってなかったな……今の。
城森は結局何を言いたかったんだか。
それにしてもバス停ってまだ無いのか。
気になって辺りを見回すと、後方に凛として佇んでいるバス停があった。完全にスルーしてたな。
「し、城森バス停通りすぎてるぞ」
「あ、本当ですね。すみません。では、また明日」
言われてハッとした城森は、とててっと小走りにバス停の方に向かっていった。
「ああ、じゃあな」
今度こそ別れの挨拶を交わす。
バス停と城森という構図はなんとも奇妙なもので、城森が居るべき場所ではないよなーとか思う反面、見事に調和されて画が映えているようにも見える。
そのせいだろうか。何となくではあるが、確固たる思いが頭の中で膨らんでいく。
矛盾した頭の中で思う。
城森は真っ白なんだと。
★ ★ ★
時計の針が一日の始まりの音色を響かせるまで、まだまだ時間がある教室内とは中々面白いものである。
普段周囲に何人かを侍らせている物達が独りでいる僅かな時間だ。
教室の扉が空く度にそちらに視線を動かし、自分のグループではない人物、または親しくない人物だと我関せずと言った感じに視線を元に戻して、携帯とかを弄って退屈そうにしている。
しかしながら、どうにも落ち着いているようには見えない。
頻りに周りをキョロキョロしていたり、貧乏ゆすりが激しかったり。
まるで自分が独りで居るのが気にくわない、居てはいけない、不安でしょうが無いとか思っているかのようだった。
まあ、全員が全員こういった行為をするわけではないけど。
ただ、この時ばかりは皆同じランクに所属しているのかもしれない。
だが、一度自分の親しい者がくると一変する。
「お前来るのおせーよー」とか「昨日のあれ見たか!?」とか、とりあえずなにかを発す。
数分の間に溜まった不安、憤り、孤独みたいなものを一斉にぶちまける。
こうなったらもう皆が同じランク……というわけではなく、その人物は自然に上へと上がる。
ただし、絡む人物によっては上がり方にばらつきはある。
クラスの中心的な人物と和気あいあいとしてれば、その上昇値というものは桁違いだ。
逆にあ、いたんだ。みたいな感じに扱われる人物と絡んでも対して上昇しない。
仲間とはぐれちゃった溶けたメタリックなやつと、毒持っててプラス溶けてる緑色のやつと同じぐらい、貰えるものが違う。
そして時間が経つにつれ、いつものような学校内ヒエラルキーが完成するのである。
たまに早起きして学校に来てみると、こんな景色を一部始終を見られるのだから面白い。
俺は順位なんて興味ないから誰にも話しかけないし話しかけられもしない。
いや、別に焦ってなんか無いよ?もうグループ固まってんなー入るタイミング逃したなーとか思ってないよ?
早起きは三文の得って言うけれど、朝っぱらから精神的ダメージをかなり負った。
昔の人の言うことなんて信じられない!
「おはようございます」
一人で昔からの言い伝えに意を唱えていると、もうお決まりのような感じで城森が挨拶してきた。
「おっす」
はい。これにて会話終了。後はまた放課後だな。
「あの……ちょっと聞きたいことが……」
とか思っていたら、城森から会話継続のパスが飛んできた。
とりあえず返さないとな。俺がボールを保持してるなんて耐えられない。向こうがシュートしてくれないと。
「どうした?」
「昨日お借りしたゲームのことなのですが……。ほらここ、地面に亀裂が入ってしまっています。もしかして地盤沈下や地割れなど起こってしまうのでしょうか?」
がさごそと鞄の中から昨日渡した俺のゲーム機を出して、その画面を俺に見せてくる。
深刻そうな顔とは裏腹に、質問の内容は浅いものだった。だが、問題はそこじゃない。
「ちょ、とりあえず隠せって」
城森はあろうことか、ゲーム機をそのままポンと机の上に置いたのだ。このまま見つかれば弁明すら出来ない。というか、取られちゃう。
「なぜですか?昨日は堂々としていたじゃないですか」
「学校に不必要なものは取り上げられるんだよ。昨日は部室だったし、何より先生が来る可能性が低かったからな」
朝のホームルーム前に教室でゲームやるなんて勇者はさすがにいないだろう。ゲーム内の勇者をプレイできなくなりそうだし。
「私のではないので問題ありません」
「俺が問題あるんだよ!」
こ、このお嬢様……。
人のせっかくの好意をなんて形で踏みにじるんだ!教師に俺の私物がとられるなんて嫌すぎる!
「冗談です」
「……城森の冗談は冗談に聞こえないんだが」
ニコッと笑う城森だが目が笑ってない。
割りと本気でそう思ってたんだろうか……。もう返してもらおうかな。
「よっ紡!あ、城森さんもおはよー!」
自分の携帯型の相棒を返却してもらおうかどうか考えていると、横から大地がなかなかのテンションで声をかけてきた。
「おっす。……あとうるさい」
挨拶ついでにちょいと牽制。
城森はというと相変わらずスルーしている。というか顔を窓の方へと向けている。
完全に私関係ありませんから。ってな感じの雰囲気になっている。
「まあまあ。あ、そうだ紡。今度ゲーム買いにいかね?二人プレイとかできるやつで」
大地は特に気にした様子もなく話しかけてくる。
……メンタル凄いな。
まあ、城森にはスルーされるってわかってるからかもしれないが。それでも、女子にスルーされて平然としているこのたくましさ。
流石だな。見習いたくても見習えない。
「了解。俺もそろそろなんか買いいこうかと思ってたから」
「マジか!じゃあさ…………」
「大地ー!なにしてんだよ!もうみんないるぞー!」
大地が言いかけたところで、距離的にも位的にも遠くの方からの声が耳に届く。
「おー!わかってるって!んじゃまた後でな」
声のする方へとかけていく大地は、自分の本来居るべき場所へと戻っていく。
大地は上位なのだ。上位の中のさらに上位。
そんな存在である大地は、他の上位の者にとっては自分を確固たるポジションにさせるためにはかなりの人材であり、仲良くしたがる連中は多い。
勿論大地の人の良さを気に入ってという人もいるのだろうが。というか、ほとんどそうだろう。
「あの人と三上君の仲がよろしいということが、今一釈然としません」
「俺もそう思う。寧ろ苦手なタイプだなあれは」
大地が離れてから、漸く顔をこっちに戻して城森は口を開く。
じゃあ、なぜ仲がよろしいのですか?とか聞かれそうだから付け加えておくか。
「でも、中学の時に助けられたからな。…………本当に良いやつだよあいつは。他のやつだったら嫌悪感抱くレベルだけどな」
「そうなんですか」
てっきり中学の時、なにがあったのですか?とか聞いてくるものだと思ったけど、城森はそれ以上は聞いてこなかった。
何となく察したんだろうか。これは詮索したら地雷を踏むと。
「ああ………。そういや、質問ってなんだっけか?」
ふと、最初の話題を思い出す。ゲーム出されてそれどころじゃなくなってたな。
「ですから、この地面の亀裂は…………」
キーンコーンカーンコーン。
ある意味終了の合図でもあり、始業の合図でもあるチャイムが鳴り響いた。続きは部活でだな。
「もうすぐ担任が来るから後で聞くわ」
「わかりました。では、また後程……」
城森は踵を返し、自分の席へと戻っていく。
ほどなくして担任がガラリと戸を開け学校という名の牢獄が機能し始める。
窓から注ぐ太陽の光が俺の周囲を照らし出す。ああ、今日は暑くなりそうだ。
★ ★ ★
雑用部の俺たち……。
もとい情報交換部の俺たちは、昨日と同じく学校ではしてはいけない娯楽で時間を潰していた。
俺はダンボールの中にある本で読書、城森はゲーム。
時折城森が質問してくるぐらいで、俺達の間に特に会話はない。
今現在、城森との話題はこれ一点しかないが一つあれば充分だ。
なにも話題がない相手との会話、友達の友達ってやつにある、あのなんとも言えない空気にならないだけマシだな。
「えぇっと…………○○まだ来ねぇのかなー……」
「あ、ああそうだねぇ……」
こんな感じでお互い共通の友達が介入してくるのを急かさなきゃならなくなる。
「おーいいるかー」
急に部室の扉が開かれる。そして、我が部の顧問である南條雪穂が入ってくる。
またの名を女帝。元の名も女帝。……の方が似合う。
「ど、どうしたんですか?」
取りあえず城森のいる机を背に前に出る。そして後ろに手を組みサインを出す。
それ。はやく。しまって。盗られる。ヤられる。
即興で作ったサインだったが、城森にはなんとか伝わったようでゲームを鞄にしまってくれた。
「んーそれがな。この部はこのままだと廃部になってしまう」
「…………これまた急ですね」
聞かされた内容は、部を発足して二日目で言われるような内容ではなかった。
やはり、こんなよくわからない部は承認されないのだろうか。
いや、でも要所要所で教師の手伝いをすれば良いんだよな。
「どうすれば廃部にならずに済むのでしょうか?」
悩んでいる間に城森が解決策を聞き出す 。
「解決方法自体はなんら難しいことではないんだけどな……。君達の場合だととても難しいかもな……。インフェルノクラスともいえる」
地球を護るのでさえ大変なのに、その最高難易度って……。
実質不可能なんじゃないのか?
渋面した顔で南條先生は告げる。
「後一人だけ……。たった一人だけでいいのだが、この部に所属している人間を増やせばいい。職員会議で部員数が二人だけとなると、手伝いという手伝いにあまり効果がない。ということになってな……」
「それはつまり……。私達がこの部に入部してくれそうな人間を見つけ勧誘し、部員を増やすということでしょうか?」
ああ、そうだ。と言って南條先生はバツが悪そうに頭を掻く。
なるほど。後一人この情報交換部に入ってくれる人を探すのか。
「詰んだな……」
「詰みましたね……」
「……まだ私は一手しか指してないのだが」
ほぼ同時に俺と城森の意見が重なる。
先生の一手は王手飛車取りよりもキツいよ。というかもう終わりだよ、投了だよ。
「期限は来週までだ。それ以降に人員補充ができていない場合は廃部になるからな。じゃあ私はまだ仕事が残ってるから」
要件だけささっと伝えると、足早に南條先生は教室を出ていった。
無理難題な上に、期限までの時間の猶予がまるでない。
「……どうする?」
「今のところ良策は無いですね。考える気もないですし」
キリッとした顔で城森は言うが、もうすでにこの案件を放棄しているらしい。
まあ、部長が存続の意思を持たないのならどうしようもないが。
「いいのか?ホントにここ廃部になるぞ」
一応、最終確認をしてみる。
「……継続はしていきたいですが、これ以上人が増えるのは嫌です」
心底嫌そうに城森は答える。
でも、どうやらまだこの部は続けたいらしい。
……どうするか。この時ばかりは交遊関係の狭さを悔やんでしまう。
「あ、三上君と唯一親しく話しているあの方ならいいかもしれません。私には対して関心がないようなので」
城森は手のひらを合わせ、名案を思い付いたかのような表情で言うが……残念。
「唯一ってのがなんか気になるが……。それは無理だな。あいつ野球部だし」
城森はそうですかと項垂れる。
さすがに掛け持ちなんてのは無理だろう。名前だけ貸してもらったところで南條先生の事だ、却下するだろう。
どうやってこの部に入ってくれる人間を見つければいいのだろうか……。
てかまず、そんなやついるのか?
「まあ、部が無くなったとしても放課後に会えばいいだけですし」
結構真面目に考えてたところで、城森からとんでも発言をされる。
「え?情報交換部がなくなっても俺達会うのか?」
「え?当然でしょう?部は集まる場所というだけでこの場所自体に執着はしていません」
いや、問題はそんなとこじゃないと思うのだが……。
ただ、城森はこの案件をあまり深くは考えていないようだ。
なんかまた俺だけ無駄に真面目になって考えてたのか……。
そう思ったら急に力が抜け、漸く腰を下ろす。
「そのうちなんとかなりますよ」
「……天童よしみかよ」
まだ陽が落ちきっていない教室内で俺は「そのうっちなんとか~な~るだ~ろお~」という歌詞だけが頭に響いていた。